任務帰還から二日後。
八神烈火はC.A.L.E.本部・訓練区の一角で、黙々とサンドバッグを打ち続けていた。
熱も、火も、能力も使っていない。ただの素手。
それでも、彼の拳は血が滲むほどに真っ赤だった。
(……灯火、か)
あのとき――カナメが微笑みながら言った言葉が、耳から離れなかった。
「兄さん、今度は“灯火”になって帰れたよ」
何を意味していたのか。なぜ自分だけが“生き残った”のか。
なぜ、弟が“捨てられる側”になったのか。
すべてが、答えのないままだった。
「まだ、立ち止まる時間はくれないみたいだな」
背後からの声に振り返ると、そこには名瀬シアがいた。
「新任務、来たよ。今度は正式に、“赫焉班”としての出撃」
「……内容は?」
「都市近郊の廃棄エリア。密かに異能強化実験が行われていたって情報があったみたい。
つまり――“あたしたちみたいなの”がまた作られてるってこと」
烈火は、何も言わず頷いた。
一方その頃。
C.A.L.E.本部から遠く離れた、旧政府研究局跡地の地下施設。
白衣の男が、端末に記録されたデータを確認していた。
「E-07の反応、確認……暴走因子に対する耐性、想定以上。
やはり、“あの女”の血統は特異だ」
男の名は――火ノ目。
かつて《赫焉計画》を立案し、非合法実験を主導した中心人物のひとり。
今や政府の記録から抹消された“存在しない科学者”。
「第二段階は進行中。“再設計因子”を使えば、烈火すら制御できなくなる」
その隣で、培養槽に沈む“人型の影”が微かに動いた。
“第2世代赫焉因子被験体”――コードネーム《I-01(イグニス)》。
それは、人間であって人間ではない、“完全制御型異能兵”。
「E-07を焼却するのは、お前の役目だ。イグニス……お前こそが“真の赫焉”となる」
男がそう告げた瞬間、培養槽内の液体が泡立ち始めた。
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数時間後。
任務ブリーフィングを終えた烈火たちは、輸送機に乗り込み準備を整えていた。
鷹人が、いつになく真剣な顔で言う。
「烈火、お前……大丈夫か? 無理すんなよ」
「無理はする。しないと、間に合わねぇ」
烈火は笑わなかった。だが、確かに前を見ていた。
「……今回は、誰も死なせねぇ。それだけだ」
横で黙って聞いていたユウトが、ぽつりと口を開いた。
「次に出てくるのは、“成功作”だと思え。俺たちより、遥かに制御された個体」
「それでも、俺は――」
烈火の拳が、静かに熱を帯び始める。
「“自分の炎”で戦う。あの時、カナメが俺にくれたものを……無駄にはしねぇ」
輸送機のドアが開き、夕焼けの空の下、赫焉班が飛び出していった。
烈火の目の奥には、もう迷いはなかった。
灯火は、過去を焼き払うだけではない。
未来を照らすためにも、ある――。
次回:
第14話「焔(ほむら)の再設計」
廃棄区域で待ち受けるのは、烈火たちと同じ赫焉因子を持つ“完全設計個体”。
火ノ目の手で再構築された“異能の未来”が、今、烈火の前に立ちはだかる。