真夜中の通路を、烈火は無言で歩いていた。
重たい靴音が、金属製の床に低く響く。周囲は無人。警備ドローンも、今夜だけはなぜか巡回が緩かった。シアの仕込みか、あるいは風間の意図的な見逃しか。
“育成施設崩壊後、生存を確認。身元を偽装し転送。”
あの記録の一文が、烈火の頭から離れない。
――自分は“生き残った”のではない。“運ばれた”。
だとすれば、誰が? 何のために?
「俺は……誰の人生を生きてるんだ?」
胸の奥がじんじんと痛む。熱ではない。確かにそこに、“裂け目”のような違和感がある。
翌朝。
訓練棟では、いつもと変わらない日常が始まっていた。
訓練、記録、評価、休憩。そしてまた訓練。
だがその合間に、いくつかの異変が混じっていた。
まずひとつ、榊ユウトが訓練に現れなかった。
そしてもうひとつ、選抜チーム内に“ある噂”が流れていた。
――「烈火は、旧C.A.L.E.の被験体だったらしい」。
それを烈火が耳にしたのは、昼の訓練後。鷹人が半ば怒鳴るように報告してきた。
「おい烈火、聞いたか? お前のこと、選抜の連中が“E-ナンバーだ”って……」
「……ああ。たぶん、正解だ」
「は?」
烈火は、いつものような怒りや否定で返さなかった。
その代わりに、ポケットからチップを取り出して見せる。
「昨日、あの中枢記録で見た。俺は“E-07”、計画名《赫焉》。
C.A.L.E.が昔やってた異能因子実験の……“残り物”だったってわけだ」
鷹人は言葉を失った。
その目には、同情でも拒絶でもない、ただ純粋な“困惑”が浮かんでいた。
「じゃあ、お前の“圧縮熱”ってのは……」
「“与えられた能力”だったのかもな。自分の才能じゃなくて、誰かが勝手に俺の体に刻んだ力……」
拳を握る。だがその手には、いつものような熱は灯らなかった。
その夜。
選抜棟の会議室にて。
名瀬シアと、数名の選抜メンバーが小声で言い合っていた。
「E-07……赫焉って、ほんとだったのか?」
「ありえない。あの計画は、全員廃棄されたって記録に……」
「でも、あいつは“火”を操る。しかも異常な制御力。普通の異能者じゃねぇよ」
シアはひとり、何も言わずそのやりとりを聞いていた。
そしてポケットから、古びたメモリを取り出す。
《E-05/被験体データ:名瀬シア》
自分もまた、かつて“作られた側”だったのだ。
「……同族嫌悪ってやつかな」
シアはぼそりとつぶやくと、会議室を出た。
翌日、突然の特別任務通達が下された。
内容は「旧訓練区域での実戦形式調査」。
通常訓練ではない、“本物”が出る可能性があるという。
しかもメンバーに選ばれたのは、選抜から3名――榊ユウト、名瀬シア、そして補欠扱いで八神烈火だった。
「何かの……意図があるな」
風間はその報告を見ながら、目を細めていた。
任務当日。
烈火は支給された戦闘スーツを身にまとい、指定された降下地点に到着した。
そこは廃棄された旧施設――“赫焉計画”の跡地だった。
コンクリートは風化し、焼け焦げた壁がむき出しになっている。
空気は重く、どこか湿っていた。
「ここが……あの日、燃えた場所か」
記憶のどこかが軋む。見覚えのないはずの景色が、妙に懐かしい。
その時、後方からシアが声をかけてきた。
「初めて? “自分の始まりの場所”って」
「……ああ。思い出せるようで、思い出せない。けど、体はここを知ってる」
「なら、きっと“答え”はここにあるよ。お前の始まりも、終わりも」
シアの言葉に、烈火は無言で頷いた。
その直後だった。
警報が鳴る。空気が震え、地面が裂ける。
「異常エネルギー反応! Bランク超電磁異能体、出現確認!」
「……チッ、やっぱり“本物”かよ!」
榊が前に出る。能力《構造断裂》を発動し、先制攻撃。
「烈火、シア! 挟み撃ちでいくぞ!」
烈火は、両手に熱を灯した。
かつて“与えられた”と知っても、それでも――この力で、目の前の敵を倒せるなら。
「俺は、俺の意思で――燃やし尽くす!」
次回:
第9話「赫焉の因子」
旧施設に潜む異能体との交戦中、烈火の“圧縮熱”に異変が起こる。それは、因子の“目覚め”――計画の真の意味を浮かび上がらせる契機となる。