やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
えー、皆様。『フラグを立てる』という言葉をご存じでしょうか?
俗語ではありますが、若者文化で広く使われているこの言葉は、特定の言動をとったときに、ある結果を引き寄せてしまうという意味です。
具体的な使用方法としましては、「スランプにならなければ、週一で投稿できる」→スランプに陥ってできない、でしたり「やったか?」→やってない、という感じです。
日常生活における『フラグを立てる』は、社会学の用語でもある『予言の自己成就』と意味が近しく、自分で発した言葉を、自分で実現するように行動してしまうということです。
怖いですね。恐ろしいですね。なので皆様も、待ち合わせの前、試験前、納期前などには、不用意な言葉を出さずに、慎重に行動するのが良いかと思われます。
長々となりましたが、私が言いたかったのは、この一言です。
更新が遅れて、本当に申し訳ございませんでした。
それでは、ご覧下さい。
空に広がる濃紺のキャンパスの片隅に、茜色がひっそりと身を寄せて控えめに存在を主張している。
未だ一番星を見つけることはできないものの、もう少し経てば綺麗な顔を覗かせて、街に夜の訪れを知らせてくれるだろう。
隣で歩く切花は、ぼうっとした表情で遠くの空を見つめたまま何も言わない。
カフェでしばらく時間を潰し、その後に適当にウインドウショッピングをして俺たちのデートは終了した。何ともあっけないが、初回のデートなのだからこの程度で良いだろう。ただ井杖先輩たちは、大志がもう一カ所寄りたい所があるといって、どこかへ向かってしまった。おそらくそこで告白でもするのだろう。
良いも悪いも両方の意味で大志が心配になったが、先輩には手を出さないようにキツくいってあるので、とりあえず間違いだけは起こらないだろう。
「…………」
昼間とは対照的な閑散とした道を、黙々と歩いていく。
切花との沈黙には慣れている。そもそも誰かと一緒にいても話さないこと自体に慣れているので、相手が小町や由比ヶ浜、雪ノ下だろうと会話をしなくてもやっていける自信がある。まあ、自信にしてはいけないのだろうが。
……だから、この胸の中に引っかかっているしこりは、この沈黙とは別の所から去来している。
「……なあ、あのカフェにいた奴らと仲直りとかしないのか?」
「仲直りって……、私は平気なので、向こうから言ってこない限りは、何もしませんよ」
正面の空間の見たまま、切花は答えた。
「そういう意味じゃなくてだな……」
「しつこいですよ?」
ようやくこちらへ向いた切花の顔を見て、吐き出そうとした言葉を慌てて飲み込む。言葉を確認してみるが、果たしてこれが正しいものか分からなくなってしまう。
「いや、何でもない……」
再び沈黙が訪れる。適当な話題でも振ったほうがいいかもしれない。
頭でも振って話題を探してみるが、何も出てこない。流石に俺の頭だけあって、なかなか働いてはくれなかった。
そんな俺の様子を切花は呆れた様子で見ていたが、何か得心のいった表情をすると、再び前を向いて歩き始める。
「……八幡さんって、どうして友達がいないんですか?」
「おい、どうしてその話題を選んだ」
話題を変えるにしても、もう少し俺が傷つかないものがあるだろ。いや、変えてくれたことは有り難いが。
「いえ、割と昔からの疑問でしたので。八幡さんって、目の腐り具合とひねくれた性格と、時々出てくる駄目な発言に目を瞑れば、話をしていて面白いじゃないですか?」
「その三つがほとんど答えじゃねえか」
さっきまでしんみりしていたのが、馬鹿みたいに思えるぞ。
「そういう意味ではなくて、目以外の顔のパーツは整っていたり、何だかんだで面倒見が良かったり、意外と優しかったりするんですから、頑張って無理をすれば、友達の一人くらい作れたと思うんです。どうしてですか?」
「誉めてるのか、貶してるのかのどっちだよ……」
「割と本気で聞いていますよ、私」
そう言う切花の顔は、少し湿った重たい風が髪を舞い上がらせたせいで、その表情を盗み見ることができなかった。
一呼吸をして切花の問いについて考えてみると、すぐに答えは出てくる。
「そんなの決まっているだろ。そうして無理をするような友達なんて、いらないだけだ」
無理をすれば、どこか綻びが出てくる。
頑張れば、ずっと頑張らなければいけない。
嘘を吐けば、それが棘になっていつまでも残る。
最初は一緒にいるのが楽しくても、嘘や欺瞞を積み重ねていくうちに、いつしか仲間外れにならないことが目的になる。そんなのは本末転倒だ。
「そうですね。比企谷さんは、いつもそういう人でした」
久しく呼ばれなかった呼び方を切花は使う。
「それなら、どうして比企谷さんは、自分のできないことを私にやれ言うんですか? ……それは傲慢です」
切花は冷め切った瞳でそう言った。
そう言われても仕方ない。逆の立場ならば、間違いなく切花と同じ行動をとっているだろう。だけれども、
「違う、大事なのはそこじゃない」
はっきりと切花を見据えて言う。
誰とでも仲良くはできない。どんなに頑張って、無理をしたところで、亀裂の走った人間関係を元に戻すことはできないことは多々ある。
切花が人間関係を広く持って欲しいとは、確かに思っている。
だけれども、俺が胸の中心で抱え続けてきたことは、昔からずっと変わらない。
「お前はさっきのカフェで、寂しくないと言ったんだ。平気だとも言った」
そして俺は、その切花の言葉が強がりではないことを知っている。
「そんなの、八幡さんも良く言っているじゃないですか?」
「いや、言ってない」
切花の目が吊り上がるのが分かる。そんな表情の切花を見るのは初めてで、一瞬たじろぐがそのまま話を続ける。
「俺は一人が好きだと言っているんだ。寂しくないなんて、一度も思ったことはない」
一人でいれば、誰かに気を使うこともないし、好きなだけ自分だけで楽しいことが出来る。誰かに責任を擦りつけることもない。
だがどれだけ一人でいるのが好きでも、寂寥感だけは気まぐれにやってくる。
例えば卒業式の日、誰もが別れを惜しんでいる中、一人で校門から出るとき。
例えば昼休み、校舎中に響く騒ぎ声を聞きながら昼食を食べているとき。
例えば休みの日、朝起きたら家族全員が外出しているとき。
そんなとき、自分が石になってしまって、どこにも繋がっていない感覚が心の中から染み出してくる。確かに自分はここにいるのに、その自分ですら輪郭が曖昧になってしまう。一人でいるのが好きなのに、どうしようもない怖さが襲ってくる。
それはきっと俺の中の弱さなのだろう。本当に孤独な人間ではないからこそ、ふとしたときに誰かを必要としてしまう。
「……でも、それでいい。一人でいても、寂しいと思えることが一番大事だ」
でなければ、本当に大切な誰かを見つけたときに、そいつを見失ってしまうかもしれないから。たとえその誰かを見つけることができなくても、求め続けることだけはしなくてはならない。
「だから、お前は間違っているんだ」
切花は何も言わない。ただ唇をぎゅっと引き締めて冷たく俺を見つめ続けるだけだ。
いつの間にか空は完全な暗闇へと染まってゆき、半分に切られた月が幾何学的な模様を表面に映し出している。
「……その考えは、八幡さんの自己満足ですよ」
切花は言う。
「一人ぼっちを正当化しているんですよ。自分の都合で、誰かの都合で友達を作れないで、一人ぼっちになってしまったのを、理由をつけて誤魔化しているんですよ」
冷たい声が体に染み込んでいく。否定をしたくなったが、頭がそれを受け入れている。
「自分の中にある漠然とした不安感に耐えられなくて、でも寂しいから、本当は求めているから大丈夫だって、心の奥で思っているだけじゃないですか」
「…………」
「別に悪いと言っているんじゃないんです。それはきっと誰でもあることでしょう。……ただ、その自己満足を私に押しつけないで下さい。その自己満足で、私の中にあるものを否定しないで下さい。それが、私は一番嫌です」
そう言って切花は前を向くと、俺を先導する形で歩いていった。
アスファルトの中に沈む込みそうになる足を無理矢理動かして、切花に付いていく。車道を走る車のライトがやたら眩しくて、仕方がないので目を細める。
そのまましばらく歩き、いつもの分かれ道へ出ると、ようやく切花はこちらを向いた。
その顔は先ほどの氷のような表情ではなく、たまに一人で居るときの平坦な表情で、まるで先ほどのやりとりがなかったような落ち着きだった。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
綺麗な礼をして帰り道を進む切花の背中を、立ち止まったままぼんやりと見つめる。
普段よりも少し早足で歩いた切花は、生ぬるい風に舞い上げられた黒髪と共に、すぐに薄暗闇の中へと消えていった。
―――――
小学校の三年生か、四年生くらいだったと思う。まだ俺が色々なものを諦めきれなかった頃だ。
小学校の帰り道はいつも一人だった。まあ、小学校に限らず中学校、高校も一人なわけだから、特に強調することもないのだが。
周りの奴らが楽しそうに笑いながら帰っているのを、悔しさを滲ませながら帰っていた俺であったが、ある日下校の集団に年下の女の子が一人でいることに気が付いた。
俺の小学校は学年によって授業が終わる時間が変わったため、違う学年で帰り道が一緒になるのは珍しい。事実、この頃は小町が先に帰っていたので、小町くらいの年の女の子がいたのは意外だった。
そいつはちっとも辛そうな顔をしないで、退屈そうな素振りを見せなかった。そうやっていつも平然な顔で歩いていたから、背は低いくせに俺よりもずっと大人に見えて、正直に言ってしまえば、憧れてもいた。あんな風になってみたいと、帰り道で一緒になるたびに思っていた。
当時の俺は馬鹿だから、そいつが俺と同じ立場にいると思い込んでいて、それなのに、年下の、しかも女の子が自分よりもずっと格好良く振る舞っていると勘違いをしていた。
結局その勘違いは、俺の一方的な思いこみだということを少しして知る。
ある休み時間、移動があったので下級生の階を歩いていたら、そいつが楽しそうに話している姿を見つけてしまった。
帰り道の時とは打って変わって、頬を緩めて、目元を歪ませて笑ってるそいつの姿を見て、ひどく落ち込んだのを覚えている。
普通に友達がいる奴が一人が平気なのに、どうして自分はこんな思いを抱えているのだろう。そんな風に振る舞えないから、自分には友達ができないのだろうか、なんて放課後までずっと考えていて、でもやっぱり答えなんてでなかったから、その日の帰り道に思いきって、本人に聞いてみることにした。
太陽が燦々と輝く中、近くに俺とそいつ以外居ないことを念入りに確認してから声を掛ける。
『なあ、一人でいて寂しくないのか?』
そいつは一端周囲を見渡し、自分に声を掛けられていることを確認すると、おずおずと答える。
『……はい、寂しくないです』
『何でだ? お前友達いるだろ。休み時間にみんなと楽しそうにしているだろ? でも今一人でいて寂しくないのか?』
今になって思うと、初めて話した人が、休み時間や友達の有無までしっているわけだから、警戒されてもおかしくなかった。
そいつを少し間をおいて、答えを考えていた様子だったが、すぐに口を動かしてくれた。
『元々そういうのは平気なので。皆と一緒にいるのは楽しいですけど、それだけ。いないのだったら、それでもいいんです』
澄ました顔でそいつは言った。
それはきっと悲しい生き方だと、子供ながらに俺は思った。いつか誰もいなくなってしまうような生き方だ。そして、友達がいるのをどっちでもいいだなんて言えてしまうことが、何よりも嫌だった。
そいつはそれで満足をしているのかもしれないが、それでもその姿を見るのが嫌で、その二日後、俺はそいつに小町を紹介した。
誰かと一緒にいることを、心から望んで欲しくて。
……それが切花と初めの出会いだった。どこにでもあるような、ただの初恋だ。
ご覧いただき、ありがとうございます。
前書きにも書きましたが、絶賛スランプ中です。
書いては消して、考えては練り直しては続けているのもあって、上げるのがここまで遅くなってしまいました。
もしかしたら更新が遅くなってしまかもしれませんが、それでも書き続けますので、よろしくお願いします。
それでは、また次回。