深夜のC.A.L.E.訓練施設。いつもなら電子音と足音が響く廊下も、今はひどく静かだった。
真夜中、煌々とした照明の下でただ一人、八神烈火は格納庫前のベンチに座っていた。
「……火ノ目。お前は一体、どこまで俺を知ってる?」
呟いた声は誰にも届かず、空虚に吸い込まれる。
烈火の掌には、試験後に受け取った記録媒体が握られていた。
そこには彼自身に関わるさらなる実験データ――《赫焉計画・副系列E-07》の文字が刻まれていた。
背後から静かな足音が近づく。振り返ると、そこにはシアがいた。
銀髪を後ろで束ね、いつものように無表情な瞳で彼を見つめている。
「眠れないの?」
「……お前もか。」
「まあね。あんたの顔見たら、案の定って感じだけど。」
シアは隣に腰を下ろし、空を見上げた。訓練施設の天井は半透明構造で、夜空の星がぼんやりと映っている。
しばしの沈黙の後、シアがぽつりと口を開いた。
「イグニス……あの子も赫焉計画の被験体だったの、知ってた?」
「……ああ。」
烈火の声は低い。シアは言葉を選びながら続けた。
「彼女は“成功例”だった。異能の制御率も、戦闘適性も。私たちの中では、最も“完成された個体”だったのよ。」
「でも……あいつの目は、どこか空っぽだった。」
烈火の拳が、静かに握られる。
「俺はただ、怒ってるわけじゃない。悲しいんだ。あんな風に、生まれさせられて、生かされて……ただ“戦うために存在する”なんて、そんなの、間違ってるだろ。」
「……そうね。」
シアは目を細めた。
烈火の中にある“怒り”が、ただの衝動ではないことを、彼女は誰よりもよく理解していた。
「……シア。」
「ん?」
「次、俺があいつらと戦うことになったらさ――“止めて”くれるか? …もし俺が、怒りに呑まれて、誰かを傷つけるようなことがあったら。」
シアは小さくため息をつき、烈火の頬を平手で叩いた。乾いた音が響く。
「痛っ!」
「それが私の返事よ。あんたが道を外れたら、私は容赦なくブチのめすわ。」
「……ははっ、頼もしいな。」
二人は、ようやく微かに笑みを交わした。
翌朝、C.A.L.E.の中庭では、選抜チーム《赫焉班》が再編成のために集合していた。
風間教官が手にしたタブレットを操作しながら、メンバーたちに通達をする。
「次の任務は一時中断だ。お前たちには束の間の“休息”が与えられる。」
「休息ぅ?」と鷹人が肩をすくめる。
「これまでの任務で異能使用率が限界値を超えた者も多い。特に烈火、お前は“もう少しで臨界点”だった。しばらくは思いっきり怠けていい。」
「マジかよ、温泉行こうぜ!」と鷹人が早速テンションを上げたが、誰も乗らなかった。
「……そんなんより、やることがあるんで。」
烈火はそう言って歩き出す。
彼の目は、今は確かな“熱”を帯びていた。
「俺はもう、逃げねえ。怒りも、悲しみも――全部、自分のために使う。」
その背を見つめながら、ユウトがぼそりと呟いた。
「赫焉は、また動き出すな……」
沈黙の中で、小さな“灯火”が再び燃え上がろうとしていた。
次回:
間話「束の間の陽だまり」
幾度の戦いを経て、赫焉班に訪れたわずかな休息。
初めての“日常”に触れる中で、彼らは仲間としての距離を縮めていく。
笑い合い、語り合い、そして――心の火を絶やさぬように。