廃墟となった旧研究施設の地下深く。
崩れかけた通路の先、鉄扉が開かれた瞬間、ひやりとした空気が赫焉班を包んだ。機械の唸りは止み、照明も途絶え、そこは“時間”が止まったかのような空間だった。
「ここが……《E-00》の収容区画か」
烈火が低く呟く。拳にはまだ、先ほどの戦闘の余韻が微かに残っていた。
彼らの前には、巨大なガラスケースが鎮座していた。かつて冷却液に浸されていたそれは、すでに内部の液体が蒸発し、空の檻となっていた。
ケースの脇には、破損した端末と、埃をかぶった記録媒体。そして、壁に刻まれた白いチョークのような文字。
「……“ここは牢獄だ。だが同時に、願いの場所でもある”」
無機質な声が響く。
録音データが自動で再生されたのだろう。聞き慣れない、しかしどこか穏やかな男性の声。
《記録再生開始──被験体コード、E-00。対象、完全適応型異能因子融合個体。目的、異能の安定継承と制御。備考、対象は高度な感情抑制と自己犠牲性を示す──》
「E-00……やはり、最初の“赫焉”か」
名瀬シアが眉をひそめた。
「この声、感情が無さすぎて……機械かってくらい冷たい」
「でも言ってたじゃん。“願いの場所”って。誰かが閉じ込められてたってだけじゃないんじゃ……」
鷹人の言葉に、ユウトが静かに補足する。
「これは、かつてここで“理想”を追いかけた者の声だ」
彼の眼差しは、記録媒体の奥にある小さな手帳へと向けられていた。
烈火がその手帳を拾い上げる。表紙には「観測者・風間」と記されていた。
「風間……教官?」
思わず烈火が声を上げる。
中をめくると、走り書きのメモが残っていた。
『E-00は失敗ではない。彼は“人間で在り続けた”。感情を捨てず、仲間を信じ、自ら望んでこの檻に入った。異能が暴走しないように、自分を封じ込めた。彼の存在が、次世代の希望になることを願って。──風間』
「……自分から、ここに?」
シアの声が震える。
「つまり、“檻”は牢獄じゃない。――約束の場所だったんだ」
烈火が目を閉じる。
風間が語ったこと、異能の記録、そして仲間たちの存在。すべてが繋がっていく。
そのとき、施設の奥から、かすかなノイズとともにホログラムが浮かび上がった。
映し出されたのは、一人の少年の姿。
白い髪、冷たい瞳――だが、その表情には微笑があった。
《やあ、僕の記憶に辿り着いたんだね。君たちが、この炎を継いでくれると信じてる。僕の願いは、ただひとつだった。――“誰かのために、生きてくれ”》
「……これが、《E-00》」
ユウトの言葉に、誰も返さなかった。全員が、その声を胸に刻んでいた。
檻は、誰かを閉じ込めるためにあったのではない。
それは、希望の火を守るための器だった。
烈火は拳を握る。燃えるような視線で、仲間を振り返る。
「進もう。この記憶を、無駄にしないために」
「おう、行こうぜ、烈火」
「……私も、共に行く」
「……ここが終点じゃない。始まりだ」
そうして赫焉班は再び歩き出す。
過去の檻から解き放たれた希望の火を、その背に灯して。
――そして、この“檻の記憶”こそが、次なる試練への扉となることを、彼らはまだ知らなかった。
次回:
第38話「赫焉の扉」
過去と対峙した赫焉班は、新たな真実の前に立たされる。
浮かび上がる《E-00》の正体、風間の秘めた覚悟、そして“赫焉計画”の真なる目的。
それは仲間を引き裂く扉か、それとも未来への突破口か――。
開かれし檻の先、選ばれる者は誰か。赫焉の炎が、再び揺らめく。