ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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友情と恋愛は一つの根から生えた二本の植物である。ただ後者は、花をすこしばかり多くもっているにすぎない。

『クロプシュトック』


73.火蓋

 間もなく時間は7時半を迎える。後1時間もすれば接岸作業が始まるだろう。ここから2週間、非常に面倒な時間が始まるという訳だ。その最後の時間を、私はどういう訳か試験よりも面倒な人間に絡まれながら過ごす羽目になっていた。

 

「どうも、こんな朝早くから何の御用でしょうか、生徒会長?」

 

 生徒会長・南雲雅。これまであまり接触する機会は無かった。と言うのも、年を跨いでから学年を超えての戦闘が行われる機会が無かったからだ。無くて全然かまわないのだが、彼はそれを望んではいないだろう。むしろ、戦い合える機会を求めていたはずだ。自分がかつて、そうであったから。

 

 昨年度の混合合宿で彼の計略を完膚なきまで打ち砕いてからというもの、何か憑き物が落ちてしまったらしい。困ったことだ。彼は慢心しているからこそ問題の無い相手であったのだ。その慢心が無くなってしまっては困る。とは言え、生来染みついたものはそう簡単には消えないものと思っている。恐らく、付け入る隙はまだあるはずだ。

 

「私としては、なるべくのんびりとしていたかったのですが。生徒会長も随分とお暇なのですね。私に構う時間があれば、お仲間と話した方が得であると心得ますが」

「生憎と統治は進んでいる。お前に心配されずとも、勝つのは俺たちだ」

「そうですか。それで、何用です」

「果たし状、という所だ」

「……なるほど」

「俺は来年度お前を倒すと言った。覚えているな?」

「忘れたかったですけれど」

「その約束を果たしに来た。今回の試験、3年生が勝たせてもらう。お前は龍園と組む選択をしたようだが、それはこういう展開を見越してのことだろう。ならば、それに乗っからせてもらう。俺はお前を倒す。ここで、この試験で」

 

 彼の目には闘志が灯っている。これは生半可な手段ではどうにもできないだろう。取りやめるように説得するのは無理。誰かに説得させようにも、彼が人の話を聞くタイプには見えないし、それに3年生はほぼ全て彼のイエスマンだ。ノーと止められる軍師がいない。それはそれで、彼の孤独の原因なのかもしれないが。

 

「出来れば、同じ学年内でどうこうしてほしかったものです」

「残念だが、それが出来そうなやつは戦いに乗らないからな」

「そんな人材がいるにはいるのですね」

「あぁ。女版高円寺とも言うべき、Bクラスの奴だ。鬼龍院の名前くらいは聞いたことがあるだろう。そいつだ」

 

 鬼龍院、と言う名前は聞いたことがあった。学力と身体能力でA+の評価を受けながらも、機転思考力と社会貢献性が終わっているのが特徴の生徒であったように記憶している。中々尖った性能の人物であると思ったが、その彼女がどうやら南雲と対抗できる人材らしい。尤も、女版高円寺と言う言葉で協力要請は無理と悟る。無理ではないかもしれないが、時間がかかりそうなのでパスだ。

 

「その方が勝負を受けてくれないので、私はこのような目に遭っているわけですか」

「お前にとっちゃ不運かもしれないが、それも含めて実力だ。逃がす気は無い。戦ってもらうぞ」

「致し方ないでしょう。ここで貴方を倒せれば、二度と立ち上がっては来ないでしょうから。戦うこと自体は大変渋々ながら同意しますが、貴方の方も忘れていないでしょうね。被害を担うのは私だけであると。尤も、今回は道連れの龍園君もいますが……彼の事はまぁ良いでしょう。くれぐれも、私の生徒に手を出さないでいただきたい」

「あぁ。ここで嘘は吐かない」

「あまり信用は出来ませんが、一応の言質とさせていただきます」

「ちなみに、嘘だったらどうなるんだ」

 

 試すような、挑発するような目で彼は私に告げる。本気で言っているわけではなさそうだが、火遊びをする癖は抜け切れていないようだ。虎の尾を踏みに行くというか、藪をつついて蛇を出すというか、そういう部分が彼の弱さに繋がっているのだろう。どう答えたものかと思ったが、少々脅かさないと本気でやりかねない。

 

 何も答えることなく、彼に近づく。パーソナルスペースに侵入した私に、彼が抵抗を行う前にその手首を掴んで動けなくする。すぐに足を軽く踏んで、蹴りも封じる。その瞳を覗き込むようにして、なるべく相手に恐怖感を与えられる言葉を選ぶ。敢えて優しく、敢えて楽しそうに。

 

「人体は高く売れるそうですよ」

 

 微笑みながら言ったことで、多少なりとも恐怖感を覚えてくれたのか、彼は腰の力が抜けたようになり地面にへたり込んだ。そこまで怖がることも無いとは思うのだが。

 

「じょ、冗談キツイな……」

 

 全く冗談ではない。無論、試験中に何か私のクラスメイト相手に仕掛けてくる場合は全力で対応する。最終手段に出ることはほぼほぼないと思っていいだろう。だがしかし、万が一と言うこともある。特に、私のクラスには坂柳という介護対象が存在している。彼女は普通の人間なら大丈夫な攻撃でもダメージを受けてしまう可能性が高い。

 

 もっと言えば、3年生を使って人の壁を作り、その中で坂柳を軟禁することだって可能なのだ。普通の人ならば脱出も出来るだろう。過度に引き留めれば暴力沙汰として即通報だ。だが、坂柳はまずその最初に当たる逃げるための行動ができない。彼女を人質にされた場合、我々は降伏するという選択肢が出てきてしまう。しかも、彼女は基本位置から動けない。

 

 願わくば、南雲が最後の一線を踏み越えないことを願っている。何とか回復したのか、やや青い顔で彼は立ち上がっていた。

 

「と、ともあれだ。俺はお前と、ついでに龍園に挑む」

「自身がチャレンジャーであると?」

「あぁ。彼我の実力差は理解している。体育祭と合宿で見せられた。流石の俺も、そこまで自惚れてはいない。お前と俺では、お前の方がスペックは上だ。だが、俺も学習する。俺は俺の持ちうる全戦力をお前にぶつける。お前は龍園と2人だが……卑怯とは言わないな? もし望むなら、お前のクラスメイトを使っても構わないが」

「いいえ。私と貴方の因縁に私のクラスメイトを巻き込むわけにはいきませんから。それに、卑怯とは言いません。持ちうるもの全てが実力ならば、貴方の学友もまた実力の一部と言えるでしょう。貴方は学友を臣下と見ている。私は学友を生徒と見ている。その違いです。臣下は王の戦いに参陣する必要がありますが、生徒にそうする必要はありません。むしろ、巻き込んでは教師失格でしょう」

「そうか。それは良かった。俺は今回正々堂々お前に挑む。お前もそうしてくれると期待している」

「確約はしかねます」

「今はそれでいい」

 

 彼は確かに無能ではない。それは事実だ。優秀な人間には違いないだろう。だが惜しむらくは、仲間に恵まれなかった。彼のクラスメイトは、彼におんぶだっこでAに上がった者ばかり。それ以外の学年の人間も、南雲に怯える者か負け癖のついた者か。ほとんどはその2つで構成されている。数少ない優秀と言えそうな人間も、南雲の提唱する誰でもAクラスに上がれる権利を求めて、餌を待つひな鳥のようにさえずっているだけ。

 

 ある意味では可哀想な人間だ。仲間に恵まれず、配下にも恵まれず、戦う相手にも恵まれず。やっと見つけた堀北学は学年を理由に決戦を避けた。鬼龍院も同様。だからこそ、彼は今やや武者震いをしつつも楽しそうなのかもしれない。あまり良い笑顔とは言い難いが、混合合宿前に浮かべていた醜悪な笑みとは少し違う。

 

 純粋に楽しもうとしている空気が伝わった。彼に付き合わされる学年の人間には同情するが、正直に言えば知ったことではないというのも事実。彼はきっと、私に純粋に戦いを挑んでくるだろう。そうしなければ、私に言い訳の余地を与えるからだ。そういう面では、信用できるのかもしれない。

 

 とはいえ、心を許す気は無い。彼は敵だ。私は私の矜持にかけて、彼を打ち倒さなくてはならない。恐らく彼は好成績を取るだろう。尤も、退学者も恐らく3年生で構成されているだろうが。一般3年生は恐らく、全学年でも最弱だ。南雲にやられ、或いはその指示待ちだけで生きてきた。そんな人間では1年生にすら勝てないだろう。その時彼がどうするのかが、彼の真骨頂を問うているのかもしれない。

 

「それでは、挑戦者として貴方の健闘を祈りましょう。正々堂々と行くかは分かりませんが、ある程度筋は通しましょう。それでよろしいですね、南雲先輩?」

「あぁ」

 

 彼は深く頷いた。今まで彼のことはずっと生徒会長などと結構距離を置いた呼び方をしていた。しかしまぁ、今ならば先輩呼びも悪くはないだろう。そう思って少しばかり変えてみる。

 

 さてなるほど、厄介な相手だ。だが、分かりやすいと言えば分かりやすい。それに今の彼にはどこか爽やかさがある。これならば、彼の要望に応えることもやぶさかではないだろう。元より、学年対抗の側面がある以上、彼との戦いは避けては通れない。ならば、やる意味はあるだろう。

 

 龍園にはまた文句を言われそうだが、まぁ甘んじて受け入れよう。彼は学校の改革を標榜している。もしかしたら、この戦いの行方次第では彼との共存もあり得るのかもしれないのだから。苦笑しながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 時間は8時40分となる。船が着岸作業を始めた。ここからいよいよ始まる。100を超えるグループがこの試験のために組まれている。その中で5組が退学する。規模としては、月城のいうようにこれまでにないモノだろう。

 

 タラップでの待機はクラスごとになっているので、その前に今回協力関係にあるDクラスと共に集まっておく。この集団は目立つようで、他クラス・他学年からも注目されていた。その視線をひしひしと感じながら、全体の前に立つ。

 

「Aクラス並びにDクラスの皆さん、おはようございます。いよいよこの時が来ました。これまで約1ヵ月の準備期間の間、多くのご協力を頂きありがとうございました。今この場を借りて感謝します。そしてその時間は全てこの時のためにありました。これまで培った実力全てを発揮して、勝利を得に行きましょう! 私からはこんなところです。君は何かありますか?」

「俺はコイツと違ってごちゃごちゃ言わねぇ。ヘラヘラ笑ってる生徒会長も、俺らを舐めてる1年共もぶっ叩いて勝つ。それだけだ。手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」

 

 Dクラスの男子からは野太い返答が返って来る。中々染みついているようだ。軍隊じみた様相を呈しているが、これはこれでクラスのカラーなのだろう。意外とウチのクラスも慣れたようで涼しい顔をしている。Dクラスの女子もいつものことなのか、苦笑しながら眺めていた。

 

「それでは最後に……」

 

 右手で拳を握り、上に突き上げるためにひっこめる。これで何をしようとしたのか察した両クラスの生徒たちは同じようなポーズを作った。

 

「ほら、君もやるんですよ」

「なんで俺が」

「士気を下げてどうするんです。ほらほら」

「チッ!」

 

 舌打ちしながらも、嫌々ながら龍園も同じような格好になる。

 

「じゃあ行きますよ。2年A&Dクラス、ファイト―!」

「「「オー!」」」

 

 私の掛け声に続いて幾つもの手が天に突き出された。ある者は嫌々ながらもしょうがなく。ある者は少し照れ臭そうに。ある者は冷静な顔で。ある者は楽しそうに。十人十色の雰囲気を醸し出しながらも、全員が声を揃えた。普段は大人しい人も、元気溌剌とした人も関係なく、この試験への意気込みを込めていたのが分かる。青春ど真ん中と言うべき光景だった。

 

 龍園が舌を噛んで自害しそうな気迫を見せながら、クラスと共に集合場所へ向かっていく。降りる順番はAクラスから先で、最後がDクラスだ。しかし、周りの目が、特にBクラス辺りからの目がヤバい。ちょっと笑ってしまったくらいだ。Cクラスの方は割と引き気味ではあるが、何名かは羨ましそうに見ている。団結、と言う言葉と1番遠いのはあそこかもしれない。

 

 だが、綾小路と高円寺を擁している時点で油断はできない。彼らはいずれも単体だからこそ強いタイプ。それを個別に出撃させて、上位を取ってきてもらう作戦だろう。非常に単純明快だが、それが出来るだけの強さがあるということでもある。堀北の戦術は正しい。

 

「Bクラス、ちょっと怖いんだけど」

「まぁそうだろうな。彼らはほとんどの試験で我々か龍園のいずれかに敗北している。だからこそ私たちの同盟を恨んでいるのだろう。他者を恨む前に、自己研鑽をするべきとは思うが……」

「普通の人なんてそんなもんじゃないの。ここじゃあ少し、可哀想だけど」

「そうかもしれないな」

 

 真澄さんは少し憐れみの籠った眼で彼らを見つめる。我々に負けないようにと奮起しているようではあるが、結局後手後手に回った結果今に至る。Cクラスと違い、綾小路・高円寺のような戦力もいない。彼らの負けはある程度見えていた。

 

「ま、他クラスはどうでもいいか。大事なのは私たちだし」

「それはその通り」

「……私は、今回の試験はいい機会だと思ってる。今まで、アンタに頼って色んな事してきたけど、私だってやれるって見せたいし。それには、いい機会かなって」

「君は合宿でも十分よくやっていたと思うけど? 実際、君が女子のリーダーになったのだって、あれがきっかけなわけだし」

「確かにある程度は出来てたと思う。でも、あの時は頼ろうと思えばいつでも頼れたでしょ。だけど今回は違う。今回は、簡単には頼れない。けどそれでいいと思ってる。そうしないと、私は強くなれない」

「……そうか」

 

 彼女も成長しようとしている。いや、ずっと前からそうか。彼女は何だかんだ、成長することを拒みはしなかった。命じられない努力も、自分でやって来た。だからこそ今の地位にいて、今の実力を有している。彼女は優秀な生徒だった。私は自分の力で彼女を育てたというよりも、彼女自身の努力に水を与えて成長促進をしたに過ぎない。優秀な生徒に恵まれた。

 

「まぁでも? どうしようも無くなったらSOSするから、その時はよろしく」

「いつでも助けに行けるとは限らないけど?」

「それはそうだけど……でも、助けに来てくれるんでしょ?」

 

 彼女は少しだけ笑いながら、ちょっと首をかしげて私に問いかける。良い笑顔だ。去年の同じ時期、彼女はこんな笑い方をしなかっただろう。きっとこれまでの1年が彼女にとって幸せなものだったのだ。だからこそこんな笑い方が出来るようになった。それはとても素晴らしいことに思えた。

 

「2年生、移動準備だ」

 

 真嶋先生からの合図がされる。最初のスタートは全員均一で港のあるD9からになる。そこから上下左右2マス、斜め1マスが次の移動部分だ。初日と最終日はランダム移動が無いので、それを気にする必要はない。なお、1年生はハンデとして我々より先に降りている。我々には不利になるが、まぁそれくらいは許容すべき部分だろう。

 

 早速体調を崩した3年生もいるらしいし、気を付けないといけない。特に、ウチのクラスのフィジカル最弱お嬢様は。一応不安なので、坂柳にも声をかけておく。

 

「体調は大丈夫か?」

「はい、今のところすこぶる健康です」

「そうか。それは何より。動かないからと言って熱中症にならないわけじゃない。しっかり水分補給はしてくれ。君の頭脳が戦局を左右する。定期連絡は適宜入れるが、そちらに頼る部分も多いだろう」

「承知しています。出来る限り、精一杯努めます。お荷物で終わるのは……嫌ですから」

「それが聞けて何より。では期待していますよ、坂柳さん」

 

 私の口調がぞんざいなのは、他のクラスメイトより優先度と信頼度が上にいる真澄さんと、優先度と信頼度が下にいた坂柳だけだった。とは言え、そろそろ戻しても良いだろうということで他のクラスメイトと同じように丁寧語で話すことにする。その意図が伝わったのか、彼女は軽く頭を下げた。

 

 1年生が下船を完了した頃、時刻は9時を迎えて最初のアラートが鳴り響く。このデスゲーム御用達腕時計と2週間一緒というのは少々憂鬱だ。私を含めた全生徒がタブレットを取り出して場所を確認する。

 

「E8、か」

 

 D9からは斜め1マス分進んだ場所にある。真澄さんはD10。ここから1つ南に進んだ場所だ。坂柳のグループはC8。こちらも私と同じく斜め1マス進んだ場所になる。彼女のグループは坂柳だけがこのスタート地点に残留しそれ以外が移動する形になる。

 

 下船を始めながら、昨晩準備した荷物を確認する。龍園と話し合った結果、相談して決定したものだ。中身は『2人用テント』『水500㎖×6』『携帯食×20』『懐中電灯』『トランシーバー』『鍋』『ガーゼ』『ライター』『マッチ』『サバイバルナイフ』などである。他にも細々色々あるが、こんなものだろう。龍園と2人分のポイントを使えるので、割とたくさん買えた。まだ残高もあるので万が一にも備えられる。2人で分担して持つので、バックもまだ空きがある。

 

 重いものを私が持つのに難色を示していたが、彼のプライドより勝利を優先するべきなのは分かっていたようで、渋々受け入れてくれた。案外話の分かる人間である。砂浜に降り立てば、強い日差しが我々を照り付けた。

 

「暑い……」

 

 横で真澄さんが顔をしかめている。帽子の下の顔には、頑張りはするけどそれはそれとして帰りたいと書いてあった。正直なことだと笑いながらも、気持ちには頷ける。私だってこんなところに居たくない。と言うか、しっかりボウフラは殺しているんだろうか。じゃないとこんな南方だ、マラリアなどの危険性がある。それにハブがいないという確証も持てない。もっと北の島でやってくれ。歯舞とか南樺太付近に無人島あるだろ……。あそこも日本領なんだし、使えばいいと思うのだが。ソ連国境の近くは嫌なのだろうか。

 

「それじゃあ真澄さん。頑張って」

「そっちも」

 

 これ以上は言葉を交わす必要もないだろう。私たちはハイタッチをして別れた。ここでもう一度、同じことができることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 試験が開始され、同盟を組んでいる我々は各々のグループに分かれて進んでいく。私も龍園と合流し、今後の話し合いを行うことにした。

 

「で、どうします? 私が今から君を抱えて全速力で走れば、1年生より先に着けるかもしれませんけど」

「……俺の尊厳はどうなる」

「勝利の前には安い犠牲かと」

「……」

 

 これくらいのことならば容易い。重い荷物を背負いながら島を毎日全力疾走しろと言われても出来るだろう。訓練時代はこんな人の手が入った場所ではなく、真面目に未開の地で同じようなことをさせられた。本当に飢え死にするかと思ったのはあの時が最初で最後かもしれない。ともあれ、なんだかんだこれまでの経験上龍園くらいならば運ぶのは容易なのだ。

 

「それに、ほら」

 

 高円寺や綾小路のような人外組も凄い勢いでいなくなる。アレを見せられては、流石の龍園も致し方ないと思ったのかがっくりとうなだれた。

 

「もうどうにでもしてくれ……」

「では、お言葉通りに」

 

 彼を抱きかかえると、龍園の顔はもう今にも死にそうになっていた。毒蛇に噛まれてもこんな顔にはならないだろう。世にも珍しい羞恥心に震える龍園だ。これを彼のクラスメイトにばら撒けば、今後再起不能になるかもしれない。一瞬それも面白そうだと思ったが、流石にそんなことはしない。

 

「じゃ、行きますよ。舌噛むので喋らないように。それにしても君、結構軽いですね」

「うるせぇ! さっさと行け!」

 

 怒鳴る彼にケラケラと笑いながら走りだした。好奇の目を感じるが、今はそんなことを言っている場合ではない。道筋はある程度頭に入れているが、先行していた1年生も良い道案内だ。その横をスッと通り過ぎ、まったくペースを落とすことなく走る。なお、この島のマスは計算すると縦1400m、横1800mある。とすると斜めの長さは三平方の定理により2280.4mとなる。端から移動すると約2kmとなる。通常の道ならば30分ほどで着くだろう。とは言え、未舗装の森や林の中を通らなくてはいけないし、山や丘陵、池もある。2~3倍の時間がかかるのが通常とみていいはずだ。

 

 移動するのだけでも中々大変な道筋になるのは言うまでも無いだろう。この島の前史は結構複雑だ。元々は琉球王国に帰属していた島で、日本に併合された際に一緒に編入された。その後沖縄県が出来た後、日清戦争で台湾が日本領となる。その際に、沖縄から台湾への補給基地とされたのがこの島だった。大陸を包囲する形で存在する日本のシーレーン。これを守るための拠点だったのだろう。

 

 あの大きな港もその1部のはずだ。人の手によって改造された様子が見て取れるのは、この島が有人島であり元帝国海軍の基地であったことが原因だろう。あの港にも、かつては威容を誇った戦艦が停泊していたはずだ。だが太平洋戦争でこの地は激戦の末に陥落。沖縄本土攻略のために使われ、台湾との寸断に利用された。その後は米領を経て日本に返還された経緯を持つ。何故自衛隊が基地化していないのかは謎だが、台湾を刺激するのを恐れてのことなのだろうか。

 

 散見しただけでも虫が多い。いくら人の手が入っているからとは言え、自然は制限できない。我々の手で管理するのには限界があるのだ。方向感覚も狂いそうになるが、それは軍人の訓練で学んでいる。方向を知る術は幾つもあるし、道がないなら道でない部分を通ればいい。

 

「お前、ちゃんと道分かってんだろうな」

「大丈夫です。後どのくらいですか」

「割と近い」

 

 という訳で、タブレット係を憤死しそうになっている龍園に任せ、前に進んでいた。ある程度行った地点で腕時計が振動する。指定のエリアに到着したらしい。当然我々2人揃っての到着であるため、着順報酬が得られるはずだ。また到着ボーナスも2点入る。よって、幸先よく12点を確保したことになった。

 

 もういいだろうと言うことで抱えていた龍園を下ろすが、その顔は本当に嫌そうな顔をしている。得られた報酬と自分の尊厳とを天秤にかけて葛藤している顔だ。だがそれでも尊厳を切り捨てられるのが龍園の強さだと思っている。私はそういう部分に結構好感を抱いていた。

 

 他の人が見当たらないが、1年生の後輩たちは遠く後ろの方にいることだろう。途中で全部追い抜いてきた。安堵するべきは、瑞季やらウチの従妹が同じテーブルにいない事である。前者は手を抜いてくれるが、後者はそうもいかない。アイツがどのテーブルにいてどこで何をしているのか。しっかりどこかで確認する必要があった。

 

 ギャーーッ!!と遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。なんとなく八神っぽい声であった。何があったのか分からないが、ジェットコースターに乗った人のような声にも聞こえる。私と同じように運ぶ戦術を取った者がいて、恐らく彼は運ばれる側だったのだろう。ホワイトルームも形無しだ。それが出来るのは恐らく……。目を逸らしたい相手だったがそうもいかない。小さくため息を吐いた。

 

「何だ、今の」

「さぁ。虫でもいたんじゃないですかね」

「まぁいい。俺たちは今のところ1位だ。これからどうする」

「取り敢えず次に備えましょうか。後は後ろからやって来る1年生の観察もしないといけませんし」

 

 ここまでに要した時間は数十分。後輩たちはそれからまた十数分遅れてやってきた。間もなく時間は10時。龍園は素早く周囲を見渡す。彼は最初の特別試験で1年生のデータ収集を行っていた。我々がかなり先手を打ったので、そういう戦術に切り替えたようだ。そのため、彼は中々に1年生に詳しい。

 

「どうです?」

「問題ねぇ。雑魚ばかりだ。これであのゴリラがいたら違っただろうが、アイツは退学したしな。これは楽に行けそうだ」

「ゴリラ……あぁ、宝泉君ですか。あの手合いは何をするか分かりませんからね。早めに排除しないと、安全が脅かされます。君より話が通じないでしょうし」

「おいおい、野生動物と一緒にするな。俺は人間だ。こんなに話の通じる奴は他にいないだろうよ」

「どの口が仰るのやら」

「少なくとも、利益を示せば動くし、そうしなければ動かねぇ。そこは首尾一貫してるはずだ」

「去年は結構感情で動いていたようですけど?」

「綾小路にボコされて、お前を見て俺も学んださ。王たるべく動かねぇとどうしようもねぇってな。だから少なくとも今年はクラスの利益になる行動をしているつもりだ。感情論で動くアホの集まりだの、まとまりの欠けた連中だのとは違うんだよ」

「なるほど」

 

 前者は恐らくB、後者はCだろう。団結力しかないBと、それ以外は全部大体あるCの対比は残酷だった。尤も、Cにも学力不足の目立つ生徒が多いという欠点もあるのだが……逆にそれはある程度努力で補えてしまう。となれば、取り柄の無いBが失墜していくのは目に見えていた。とは言え、一之瀬を虐めすぎてはいけない。あの手合いは追いつめられると病む。前回持ち直したせいで、割と耐性が付いてしまったのも厄介だ。坂柳め、やっぱり許すの止めればよかったか?

 

 ともあれ、次一之瀬を追い詰めると世を儚むパターンではなくメンヘラ化するパターンの入るだろう。能力のあるメンヘラは一番厄介だ。それに恋愛が絡むと本当にもうどうしようもなくなる。恐らく一之瀬は綾小路に好意を抱いている。いざという時は、綾小路と軽井沢のカップルに犠牲になってもらおう。

 

「一之瀬さんを痛めつけ過ぎないように。変なスイッチが入るとおかしくなりますよ、彼女」

「メンヘラになるってか?」

「そういう事です」

「大丈夫大丈夫って言いながら籠ってそうだがな」

「あの手合いが言う大丈夫は大丈夫じゃないですし、もういいって言う言葉は全然良くないって意味なんですよ」

 

 何で彼とメンヘラ談義をしているのか分からないが、そんな話をしている間に午前10時だ。課題は14ヵ所表示されている。ここのエリア、つまりはE8にも1つ表示されている。課題名は『数学テスト』。報酬は1位が5点で2人以上のグループでエントリー可能だ。水も少し貰えるらしい。

 

「よし、これで行くぞ。いいな?」

「はい。キミ、勉強会の感じを見る限り数学が一番できていましたし問題ないでしょう。恐らく、今の君の学力はBくらいはあるはずなので」

「ならとっとと動くぞ」

「了解です」

 

 同じマスの範囲内なのでそんなに遠くは無い。今回は龍園も自分の足で行きたかったようで、私が近付くと逃げるように歩き出した。そんな姿は少し面白い。割と何とかなりそうな気がする。そんな予感を抱きながら、私は彼の後に続いて歩き出した。




原作未所持勢の方は大変申し訳ない。升目は全部原作に掲載されているものを参考にしています。所持勢は参照していただくと、どの辺に誰がいるのか分かるかなぁと。なお、綾小路や堀北のテーブルは原作と同じとします。変えるともう何が何だか分からなくなりそうなので……すみません!

後、詳しく読むとこの島のマスは1マス縦500m、横700mらしいんですが、どう考えても桟橋の長さや船の大きさと合致しないので、ここは私の計算した設定(67.再集結を参照)を使用します。ごめんね!
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