静寂が辺りを支配していた。
異能の光も、敵の叫びも、今は遠い。
封鎖域の中心部——《第零居室》と呼ばれるその場所は、奇妙なまでに整った研究施設の面影を残していた。
壁一面に刻まれた数列と記号、隔離された観測室、そして、強化ガラスの向こうに設置された“檻”。
その中に、一人の少年が座っていた。
白い髪、真紅の瞳。異形とも呼べるその姿に、烈火は息を呑んだ。
彼の名は……《E-01》。赫焉計画、最初の被験体。そして、烈火の“兄”。
「まさか……本当にいたのか……!」
烈火は小さく呟いた。
何度も疑い、否定し、そして恐れてきた存在。
E-07である自分より前に、“先に”生まれた存在がいると、記録には確かにあった。
だが、それはあくまで“失敗例”として葬られたはずだった。
「反応はないな……眠ってるか、薬か何かで抑えられてるのか……」
ユウトが警戒心を緩めず周囲を索敵する中、烈火は檻に近づいていた。
「やめろ、烈火!」
鷹人の声が届いた瞬間、ガラス越しにあったE-01の目がゆっくりと開いた。
「……また、誰か来たのか……」
その声は驚くほど静かで、そして人間らしかった。
だが同時に、烈火の中で何かが確実に警鐘を鳴らした。
「あんたが……《E-01》なのか?」
「そう呼ばれていたこともあったな。今は……名前なんて、意味がないが」
烈火の中に渦巻いていた怒りや憎しみとは違う、別の感情が芽生えていた。
それは、どこか……哀しみに似ていた。
「なぜ……ここに閉じ込められてたんだ」
「お前には関係ない。いや、もうすぐ……すべて終わる。
終わらせるのさ、この……狂った計画も、檻の世界も、全部」
瞬間、施設全体に轟音が響いた。
背後から押し寄せる異常なエネルギーの波動——
「なっ……封印コードが外れた!? 誰が——」
「僕だよ」
不意に、背後から響いた別の声。
現れたのは、あの《黒衣の男》。赫焉計画の再起動を宣言した張本人。
「“E-01”の再起動。これこそが、計画の“核心”だ」
「ふざけるなッ!」
烈火が叫ぶと同時に、E-01の檻のロックが外れ、ガラスが崩れ落ちた。
ゆっくりと立ち上がる彼の姿は、異能による強化と実験を繰り返された結果、すでに“人間”の枠を超えていた。
「君も、目覚めているはずだ。“E-07”……烈火」
「俺は……俺は、お前みたいにはならない!」
次の瞬間、E-01の身体から紅蓮の炎が噴き出した。
まるで烈火の《圧縮熱》と同じ性質——いや、それ以上に純粋で暴力的なエネルギー。
「これが……“赫焉”の完成形だ」
烈火が踏み出す。拳を握りしめ、身体の限界を超えて《熱》を圧縮し、叫ぶ。
「違う……! それは完成じゃない! ただの、破滅だ!!」
両者がぶつかり合う瞬間、空間が歪んだ。
炎が空間を焼き尽くす。
赫焉計画によって生まれた二人の“兄弟”が、今ここに相対する。
だが、烈火の拳が、E-01に届くことはなかった。
「——お前は、まだ“檻”の中だ」
まるで時間が止まったかのように、E-01の炎が烈火の力を包み込み、逆流させた。
圧縮された熱が暴走し、烈火の身体に激痛が走る。
「ぐあっ……!」
「お前はまだ、自分の“赫焉”を知らない」
倒れ込んだ烈火に向かって、E-01は歩み寄る。
だがその時、遮るように一人の影が立ち塞がった。
「下がれ、烈火。ここは私が引き受ける」
それは、名瀬シアだった。
「E-05……いや、“シア”。君もまた“赫焉”の器だったな」
「私はもう、お前たちの道具じゃない。烈火も……ユウトも……誰も!」
彼女の掌から、純白の光が溢れた。
「赫焉の檻を破るのは、誰かの命じゃない。希望だ!」
強烈な閃光が、E-01の身体を包んだ。
烈火の中で、何かが——再び目を覚まし始めていた。
次回:
第34話「赫焉の記憶」
封鎖域の中心で激突する“兄弟”の炎。
暴かれる真実と、交錯する過去。
烈火が見たものは、赫焉計画の“記憶”そのものだった。
そして、ついに彼の異能《圧縮熱》が——覚醒する。