人通りが多い昼前の11時前。不定期に臨時休業するとある喫茶店の中、その青年は死んだように机にうつぶせになっていた。すでに何杯目かわからないコーヒーの湯気がカップからゆらゆらと揺らめいており、青年はカップの持ち手を握り締めてはいた。
「大丈夫か?」
この喫茶店の店主である和装の黒人男性は開店と共に入店した青年にいつものようにコーヒーを淹れて差し出すと、青年は短く礼を言うだけで無言で何杯ものコーヒーを飲むと気を失ったかのように突如頭をテーブルにぶつけるように倒れこんだのだ。
またか、と言わんばかりにため息を吐く男性はいつものように声をかけると、青年は呪詛を撒くかのようなおどろおどろしい物言いでブツブツと呟き始めた。
「もう嫌だ……。やめてやる。絶対にやめてやる。高い給料出してるからって何しても許されると思うなよあのクソジジイ……」
青年の呟きが聞こえた男性は、またか、ともはや呆れにまで達しているため息を吐く。いつものことだが、まぁあの時よりはマシかと思いおかわりの準備を進める。
数年前に来店したこの青年は、初めて来店した時は自殺するのではないかとすら危惧したほどにやつれていた。目は今以上に死んでおり、常に何かに怯えているかのように視線を常に動かしていた青年は、店主の出したコーヒーを飲むと声もなく泣いた。さすがに様子がおかしいと店主は声をかけたのだが、青年は応えることなく黙々とコーヒーを飲み、ただおかわりだけを頼んでいた。
そこから、なにが琴線に触れたのかはわからないが青年は静かに涙を流した。初めはよほどのことが起きているのかと心配して警察にも通報することを考えたのだが、青年は大丈夫だと言ってそれからは何も言わなかった。それからは数週間ほど期間が空けることはあったが、それでも2~3日に1回は絶対に来てはこのように
「本当に大丈夫なわけ?」
「もう無理。心が砕ける。廃人になる。かわいい女の子と会話でもしてないとやってられん」
「大丈夫そうね」
眼鏡をかけた女性は普段のキリキリとした雰囲気がナリを潜め、割と心配そうに声をかけるが青年の反応に一瞬でふてぶてしい態度に戻る。
「しかし、本当に大丈夫なのか?おかしいぐらいに大変なら市か労働組合にでも掛け合おうか?」
「大丈夫です。というか多分言ったところで意味ないんで」
青年は死んだ目で笑いながらコーヒーを口に含む。そこそこの量の湯気が出ているにも関わらずグイッと飲む様子に、普通ならば火傷を警戒して止めるはずなのだが2人はいつものことだと各々の作業に戻っていく。一気飲み、というには時間がかかっていたがそれでもカップから口を離さずにコーヒーを飲み切った青年はビールを飲み切ったおっさんのごとく幸せそうに息を吐いた。
「これだよ。これが日常だよ。あぁ、俺は生きて帰ってきてるんだ……」
「本当に心配になるからその物言いはやめた方がいいんじゃない?」
今にも泣きそうな表情で、というか号泣しているのかと言わんばかりの物言いをする青年に呆れたような声を出す女性。聞こえたのか聞いてないのか、青年はそれに反応することなくコーヒーのおかわりを要求し、男性は空になったカップを受け取るとそのカップに新しくコーヒーを注ぐ。
『続いてのニュースです。23日の深夜2時頃、町外れの教会で爆発音が聞こえたとの連絡が警察に入り調査をしたところ、教会の中の床が大規模の崩壊をしていたことが警察からの聴取でわかりました。さらに崩壊した床から記録にない地下が発見され、そこにはおびただしい量の血痕が残っていたとの情報が入りました。さらに宗教を彷彿とさせる物品があったことにより、生贄を用いた儀式のようなものを行っていた形跡があるとして、警察は調べを進めているとのことです』
BGMとして流れていたテレビからニュースが流れてきた。テレビに視線を向けると、そこには壁や天井に大きな穴が空いた教会が空から映し出されており、多くの警察があわただしく教会を捜査している様子を見て様々な憶測を語るコメンテーターが好き勝手言っていた。
「また生贄事件?最近妙に多いわね」
「このご時世に儀式とは、ずいぶんと時代錯誤な連中だな」
科学が発展し、超常的なものはただのオカルトだと鼻で笑われる時代。そんな時代であっても、頭の狂った
(
店主、ミカの脳裏には上官である赤髪の女性の顔が浮かび上がっていた。この通達を告げる際には苦々しい、それこそ吐き気がすると言わんばかりに顔をゆがめているのはとても印象に残っている。彼女がこのような通達を好き好んで出していないことは表情からもわかる。だがそれでも通達しなければならなかったということは、言葉にはしていない者の彼女以上の立場、それこそ政府が直々に命令を下しているとしか考えられない。一体どういうことなのだこれはと、ミカは表情には出していないものの内心では不満や疑心で溢れそうになっていた。
「嫌だなぁ、ホント」
ニュースを流しているテレビを見ていた青年の口からひねり出されるように出てきたのは、2人には違和感しか覚えなかった。
生贄なんて言われているのだから嫌な方向に考えを走らせて最悪の予想に至ってもおかしくない。そういったものが自分の住む街で行われていたのだから嫌悪感を覚えるのは当然のことだ。だが、青年の口から出されたのはそんな嫌悪感ではない。自分の未来を見て悲観するような言葉だった。
そう思った理由は2人の経験から来るものだった。人の生死を見聞きだけでなく実際に命を奪ことすら経験している2人だからこそ感じた物であり、同時にこの青年の口から出されるものだとは到底思えなかった。
「あんた、本当に大丈夫なの?」
眼鏡の女性、ミズキは本当に心配そうに声をかける。このまま放っておいたらいつの間にか消えているんじゃないか。そんな不安すら覚える様子の青年に、職務すら忘れて手を伸ばしそうになってしまう。
「
しかしそう言った青年の目は、諦観だけでなく絶望に満ちた、しかしほんのわずかな希望を信じている、まるで星が頼りなく光る夜空のような疎ましいとすら感じるものだった。