「付喪神の囁き~大内義隆、歴史を紡ぐ~」   作:三浦左衛門丞

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第8話 「春の宴」――幼き誓いと母の座

 

(1510年)

永正七年二月 亀童丸 満2歳 数え四歳

 

 俺がこの世に生を受けて、三度目の桜が咲いている。

 

 主である大内義興が遠く京に在って久しいここ周防国――山口御館は、西国随一と謳われる壮麗さを持ちながらも、その奥にはどこか静寂が満ちている。

まるで、巨大な身体から魂だけが抜け落ちてしまったかのような、不思議な静けさ。

男たちの勇ましい声も、慌ただしく行き交う武具の音も今はなく、ただ風の音と鳥の声だけが、時折、春の気配を運んでくるばかりだった。

 

 今日は、母上が催す宴に俺も連れて行かれるらしい。東向御殿からも本殿からも歩いてすぐの中庭には、趣きのある山桜が咲いている。現代の桜の満開とは違うが、これが雅というものか。

 

奥御殿を取り仕切る母上は、公式にはまだ側室ではあるが、世継ぎである俺の成長とともに、今や誰もが「御台様」と呼び、敬う存在になってきている。

 

 この花見は、遠く京にある父上の無事を願い、春の訪れを奥御殿の者たちで静かに寿ぐためのものだった。幼い俺の胸にも、これはただの宴ではなく、留守を守る母上が父上へと想いを馳せる、大切な席だと感じられた。

 

 俺は母上の腕に抱かれ、その温もりを感じながら、眼前に広がる光景を見つめていた。父が不在の今、幼き世継ぎを自らの手で示すことが、母上にとってもこの宴にとっても欠かせぬ意味を持っていた。

 

 陽光を浴びた山桜の下、侍女たちが静かに立ち働き、色とりどりの着物が揺れている。その輪の中心にいるのは、言うまでもなく我が母上だ。

 

「御台様、まこと見事な桜にございますこと」

 

「ええ。京の御屋形様にも、この山口の桜が(つつが)なく咲き誇っていると、知らせて差し上げたいものですわね」

 

(母上の声は柔らかいのに、瞳の奥がほんの一瞬だけ翳ったように見えた。)

 

 母上の言葉は、絹を滑るように柔らかい。まつゑが盃を差し出すと、気品ある仕草で受け取る。指先や視線の動き一つで、この場の空気が変わる。幼子の体に宿る四十年の魂は、その一言一句に込められた強い意志を感じ取っていた。

 

 腕に抱かれながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 宴が和やかに進む中、庭の入り口に侍女たちの視線が集まり、さざ波のような微かな緊張が走った。すぐそばに控えていたまつゑが母上に耳打ちし、母上がほんのりと頷く。

 

(そういえば……今日は姉上が来る、と母上が言っていたな。)

 

 侍女に促され、一組の母娘が静かに歩みを進めてくる。 数え六つほどの少女は、上等な綾織の小袖を身にまとい、幼いながらも堂々とした歩みを見せていた。その背後には「お芳の方」と呼ばれている女性が寄り添い、姉の背をそっと支えている。姉の立ち居振る舞いにはどこか京の匂いが漂っていた。

 

「珠姫、御台様に御挨拶を」

 

 お芳の方の視線が、母上の腕に抱かれた俺へと、一瞬だけ揺れたのを捉える。その奥底に嫉妬の影がちらりと覗いたが、すぐに珠姫の背を支える手に力を込め、優しい養母の顔を取り戻し、珠姫の背中をそっと押す。

 

 珠姫は小さな手をついて、完璧な作法で深々と頭を下げる。養母の表情には、側室の謙譲の底に、この姫を守り抜こうとする硬さが、静かに同居していた。

 

「御台様、このたびは、かようにお呼びくださりまして、ありがたう存じまする」

 

 可愛らしい声の中に何かを感じる気がした。

 

「まあ、珠姫。息災そうで何よりです。さ、顔をお上げなさい。堅苦しいことは抜きにしましょう」

 

 母上は、どこまでも優しく、そして寛大に声をかける。その声には、余裕が滲んでいた。珠姫がおずおずと顔を上げると、そのくりくりとした大きな瞳が、真っ直ぐに俺を捉えた。血筋の正当性において、彼女は俺の上に立つ。

だが、世継ぎという現実的な力は、俺の手にある。幼い姉弟の無言の対面は、そのまま大内家の未来を暗示するかのようだった。

 

「亀童丸、姉上でございますよ。仲良うして差し上げなさい」

 

 母上にそう促され、俺は二歳児にできる最大限の友好の意を示そうと、にぱっと笑ってみせた。珠姫は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにふいと顔をそむける。その子供らしい仕草に、周囲の女たちから「くすくす」という笑い声が漏れた。だが、俺はその横顔に、早くも「姫」としての誇りの萌芽を見て取っていた。

 

その時、衣擦れが一度、庭の端で止んだ。

侍女たちが裾を払って左右へ引き、細い道ができる。

そこを、ひとりの女がゆるまず歩いてきた。飾りは少ないが、背は真っ直ぐで、武家の娘ならではの気品と芯の強さを感じさせた。

 

 母上の前で膝を折ると、後ろの侍女たちも静かに息を揃える。

すぐそばで囁きが落ちる――「陶家の奥方、佳乃(かの)様」

 

その名に合わせるように、庭の気配がひとつ締まった。

 

「御台様、遅参いたしまして、かんにんのうございます。」

 

 佳乃の声は深く落ち着き、武家の娘らしい芯の強さの中に、土地言葉のやわらかな響きが混じっていた。

 

「立派なお花見にお招きいただき、ありがたく存じます。若様も、ますますお健やかで、なによりにございます。」

 

「まずは、留守居殿には、日々、館をお守りくださり、まこと心強く思っております。」

 

 母上は扇をゆったりと動かしながら、春の桜に溶けるような声で告げた。

 

「ありがたきお言葉にござります。御台様の御采配あればこそ、わが夫・弘詮(ひろあき)殿も務めを果たしておりまして」

 

 腰を深く折って答える。声はしっかりしているが、どこか実務に携わる者の張り詰めた響きがあった。

 

「そして佳乃殿も、日々お支えくださり、ようお励みくださいました。」

 

 母上は微笑を浮かべ、静かに佳乃の手を取った。その所作は絹が触れ合うほどに柔らかい。

 

「御屋形様が京におられる間、国を揺るがせぬよう、わたくしも微力ながら励んでおります。

御台様がこうしてお心を寄せてくださるからこそ、奥向きも揺るぎませぬ。」

 

 佳乃の言葉は真っ直ぐで、母上の上品な声色とは対照的に、武家の妻らしい確かな芯を感じさせた。母上と佳乃殿の手が重なった瞬間、周囲の侍女たちが静かに頭を下げる。

桜の花びらが舞う中、二人のやり取りに御殿全体が静かに引き締まっていくのを、幼い俺でも感じ取った。

 

 俺は母上の膝の上で、この静かで美しい戦場のすべてを、その目に、心に焼き付けていた。母上が守ろうとしているもの。それを支える人々。そして、その平穏を脅かす可能性のある、小さな亀裂。

 

 やがて、春の心地よい陽気と、母の腕の確かな温もりに、二歳の身体は抗うことなく眠りへと誘われていく。意識が遠のく中、俺は誓っていた。この母を、この母が守るすべてを、必ず俺が守り抜いてみせる、と。それは、まだ声にならぬ、しかし何よりも固い、俺の最初の宣戦布告だった。

 




現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。

執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
朗読版も用意しました。VOICEVOXで読み上げた音声を、Noteの記事内に埋め込んでいます。

https://note.com/miura_saemonjo/n/n1dbde4b0bb2b

※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。
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