やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

前回の後書きでも書いていた通り、ここから朱音編になります。そういうわけでして、朱音には色々頑張ってもらいます。

本編については、後書きにて書こうと思うので、別のことを。

整理のために自分の書いた文章を読み直していたのですが、前書きや後書きが恐ろしく適当に書いていることを改めて知りました。

一応最初の段階では朱音編を書くことを悟られないようにしていたので、仕方ないと言えばそうなのですが。……楽しくラブコメやるってどうして書いたのでしょう?


それでは、ご覧下さい。


切花朱音
幼少期 ~モノクロフィルムの記憶~


 ぴかぴかに磨かれた自動ドアをくぐり抜けると、煌びやかな世界が私を出迎えました。

 

 

 古めかしい装飾が施された照明から目を細めるほどの鮮烈な光が溢れ出し、フロア一帯を染め上げています。整然と陳列された高級そうな洋服や、ガラスケースに入れられた指輪やネックレスは、幼い私が見たことがないくらいお洒落なもので、それがあちらこちらに並べられています。

 

 

 何よりも私を驚かせたのは、川の流れのように常に絶えることない人の数でした。そしてその誰もが、近所のおじさんや、幼稚園の先生よりもずっと大人びていたのです。そのせいか私の手を握る両親の手がいつもより逞しく見えて、何だか大変な所に来てしまったのだなと、私はしみじみ思っていたのです。

 

 

 ……そうして私が初めて訪れた百貨店は、新鮮な喜びと未知への興奮で満たされていたのでした。

 

 

 当時の私は百貨店かどういう場所か知りませんでしたし、両親からは大きなスーパーとしか聞いていなかったので、もっとこじんまりとしたものを想像していたのです。

 

 

 そのため私は、頭の中に思い描いていた景色と目の前に広がる景色の差に大層喜び、困ったように笑う父と母の手を引っ張りながら、百貨店の中を回ったのを良く覚えています。

 

 

 父の友人への贈り物を買うために百貨店に来たのですが、両親はその予定を後回しにして様々な場所へと連れて行ってもらえました。

 

 

 それは不思議な光沢をした万年筆を取り扱った文具屋であったり、普段着るよりもずっと上等な子供服や、やたら凝った仕掛けの世界各国の玩具を売っているお店であったりと、それはもう面白いお店ばかりでした。

 

 

 もちろん何一つ買うことはなかったのですが、それでもただ見て触っているだけでも十分に楽しく、それこそ目を輝かせながら一つ一つのお店を堪能していました。

 

 

 私が一通り回り満足し、いよいよ両親の買い物のために紳士服売場へと向かったところです。

 

 

 あの頃の私は好奇心旺盛な子供の例に漏れず、目新しいものにはふらふら吸い寄せられてしまうという厄介な性質を持っていましたので、ふと両親が目を離した隙に、また別のお店へと足を運んでしまったのです。

 

 

 そのまま何店かを回りました。全く知らない、それでいて宝石箱のようなこの場所は、私を退屈させることなく煌びやかな世界へと導いていったのです。

 

 

 そうして私がスポーツ用品売場から飽きて出たとき、ようやく私は、自分が両親とはぐれてしまったと分かりました。

 

 

 どうやってここまで来たのかは覚えていません。何度かエスカレーターを上り下りしたことは分かっていましたが、私が今何階にいて、そして紳士服売場が何階にあったかなんては全く覚えていなかったのです。

 

 

 不思議と慌てることはありませんでした。一人になったことで、これ幸いにと先程訪れたお店をもう一度回ることも考えましたが、改めて考えると後ろ髪を引く程のものではなかったので、その場に留まることにしました。

 

 

 とりあえず近くのベンチへと座りました。木製の、ワックスをふんだんに使って磨かれたベンチは背もたれがなく、座り心地があまり良くはありませんでしたので、お行儀悪く両手で頬杖をつきながら座っていました。迷子になったときは無理に動かずその場に留まったほうが良いという幼稚園の先生の教えを、ようやく思い出したからです。

 

 

 特にすることなど無かったので、目の前を通り過ぎる人たちを眺めながら時間を潰しました。

 

 

 腰が少し曲がった老夫婦、香水とコロンの匂いを漂わせる年の離れた男女、姉弟を引き連れた親子と様々な人が通り過ぎました。そして誰もが大なり小なり口元に笑みを浮かべて、頬を緩めているのです。

 

 

 子供ながらに素敵な場所だなと思いました。

 

 

 きっとこの場所は誰でも幸せな気持ちにしてくれるところで、ここに来る人たちはこの温かな気持ちを求めて、ここを訪れるのでしょう。

 

 

 そんなことを考えていると、見ているだけの私でも何だか嬉しい気持ちになって、きっとあの人は美味しいものを食べたからだとか、あの子はずっと欲しかったものを買ってもらったのかもしれないとか、そんな想像をしながら自然と口元に笑みを浮かべていました。

 

 

 しばらく時間を潰していると、遠くから両親の声が聞こえてきます。その声に幾らか切迫感が混じっていたのですが、そんなことに全く気付かず、すぐに私は声が響く方向へと走っていきました。

 

 

 私はこの感動を両親に伝えたかったのです。こんな素敵な場所に連れてきてありがとうと、ただ言いたかったのです。でも小さい私にはなかなか感謝の言葉は浮かんでこず、ごちゃごちゃと頭の中をひっくり返しているうちに、私は両親の元へと駆けつけたのです。

 

 

 両親は私の姿を見つけると、大きな安堵の息を吐いて安心した表情になりました。そして私が二人にたどり着くと、私が何かを言う前に、母は私を思いきり抱きしめたのです。

 

 

 正直に言うと母の抱きしめかたが強く少し痛かったのです。ただそんなことよりも私の喜びをどうにかして両親に伝えようと言葉を探していたら、母が魔法の呪文を紡ぎました。

 

 

 

「一人にしてしまってごめんね。寂しかったでしょう?」

 

 

 

 その言葉の意味はよく分かりませんでしたが、それでも母の腕の中は温かくて心地がよく、一人で歩き回って疲れていたこともあって、すぐに私はその幸福感に包まれながら眠ってしまいました。

 

 

 

 ……それが私の思い出せる一番古い記憶です。

 

 

 こんな私が私であった、最初の時間です。

 

 

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

朱音編で物語が続くといったな、ごめんなさい、あれは嘘です。

ということで朱音の過去編です。一部の裏や、そもそも本編前に朱音も色々思ったり、悩んだりしていまして。そのことを書いて行こうと思います。

そういう訳でして、今回は朱音編におけるプロローグみたいなものです。

後二話くらいは八幡が絡みませんが、それでもお付き合いいただければと思います。


それでは、また次回。

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