私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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40.締め括った。

 おはよう、と言う。

 

「おはよう、由佳」

「おはよう由佳ちゃん。あら、今日は厚焼き玉子? すごいのね、もしかして作ったの?」

「変な時間に起きちゃったから」

「おひゃょ~……んにゃ」

「おはよ」

 

 まるで何年もこうであったかのような朝の一コマ。

 ドタバタもしなければ報告ごとがあるわけでもない、普段の振原家。

 

「お姉~……髪やって~」

「いいけど、いいの? いのりちゃんこだわり有ったんじゃないの?」

「めどさが……勝る……」

「この子ったらもう、日を追うごとに自堕落になっていくんだから」

「それだけ甘えているということだね」

 

 お父さんとしおりさんから見えないところで、私の指をかぷっと甘噛みするいのりちゃん。

 甘えるは甘えるでも猫のソレだよねその甘え方。

 

「お姉?」

「ん、なに?」

「……なぁんでもない~」

 

 なんだなんだ。

 なんでそんな楽しそうなんだ。

 

「メイクもお姉にしてもらっちゃおっかなー……♪」

「い・の・り?」

「ああ。いいよしおりさん。別にやってあげてもいい」

「ちょっと、由佳ちゃん駄目よ。この子甘やかしすぎると際限ないんだから」

「まぁ私に任せるってことはどんなクオリティでも許容するってことだからね。私の絵を見たことがある上での発言なら大したものでしょ」

「……やっぱやめとく」

「キャンセル不可だよ」

「お姉の絵は下手だから! 自覚して!!」

 

 訂正、少しドタバタかもしれないけれど。

 これもまた、日常の一つなんだろうな。

 

 

 おはよう、と言う。

 

「ん、おはよーさん」

「おはよ、由佳」

「やはろー由佳ち」

「ユカ、おはよ」

 

 教室にいる人影はまばら。その一角の女子グループ。

 なんでか私の机を中心に集まっているそこに、すぽっと収まる。

 

「あ、那奈。昨日は」

「ね、由佳? 昨日、秋葉と真美から、何か言われなかったかしら~?」

「ぬぇ」

 

 昨日のことを聞こうと思ったら、なにかにっこり笑顔でアイアンクロウをしてくる那奈。あの痛いです。あの。

 

「由佳ち~。メッセ入れてって言ったじゃん~」

「ユカでもどうにもならなかったんだって思ってここのの引き連れていったら……」

「あ」

 

 そういえば、退散することばっかり頭にあって、メッセ入れてなかった。

 ということは。

 

「せっかく……せっかくいい雰囲気だったのに……」

「ああ。忘れてた」

 

 そっか。

 ……彼氏さんと良い雰囲気だったとこにここののが突撃したのか。スーパーシリアスブレイカーだからなぁあの二人。

 わるいことをしました。

 

「あ、そうだ振原」

「なに」

「今日から由佳って呼んでいいか?」

 

 ざわつく那奈、真美、アキ。いや教室全体。

 

「……んだよ」

「か、かすみん嘘だよね?」

「霞……あなたって人は」

「うわー修羅場修羅場」

「急接近きたぁぁあああ!」

「これはGW中になんかあった感じか!」

「きゃあ浅野さん大胆」

 

 振られる腕。飛ぶ消しゴム。仰向けに倒れる男子。

 早業……。

 

「他意はねーんだよ。ただややこしいからだ」

「ああ。……そっか、今日から言うんだったね」

「おう」

 

 いのりちゃん……大丈夫かな。

 

 あ、そうだ。なら。

 

「私も霞って呼ぼっかな」

「……。ちょっと照れんなそれ」

「かすみん!? ねぇ、どういうこと!?」

「おわ揺らすなよ中曽根。別にウチは」

「じゃあ私のことも真美って呼んでよ~!!」

「お、おう。呼んでやるからやめとけ」

「やったぁ!」

 

 ……ホントに付き合ったんだなぁここ。

 いやホント、意外。浅野がOKしたことが。……あ、霞が。

 な、慣れないな。

 

「……なんか私だけ蚊帳の外。私も恋しよっかなー」

「誰狙い?」

「ん~……ここでマミを狙って事態をややこしくするのはアリ」

「え……モテ期!?」

「お前ウチには縛り課すクセに自分は嬉しいのかよ」

「だだ、だって今までモテたことなくて……」

「冗談冗談。スミと争ったら磨り潰されちゃうし。そもそも普通に男子がいいし」

「日野ー! 俺だー! 愛してるー!!」

「陸上部同期なんだから付き合ったっておかしくないよな日野ー!!」

「きゃあ日野さんモテモテ」

 

 ずっと気になってたけどあのきゃあきゃあ言ってる子ホント良い空気吸ってるよね。実は名前覚えてないんだけどさ。

 ちなみにアキはアピールしてきた男子に対し、良い笑顔でサムズダウンをしている。行儀悪いよー。

 

 チャイムが鳴る。

 

「解散解散」

「じゃ、またあとでじっくりね~」

「何をだ何を」

 

 ……うん。

 こっちも多少はドタバタかもしれないけど、やっぱり、日常だな、って。

 

 

 帰宅。

 ちょっと暑かったからシャワー浴びたいなー、なんて思いながらスマホを防水ケースに入れる……と、通知があるのを発見。

 

 ──〝先日差し入れしてくれたスイートポテト、とっても美味しかった〟

 ──〝ありがと、由佳〟

 

 お母さんからだ。

 喜んでくれてよかった。

 

 で、もう一件は……好埜さんから?

 

 ──〝マサに、由佳を取るのだけはやめてくれと言われました〟

 ──〝腹が立ったので今度デートに行きましょう〟

 ──〝二人で楽しい写真とって見せつけましょう〟

 ──〝ついでにあの女も焚きつけましょう〟

 

 相変わらず過ぎる。あ、あの女、というのはお母さんのことね。どうやら潔く身を引いたお母さんが許せないらしく、好埜さんは事あるごとにお母さんを焚き付け、嫉妬という感情を呼び覚まそうとしているらしい。今まで全アプローチで失敗しているらしいけど。

 

 返信する。

 

 ──〝いのりちゃんも一緒ならいいよ〟

 ──〝お父さんの許容量超えちゃうだろうけど〟

 

 ──〝いい〟

 ──〝マサの脳を焼きましょう〟

 

 表現怖いな。

 でも……楽しみが増えた、のかな?

 

 で、お母さんには。

 

 ──〝リクエストあったら言ってね〟

 

 と返しておく。既読はつかないから、今寝てるのかな。

 

 さてシャワーシャワー……という段階で、扉の開く音が玄関から。

 

「たらいま~」

「あれ、いのりちゃん? 部活は?」

「振替休日だってさ~」

 

 そんなのあるんだ。

 ああ、GW中も部活あったから、的な? システムを知らないから全然わからないけど。

 

「一緒にシャワー浴びる?」

「え゛。……それって誘ってるの?」

「だから一緒に浴びない? って」

「……お姉そろそろ性教育受けてくれない? いちいち驚くのなんか恥ずいんだけど」

「学校のはちゃんと受けてるけど」

「……まぁあたしが調教すればいいか」

 

 いのりちゃんはされる側だと思うけど。猛獣的な意味で。

 

「あ、そうだお姉」

「なに」

「た・だ・い・ま」

 

 ……。

 ……うん。

 

「おかえり、いのりちゃん」

 

 私より背伸びしていて、私より人懐っこくて、私より寂しがりやで、私のことを何よりも想ってくれる義妹に。

 そう、返事をする。

 

 思うに。

 日常に劇的は要らない。

 グラデーションのように変遷していく人心の重なりが、時折物事を出来事であるかのように見せるだけ。

 パキっと変わらなくていい。ガラっと変えなくてもいい。

 いのりちゃんとしおりさんが来た一か月前のあの日から、私はほとんど変わっていない。

 ただ少し、前を向くようになって。

 ただ少し、上を見上げるようになったくらい。

 

 恋も愛も、正直まだわからない。

 人は愛されたら愛し返さなきゃいけない気がするもの、というのがいのりちゃんの持論だけど、どうやら私には当てはまらなかったらしい。

 愛されても愛したいとは思えない。好かれても好きたいとは思えない。

 ただ、優しくされたら、優しくし返そう、という気持ちはあるから……私って本当に、〝まだそこまで〟なんじゃないかなって思う。

 想いの成長段階が、まだまだなんだ。

 高校二年生でそれは、ちょっと遅いのかもしれない。霞やいのりちゃんの進み具合を考えると、とんでもなくなのかもしれない。

 

 それでも。

 それでもやっぱり、日常に劇的は要らない。

 いつか、気付いたら、わかるようになっているから。

 ごめんね。少しだけ、待っていてください。

 

 おかえり。

 そして、おはよう、と。そう言うために。

 

──二千二十年五月七日。振原由佳。

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