死を超克してなお、生とは難儀なモノである。

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不死たちの夜会

 

 人間に生まれた時点で勝っている。

 

 本来、輪廻は業である。この惑星には、とかく候補(・・)が多過ぎる。ありがたいことに神様は、卵生だろうが胎生だろうが、背骨が有ろうが無かろうが、そうした差異の一切を些事と切って捨てていて、微塵も頓着せぬらしい。

 

 系統の樹の何処(いずこ)の枝節に身を置こうとも、結局同じ。正真正銘、生命(いのち)は等価値なのである。

 

 魂は、生きとし生けるすべてに宿る。

 巣穴の奥で孵化を待つ、蟻の卵ひとつひとつが例外なしに転生の候補先である。

 

 屍肉あさりの虫けらや、毛穴に潜むダニの類、あるいはいっそ雑草と、コケ、シダ、地衣に至るまで──。生きて、増えんとする意志を示す存在であるならば、それは漏れなく対象となる。なっちまう(・・・・・)

 

 これはとんでもないことだ。

 

 考えてもみるがいい。無限の宇宙の暗黒にぽつんと浮かぶこの惑星に蔓延る生命の総数が、いったいいくら(・・・)にのぼるのか。

 

 地球上に人類は、ざっと八十億前後。

 

 ものの、たかだか、八十億ぽっちしか棲息して居ないのだ。八十億の分際で、すし詰め、満員、これ以上はもうパンクの危機だと血相変えてほざくのだ。

 

 全く以って冗談じゃない。

 

 一度、視点を「全生物」の高みまで持ち上げ眺めてみたならば、そのか細さはどうだろう。比率に換算した場合、一厘どころか一毛にすら遥か遠く及ぶまい。先に述べたる蟻の例に於いてすら、二京匹以上を誇るというのに──。

 

 七百年を生きてきた。

 

 だが、その履歴でうまいこと、ヒトの器に宿れた経験(ためし)は、ほんの七度があるばかり。

 

 平均すれば百年待って、漸く一度恵まれるかどうかといった幸運である。

 

 そのうち二度は、七つになるより以前に死んだ。

 

 古い言葉に、「七つまでは神の子」と云う。馬鹿みたく高い乳幼児死亡率の悲惨さを、昔の人はそんな言葉で辛うじて慰めんと努力した。

 

 もとより我らの子ではない。なりきっていない。いったん下げ渡したものの、何か、思うところあり、本来的な所有者である神様がお取り上げになったのだ、と。

 

 そんな理屈をこしらえて誤魔化しに走らない限り、とても、到底、堪えられなかったのであろう。

 

 諦めきれない局面で、それでも未練を断たない限り、前に進めぬ場合に於いて、「神」はまことに有用だ。

 

 結局人は絶対者(おおきいもの)に、言い訳に便利な不可抗力に、存在して欲しいのよ。

 

 だからちょくちょく顔を出す。

 決して廃れることはない。

 

 いっそ私も、すべては神の領域を冒涜(おか)した罰と割り切って、永劫揺蕩う運命を受け容れられればよいのだが──。

 

「だが、は余計だ。受け容れろ」

 

 出来ない。

 無理だ。

 不可能なんだよ、私には。

 

 そこで膝を折れるなら、対輪廻・魂魄記憶固着法など端から編み出したりしない。

 

 死を超えて、次に出てくる「己」にも今の記憶と人格をそっくりそのまま継承させるこの呪い。

 

 完成させた当初こそ、至高至純の奇跡なり、我が天才の結晶と無邪気に喜んでたけれど。

 

 馬糞の中で目を開けて、たちまち認識が改まったよ。

 

 当時はまさか人間がこんなに少数派だなんて、想像だにしていなかった。

 

 今生が人であるならば、来世もきっと人間だろうと、ごく単純に漠然と思い込んでいたっけか。

 

 五山あたりで正統な「学び」を得たんじゃないからね。

 

 そんな財富も、格式も、私の家には備えられていなかった。

 

 すべて独学、門前の経、耳学問の類なり。

 

 認識の甘さも、まあ仕方ないことだろう?

 

「雲烟万里、陸奥(みちのく)の、鳥居も半分腐ったような場末の神社の巫女ふぜいが、よくもまあ。──悟性とからきし縁のない、そんな無様な人間性で、学識で。生命原理の奥の奥、輪廻の仕組みにちょっかい出すまで至れたものだ。何回だって驚ける。才の置きどころについて、天がやらかす悪戯(いたずら)の、最たる例に違いない」

 

 疑うは失敗の元、迷うは損害の始め、思う念力岩をも透す。

 

 蒙昧ゆえの無鉄砲が却って功を奏したかもね。

 

 今は眼界拡張(ひら)けたけれど、なんだか反面、いろいろと、小賢しくなった気もするよ。

 

 いまだ前途遼遠なるに、これではちょっとまずいのだけど、いかんせん。

 

 前途遼遠。そうだ、中途だ、私の道は、まだまだ半ばに過ぎぬのだ。

 

 こんなところで「老い」を気取って、朽ちたりなどはしてられん。

 

 かつての野気を今一度、体腔に充満させないと。

 強烈な目的意識に串刺され、血を煮立たせておかないと。

 

 

 ──ああ、我々は、人間に生まれた時点で勝っている。

 

 

 なればこそ、私はこの輝かしき勝利の中に、ずっと居たいと(こいねが)う。

 

「人」が出るまで、転生先の神籤を延々引かされ続けるみじめさに、戻りたくはないんだよ。

 

 私が何を言ってるか、

 我が目的の在処とは、

 もちろん君は理解(わか)ってる。当然、記憶(おぼ)えてくれているよね、完全不死者たる君よ。

 

「相も変わらず、陳腐な渾名で呼びやがる。そんな肩書き、俺は一度も自称してはないんだが。どいつもこいつも、勝手にお仕着せおってからに」

 

 そうかなあ、ぴったりだと思うけど。

 

 老いも、病みも、衰えもせず、常に全盛の姿(なり)のまま、ずっと現世をさすらい歩く。

 

 食事も、眠りも、生命維持に関わりのない、ただの単なる娯楽の一種。

 

 肉の一片、髪の毛一本、細胞一つ残さず消し飛ばされようと、すぐまたそこらの虚空から、何食わぬ顔でよみがえる。

 

 これが完全、完璧な不死でなくってなんなのさ。

 

 礼讃艶羨、渇仰の的にまさに足る、うらやましぃーじゃあねぇーかよぉぉぉ。

 

 ……おっと、失礼、度を失った。

 

 まあ、それくらい、私たちにとってすら、君はどうかしてるのさ。

 

 なんて外法だ。

 

 存在自体が狂ってる。

 

 いったいぜんたい、この世界の(ことわり)を、どれだけ下劣に凌辱すればそう(・・)なれる?

 

 君は、君を成り立たせるため、何を踏みしだいてきた?

 

 知りたい。

 知りたい。

 知りたいな。

 

 知って、再現させてくれ。

 

 君になりたいんだよ、私はぁぁぁ。

 

 なあ、おい、頼む。後生だよ、今日こそ教えてくれまいか──。

 

「五百七十三回目の『後生』だな。ほとほとしつこい。五百七十二回与えた言の葉を、今日も今日とて贈ってやろう。

 断る。

 教えん。

 たわけるな。

 知りたきゃてめえで見つけだせ」

 

 薄情者、吝嗇家。

 

「今更過ぎる。三百年は気付きが遅い」

 

 ふんだ、すげなく扱いおって。

 

 君はアレかい、態と流派の秘奥義を伝書の上にも空白にして、勿体つけるタイプかい。

 

 それともナニかな、教えられて行うのではたちまち効果が掻き消える、意地の悪い式なのか。

 

「……」

 

 はたまた「枠」が決まっていると、その可能性もアリだよね。

 

 すなわち地上に完全不死者はただひとり、一人しか在れぬ理である。

 

 たったひとつのその席を、君が占めている限り、余人がどれだけ努力しようと決して其処には至れぬ、と。

 

 君を払い落すのが、その方法の探求が、実はすべての前提だとか。

 

「……」

 

 無表情ぉ。

 

 いやはや、凄いね、さっきから。こうして向かい合ってると、神経が通っているかどうかさえ、段々疑問になってくる。

 

 感情を殺しているという気配さえも悟れない。能面が浮いているような、虚無の貌へと即座に切り替えられるとは。

 

 これも心術の一環か。何年生きて、何を見てきた結果だい?

 

「……さあな。せいぜい調べろよ。探求者を気取るなら、髄までらしく(・・・)在ってみろ」

 

 言われなくてもそうするさ。

 

 うん、だいぶ、場もあったまって来たことだ。──どうだろう、これから街に繰り出して、一杯ひっかけるってのは。

 

 再会を祝して、盃を交わし合わないか?

 

「酒で口を軽くしようと?」

 

 そんな期待も、ちょっとある。

 

「いいぞ、貴様のおごりなら。ストーカーと酌み交わすのも、時々ならば悪くない。俺がうっかり口を滑らせるタマか、とくと思い出させてやろう」

 

 よし、決まり。

 すぐに行こう、さあ立とう。

 

 雰囲気のいい、隠れ家的な名店を知っているんだ。

 

 忘れられない夜にしようね、私の憧れたる、君よ。

 

 やがてきっといつの日か、大事な布石になるような、とっても素敵な夜に、さぁ──。

 

 

 


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