空間が歪む。
コンクリートが融け、空気が焼け焦げるような熱気が辺りを包む中、八神烈火は荒い息を吐いた。
旧施設――“赫焉計画”の残骸が眠る廃墟。その中心に突如現れた異能体は、今までの“模擬戦用”とは明らかに異なる。
金属と有機体が混じり合ったような異形。肩から突出した電磁管が唸り、空間に紫電が走る。
「異能体“G-ラディエント”……過去の実験で逃げ出した個体か」
榊ユウトが呟いた瞬間、敵の攻撃が始まった。
「来るぞ……ッ!!」
空気が爆ぜる。
雷撃と共に放たれた高出力のエネルギー波が、3人を襲った。
「烈火、左右に回り込め! シアは後方支援!」
ユウトの指示で烈火は即座に動く。足元の摩擦熱を利用し、滑るように敵の死角へ――
しかし、そこで“異変”が起きた。
「……っ、熱が……暴れる……!?」
右手に集めたはずの熱が、拳を越えて肘、肩、胸へと広がっていく。
体が……焼ける。
「烈火!? おい、制御が効いてないぞ!」
鷹人の声が脳を突き抜けたが、烈火には応えられなかった。
熱が暴走する。
まるで、体の奥から“別の何か”が目を覚まそうとしているかのように。
(……違う。これ、俺の力じゃ……ない……)
視界が赤黒く染まり、周囲の音が遠ざかっていく。
“圧縮熱”ではない。
これは、“赫焉”という因子が目覚めた証。
彼の細胞が、本来の設計通りの“異能の器”として再起動し始めたのだ。
――《フェーズ2:反応臨界点到達》
――《赫焉因子、部分覚醒を確認》
誰のものとも知れないシステム音が、烈火の内側で響く。
「烈火、戻れッ!」
ユウトが割って入った。彼の《構造断裂》が敵の左腕を斬り裂き、わずかに動きを止める。
その隙に、シアが烈火へと駆け寄った。
「無理に止めようとすんな! 制御しないと、お前の体が焼き尽くされる!」
「うっ……ぐぅ……!」
烈火は、膝をついた。
自分の中で、熱が暴れている。
怒り、恐怖、疑問――あらゆる感情が、燃料となって爆ぜていく。
「落ち着け……俺は、誰だ……? 何のために……この力を……!」
そのときだった。
脳裏に、忘れかけていた“声”が蘇る。
――「あなたは、“誰かを守れる子”になるのよ」
母の声だった。
あの日、家が燃える直前に聞こえた、あの言葉。
「守る……? 俺が……誰かを……?」
ふと、烈火は自分の右手を見た。
赤く燃え上がるその手は、これまで“奪う”ためにしか使われていなかった。
だが今、目の前には命を懸けて戦ってくれる仲間がいる。
ユウトも、シアも、鷹人も――。
(この手で、“誰か”を守る力を……)
烈火は叫んだ。
「なら――この力は、俺が選ぶ!!」
その瞬間、暴走していた熱が、すっと静まった。
だが、それはただの沈静化ではない。
力が、“意志に応えた”のだ。
烈火の右手が、真紅の炎と共に変化する。
表面に赤い紋が浮かび、皮膚が光のような粒子に包まれる。
それは、“赫焉因子”が彼の意志に同調した瞬間だった。
「《赫焉・焦熱拳:臨界型》……行くぞッ!!」
烈火は一歩、踏み出す。
先ほどまでの暴走とは違う。熱を一点に集中し、完全に制御された解放。
「喰らえッッッ!!!」
炸裂する拳。
地面が砕け、異能体の胴体がえぐれた。
炎は敵の内部を貫き、コアを焼き尽くす。
次の瞬間、轟音と共に爆発が起き、異能体は崩れ落ちた。
全てが終わった。
烈火は、その場に膝をつく。
だが、以前のような“喪失”ではなかった。
「やったな……」
シアが隣に座り込み、小さく笑った。
「烈火、お前……ちょっとカッコよかったぞ」
鷹人がニヤリと笑い、背後から声をかける。
そして、ユウトはただ一言、こう言った。
「……選んだんだな。“人としての炎”を」
烈火は、静かに頷いた。
――例え“作られた存在”でも。
この炎が“誰かのため”に灯るのなら。
それは、確かに自分自身のものだ。
次回:
第10話「選ばれた者たち」
任務終了後、烈火たちに提示された“昇格”と、新たな任務。
だがその裏で動き出す、かつての《赫焉計画》関係者たち――
計画は終わってなどいなかった。