辺境に封印された旧研究施設──通称《隔離区画β》。
そこは、国家がその存在を完全に隠蔽してきた実験棄て場。
烈火たち赫焉班は、過去と向き合うため、この“檻”の扉を開く。
「……この空気、嫌な感じだな」
鷹人がマスク越しに呟く。
地下施設の入り口は、岩肌に隠れるように存在していた。
レーダーにも映らず、放棄された外装に草木が生い茂っている。
だが、最新の測定機器が内部に微弱な熱源と反応を示していた。
「いる……確かに何かが、動いてる」
ユウトの異能による分析が、明確にそれを示す。
“E-00”──唯一現存する、第二段階の被験体。
烈火は、入り口の重い扉に手をかけた。
「開けるぞ」
ギギ……ッ。
鈍い音とともに、朽ちかけた扉が押し開かれる。
その先に広がるのは、鉄と血の匂いが混じった世界。
薄暗い照明が、天井に不規則に点滅していた。
壁には剥がれかけた警告文。「高危険性区域」「関係者以外立入禁止」……。
しかし、その全ては、もう誰の目にも触れられることのない遺物と化していた。
「何も……いない?」
ミオがおそるおそる周囲を見渡す。
「いや──“気配”はある」
シアの声が鋭くなる。
そのとき。
キィィン……と、金属の擦れるような音が、空気を裂いた。
「接近反応! 来るッ!」
ユウトの警告と同時に、奥の通路から“それ”は現れた。
漆黒の拘束具に覆われた人影。
だが、人間とは思えない異様な“熱”と“圧”を纏っている。
「こいつが……E-00……」
烈火は息をのむ。
その存在は、異能者の範疇を明らかに超えていた。
右腕は義肢のように機械化され、左目は赤黒く光る装置に変異している。
背中には何かを刺された痕跡が幾本も走り、胸には、かつての被験体識別番号が焼き付けられていた。
《EX-00》──Experimental Zero。
「我ラ……敵……カ?」
音にならない音声が、振動のように頭の中へ響く。
「来るぞ! 構えろッ!」
瞬間、EX-00は地を蹴った。
刹那、烈火の視界が霞む。
超高速の突進。標的は烈火ただひとり。
「ぐっ──!」
間一髪、烈火は身体を横に跳ねさせた。
だがその直後、壁が破壊され、粉塵が舞い上がる。
「こいつ、完全に“狩る”つもりだ……!」
鷹人が叫ぶ。
「意思疎通は……不可能、です」
ミオが呟いた声は、どこか悲しげだった。
烈火は歯を食いしばり、《圧縮熱》を展開。
足元の床を焦がしながら、一気に距離を詰める。
「やるしかねぇ! “赫焉”の名を背負うなら!」
拳に熱を込め、《焦熱拳》を叩き込む──
だが。
「──弾かれた!?」
烈火の渾身の一撃は、EX-00の拘束具に弾かれた。
防御ではない。全身の“外骨格”そのものが異能対策に特化されている。
「完全制御型……?」
ユウトが驚愕する。
「そんな……この異能、ただの暴走じゃない!」
EX-00は無言のまま、背中から何かを展開した。
「翼……?」
──否。
それは、“粒子状の刃”だった。
赤黒く光るその刃は、まるで異能の具現化そのもの。
烈火は瞬時に反応し、後退。
「一撃でも食らったら終わる……!」
シアが援護に回る。
背後から、圧縮された爆風弾を連射。
だが──
「全部、かわされた……!?」
EX-00は人間とは思えぬ軌道で動き、攻撃をすり抜けていく。
そして、ただ一言、言葉にならぬ声を響かせる。
「……我ハ、“檻”ヲ守ル者……」
烈火の心に、微かな共鳴が走った。
──こいつも、“閉じ込められて”いたのか?
その問いに答えるように、EX-00は動きを止めた。
「記録確認。被験体E-07……E-05……認証、完了──」
烈火とシアの名だった。
「記録上、オマエタチハ、“仲間”……。故ニ、排除対象外……」
「……仲間?」
烈火は息を呑む。
だが、すぐにその声は変質する。
「……但シ、記録ト矛盾スル者ガ存在──排除、開始」
標的は──ユウトだった。
「ッ!? 来るぞッ!」
ユウトが跳ぶ。
烈火が咄嗟に割り込む。
「待て! こいつは……こいつも、被害者なんだろッ!?」
しかし、EX-00は止まらない。
紅い瞳の光が激しく瞬いたそのとき──
「いい加減にしろよ、お前ら!」
一閃。
鷹人が放った電磁収束弾がEX-00の動きをわずかに止めた。
烈火はその隙を突いて、叫ぶ。
「聞こえるか!? お前の中に、まだ“心”が残ってるなら──!」
熱が、拳に集中する。
過去と向き合い、絆を信じて放つ一撃。
「……これが、俺たちの“選択”だッ!!」
拳が、EX-00の胸を貫いた──
その瞬間、すべてが止まった。
次回: 第37話「檻の記憶」
封印されし存在《E-00》──その沈黙の奥に秘められていたのは、
“赫焉計画”の原初たる記録、そして忘れられた“声”だった。
烈火の拳が届いたその先で、旧研究施設が語り始める過去とは……?
赫焉班の選択が、新たな決断を迫る。