やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

この前、パンケーキの素を何かの拍子で貰ったこともあり、パンケーキを作りました。

「ホットケーキと大して変わらないだろ」と思ってバターで食べようと思ったのですが、パンケーキに味が無くて絶望しました。

それからというもの、甘くておいしいパンケーキが食べたくて仕方がないのですが、近くのそういうお店がないので、我慢しています。


それでは、ご覧ください。


その15 ~コーヒーの苦み~

 B級映画というジャンルの映画が存在する。

 

 

 映画に掛けられる予算が低かったり、撮影に使っているカメラの台数が少なかったり、やたらとチープなセットや無名の役者ばかりで構成されているあれである。

 

 

 脚本にしても同じで、無名の脚本家を使っているせいか当たり外れが激しく、時にはカオスな内容であることも多々ある。インターカレッジでバスケットをしていたと思ったら、なぜか宇宙人が攻めてきて地球の存亡に関わったりなんて展開も、意外なほどよく見る。

 

 

 だが、その混沌さが好きという変わった人種は割といる。

 

 

 そもそも映画を見るスタンスが違うのだろう。彼ら彼女らは展開の杜撰さを口汚く罵ったかと思えば、次の瞬間にはカメラワークと空間の演出が上手いと褒めたたえる。そうして役者の演技について話しが移ったかと思えば、最後には展開の出鱈目さについて大笑いをする。もう何を評価しているのか全く分からない。

 

 

「いやー、すっごいつまらなかったね。ほら、あの主人公っぽい男が、後半になって意味もなく首を切断されたシーンなんて、スタッフとかどんな顔して撮ったんだろうね」

 

 

 

 俺と切花の後方から、井杖先輩が弾んだ声で大志に話しかけている。

 

 

 ペットショップを一通り堪能した俺たちは、当初の予定通り映画館へと足を運んだ。流石に全国展開している映画館だけあってシアター数が多く、上映している本数も多かったが、その中で井杖先輩が選んだのは『地下三百メートルからの侵攻』という、インディージョンズの副題でもなければ遠慮したいものだった。

 

 

 俺と切花は先輩たちの付き添いであるために、先輩の方針には逆らわないので大志が反対することを密かに期待したものの、結果は二つ返事で了解してしまった。

 

 

 どうなっても知らないと思って見た結果がこれである。大志の奴、「ああ」とか「そうっすね」とか言えていないぞ。

 

 

 

「……感想は?」

 

 

 

 隣で難しそうな顔をしている切花に尋ねてみる。

 

 

 

「最初は面白くなかったんですけど、映画というよりはコントのように見てみると、案外普通でした」

 

 

「……大体俺と同じだな」

 

 

 

 井杖先輩が映画を見る前に俺たちにアドバイスしたのは、「映画を見ようと思わないで」ということだった。何を言っているのかと思ったが、実際に見ているうちに、どういう意味なのか理解できた。

 

 

 要するに、普通の映画のような期待をせず、それこそ身内の演劇でも見るような気分で見るのがいいのだ。

 

 

 始まってから十五分くらいで出てきた地底人なんて、最初は特殊メイクのレベルの低さに戦慄を覚えたが、だんだんと慣れてくるとメイクの手法について考えが及んだ。完成度が高すぎると疑問点が思い浮かばないのだが、稚拙なものだとどうしても過程や手法が気になってしまう。だがそれがいい。

 

 

 というか、あれはメイクというよりは被り物だ。

 

 

 

「でも、結構ユーモアは利いていましたね」

 

 

「ああいうノリだから、あれだけジョークを詰め込めるのかもな。ハリウッド超大作であんなのやられたら、ドン引くぞ」

 

 

 

 何だかんだで、B級映画が好きな人間の気持ちは少しは分かった気がする。下品だったり、陳腐だったりするものの、そのくだらなさについて考え、時には頭をからっぽにして楽しむことができるのだ。

 

 

 もちろん予算が豊潤なものでもそういう作品はあるだろうが、B級映画の方がより見直に感じるのだろう。カメラが少ないのも、裏を返せば視点が少なく、自分の視線に近くなる。そういったものだろう。

 

 

 作品について、それぞれのペアで一通りに語ったところで、井杖先輩が指を回しながら言う。

 

 

 

「じゃあ、ご飯食べに行こっか?」

 

 

 

 そういえば昼を抜いていた。映画を見ているときにはジュースを飲んでいたものの、やはり多少は腹が空いている。

 

 

 切花や大志も空腹なのか、井杖先輩の提案には反対しない。まあ、デートといえば食事だし、食事というのは意外と育ちや個性が出るから、相性が見やすい。

 

 

 美人だけれど食べ方が汚いとか、酢豚にパイナップルを入れる、キスフライに醤油をかけるかソースをかけるかなどなど、その例を上げればキリがないだろう。

 

 

 そんなわけもあって、井杖先輩のセンスに期待しながら連れて行かれた先は小綺麗なカフェだった。入り口付近の壁面を透き通るガラス張りにし、その中のインテリアはアンティーク調のテーブルや椅子が不規則に並べられている。

 

 

 床も大理石のような白地で光沢のある石材を使っていた。今日は誰も履いていないが、革靴ならばコツコツと小気味良い音が聞こえるだろう。

 

 

 いや、何これ。なんでこんな清潔感がありそうな場所で、飯を食べないといかんのだ。というか、腹を満たしそうな炭水化物はあるのか、ここは。

 

 

 

「ここ、パンケーキが美味しいんだよね。切花ちゃんは、甘いもの好き?」

 

 

「好きですよ。でも、パンケーキはあまり食べたことはないですね」

 

 

 

 女子陣が窓際で黄色い声でスイーツ談義を咲かせている中、メニュー表をぱらぱらとめくる。一応タコライスやスパゲッティくらいはあるが、やはりメインはパンケーキらしい。

 

 

 

「八幡さんは、何食べます?」

 

 

 

 無難な選択としてはスパゲッティなのだが、少しパンケーキが気になる。ここでパンケーキを食べなければ、一生縁がない食べ物な気もする。それに甘いものは嫌いな訳ではない。

 

 

 

「俺もパンケーキでいいぞ」

 

 

 

 俺がそう言うと大志も、

 

 

 

「お、俺もそれでいいっす」

 

 

 

 と言うが、若干声が上擦っている。失敗した、俺がパンケーキを選んだせいで、大志が他のメニューを食べにくくなってしまった。

 

 

 そんなことを気にしているうちに、テーブルの上に四つのパンケーキが並ぶ。二重に積みまたパンケーキの上に苺やバナナ、ブルーベリーが宝石のように散りばめられている。そしてその横にどっさり生クリームが盛られ、その横に小さな容器一杯に黄金色のメープルシロップが満たされていた。

 

 

 

「それじゃあ、食べよっか」

 

 

 

 食べるのはいいんだが、どうやって食べればいいのだろう。生クリームとメープルシロップは最初にのせるものなのか?

 

 

 ナイフとフォークを握ったまま戸惑っていると、切花と井杖先輩はケーキを一口大に切り分け、その上に好きな量のクリームやシロップを乗せると、口に入れる。

 

 

 

「あっ! 甘過ぎなくて食べやすい」

 

 

「でしょ! 生クリームもあんまりカロリーないんだって」

 

 

「それは嬉しい情報です」

 

 

 

 二人してぱくぱくと食べていくのに倣って、苺にクリームを乗せて、口に入れる。切花が言った通り、パンケーキ自体はそこまで甘くなく、意外とあっさりしている。むしろケーキ単体で食べると物足りなさを感じそうだ。その分、苺やクリームのとろけるような甘さが美味い。今度はもうメイプルシロップとバナナを合わせて、もう一口食べる。

 

 

 案外イケるな、これ。

 

 

 そう思って、適時切り分けながら喰っていたが、目の前に座る大使のパンケーキがあまり減っていないことに気付く。

 

 

 ……ああ、こいつ。甘いものが得意じゃないのか。無茶しやがって。

 

 

 

 井杖先輩はそのことに気付いていないのか、他愛のない世間話を大志にしている。この人が気付かないことはないと思うのだが、だからといって指摘する気はない。そもそも苦手ならば、最初からそう言わなかった大志が悪いのだから。

 

 

 

「おっ、大志じゃん。なになに、デート?」

 

 

 下世話さと好奇心を詰め込んだような声が、店内から浴びせられる。

 

 

 声の方向にはまだ幼さが残る顔立ちを、薄目の化粧で覆い隠した女子の四人組がそこにはいた。

 

 

 そいつらは、俺と井杖先輩、そして最後に切花を順々に確かめると、興味深そうな表情で大志に近づく。

 

 

 

「結構美人じゃん。ねえねえ、紹介してよ」

 

 

 

 中学の同級生なのだろう。ということは切花とも同級生ことになるが、切花は気にした風でもなく、パンケーキと向かいあっている。

 

 

 リーダー格の女は大志をからかうように喋っているが、残りの三人はチラチラと切花の様子を冷めた窺っていた。逆にリーダーの女は切花の方を一切見ない。

 

 

 何か府に落ちない。

 

 

 

「お前たちうるさいって、ほら、あっちいった」

 

 

 

 大志が少し苛立った様子で立ち上がって、女たちを追い払うので、その合間に切花に尋ねてみる。

 

 

 

「おい、あいつら知り合いか?」

 

 

「同じ中学校の子ですよ。半分は私たちと同じクラスで、時々話していました」

 

 

 

 ならどうして、切花に話しかけないのだろう。女子同士のコミュニケーションならば、こんな場でも挨拶をするのは当然だ。

 

 

 

「あいつらと何かあったのか?」

 

 

「ちょっと向こうから敵視されているだけですよ。この前私に告白してきた深崎くんって覚えてます?」

 

 

「あの運動マンっぽいやつだろ」

 

 

 

 とりあえず一言突っ込みたくなったが、我慢をして話を先に進める。

 

 

 切花は普段と変わらない調子で話しながら、手を動かしてケーキを切り分けている。

 

 

 

「どうもあの子たちの中に、その深崎くんのことが好きな子がいたらしくて、嫌われちゃいました」

 

 

 そう言って切花は、たっぷりと生クリームとシロップをかけてパンケーキを一口入れると、頬を緩めて幸せそうな顔をする。

 

 

 まあ、よくある話ではある。女子同士の友情には、何故かルールが存在していて、その中で一番重いのが恋愛絡みである。誰かの好きな人と知って、そいつと付き合おうものなら、翌日には仲間外れにされるか、いじめられるかのどちらかだ。

 

 

 切花の自覚がないにしろ、結果的に深崎くんを誘惑したように見え、そして振ったのだから、その女子のルールに抵触でもしたのだろう。

 

 

 でも、それでも。だからといって。

 

 

 

「お前はそれでもいいのか?」

 

 

「だって仕方がないですよ。向こうが私のことを嫌っているんですから、私がどうこうすることじゃないですよ」

 

 

 

 やっぱり切花は、変わらない様子で食事を進めている。

 

 

 本来ならば、それでいい。本人が納得しているのなら、これ以上俺が何かを言う必要はない。前に切花に言ったとおり、深崎くんをその気にさせた切花にも悪い部分はあると俺は思うし、その意見を変えるつもりはない。

 

 

 

「でも、寂しくないのか」

 

 

 下らない理由で相手から嫌われて、時々話していた相手とほとんど話さなくなって、こうやってな冷たい目で見られることに。

 

 

「寂しくないですよ」

 

 

 

 切花は言う。あっさりと、散歩でもしているような調子で。

 

 

「勿論、私物を隠されたり、痛い目に遭うのは嫌ですけど。今の所はそういうのもないので、……だったら変わりがないですよ」

 

 

「……それは、駄目だろ」

 

 

 

 思わず語気が荒くなってしまう。

 

 

 

「駄目じゃないですよ。それに八幡さんもよく言っているじゃないですか。その程度で壊れるなら、きっとその程度だったんですよ」

 

 

 

 ああ、よく言っている。何しろ俺自身が信じてやまない理屈だ。ちょっとした惚れた腫れたで縁が切れるなら、深崎くんの件がなくても自然に縁が切れたいたのだろう。

 

 

「そういうことじ……」

 

 

「はいっ、そこまで。そろそろ大志くんが戻ってくるよ。続きがしたいなら、このデートの後でね」

 

 

 

 井杖先輩の冷静な声で、意識に空白ができる。視界の隅には渋々といった様子で離れた席に座る女子たちと、こちらへ戻ってくる大志の姿が確認できた。

 

 

 息を一つ吐いて、一緒に頼んだコーヒーを喉に流し込む。甘いものと合わせるために砂糖とミルクを入れてなかったせいか、強烈な苦みが舌を刺激する。

 

 

 

「すいません。同じクラスの奴がうるさくて。……何かあったんすか?」

 

 

「ううん、何でもないよ」

 

 

 

 井杖先輩と大志の楽しげな声をBGMに、コーヒーをもう一口飲む。

 

 

 俺は意味もなく群がる奴らが大嫌いだ。

 

 

 あいつらは自分の弱さをひた隠しにしているくせに、そのことに気付いていない。嘘や欺瞞に満ち溢れている人間関係を素晴らしいと声高々に叫び、他人にそれを強制しようとする。

 

 

 本当は仲良くなんてないのに、表面上では付き合って、その裏で陰口を叩く。寂しさを紛らわすために誰かを傷つけ、人を見下して小さな虚栄心を満たしている。

 

 

 一人でいるのを何よりも怖がるくせに、一人でいる奴を嘲笑うことなんてしたくない。

 

 

 だから俺は一人でいい。

 

 

 一人でいることにはもう慣れた。そんな曖昧で崩れ落ち易いものに頼るくらいなら、一人で孤独と向き合った方がよっぽどいい。 

 

 

 嘘を吐いて、無理をしなければいけない友達なんて、俺はいらない。

 

 

 ……でもこいつは、切花だけには、俺のような生き方をして欲しくない。嘘を吐いたり、無理をしてでも、誰かと一緒に居て寂しさを紛らわせて欲しい。寂しいと思って欲しい。

 

 

 俺は、初めて切花と言葉を交わしたときから、ずっとそう思っている。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

デート回その二になります。

最近文章を書く環境を変えたせいもあり、執筆速度が少し上がっております。というのも、年度末にかけてプライベートが忙しくなりそうで、更新ペースを維持するために、少し調整してみたりしています。

よっぽどのスランプにならなければ、最低週一ペースは保てるなあというのが、今の所の想定です。


それでは、また次回。

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