◆
声が聞こえる。ナイフのような鋭い声だ。
私は彼女について心当たりがあった。当然のことだ。忘れる訳がない。確かこの時、硬く冷たいコンクリートの上に寝転がって、その声を聞いたはずだ。
「……なあ」
「何で、しょうか?」
ボロボロのまま、途切れ途切れで言葉を返す。その後は──そうだ、不思議な感覚だった。つい先程まで私を殴っていた彼女が、あんなにも優しい声色を見せたのだから。
「トリニティってのは、お前みたいなヤツばっかりなのか?」
──────────────────────
「──さん! レイサさん!」
瞼を開けると、真っ暗な夜空と乱立している鬱蒼とした樹木──そして、きらきらと月光を反射している銀色の髪が目に入った。
「……スズミさん?」
「はい、スズミです! よかった、意識があるんですね……!」
どうやら彼女は仰向けになった私を抱いて、頭を膝の上に乗せているようだ。今まで見たことのないような焦燥を顔に浮かべている。
珍しい。私はそう思った。
「どうして、ここに……」
「近くでパトロールをしていたからです! 大きな物音が聞こえたので、疑問に思って近づいたのですが……まさか、レイサさんに会えるなんて」
「……久しぶり、ですもんね──」
直後、絞った喉が音を上げる。胸を何度も叩くが、それでも咳は止まらない。
「ひどいケガじゃないですか、早く救護騎士団の方々に診てもらわないと……!」
急いで私の体を抱き上げるスズミさんの顔に、私はなんとか腕を伸ばした。
「……ダメ、です」
「ダメって……どうしてですか? 何かまずいことが?」
当然の疑問をぶつけられる。餅は餅屋ということだ。救護騎士団の元で治療をするのが最善なのだ、普通は。
だが、今の私にはガヴがある。それを一般の生徒に見られれば、もっと状況が複雑になってしまう──例えスズミさんが相手であったとしても。
「……すみません」
何も言わず、一言謝るだけ。
もっと上手い誤魔化方なんて、いくらでもあったかもしれない。でも欲張りな私は、尊敬するスズミさんに嘘を吐きたくはなかった。
当の彼女はザクロのような瞳孔を不安気に揺らし、ゆっくりと瞼を閉じる。
「分かりました。言いたくないのなら、無理に言わせたりはしません。レイサさんを信じます」
そして、優しく芯のある声色でそう言い放った。
「……ありがとうございます、スズミさん」
「いえ、礼を言われるようなことではありません。しかし、病院以外で手当てが出来る所ですか。そうですね……」
スズミさんは持ち上げた私の身体が安定しているのを確認すると、早足で歩き出す。前方を見据えるその姿は、なんだか彼女が遠くにいるように感じられた。
「近くに、治安維持のために押さえている空き家があるんです。そこに行きましょうか」
「……家賃を払っているのですか? 治安維持のために?」
「……まあ、そうなります」
歯切れの悪い返答。気になりはするが、緊急を要する今のような状況では、取り立てて考えるほどの大きなことではないだろう。とにかく少しでも身体の回復を早めなければならない。出来るだけ休まねば。
私はそれっきり、しばらく黙ることにした。
──────────────────────
「ここ、私の家ですね」
「……はい?」
スズミさんの声が裏返る。調子が狂ってしまうな、こっちだって困惑に包まれているというのに。
正直あまり飲み込めていないが、この状況を一言で説明するならば、『スズミさんの押さえていた空き家が私の家だった』ということだ。
「何を……何を言っているのですか? レイサさんは寮に住んでいるのでは?」
「それがですねぇ……実は深夜にパトロールをしすぎて、結構前に追い出されていまして。せめて住む場所くらいは確保しておこうと思って、この部屋を借りたんですけど……ゴホッ。あはは、いやぁ、奇跡ですね」
「そんなことが。では、私は知らず知らずの内に、レイサさんの家賃を払っていたんですね」
「……確かに、そういうことになりますね。お金は後で返しますから……」
彼女は納得しているのかよく分からない微妙な表情をすると、私を片手で持ったままにもう片方の手で玄関の鍵を回し、扉を開いた。
「お邪魔します」
「ど、どうぞ……?」
スズミさんはまるで見慣れた自室に踏み込むかのような、淀みのない足さばきで靴を脱いだ。そのまま私を抱き抱えた状態を維持しつつ、空いた片手で器用に私の靴の踵を捉え、滑るように脱がせていく。
廊下を通って運び込まれたワンルームには、細かい小物こそ見当たらないが、かつて私が使っていたベッドや棚、テーブルなどの大型の家具達がひっそりと佇んでいた。月明かりのみに照らされて、自分の部屋にも関わらず、どこか博物館の展示室のような静謐な距離を感じる。
「小物類は棚にまとめて収納しているので。ご心配なく」
「……ありがとうございます……」
私が室内の様子を窺っていることに気付いたのか、彼女はさらりとそう告げた。思考の先を読まれていたことに、思わず心臓が跳ねる。この人には敵わない──そんな心地よい敗北感が胸をよぎった。
スズミさんは慎重な手つきで私をベッドへと横たえた。使い込んだシーツの感触が背中に伝わると同時に、彼女の手がどこからともなく取り出された医療ポーチへと伸びる。慣れた手つきで消毒液や包帯が並べられ、テキパキと応急処置が始まろうとしたその時、私は反射的に身を強張らせた。
「それは……自分で、やらせてください」
彼女は動きを止めたが、私の言葉に対しては何も返さない。ただ、真っ直ぐに姿勢を正して背を向けた。
「あ、ありがとうございます──」
その時、ぐるる、と私の腹の虫が鳴る。
「ゼリーでも買ってきましょうか?」
「……すみません。お願いします」
「謝ることではありませんよ。レイサさんは手当に専念してください」
スズミさんは短く言い残すと、迷いのない足取りで玄関へと向かった。扉の控えめな音がして、鍵の閉まる音が続く。一人ぼっちになった室内には、月光のみが微かに取り残されていた。
「……申し訳ないことばっかり、してしまった気がしますね」
少し経って、痛む身体を無理やり起こす。ベッドの端に置かれた止血剤を手に取って、身体中の傷へと手当たり次第に塗りたくっていく。
「……いたっ」
鋭い痛みが走るが、むしろその痛みのおかげで、霧がかっていた頭が少しずつ冷えていくのが分かった。
私は負けたのだ。
連携においても、作戦においても、シータとジープの二人を前にして──絶対に負けてはいけない戦いにおいて、完全な敗北を喫した。そして、その結果として杏山カズサを連れて行かれた。それのどれほど不甲斐ないことか。
「もっと」
もっと上手くやれたはずだ。あんな無様を晒さないように、いくらでも努力が出来たはずだ。なのにそうしなかった。パトロールに明け暮れ、気持ちの良い正義を叫び、目の前の分かりやすい成功だけを追いかけた。
勝ちたいという思いこそあれど、そのための具体的なビジョンを何も考えてはいなかったのだ。
「……強く、ならないと」
震える手で真っ白な包帯を取り、端を口で咥え、片手で身体に巻き付けていく。手慣れたものだ。中学の頃から同じことを繰り返しているから。
変わっていない、と絶望するつもりはない。私はただ、これだけの時間を経ても乗り越えられない壁に突き当たる無力さを──己の弱さを、激しく悔いている。
そんなことを考えていると、あっという間に包帯の結び目が最後の一つになった。伸ばした端を切り、私は手当を完了させる。
「腕は……動きますね」
左腕はもちらん、ジープに貫かれた右腕もとっくに動くようになっていた。元から頑丈ではあったが、ここまで再生が早かった覚えはない。ガヴが付いた影響だろうか。
「脚も問題なく。もう戦えそうです」
もっとも、今から戦って彼らに勝てるとは思えないが。
「……くっ……」
力が及ばないということが、これほどまでに私の心を深く突き刺してくるとは思わなかった。今までは杏山カズサに負ける度、次こそはと意気込んだものだったが。より強く、後がないという事実を実感する。
悔しさを紛らわすためにシーツを掴んでも、その表面に手応えのない滑らかな波が生まれるだけだった。
「こんなんじゃ……こんな体たらくじゃ、私は……!」
喉の奥から絞り出すような声が漏れる。指先に力を込めれば込めるほど、かつての自分が、今の自分が、地の底へと引きずり込まれていく。
「自警団、失格じゃないですかっ!!!」
激情に任せて叫んだその瞬間、廊下の向こうから一つの人影が現れた。
「……レイサさん?」
ビニール袋を提げたまま、スズミさんは驚いたように目を見開いて立ち止まる。
「……スズミ、さん──」
彼女は私が言い切るよりも早く、こちらへと歩み寄って抱くように引き寄せた。
「──あ」
「無理をさせてしまいましたね。すみません、私がもっと早く戻っていれば」
「いや、そんな……謝るのは私の方で……」
「謝る必要なんてありません。それに、自警団失格だなんて……そんな悲しいこと、言わないでください」
スズミさんの声が私の耳元で夜風のように穏やかに響く。それは、私の膝の上でぎゅっと握りしめていた拳を、ゆっくりと解かせた。
「レイサさん。何があったんですか?」
「えっ、と、その……話せば、長くなりますね」
「構いませんよ、どれだけ長くても。今はただ、レイサさんと長く話せることが嬉しいですから」
「……そう、なんですか」
「はい。ですが、もし話したくないことがあるのなら、遠慮なくその部分だけを濁してください。それで話の前後関係がすっぽ抜けたとしても、私はレイサさんを疑ったり、それ以上聞き直したりもしません。それと──」
スズミさんはそこで一度言葉を切った。
「ここからは自警団とは関係のない、とある女性の独り言ですが。……私はレイサさんの選択なら、戦ってほしくないという気持ちだって尊重したいと考えていますよ」
「──────」
「もう一度だけ聞きます。何があったんですか?」
混乱した感情が胸の中で渦巻き、心臓がうるさいくらいに跳ねる。私にしか聞こえないはずなのに、心拍の音が部屋中に響いているようだった。
それでも、スズミさんはただ静かに抱き締めて、私を受け止めてくれている。その帳のような安息が、私の喉を少しずつ開かせていく。
「……私の。私の、友達の身が危ないんです」
「はい」
「悪い人達に捕まってしまって。その場には私しかいなかったんです。だから負けたくなくて、全力で戦って……なのに、なのにっ──!」
視界が熱くなる。シーツを握り締めた指が白く震え、こらえていた涙が、堰を切ったように頬を伝い落ちる。
「私、負けちゃって! 助けなきゃいけなかったのに、私がやるしかなかったのにっ! 私の唯一の取り柄なのに、全然ダメで、不甲斐ない結果でっ!! 悔しくて、悔しくて……!」
杏山カズサを奪われた悲しみ。シータとジープの圧倒的な連携による実力差。そして何より、自分自身への失望。嗚咽混じりの魂の叫びは、夜の静寂を切り裂いて部屋に響き渡った。
スズミさんは私の背中に手を添えて、どこまでも澄んだ声で、綿雪のように語り出す。
「私が知っているレイサさんは、いつだって誰かのために街を駆け回って、不器用でも一生懸命に正義を貫こうとする──そんな、立派な自警団員です。今の貴方がどう思っているとしても、その事実は変わりませんよ」
「……スズミ、さん……!」
「はい。スズミです」
「スズミさん、スズミさん、スズミさんっ!」
「ふふっ。そう何度も呼ばなくたって、私はどこにも行きませんよ」
スズミさんは困ったように笑いながら、私の涙を拭うように指先で優しく頬を撫でてくれた。その感触があまりに温かくて、私は子供のように何度も名前を呼び続けてしまう。
やっぱり敵わない。スズミさんには敵わない。
「さ、ご飯にしましょう。お腹減りましたよね」
スズミさんは最後に私の頭を撫でると、机に置いていたコンビニの袋を広げた。
私は、中から取り出されたスポーツ飲料のゼリーを受け取る。ひんやりとしたパウチの冷たさが、泣き腫らして火照った身体に心地良かった。
「……いただきます」
軽く両手を合わせ、一口、二口と流し込む。喉を通るゼリーは驚くほど味気なく感じたが、それでも胃に落ちるたびに、身体の奥から力が湧いてくるのが分かった。
「どうですか? お腹に溜まりますか?」
「えっ? お腹に……まあ、そうですね」
「そうですか。それは良かったです」
スズミさんが嬉しそうに笑う。
ふとそちらを見ると、彼女は私の視線に気が付いたのか、手元のレジ袋を少し気まずそうに背後に回した。私は何かを隠しているように見えて、
「それは?」
と、思わず疑問に口にする。するとスズミさんはぴくりと眉を動かし、それから観念したように肩をすくめた。
「……気づかれてしまいましたか。いえ、その、本当は買うつもりはなかったんです。気の迷いと言いますか、今のレイサさんの状態を考えれば、こんな食べづらいもの、負担にしかならないと分かってはいたのですが」
そう言いながら彼女が袋の奥から取り出したのは、小さな四角い箱。透明の蓋に覆われた、一切れのショートケーキだった。
「どうしても買いたくて。だって、今日は五月三一日。レイサさんの誕生日ですから」
「……え?」
「すみません。今ではありませんでしたよね」
気まずそうに目を伏せたスズミさんは、やっぱり場違いなものを買ってしまったと言いたげに、差し出しかけたケーキを慌てて引っ込めようとする。しかし──
「──そんなこと、ありませんっ!」
遮るように言い切った。
忘れていた。私は今日が特別な日だということを忘れていたのだ。戦いの色で塗り潰されて、日付の感覚なんてとっくのとうに消え失せて、私ですら忘れていたというのに。
スズミさんは、ずっと覚えていてくれた。
「食べます! 今、食べたいんです!」
「そ、そうなんですか……? でも体調が……」
「大丈夫です! 仮に大丈夫じゃないとしても、スズミさんからいただいたケーキを食べれば、すぐに大丈夫になります!」
「……そこまで言うのであれば……」
スズミさんは気圧されたように瞬きをすると、透明な蓋を外し、フォークを添えてケーキを差し出す。
黒いプラスチックのトレーの上で鎮座しているそれは、小ぶりながらも丁寧に作られているのが一目で分かった。真っ白な生クリームが均一に波打ち、その頂点では艶やかな赤いイチゴが、まるでティアラのように飾っている。幾層にも重ねられたスポンジの間から顔を覗かせた果肉は、全体の風合いを引き立てるブローチのようだった。
スイーツの王。そんな気がする。
私はフォークをそっとケーキに沈め、その手ごたえを感じながら、掬い取って口へと運んだ。
「……わあっ」
濃厚な生クリームが舌の上でじゅわっと心地良く溶け、卵の風味が豊かなスポンジと混ざり合う。噛み締めるたびに贅沢な甘味が口中に広がった。
今度はさらに大きく切り取って、口いっぱいにケーキを入れる。その瞬間、それは全く異なる姿を見せた。
イチゴの跳ねるような酸味。これまでの蠱惑的な甘さからはかけ離れた、活動的なシルエット。底の見えない絶妙なアクセントは、澄んだ風となって鼻腔へ抜けていく。
「おいしい……!」
ただ甘いだけじゃない。それが、その味が、なぜだかスズミさんからの激励のように思えた。
「……行くんですね。レイサさん」
「えっ? それはどういう──」
「誤魔化さなくてもいいですよ。貴方の目が、そう言っていますから」
「……あはは、そうですよね!」
ボロボロになって、友達を奪われて、自分を嫌いになりかけていた。それでも私の無事を祈って、誕生日を──私が存在することを、祝おうとしてくれる人が目の前にいる。自分を大切に思ってくれている人が目の前にいる。
「なら一つだけ。どうか、自分を大切にすることを忘れないでください」
「はい、必ず帰ってきます! 誕生日パーティーの続きはまた後で!」
私はまだ半分残っているショートケーキをそっと机に置くと、弾かれたように玄関へと走り出した。
もう迷わない。背中に受けるスズミさんの視線が、今の私には何よりも心強い。
「では、行ってきますっ!」
扉を勢いよく押し開け、私はまだ月が昇ったままの真っ暗な世界へと飛び出した。
「一人分、追加で準備しておきましょうか」
そう呟く、スズミさんを残して。
──────────────────────
◇
誰の人影も見えない真夜中の街並みで、二人だけの足音とやかましい話し声が無秩序に交差する。私はぼんやりと周囲の店を眺めながら、地に足をつけることすら許されず、シータの肩に乱雑に担がれていた。
「なぁ、こっからどうするよ、ジープ? 人間界をこのまま好き放題めちゃくちゃにしてさぁ、それだけじゃクソ家族どもが邪魔だよな」
「そうねシータ。ニエルブ兄さんから研究結果を盗むか……デンテおじさんを探すのもいいかも」
「そうか、デンテおじさん! 確かにそうだなぁ、流石ジープ!」
「当然よ。私達は二人で一つ。これからも、私達に越えられない壁なんてないんだから!」
彼らは楽しそうにケラケラと笑う。繰り返される不快な音が、悪感情が、支えが足りなくて絶えず揺れる平衡感覚が、もやがかかった私の頭に直で響いた。
「……どこに、向かってる訳」
「あ? 勝手に喋んじゃねぇよ!」
私が口を動かすと、シータはすぐさま声を荒げて、私の身体を持ち上げていた片腕に力を入れる。抱き潰さんとするその攻撃は私の頭に血を上らせ、ますます思考能力が奪われていく。
「──あ、がっ」
「人間どもがうじゃうじゃいやがる所だ。トリニティ総合学園、つったか?」
「闇菓子の……材料に、する気か」
「んなもんもう興味ねーよ。バカ家族が勝手に作ってるだけのゴミだろ」
「じゃあ、なんで──」
「お前の友達とやらがいるからだ」
「──────」
「俺達が全てを失ったってのに、お前がそうじゃないってのは不公平だよな? 赤ガヴは殺したが、それでもまだ足りねぇ。な、ジープ」
「当然よ。一緒に戦う仲間を殺して、守るべき相手を殺して、この先も生きていくはずだった居場所を壊して……もう死んだ方がマシだって思えるまで、ずっと、ずっと!」
「殺してくださいって無様に懇願したら、そん時ぁ殺してやるからさ。感謝しろよな、感謝」
「……クソ化け物が、あぁぁぁ!?」
残りの力を振り絞って悪態をついた瞬間、シータは私を容赦なく地面へと叩きつけた。視界がぐにゃりと歪み、火を噴くような激痛が全身を駆け巡る。
痛い、痛い、熱い、痛い──
「がはッ、あ、あぁぁ!!」
「『ありがとうございます』だろ!? 立場を理解できてねぇバカが! 躾が足んねぇみてーだなあオイ、いっぺん半殺しにして──」
「そこまでです!!!」
「──あ?」
しかし、弾丸のような一筋の声が夜の喧騒を、苦痛に身をよじる私すらも切り裂いて、その場の主導権を奪い去っていった。
車の往来のない道のど真ん中に、二本の足で凛と立つ少女が一人。月明かりを背中に浴びていた。
「……なん、で、なんであいつが! 確かに殺したはずよね、シータぁ!」
「おかしい……! おかしいだろ、あり得ねぇだろっ! クソッ!」
二人の激しい焦燥なんて、もう視界には入らない。
夜風に小さく揺れるパーカーの袖。若干ぶかついたズボンと、低い位置で括られたツインテール。暗中で深い色合いを見せる色彩の髪。そして何より、ただひたすらに真っ直ぐで、強く輝いた両の目。
「宇沢」
血まみれの痰で掠れた声に応えるように、彼女は小さく頷いた。身体中が傷だらけのはずなのに。ボロボロのはずなのに。立てなくなっておかしくないはずなのに。
「……そういや、アンタはそういうヤツだったね」
「──でも俺達はさっきあいつに勝ってる! また同じようにやれば良いだけだ、そうだろジープ!」
「ええ、私達は二人で一つ! 私達が一緒なら誰にも負けない!」
「……確かにさっきは負けましたね。完敗でした。思いでも、戦術でも」
自分達を鼓舞するように叫ぶ双子を前にして、宇沢はただ静かに、けれど力強く微笑んでみせた。
「でも、私は負け一つでへこたれたりなんかしてやりません。勝てるまで、伸ばした手が届くまで、何度だって立ち向かって見せます! しぶといのが私の取り柄ですからっ!」
彼女は腰に手を当てると、ジッパーを開けて腹部を──赤い口を露わにする。そして、どこからか手の平に飛び込んでいた白い小さな生き物をその口中にあてがった。
《Cake!》
《Eat cake! Eat cake! 》
「変身ッ!!!」
叫びとともにボタンを押し込み、彼女は溢れ出た光に包まれる。
眷属の雄叫びを合図に、その光はまずホールケーキに似た実体を作り出した。しかしそれは直後に飛来した一本のレイピアによって切り分けられ、破片が内部の宇沢に装甲として取り込まれていく。純白に身を染めたその頭には、イチゴの鮮烈な赤い王冠を戴いた。
これまでとは違うのだと、私にだって簡単に分かる。言うなれば、全く新しい宇沢に生まれ変わった──といったところだろうか。
《Caking! Amazing!》
「返してもらいます。杏山カズサを──泣くスケバンも黙る恐怖の怪猫、キャスパリーグを!」
彼女はマントを靡かせながら、流麗にレイピアを構えた。