仮面ライダーダグバ   作:ボルメテウスさん

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旅路

潮の匂いが、風に乗って運ばれてくる。

夜と朝の境目、水平線は淡い群青から薄紅へと溶け変わり、波は規則正しく砂浜を叩いては引いていく。

 

五代は、ひとりで歩いていた。

靴を脱ぎ、素足のまま、濡れた砂の上をゆっくりと進む。踏みしめるたび、指の間から冷たい砂が逃げ、足跡はすぐに次の波にさらわれて消えていった。

 

腰には、まだアークルがある。

戦いが終わったあとも、外れずに、そこに残っている。

 

未確認生命体はすべて倒した。

もう、戦う相手はいない。

世界は静かで、海は何事もなかったかのように広く、空は変わらず朝を迎えている。

 

「……終わったんだな」

 

誰に言うでもなく、五代は小さく呟いた。

波音に紛れて、すぐに消える声。

 

あれだけの戦いを経て、それでも世界は壊れなかった。

街は動き、人は歩き、子供は笑い、朝のニュースでは天気の話をしている。

誰も、昨日までの死闘を知らない。

 

「全部、終わった……」

 

胸の奥で、何かが静かにほどけていく。

緊張が抜けると同時に、空白が広がる感覚。

長い間、戦うことだけを考えてきた時間が、急に行き場を失った。

 

五代は、歩きながら、アークルにそっと触れた。

冷たい金属の感触。

それでも、その奥に、かすかな温もりのようなものを感じる。

 

――まだ、いる。

 

そう思うだけで、不思議と怖くはなかった。

 

五代の視界の端、朝の光の中に、淡い影が揺れる。

確かな輪郭を持たない、けれど懐かしい気配。

 

宮崎の幻影。

 

そこに「立っている」わけではない。

五代の歩調と同じ速さで、同じ方向を向いて、ただ“一緒に進んでいる”ように見えるだけだ。

 

五代は振り向かない。

話しかけもしない。

 

それでも、胸の奥で、言葉を選ぶ。

 

「……君の力も、まだここにある」

 

アークルを軽く叩きながら、独り言のように続ける。

 

「なくなってくれたら、楽だったんだけどな……」

 

波が寄せて、足首を濡らす。

冷たさに、少しだけ顔をしかめる。

 

「でも……悪くない」

 

宮崎は、アークルの奥から外の景色を見ている。

砂浜。波。空。

戦いの煙も、血の匂いもない、ただの朝。

 

かつて、遺跡の闇と炎と雷の中でしか見られなかった世界が、今はこんなにも穏やかだ。

 

五代は、歩きながら、ゆっくりと事件の終わりを整理していく。

 

未確認は、すべて倒した。

守れた命もあった。

守れなかった命も、確かにあった。

 

「……たくさん、失ったな」

 

誰かを責める言い方ではない。

ただ、事実を並べるような声。

 

「それでも……もう、誰も殺さなくていい」

 

海の向こうで、太陽が少しだけ顔を出す。

水面に光が走り、まぶしく反射する。

 

五代は、しばらくその光を眺めてから、再び歩き出した。

 

旅をするつもりだった。

逃げるためじゃない。

戦うためでもない。

 

「戦ってばっかりでさ……」

 

独り言は、自然と続く。

 

「ちゃんと、見てなかったんだよな。いろんなもの」

 

空の色。

雲の形。

朝の海の匂い。

 

「人が普通に歩いてる景色とか……何も知らずに笑ってる子供とか」

 

五代は少しだけ笑った。

 

「そういうの、ちゃんと見たいんだ」

 

幻影の影が朝の光の中で、ほんの一瞬だけ揺れた。

まるで、頷いたようにも見える。

 

宮崎は言葉を発さない。

それでも、アークルの奥から、同じ景色を見ている。

 

戦うためではなく、守るためでもなく、ただ、生きるために見る世界。

守るためでもなく、

ただ、生きるために見る世界。

 

波が大きく寄せてきて、五代の足跡をすべて消した。

振り返っても、もう何も残っていない。

 

宮崎の影も、いつの間にか、朝の光に溶けて見えなくなっていた。

 

それでも、アークルはまだそこにあり、五代の胸の奥には、確かに誰かの気配が残っている。

五代の胸の奥には、確かに誰かの気配が残っている。

 

「……もう、戦わない」

 

それは誓いというより、確認だった。

 

「それで……いい」

 

五代は空を見上げ、深く息を吸う。

潮の匂いと、朝の冷たい空気が、肺に満ちる。

 

そして、何も振り返らずに、砂浜の先へ歩き出した。

 

新しい景色を見るために。

失ったものと一緒に、生きていくために。

 

世界は今日も、静かに始まっている。




ここまで『仮面ライダーダグバ』を読んでくださり、本当にありがとうございました。
最初の一話から最終話まで、長い時間をこの物語に預けてくださったすべての方に、心から感謝します。

この作品は、『仮面ライダークウガ』25周年という節目に、どうしても一度、自分なりの“クウガへの答え”を書きたいと思ったところから始まりました。
クウガという作品は、ヒーローでありながら、常に人であることを問い続けた物語でした。
戦う理由、守る理由、そして戦いが終わったあとの生き方――。
それを現代の視点と、オリジナルの主人公である宮崎という存在を通して、もう一度描いてみたかったのです。

ダグバという名を冠したこの物語は、決して「悪のライダーの物語」ではなく、
“力を背負ってしまった人間が、どう生きるか”という話でした。
宮崎の選択、五代の選択、そして二人が最後にたどり着いた「戦わない未来」。
それを書き切ることができたのは、最後まで読んでくださった皆さんのおかげです。

連載中、何度も迷いました。
原作への敬意と、オリジナルとしての挑戦の間で揺れた場面も多くありました。
25周年という特別な年に、この作品を連載できたこと。
クウガという作品に、もう一度真正面から向き合えたこと。
そして、宮崎と五代の物語を、皆さんと一緒に最後まで歩けたこと。
それを、心から「やってよかった」と思っています。

最後の砂浜のシーンは、
「すべてが終わったあと、ヒーローはどう生きるのか」
という、クウガがずっと投げかけてきた問いへの、ひとつの答えでした。
戦いは終わっても、人生は続く。
失ったものを抱えながら、それでも新しい景色を見に行く。
そんな未来を、彼らに贈りたかったのです。

この物語を読んでくださった時間が、
皆さんにとって少しでも楽しく、少しでも心に残るものになっていたなら、
それ以上に嬉しいことはありません。

本当に、ありがとうございました。

また、どこかの物語でお会いできる日を楽しみにしています。
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