訓練開始から三日目。
C.A.L.E.の施設における新人と選抜との“壁”は、想像以上に分厚かった。
新人たちは日々基礎訓練と模擬戦を繰り返しながら、“評価対象”として測られる。
対して、選抜は上層区画で実戦形式のミッション訓練を受けている。
その中で、八神烈火の名はじわじわと広まり始めていた。
《圧縮熱》――弱小系能力のはずが、極限まで圧縮・運用することで敵を貫く威力を発揮する。
なにより、“暴走個体B-Ω”を単独で撃破したという異例の実績が、選抜メンバーにも注目されていた。
その日の午後。予定外の“交流訓練”が通知された。
内容は「選抜メンバーとの合同訓練」。
新人側からの代表1名を選び、実戦形式で模擬戦を行うという。
選ばれたのは――もちろん、八神烈火だった。
訓練フィールド。広さはフットボールスタジアムほどもあり、障害物や高台が点在する市街戦模擬エリア。
上空の観覧室には訓練教官と一部の研究スタッフ。
その中に風間の姿もあった。
「来るな、これは」
彼は隣の監視員にだけ、低くつぶやいた。
烈火がグラウンドに降り立ったその先に、ひとりの少年がいた。
無機質な表情。冷たい灰色の瞳。
黒いジャケットの背中には“選抜印”と呼ばれる赤いエンブレム。
「お前が……八神烈火、か」
「そっちは?」
「榊(さかき)ユウト。選抜チーム“黒月班”所属。能力《構造断裂》」
「……物騒な名前だな」
「お前もな。“燃やす”のと“断つ”の、どっちが早いか――比べてみようか」
開始の合図が鳴った瞬間、ユウトの足元に“裂け目”が走った。
コンクリートがまるで紙のように裂け、重力が歪む。
「っ! 地面ごと……!」
《構造断裂》――触れたものの分子構造を一瞬だけ“切断する”異能。
地形破壊、装備無効化、攻撃の分断――多彩な応用性を持つ、正真正銘の上位能力。
烈火は一歩踏み込んだ。摩擦熱を両脚に集中し、右拳に熱を集めながら障害物をすり抜ける。
「正面からじゃ勝てねぇ。けど――距離を詰めれば!」
全身を軸に回転しながら踏み込む――
「《圧縮熱・疾走連打》!!」
拳が火花を散らしながら迫る。だが、ユウトは動かない。
烈火の拳が目前に迫ったその瞬間、空間が“割れた”。
バキッ……!
烈火の攻撃が、見えない何かに“裂かれて”消える。
「断裂空間……!?」
「俺の“フィールド”に入った時点で、君の攻撃は届かない」
烈火は距離を取った。全身がひりつく。初めての感覚――“一切の手応えがなかった”。
「面白い。実力差、はっきりしてる方が燃えるだろ?」
「……ああ、上等だ。こっからが本番だ」
観覧室で風間は静かにモニターを見つめていた。
その隣では、名瀬シアが腕を組みながら口を開く。
「わかる? 榊のあの能力。ありゃ、昔の“旧式断裂術”の応用。完全に“設計された異能”だよ」
「知ってる。そもそも榊ユウトは、そういう目的で生まれてる。
“旧計画”の生き残りだからな」
「……ってことは、やっぱり八神も?」
風間は黙ったまま、画面を睨みつけていた。
フィールドでは、烈火が最後の賭けに出ていた。
「なら、オーバーヒートだ。これ以上は危険だが……お前に届かせるには、これしかねぇ!」
《焦熱拳》の初期形態――
「《圧縮熱・解放式・弐》!!」
地面を焦がし、空気を灼く拳が放たれる。
ユウトは裂け目を発生させて迎撃するが、その直前――烈火の拳が“わずかに逸れた”。
「……ッ!?」
爆風。空間が割れ、視界が弾けた。
“逸れた”のではない。“狙って外した”。
ユウトの防御フィールドがわずかに薄れる瞬間、烈火はその隙間を突いたのだ。
決定打ではなかった。だが、ユウトは片膝をついた。
「……君、戦い慣れてるな」
「慣れたくもねぇけどな。あの日からずっと、喧嘩しかしてねぇ」
試合は引き分けと判断された。
訓練後、控室にて。
ユウトは烈火に問う。
「ひとつ、訊きたい。……君の両親、いつ死んだ?」
「十年前。火災に巻き込まれて、全焼だった。何が言いたい?」
「君の母親の旧姓は?」
「……さあな。覚えてねぇよ」
ユウトは目を細めた。何かを確信したような目。
「なるほど。……なら、いずれ君は気づく。
“この力が、何のために与えられたのか”を」
そう言い残し、彼は去っていった。
烈火はその背中を見送りながら、拳を握り締めた。
――なぜ“火”なんだ。
なぜ俺の家は焼かれた。
なぜ、今になって“昔の記憶”がうっすら蘇ってくる――?
胸の奥で、熱とは違う“ざらついた疑念”が燻り始めていた。
次回:
第7話「禁じられた記録」
烈火の過去に隠された秘密。そして、C.A.L.E.の記録室に保管された“存在しないはずの事件資料”。それが導くのは、彼の「出生」と「敵」の正体だった――