間話 静かなる灯火
夕食の時間を過ぎた訓練棟は、静けさを取り戻していた。
照明は間引かれ、廊下には小さな非常灯がぽつぽつと灯るだけ。
まるで、誰かの心の奥をそのまま映したような――そんな夜だった。
八神烈火は、自室のベッドに寝転んだまま、天井をぼんやりと見つめていた。
特別任務、選抜入り、赫焉計画、そして“火ノ目”。
一気に押し寄せた現実の波が、ようやく身体に重たくのしかかってくる。
「……静かだな」
ひとりごとのように呟いてから、烈火は起き上がった。
水を飲もうと扉を開けた瞬間――ちょうど向かいの部屋から出てきた人影と鉢合わせた。
「……お、奇遇。起きてたんだ」
それは名瀬シアだった。
フードなしの素顔。夜着姿。
いつもの軽口も、今夜ばかりは抑え気味だった。
「お前こそ。こんな時間に何してんだよ」
「月、見てた。なんか、見てると落ち着くんだよね。あたしにとっては、唯一“焼かれてない記憶”だからさ」
その一言に、烈火は小さく息を呑んだ。
「……記憶、か」
シアは黙って頷いた。
「昔ね。あたし、旧施設にいた頃、よく言われてたんだ。“君たちは希望の炉だ”って。
意味はわかんない。でも、あの部屋の中で育った子たちはみんな“火”を与えられて――みんな、燃やされて死んだ」
烈火は、何も言えなかった。
「ただ一人だけ、生きてた。あたし」
「……生き残ったのは、お前のせいじゃない」
「でも、それを知った時からずっと思ってた。“生きてた意味はあるの?”って」
シアは軽く笑って、廊下の端にあるベンチに腰を下ろした。
烈火も無言でその隣に座る。
「……俺も、ずっとわかんねぇままだ。
自分の力が“作られた”って知ってから、何を信じればいいのか……」
シアが小さく息を吐く。
「でも、あんた……この前、言ったでしょ。“俺が選ぶ”って」
「……ああ」
「それが答えなんじゃないの? “作られたかどうか”じゃなくて、“今、誰のために燃えてるか”ってこと」
烈火はゆっくりと目を閉じた。
熱は、確かに今、自分の中に灯っている。
奪われた過去でも、与えられた力でもなく――
「自分で決めた炎」として。
「……ありがとな、シア」
「ん、別に慰めたわけじゃないけど」
にやっと笑うその顔は、どこか寂しげで、どこか優しかった。
そのまま二人は、しばらく無言で並んでいた。
遠く、夜のドーム天井にぼんやりと映る人工の月。
それを見つめながら、烈火は思った。
(この炎は、きっとまだ小さい。けど……この小さな灯火が、誰かの心を照らせるなら)
「――燃やすだけの力じゃなく、“灯す”ための火にもなれるかもな」
そう呟いた烈火の声に、シアがわずかに肩を揺らした。
「……うん。それ、悪くないね」
次回:
第11話「赫焉の影」
《赫焉班》としての初任務が発令される。
だがその裏で、国家と旧C.A.L.E.幹部たちによる“第二の赫焉計画”が密かに動き始めていた。
そして、烈火の炎が照らし出す、“もう一つの過去”とは――