少しこわばった顔で廊下を歩くオフィサー。
EGOの整備に注力する福祉チーム。
真剣な顔で話し合う懲戒チーム。
延々と会議を続けるコントロールチーム。
今日の会社は、目に見える形ではないけど、
というのも……。
「来たか」
扉の開く音が、何重にも重なって聞こえる。
これは、紺青の。
『コントロールチームから全職員へ通達します。試練が始まりました。色は紺青。時は……ゆ、夕暮』
アナウンスと同時に、
夕暮の試練。
「始まったね。
「……えっ?」
「知らなかった? 試練っていうのはアブノーマリティやE.G.Oの抽出によって生じる、いわゆる副産物として出現するものなんだよ」
いや、そっちじゃなくて……。
ただ、その違和感を追及することはできなかった。
「そんな豆知識はいいとしてさ、いまは緊急事態なんじゃないのか、チーフ? 行くなら早く言ってくれ、このままじゃガリナちゃんが立ったまま気絶しちまうよ」
「そ、そんなビビリじゃないですっ! ……ま、まあ? 早く鎮圧を終わせたいのは間違いないですけどね? め、面倒くさいですから!」
「そうだね。戦ってたほうが恐怖も紛れるだろうし……ガリナちゃんのためにも早く試練を探さなきゃ」
「だから、ビビってないですって!」
やわらかい雰囲気の福祉チームの面々に俺もすこし緊張がほぐれる。これが別のチーム、たとえば懲戒チームだったら…………クロイー、バレル、頑張ってくれ。
俺はこの試練にけっこうびびっていた。なにせ、一つ一つの個体こそWAWクラスとされている夕暮の試練だけど……。
「……おでましか」
「何ですか、アレ……。本?」
試練自体の危険度は、
廊下上空、天井を埋め尽くすほどの大量の本が、こちらへ飛び向かってくる。
「よりによってボク達の苦手な『数』か。二人とも! どうにもならなかったら訓練通りに!」
「了解!」
「は……はいっ!」
「え? なんの話です?」
「アスカはいい!」
「え、ひどい」
ほんとうになんの話?
……いまはそんなこと考えてる場合じゃない。『道連れ』を振り上げて……。
下ろす。本が二冊、ただの紙束となって霧散した。同時、メイベルさんが掲揚の旗で、そしてガリナが蝉時雨の焦燥で、何冊かの本を散らした。だけど……。
焼け石に水、その本の数は多すぎた。物量は
こういった大量の敵には、例えばハンターさんやバレルの装備してる『榴弾』とかの、範囲攻撃EGOが有効なのだろう。
福祉チームでそんなEGOを持っているのは……。
「うお、らぁ!」
敬服のメイスが、そのサイズに見合わないほどの轟音を響かせる。
直接振り下ろされた本の
メイベルさんが口笛を吹く。
「ひゅう。初撃で『圧倒』を引き起こしたか。感応初期訓練の成果が出てるんじゃない?」
「ただの偶然っす、頼りにはしないでくださいよ! それに……」
パーカーさんの舌打ち。そう、全部の本が倒れたわけじゃない。
敬服の圧倒で床に散らばっても消えず、また飛び立って俺たちに……。
「う、うがあああ、こうもウジャウジャいると大きくても気持ち悪いぃぃ!」
「一匹一匹倒せはするけど、キリがな……くっ」
一冊の本が顔に張り付く。視界がページで覆われた。そして、頭のなかになにかが流れこむ。
──それは何かの情報だ、見知らぬ雑貨店の写真だ、モノクロのホームビデオだ、親しい電話だ、快い雑談だ、料理の経験だ、単なるひらめきだ。
情報量が脳を圧迫する。意識がクラッと揺らぐ。
混濁。理解不能。……苦痛。
「『──
途端、頭がクリアになった。顔の本を手で引きはがし、さらに張りつこうとする本をハンマーで消し飛ばす。
いまのは『道連れ』による侵蝕だろうか。……まあ、いつも通り。これなら、ある程度の攻撃は……。
──全身の毛が総毛立つ。
「は?」
驚く。その気配が俺の装備じゃないことと……俺がEGOの気配を感じ取れたという、その事実に。
いままでも、同じような気配を無意識に感じ取っていたのか?
EGOへの能力が成長したのかもしれない。いままでだって俺は、EGOを扱う能力を強くしていったから。人間じゃないと思えるくらいに。
……それとも、これは。EGOの気配じゃないのかもしれない。
それを見て、そう思った。
『
「『こんな蝉時雨で、私に巣食う焦りが消えるのなら』」
「『敬服しろ。
「『この青空に、自分だけの旗を
……三人が、侵蝕現象を起こしていた。
ガリナは、見たこともない速度で『焦燥』を連射して。
パーカーさんは巨大になった『敬服』を両手で振るい、大量の本を打ち落として。
メイベルさんが『掲揚』を振るうと、二人の攻撃はさらに苛烈になっていった。
「うう……早く終わって。終わってよ、なんか、なんか気持ち悪い……」
「スッゲ! スッゲ! こんな強くなるとか!」
「……メイベルさん?」
事情を知ってるはずだと、その人を呼んだ。メイベルさんは笑う。
「ははは! 実地検証成功! アスカ、キミのおかげだ!」
「え……」
「E.G.Oへの感受性を高める……E.G.Oを強化するのに重要なことは、ただE.G.Oを受け容れることだけじゃなかった!」
そう俺たちが話している間にも、ガリナとパーカーさんは鎮圧を続ける。扉の向こうから無数にやってくる本たちも次々と倒され、群れの数はだんだんと減っていった。
「逆説的であり……しかしながら特筆すべき事項。自分自身の奥底に眠る観念を汲み上げ、E.G.Oと共鳴させる──変化させられるのではなく、自ら変化するということ」
俺は俺が侵蝕してたときのことを思い出す。あのときの俺は……そうだったか?
「──これはE.G.Oの可能性じゃない、
「
「だから『好きに羽ばたけ、私の子供たち』。ボク達はこんなにも、可能性に満ち満ちているんだから!」
再び旗を振り、メイベルさんも本の群れに飛びこむ。
鎮圧を続ける……半ば異形化した三人を、俺は呆然と見ていた。
ガリナの頬は大量の穴が空き、無数のアリによって黒く巣食われ。
パーカーさんの両腕は黒いガラス製にひび割れて。
メイベルさんの髪と肌は右半分、青く染まって……変色している。
こんな風に異形と化す身体も、人間の可能性だっていうのか。
……結局、鎮圧は異様なほどすんなり進んで、最初の夕暮はたやすく越えられていく。
それでも、なにかが起こってしまった、そんな予感が消えなかった。