午前五時。訓練開始を告げる警報が鳴り響いた。
C.A.L.E.では目覚ましなど不要だ。規定時間になれば、部屋の照明が強制点灯され、ベッドの底が押し上がる。起きなければ落ちる。いや、落とされる。
「うるせぇ……!」
八神烈火は、呻くように起き上がった。昨日の試験の疲れが体中に残っている。
だがそれでも、彼の中の熱は冷めていなかった。
「まだ、あの拳の感触が残ってる……焦熱拳。あれを、もっと……制御できれば」
ふと、右手を見つめる。赤い痕跡は消えていた。だが感覚だけは、体に染みついている。
朝の訓練区画――
烈火たち新人を出迎えたのは、巨大な金属製のグラウンド。空調管理されたドームの中には、異能の暴走を抑える“中和フィールド”が張られていた。
そこに現れたのは、黒いジャケットに身を包んだ教官たち――と、中央で腕を組む銀髪の少女・名瀬シアだった。
「おはよ、雑魚ども」
相変わらず軽い口調だったが、その瞳は一切の冗談を許さない。
シアは足元のラインを蹴り上げながら言った。
「今日から“基礎戦術訓練”。ルールは簡単。1対1でバトって、どっちが“異能をちゃんと使えるか”見せて。
もちろん、殺さない程度には加減してね?」
ざわつく新人たち。
その中で、烈火は静かに拳を握った。
最初の相手は、同じ新人――背が高く、肩に炎のような模様を浮かべる少年だった。
「灰嶋トオル。能力は《熱放射》」
彼は名乗るなり、烈火に対して警戒心のない目を向けてきた。
「お前が《圧縮熱》の八神ってやつか。暴走体を倒したって?」
「ああ。偶然だがな」
「偶然でも、倒したって事実は変わらない。面白そうだ。行こうぜ」
訓練開始の合図と同時に、灰嶋の手から熱波が放たれた。
空気が一気に焼け、地面の砂が巻き上がる。遠距離型だ。正面突破は危険だが――
「……ありがてぇ。そういう攻撃、わかりやすくて助かる」
烈火は一気に踏み込んだ。地面を蹴りつける足の摩擦と、全身の熱量を一気に拳へ集中。
「《圧縮熱・小型連打》!」
衝撃波を伴う連続の打撃。拳ごとに火花が散り、灰嶋はバックステップで間合いを取った。
「ちょ、近い近い近いっ!」
「離れるなよ。こっちは“至近距離限定”なんだ」
――焦熱拳とは違う。今の烈火は、確実に“出力を抑えて”戦っていた。
体力の残量を見極め、熱の分配をコントロールする。これは、烈火にとって新たな挑戦だった。
そして、それは意外な成果を上げていた。
「……強ぇな、お前。火力は俺より低いはずなのに」
「弱い力を、どう使うかってだけだ」
最後の一撃を喰らって、灰嶋は地面に倒れた。
勝者:八神烈火。
見守っていたシアは、珍しく口元を緩めた。
「へぇ……やっぱ、あの時の一発はマグレじゃなかったんだ」
そのつぶやきには、何かを探るような色が含まれていた。
その直後。風間が無言でシアに近づき、小さなタブレットを渡す。画面には、烈火の訓練記録が表示されていた。
「制御率、改善。精神集中値、異常に安定。……“影響”か?」
「たぶんね。あの子――火を見ると冷静になるタイプかも。
それって、“焰に囚われてる”ってことでもあるけど」
「……なら、やはり確定だな。八神烈火は、“選ばれた側”だ」
一方、訓練を終えた烈火は、休憩区画で水を飲んでいた。
「ふぅ……出力下げて連打すると、こんなに消耗少ないのか。焦熱拳は……やっぱ、切り札にしとくべきだな」
「やっと学んだか」
背後から声がして、烈火は振り返った。そこに立っていたのは――鷹人だった。
「お前、今朝の対戦誰だった?」
「なんか空気を斬るタイプ。名前覚えてねぇけど、地味にウザかった。あとで録画見せるわ」
二人は思わず笑い合った。
だがその背後――誰にも見えない高所で、スコープを構えた男が一人、烈火を覗いていた。
「八神烈火……こいつが“あの一族の残り火”か」
モニターに映る遺伝子コード、古い事件資料、焼け落ちた家と――ある“抹消されたはずの計画”の記録。
それはC.A.L.E.の最奥に隠された、“存在しないはずの過去”だった。
第6話「選抜チームとの接触」
ついに“選抜チーム”のメンバーと激突する烈火。そこで明かされる、彼らが背負う過去、そして烈火自身の“出自”に関わる秘密の断片とは――