仄暗い研究所の一角。電子の静寂が支配する空間に、烈火たち赫焉班は立ち尽くしていた。部屋の奥に鎮座する古びた記録端末。榊ユウトが慎重に起動させると、薄い光とともにいくつかのフォルダが浮かび上がった。
「……これが、“赫焉計画”の中枢データか」
名瀬シアが眉をひそめる。その名を冠した計画に、自らの過去が深く結びついていることを誰よりも知っている彼女にとって、それは忌むべき記録でもあった。
ユウトの指が静かに動き、端末が語り出す。
――赫焉計画:国家主導の異能研究プロジェクト。対象は胎児〜10歳までの少年少女。遺伝子操作とナノ侵食による人工異能発現が主軸。
「……“E-07”、八神烈火。適合率98%。熱変換系異能《圧縮熱》」
烈火は息を呑む。端末の表示は、冷たい事実を容赦なく突きつけた。
「俺の……名前」
「適合率まで記されている。まるで兵器としての評価だな」ユウトの声も、どこか硬い。
だがその時、シアの名前も表示された。
――“E-05”、名瀬シア。適合率92%。高出力熱放射型異能《焔穿流(エンパシス)》
「……!」
烈火とシア、ふたりの視線が交錯する。自らの存在が、国家の道具として“設計”されたこと。それは既に感じていた真実の再確認に過ぎない。それでも、胸の奥で何かがざらついた。
「他にも……名がある」ユウトが続けてフォルダを開くと、複数の被験体番号と名前が並んだ。
「……風間。風間玲司。教官の、名前?」
ファイルに記された映像資料には、若き日の風間が、白衣の男たちに囲まれながら被験体の観察記録を読み上げていた。
《E-07、攻撃性は高いが、制御可能。E-05とは相性良好。両者の接触により安定化が確認された》
「……俺と、シア……?」
「つまりあの教官は、観測者……いや、観察者として、俺たちの“成長”を見ていたってわけか」
呆然と呟いた烈火の拳が、無意識に握りしめられる。
「……ふざけんなよ……!」
部屋に拳を振り下ろそうとしたその瞬間、シアが静かに腕を掴んだ。
「今壊しても、意味はない。ここで得た記録は、過去と向き合うための鍵よ。――烈火」
その瞳は揺らがなかった。炎のように。
「俺たちが……生きてるのは、あの連中のせいじゃない。俺たち自身が、生きるって決めたからだ」
烈火の声に、微かな震えが滲んだ。だがそれは、怒りでも憎しみでもない。確かな意志の音だった。
――もう逃げない。
ユウトが記録端末をバックアップし、全員で研究所を後にした時、空はすでに暮れかけていた。
「これが、“赫焉”の檻か」
誰が呟いたのか、その言葉は夕焼けに溶けて消えた。
だが、彼らの背に灯った火は、確かに強くなっていた。
次回:
第35話「赫焉班、選択の時」
かつての真実に触れた赫焉班の面々。烈火とシアの絆が新たに結ばれる一方、ユウトは記録の裏に隠された“第二段階”の存在に気づく。敵か、味方か――そして風間の真意とは? 動き出す影、試される決断。選ばされるのではなく、自ら選ぶ時が来る。