気が付けば、雨が止んでいた。
「うおー! 晴れてるー!」
そば屋で美味しいそばとうどんを食べた一行は、店の外に出て少し驚く。
お店に到着するまで降っていた雨は、水溜りと曇り空を残して止んでいた。
依然としていつ雨が降ってきてもおかしくなさそうな曇り空だが、雨が降ってないだけで一は大喜びである。
「これでバーベキュー出来るぜ!」
「はいはい良かったねー。ほら、運転して、運動」
「もっとお前らも喜べよなー」
月日に子供のように諭されて、口を尖らせる一。一に釣られて片手を上げていたヒラタイは、皆がゾロゾロと車に乗る背後で黙ってその手を下ろした。
レジ子の──岡井家の別荘があるのは、旧軽井沢の一等地。森に囲まれ、人気のない静かな場所に、二階建ての大きな家がポツンと建っている。
軽井沢駅から車で二十分弱。
まるで童話のお屋敷のような、そんな雰囲気の別荘を見上げながら、一と未鳩とヒラタイは絶句した。
「「「逆に想像してた別荘だぁあああ!!!」」」
アニメとかで金持ちのキャラクターが言ってそうな「軽井沢の別荘」が、目の前にドンと立っている。
住宅街に並んでいる一軒ではなく、森の中に建っている豪邸。
別荘といえど、こんな絵に描いたような家が出てくるとは思っていなかったのだ。
「でけー」
ヒラケンも流石に唖然としている。
「私も初めて連れてこられた時、あーだったなぁ」
「良いから荷物入れるの手伝え。肉が痛む」
慣れているレジ子の幼馴染二人は、固まっている連中を無視して別荘の扉の鍵を開けた。
普段は管理人が住んでいて、手入れされた綺麗な別荘。
レジ子達が来ると聞いて、管理人が用意してくれたのだろう。玄関には、なんか高そうな花瓶に飾られた花。
「あたし、夢でも見てる訳……?」
「未鳩さん、これは現実だよ……」
「やべー! 俺めっちゃワクワクしてきた!」
「一兄ちゃん、探検しようぜ!」
「よっしゃ来たー! 探検だ!」
「家で暴れるな」
固まる未鳩とヒラタイとは別に、一はまるで中学生のような元気でヒラケンと屋敷に突入しようとするがミヒロに首根っこを掴まれた。
「なんか高い花瓶とかもあるんだぞ。静かに探検しなさい」
「はい……」
「探検は良いんだ……」
正座させられている二人を横目に、ヒラタイも屋敷に足を踏み入れる。
真っ白な壁に、高そうな家具。なんかよく分からない木彫りの彫刻。
二階に上がると、部屋が寝室が四つ用意されている。人数分足りないが、二人ずつで使っても不便のなさそうな程にベッドが大きい。
「屋敷じゃん……」
「普通のお家だよ?」
部屋を見ながら唖然としていると、荷物を運んできたレジ子がそう言った。どうやら彼女は普通という言葉の意味を知らないらしい。
ちなみに部屋割りは平良兄弟、一とミヒロ、女子三人となっている。各自荷物を部屋に置いて、夕飯までは別荘でゆっくり過ごす予定である。
「ふぇ〜、ベッド凄い……俺が沈んでもふわふわだぁ。ぬほほ」
ヒラタイは大きなベッドにダイブして、もうなんなら昼寝でもしようかという気分だ。
「おいヒラタイ!! サウナがあるらしいぜ!!」
しかし、そんな平穏は一が居る限りありえない。
「行くぞヒラタイ!」
「引っ張らないで〜!」
「アイツら元気だなぁ。……で、お前は何をしてるんだ?」
「ミー君の為に、カブトムシさんの罠を作ろうと思います」
「俺……?」
一がヒラタイを庭にあるサウナに連れて行く傍ら、一階のキッチンではレジ子がバナナを取り出して何かをしようとしている。
「なんでバナナ」
普段キッチンに立つ事なんて、カップラーメンのお湯を作る時だけのレジ子が何かしようとしている事にミヒロは少し怯えていた。
何にという訳ではないが、とりあえず包丁持ったり危ない事しようとしたら止める為に隣に立つ。
「バナナをね〜、潰して、お砂糖混ぜて、置いとくとね。カブトムシさんが好きな匂いになるんだって。ソレを木に吊るしておくと、なんとカブトムシパラダイスが出来るって。MeTubeで見たから」
「お前……カブトムシ苦手だったろ。身体がプルプルしてるし」
「ミー君がカブトムシ……ツチノコ探す時に、見付けて、喜んでたし」
カブトムシパラダイスを想像してプルプルと震えながらも、鞄から材料を取り出すレジ子。
ミヒロは東黒川村でカブトムシを見付けてはしゃいでいた自分の事を思い出し、レジ子から少し目を逸らした。
「そんな無理しなくても」
「無理じゃないよ。だってミー君、楽しそうだったし。あと、近付かなければ大丈夫だし」
「……ありがとな。で、このバナナどうするんだ?」
「えーとね──」
キッチンでバナナを潰す棒を取り出しながら、二人は微笑ましい作業を開始しようとする。
二階から降りてきたヒラケンがそんな光景を目にして、一目でカブトムシの罠だと分かったからか二人に声をかけようとするが──
「あ、レジ子姉ちゃんそれ絶対カブト──むぐっ」
「今良いところだから」
「邪魔しないで」
──そんなヒラケンの口を月日と未鳩が押さえ込んだ。
「……な、何?」
「はー、今二人は大人の時間なの。分かる? コレだから中学生は」
「なんで未鳩が大人の話とかしてんの?」
「あん?」
「そもそも作ってるのカブトムシの罠だけどね〜。でもでも〜、この光景邪魔するのは無粋って奴だよ〜」
「月日姉ちゃんが言うならそうなんじゃない?」
「なんであたしの言う事は聞かないのよ……!」
レジ子とミヒロを見守っていた二人にヒラケンも加わるが、そもそもミヒロにはバレているので彼は「何してんだあの三人は……」と呆れている。
しかし、ミヒロが謎の行動をしている三人に意識を持っていかれた瞬間──事件は起きた。
「えーと、バナナを潰します……。えい」
大きく振りかぶって。
まるでスイカ割りでもするが如く、勢いよく振り下ろされた棒はバナナを粉砕する。
その勢いで皮から飛び出たバナナの実が、キッチンと二人の身体に飛び散った。
「何してんだレジ子……」
「えーと……バナナを潰した?」
「お前この状況で、何かやっちゃいました? みたいな顔をよく出来るな」
「えへへ」
「褒めてない」
「えーと、次はね」
「まさかこの状況を正しいと思ってるのかお前は!?」
「え? 違うの……?」
「絶対違うだろ! 見ろこの有様を!」
破裂したバナナ、飛び散ったバナナの実。白濁とした何か(バナナ)を浴びた二人。
あまりにも悲惨な有様に、レジ子も少し考えて辺りを見渡してから口を開けたまま固まる。
「おかしいだろ……!」
「確かに……!」
「何やってんのあの二人……」
「ごめんヒラケン。私が悪かった。二人を助けてあげて」
「へーい」
結局、カブトムシの罠はヒラケンに手伝ってもらう事になったのであった。
☆ヒラケンのカブトムシの罠講座☆
「まずはバナナを皮ごと潰す。勢いよく潰したら飛び散るから、バナナが。袋とかに入れとく。んで、次は砂糖」
「舐めるの〜?」
「んな訳ないだろ……」
「ちょっと舐める。美味しいから」
「真面目にやれ」
「潰したバナナに砂糖を混ぜて腐らせる為に放置する。焼酎も混ぜとくと腐りやすくなる」
「発酵って言いなさい。レジ子が気分悪くなってるでしょ。……おい待て、その酒はどうやって手に入れてきた奴だ」
「後はタッパーとかに入れて放置。凄い匂いがしてきたら完成」
「凄い匂い……?」
「で、完成してるのがコレ」
「お前自前で作って持ってきてたのか」
「ほらレジ子姉ちゃん、匂い嗅いでみる?」
「う──ぐぇ……っ!」
「レジ子ぉぉおおお!!」
「穴開けたペットボトルに詰めて木にぶら下げておくか、そのまま木に塗りたくっとくと良いよ」
そんな訳で、カブトムシの罠完成です。