インフィニット・ストラトス―空を駆ける渡鴉― 作:D-ケンタ
決闘当日。レイヴンは一人、アリーナの待機室にて己の出番を待っていた。
《レイヴン。間もなく出番です、用意を》
『分かった』
そう答えた瞬間、レイヴンの身体が細かい量子へと分解され、数瞬の後再構築された。
そこには先ほどまでのヒトとしての身体はなく、人型ではあるが全く別のモノが、戦うための身体が立っていた。
《すみません。現在のリソースで再現するには、それが限界でした》
『問題ない』
レイヴンはそれだけ返すと、カタパルトに脚を乗せ、出撃の準備を整える。
『行くぞ、エア』
《はい。行きましょう、レイヴン》
レイヴンがグッと腰を落とすと、それを合図としてカタパルトが起動。レイヴンをアリーナへと送り出した。
◇
第三アリーナでは、既に準備を終え入場していたセシリアと一夏が、レイヴンの登場を待っていた。
「それにしても、圧倒的な力の差があるのに立ち向かってくるなんて…まぁ、逃げ出さなかったことは褒めて差し上げますわ」
「まだ負けるって決まったわけじゃないだろ。俺も、レイヴンだって負けるつもりでここに来ちゃいない。侮ってると足元すくわれるぜ」
「減らず口を……!」
不意にセシリアの視線が一夏から離れてある方向を向く。
連れて一夏も同じ方向を見ると、アリーナのゲートから一つの影が飛び出してくるのが見えた。
その影はアリーナ上空を半周すると降下し、地面へと着地した。
「漸く来ましたわね」
「アレが、レイヴンの……」
二人が降り立った影を注視する。
通常のISは、搭乗者にパーツを装着したような見た目のため、基本的に手足が大きいシルエットになる。
しかし目の前にいる機体は異様な外見をしていた。
全体のシルエットこそ人型だが、彼らのISとは見た目のバランスが違っている。
まずは二人とは違い、搭乗者の姿が確認できない。一昔前には
次に気になるのは機体のデザイン。脚の長さに反して、胴体は上下に短く、前後に長い。特徴的な肩部の両腕には、右手にライフル。左腕には何かの装置が取り付けられ、胴体右後部には四角い箱のようなものが付いている。
そして搭乗者の頭を覆っていると思われる頭部パーツは、ヘルメットのようなものではなく、まるで犬の頭のような印象を感じられた。
二人は見たことない機体に驚いていたが、アリーナの様子を見ていた千冬と真耶の驚愕はその比ではない。
何故ならその見た目は、あの日突如アリーナに現れた、あのロボットと瓜二つであったのだから。
◇
アリーナに着地したレイヴンは、機体のカメラ越しに二人に視線を向ける。
《レイヴン、調子はどうですか?》
『悪くない。エア、敵機体のデータを』
《了解です。上空にいるのはイギリス代表候補生、セシリア・オルコット、専用機名ブルー・ティアーズ。ライフルによる狙撃と、BT兵器を使用したオールレンジ攻撃による中長距離戦闘を得意としてます》
『狙撃、か』
ふとレイヴンの頭にある人物の姿が浮かぶ。
そして今度は一夏へと視線を向ける。
《地上にいるのは織斑一夏、専用機名白式。武装は近接用ブレード一本のみ、搭乗者の錬度も相まって、脅威度は低いです》
『分かった。行くぞ、"LOADER 4"』
レイヴンが自身の機体名を呼び、グッと膝を落とし跳躍すると同時に
「そちらから来るつもりですのね、いいでしょう。さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる
「俺だって、やってやるさ!」
レイヴンが動き出したことで、二人も戦闘態勢をとる。
《レイヴン、どう戦いますか?》
『そうだな、奴の言葉を借りるなら…』
エアに返答しながらレイヴンはセシリアに向けミサイルを発射する。
肩部の
そしてレイヴンは…。
『安そうな方から片付けよう』
そう呟き、機体の進路を一夏に向けた。
「え!?俺ぇっ!?」
驚愕する一夏にレイヴンは右手の
「ちょ、ちょっと待っ!?」
飛び退くように回避するが、弾丸は途切れなく向かってくる。
その途中レイヴンは機体を急速にターンさせると、再度セシリアに向かって牽制のミサイルを撃つ。
「またですの!?」
ミサイルの対処に追われ、背を向けるレイヴンや防戦一方の一夏に攻撃できない。
しかしそこは代表候補生。かかった時間は僅か数秒。しかしレイヴンにとって、その数秒があれば十分であった。
「しまっ!?」
回避に集中し、気づけばレイヴンが目の前まで迫っていた。
なんとか手に持ったブレードで迎撃しようとするも、それよりも先にレイヴンの脚が一夏の胴体を蹴り抜いた。
「グあっ――!?」
蹴り飛ばされた一夏はアリーナの壁に衝突し、そのまま崩れ落ちる。
『まずは一機』
沈黙した一夏からセシリアに視線を移す。その目線に射抜かれたセシリアは、背筋が冷たくなる感覚を感じた。
(な、何ですの今の感覚は…まるで
ゴクリ。と唾を呑む音がやけに大きく聴こえる。
しかし逡巡を巡らせてる間に、レイヴンは再びABを起動し、セシリアへと迫る。
「ブ、ブルー・ティアーズッ!」
《BT兵器です、注意を》
咄嗟にビットを迎撃に向かわせるが、発射されるレーザーをレイヴンは左右上下へと機体を揺らすだけで回避する。
そしてABを止めたかと思うとライフルをビットへと向け引き金を引く。
しかしビットは縦横無尽に動く。弾は命中せず虚空を進む。
『やはりこの腕の射撃適性では難しいか。なら』
ライフルが当たらないとみると、レイヴンは視界内に全てのビットを捉えるとロックオンし、ミサイルを発射する。
「ミサイルにしたのは良い判断ですが、その程度で捉えられると――しまっ!?」
不敵な表情を浮かべるセシリアを飛来したライフル弾が襲う。
咄嗟に回避行動をとったが、それによりビットが動きを止め、四基の内二基のビットがミサイルの直撃を受け撃ち落とされ、残りの二基はミサイルを、回避したところにライフルを撃ち込まれて撃破された。
「ま、まさか…落とされるなんて」
《好機です、レイヴン》
『……』
驚愕するセシリアをよそにレイヴンはABを起動。セシリアへと迫る。
迎撃のためにレーザーライフルを撃つも、レイヴンにはかすりもしない。
そして、ついに彼我の距離が詰まり、レイヴンの距離となった。
「と、思っているのでしょう」
ニヤリ、とセシリアの口元が歪む。気づけばセシリアの腰から砲身が伸びており、その先をレイヴンに向けていた。
「奥の手ですわ!これで…!」
砲身からミサイルが発射される。ABで距離を詰めていたこともあり、着弾まで僅か。
勝利を確信したセシリアだったが、次の瞬間。レイヴンの姿が視界から消えた。
「は?…え?」
標的を見失ったミサイルは虚空を進んだ後爆散。呆然とするセシリアだがすぐに消えたレイヴンを探す。
「一体どこに……」
辺りを見回すが、姿はない。焦るセシリアだが、不意にハイパーセンサーが反応し、咄嗟に視線を向ける。
その方向は自身の後ろ。振り向いた時には、すでにレイヴンが左腕を振り上げて迫っていた。
その左腕からは、緑色のパルス波形が伸びていた。
『…終わりだ』
覚悟を決めるだけの間の後、レイヴンの左腕が振り抜かれ、パルスの刀身がセシリアを斬り裂いた。
「きゃああああっ!?」
セシリアの身体を衝撃が襲う。絶対防御があるため命に別状はないものの、シールドエネルギーは大きく削られる。さらにダメ押しと言わんばかりに至近距離でライフルを連射し、ミサイルを発射。衝撃により動きを止めたセシリアに回避する余裕はなく、その全てが着弾、その結果。
『セシリア・オルコット。シールドエネルギーエンプティ』
アリーナにアナウンスが響く。レイヴンの攻撃により、セシリアのISのエネルギーが切れたのだ。
「わ、わたくしが……きゃぁっ!?」
姿勢を崩し、落下を始めるセシリア。このまま落下しても最低限の機能は生きているため命に別条はないが、多少なりともケガはするかもしれない。
しかし、セシリアの落下はすぐに止まった。
『……』
「あ、あなた……」
レイヴンがセシリアの腕部を掴み、地面への落下を防いでいた。
驚くセシリアをよそに、ゆっくりと地面へと下ろす。
「…何故助けたんですの?」
『お前に何かあっては、俺たちが困るからな』
「へ……な……っ!?」
レイヴンの言葉になぜかセシリアの顔が赤くなる。
『待機室へは自力で戻れるか?』
「え、ええ…」
『そうか、なら早く戻れ』
そう言ってレイヴンはセシリアから手を離し、ある一点に視線を向ける。その方向には、崩れ落ちたアリーナの外壁が積もっていた。
気になったセシリアもそちらを見る。すると瓦礫が内側から破裂したかのように吹き飛んだ。
「うがーっ!レイヴン、いきなり蹴っ飛ばすなんてどういうつもりだよ!」
そこから姿を現したのは、序盤にレイヴンに蹴り飛ばされアリーナの壁に衝突し、そのまま気を失っていた一夏だ。
つい先程目覚め、今瓦礫の下敷きから脱出したというわけだ。
しかも纏っているISの姿が先ほどと変わっている。
『
「そ、それでは初期状態のまま戦ってたんですの?」
『お前は早く戻れ。巻き込まれないようにな』
レイヴンの言い方にちょっとムッとしながらも、セシリアは状況を理解するとすぐにその場を離れていった。
「セシリアは、お前が倒したんだな」
『ああ』
「俺はその場面を見てないからうまく言えないけど、すげーなお前」
一夏の口から飛び出したまさかの称賛の言葉に、レイヴンは一瞬面食らう。
「俺とそんな変わらないはずなのに、セシリアを倒しちゃうなんて。だからこそ、お前に勝ちたい!」
そう叫び一夏は自身の得物であるブレードを構える。
《レイヴン、彼は何を言っているのでしょう?》
『さあな。だが……』
一夏の台詞を聞いたレイヴンの頭に、ある男が思い浮かんだ。
しかし、目の前の相手は彼とは似ても似つかない。
レイヴンは一瞬目を閉じ、開くとライフルの銃口を一夏へと向ける。
「勝負だ、レイヴン!」
一夏がレイヴンへと加速し接近する。それに対しレイヴンはブースターをふかして後退しながらライフルを連射。
しかし一夏は左右に軌道をブレさせることで回避し、そのままさらに距離を詰める。
「もらった!」
両手で持ったブレードを振りかぶる。その瞬間、ブレードの刀身がエネルギーを纏った。
危険を察知したレイヴンはQBで横方向に回避。縦に振り下ろされたブレードはそのまま空を切る。
『あれは?』
《白式の
エアの解説を聞きながら、レイヴンはさらに横薙ぎに振るわれたブレードをバックQBで回避、同時にミサイルを発射して牽制する。
「こんなの!」
しかしミサイルは着弾前に切り払われ、爆風が一夏の体を隠す。
視界が遮られる中、突如爆煙の中から一夏が猛スピードで飛び出し、レイヴンへと一気に肉薄。
「そこだぁ!」
『……』
振り下ろされる光の刀身。危うしかと思われた。しかし。
『時間切れだ』
「な、あっ…!?」
突然一夏の機体がガクリと動きを止める。慣性で飛び込んでくる一夏をレイヴンはサッと躱し、一夏はアリーナの地面に突っ込んだ。
「ぶべっ!?」
顔面から突っ込み、悶絶する一夏。その直後、アリーナに試合終了のブザーが鳴り、アナウンスが響く。
『織斑一夏。シールドエネルギーエンプティ。勝者、レイヴン』
こうして、三つ巴の代表決定戦は、全く締まらない結果で幕を閉じた。
◇
《白式の
待機室に帰還したレイヴンは、白式の能力についてエアからの解説を聞いていた。
《彼のエネルギー残量では、あなたを捕らえる前にエネルギー切れになる可能性が高かった。レイヴン、あなたはそれを分かっていたからこそ、牽制と回避しかしなかったのでは?》
『…エア、君の言う通りだ。あの状態の彼に反撃した場合、そのダメージが彼自身にまで及ぶ可能性があった』
《優しいですね、レイヴン》
会話しながら姿を人に戻したレイヴンは、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
『ルビコンでは、殺すか、殺されるかだった。加減というのが分からない。だから消極的な手段を使わざるをえなかい』
そう。レイヴンは決して優しさであの手を使ったのではない。セシリアを倒した時も、とどめはライフルとミサイルであり、現状の装備で最も高威力のパルスブレードではない。
全ては十蔵との約束を守り、自分たちの"学園生活"を守るため。
『エア』
《はい》
『難しいな、普通というのは』
《そう、ですね。少しずつ覚えていきましょう、レイヴン》
エアのその言葉を最後に、レイヴンは待機室から退室し、後には静寂のみが残された。
余談だが、今回の結果があまりにもあんまりなので、一夏は彼の幼馴染にそこそこの剣幕で怒られたらしい。