「赤い夢、黒い現実」
夢の中で、俺の家は毎晩燃えている。
紅蓮の炎が壁を這い、天井が崩れ、柱が呻くような音を立てながら折れていく。黒煙が視界を遮り、鼻を突く焦げ臭さが、眠っているはずの俺の嗅覚を刺した。遠くから、誰かの悲鳴が聞こえる。女の声――あれは、母さんの叫びだった。
八神烈火は、息を荒げて目を覚ました。額に浮いた汗を手の甲で拭い、暗い天井を睨みつける。
「……またかよ。くそが」
金属板の壁が薄っぺらな音を立てて、朝の光を遮ることなく室内に射し込んでいた。ここは「Z13区」と呼ばれる湾岸部の再開発地区――の失敗例だ。都市機能の再編成と称された再開発は、貧困層をこの仮設住宅地に押し込めただけの代物だった。
烈火の部屋は、四畳半の簡易コンテナ。ベッドと机、電子レンジのような調理装置が1つあるだけ。だが、これが彼にとっては「帰る場所」だった。
6時15分。ドローン配送の唸り声が遠くから響き、路地の向こうで誰かが怒鳴っている。
烈火は服を着替えながら、鏡の前で自分の顔を見た。短く刈り上げた黒髪、眠たげだが鋭い目つき。眉間にはかすかに皺が寄っている。右手の甲には、焼け焦げたような小さな痣があった。
――能力《圧縮熱(ヒートコンプレッション)》。
空気中の熱や摩擦、さらには自身の怒りや感情の“高まり”を圧縮し、一点に凝縮して放つ。範囲は狭く威力も弱い。初期はライターの火程度しか出せなかった。だが、それでも初めて発動したときは、拳を叩きつけた壁が赤熱し、焼け落ちた。
きっかけは、あの火災だった。
あの日、烈火の家は全焼した。両親は焼死。だが、焼け跡から見つかった父の遺体には“鋭利な刃物による傷”が複数見つかったという情報があった。事故ではない。――あれは、殺人だった。
「火ノ目(ひのめ)……」
烈火はつぶやいた。父が残した最後の言葉――「火ノ目に、気をつけろ」。意味はわからない。だが、それが犯人に繋がる手がかりであることは確信している。
その情報を追って、烈火は今日、“ある機関”の門を叩こうとしていた。
C.A.L.E.――Central Authority for Latent Evolution。通称キャル。政府直轄の異能保持者育成・管理組織。表向きは“青少年支援センター”の名で活動しているが、実際には“能力者兵士”の選抜機関だ。
「力がなきゃ、真実にも届かねえ。復讐の資格もねえ」
烈火はリュックを背負い、部屋を出た。朝の冷たい空気に晒されながら歩き出す。足元の舗装はひび割れていて、数年前に打ち捨てられたロボット掃除機の残骸が転がっている。
歩きながら、烈火は拳をぎゅっと握った。かすかに手のひらが熱を帯びる。怒りが、能力の“燃料”になる。それが《圧縮熱》の性質だった。
だが、この力は弱い。敵を殺すには足りない。守るには遅すぎる。
――それでも、俺はこの手で掴みたい。あの日失ったすべてを、取り戻すために。
キャルの施設は、都心からやや離れた地下区域に存在した。封鎖された旧鉄道跡の奥。電子ゲートを抜けた先に、鋼鉄の巨大な扉がそびえ立っている。
烈火は深呼吸し、指先をわずかに発熱させながらパネルに触れた。
「八神烈火。試験志願者だ」
《識別完了。入室を許可》と機械音が応答する。
扉が開き、烈火の前に、未来と地獄が同時に広がる空間があらわれた。
そこには、彼と同じように力を欲した者たちが集い――互いを押しのけて這い上がろうとしていた。
“力だけが全て”の世界。その入り口に、八神烈火は今、足を踏み入れた。