「り・ん・しょ・う・実験、成功〜〜! こういう時はビールが美味しいねぇ!」
「鎮圧が無事終わって良かったです……! モグモグモグ」
「そりゃこうもなるさ、EGOがあんな強くなるなんてな! 夕暮でコレなら深夜も楽勝なんじゃないか?」
試練が終わってすぐ仕事は終わって、
試練が終わっていつもよりテンションが高い……のは、ここにいる人らだけじゃないだろう。
いままで白昼しか起きてなかった……というより、その推定リスクゆえにたどり着けなかった、避け続けていたのが夕暮だ。
それを乗り越えた……ここまで簡単に。快挙と思うのは自然なことだろう。
ちなみに、その夕暮を迎えるリスクをずっと訴えつづけていたのが安全チームと福祉チームだったりする……らしい。
最近は支部内の戦力が強くなったために『一度夕暮に挑戦することで初めて、そのリスクを可視化し、適切な判断を下せる』という懲戒・抽出チームの意見が採用されることになったのだとか。
「まっ、それもこれも、もとを辿ればアスカのおかげだ! 管理人やメイベルさんが大事にするのもよく分かったよ。な、ガリナちゃん!」
「は、はい……いつもアスカさんがどれだけEGOに苦労してるのか、すごさがわかった気がしてます。あんなにたくさん問題起こしてるのにも理由があったんですね」
「ほんとそれ。流石だぜ、アスカ!」
「はは……ありがとうございます」
ガリナが余計なこと言って、パーカーさんが肩を叩いて、俺は苦笑する。そして考える。
……それなら。その福祉チームすら目先の夕暮達成に浮かれている今。
それに用いられた『E.G.O感応』とやらの危険性を訴えるのは、誰なんだろう。
俺はみんなの快勝祝いに、乗りきれずにいた。
「へー、ここが噂の宴会部屋」
「わ、賑やかだね……! やっぱり福祉チームって仲良しでいいなぁ」
「……オウ、なんか顔色良くないな?」
懲戒チームと中央本部チームの人と、バレルがぞろぞろと実験室に入ってくる。
バレルは当然慣れた風だけど、ほかの二人は物珍しそうに笑ってる。咎める感じではなさそうで良かった。
じゃなくて。
「……えっ、バレル!?」
「よ、久しぶり。二、三ヶ月ぶりとかか?」
「お、バレルか。さっさと飲みなよ。キミしか飲まない安酒がずっと溜まってるんだ」
「相変わらず情緒もヘッタクレもねえな、メイベルチーフ」
「いいからいいから、早く飲もうって!」
流石に、ずっと喋ってなかった友達が来たらテンション上げずにはいられない。俺は大量の缶をバレルに差し出す。
久しぶりのバレルの顔は、むしろ新鮮に思えた。その顔に緑の黒炎が宿ってるってだけじゃなくて……表情が、前と違う、ような。
そんな感傷で口を閉じてると、横で談笑が発生する。
「オリーブじゃん。生きてたのか」
「そっか、パーカーがいるのか。元気だよ〜。あたしらも飲んでいい、メイベルチーフ?」
「ボク達を取り締まらないのならね、オリーブチーフ」
「もう、ウチの娘はそんなことしないよお。ねっ、リヴィちゃん?」
「そーそー。懲戒チームのチーフなんて繰り上げでなっただけだしねー。あたしの専門は鎮圧だし」
「フ、ハンターが苦労してそうだな」
「あの人は苦労が好きだから大丈夫〜」
先輩方が冗談を交わし合う一方、気を取り直した俺とバレルは互いの近況を話していた。
「懲戒チームで上手くいってそうなのは聞いてるよ。WAWの鎮圧もけっこう任されてるんだっけ」
「まーな。この前の同時脱走は流石に骨が折れたが」
「『アヒルのままの白鳥』と『黒い水槽』ね。上層で戦ってたらしいからこっち はあんまりなにもなかったけど……懲戒チームはそうもいかないか」
「WAW装備だからなんとかなってるが……その点、クロイーは頑張ってるよ。TETH装備だけしか貰ってねえのにさ。この前なんかそれだけで……あ、そういやさ」
バレルは思い出したかのように身を乗り出した。
「クロイーと付き合ったって噂はホントか?」
「えッ! この前の人ですか、アスカさん!?」
「おい、あんま大声出すな!」
そういう話になった瞬間、ガリナがこちらへと急接近してきた。さいわい周りは気にしてなさそうだったけど……勘弁してくれ。
「……仲良くしてもらってるけど、クロイーはそんなんじゃないよ」
「でもけっこうデートしてるんだろ?」
「そうなんですかっ!?」
「よく一緒に出かけてはいるけど……クロイーもそんな気ないんじゃないかな。めちゃくちゃ仲が良いってだけさ。それに……」
「それに?」
俺は肩をすくめて、クロイーのことを考えて、少し笑った。
「俺なんかじゃクロイーに釣り合わないよ」
俺は、クロイーに何度も助けてもらった。これからも、どれだけ助けてもらうんだろう。
それに、クロイーは強い。わざわざほかの誰かと……
でも、俺が楽しい物思いに沈んでるのに、バレルは眉をひそめ、ガリナはやれやれと首を振った。
「お前さァ……」
「うわー……。いやでもアスカさん、露骨にそういうタイプですもんねー」
「なっ、なんだよ……」
ミョーな視線に抗議の声をあげても、二人はため息を吐くばかりだった。バレルが話題を変える。
「んで、そっちは相変わらず観測の仕事やってんのな。後輩の世話とかちゃんとしてんのか?」
「まあ。適当にやってるよ」
「……適当だったんですか!?」
「ははっ、半分冗談だって」
「半分!?」
「ま、仲良さそうだしいーか」
ガリナがボカボカと背中を殴る……のを気にせず、俺はずっとバレルに聞きたかったことについて切り込むことにした。
「そっちは? ……というか、なんでずっと来なかったんだよ。なるべくみんなで集まろうって言ってたのは、バレルだろ」
「……あー、まあ、スマン。色々思うトコがあったんだよ。嫌いになったとか、そういうんじゃねえ」
「……よかった。で、その、悩み? が解決したから来たってことか」
「いや、解決は……してねえ。今日はクロイーにメチャクチャ説得されたから」
「そっか……」
クロイー、グッジョブ。
でも、解決してないってことは、バレルがまた宴会に来る保証はないってことで……。
少し、迷った。そこまで踏みこんでいいものか。
だけど、ありがたいことに、そこにはガリナがいた。
「あーもう!
大量の缶を蹴散らしながら、テーブルの上に片足を乗り出す。そして、バレルと俺を指差した。
「何があって宴会来なくなったんですか! 嫌いになったワケじゃないッたって、気まずくないンなら普通に来ればいいでしょうに! アスカさん! なんかお互い気まずくなるような事件でもあったんですか?!」
「い、いや……そういうのはなかったよ」
「なんだコイツ……ホントに後輩か?」
酒でも飲みすぎたのかと床の空き缶をよく見ると、缶にまぎれて空のエンケファリンボックスが転がっている。こいつ……
「なら! バレルさん! あなたが勝手に気まずくなってるって事でしょーが!」
「……それは、そうなんだが。まいったな、ここまでなれなれしく踏み込まれちゃ、逆に
とうとう両足で机に乗り上げたガリナがビシッと指差して、それを向けられたバレルはハッ、と笑った。
「聞かせてくれ、バレル。なにかあったなら」
「……お前ならそう言うよなぁ」
バレルはため息をついて、顔についたギフトをなでた。
「……俺は、マンチキンが、それだけが大事なはずだった」
「『マンチキン』?」
「アンタは知らねえか。俺が仕切ってる組織の名前だよ。ここに来たのも、マンチキンとうちのシマの負担を、少しでも軽くするためだ。それだけのはずだった」
バレルは俺を見て、
「なのに、お前らと会った。だから、どうすればいいのかわかんねえ」
俺はクロイーの話を思い出した。クロイーを助けたいと思って、だけど助けなかったバレルの話を。
あの話を聞いたときは、組織以外の理由があるんだと思っていた。でも。
「俺は組織のために動いてる。何よりも優先する。そんな人間だ。
バレルにとって、マンチキンという組織は、なによりも。
「このままじゃ、どうにかなっちまうって思うんだ。勘だけど」
顔を歪めるバレルに、俺は言葉を探す。けど、それより先に、隣から声が漏れた。
「──
一瞬、誰の声か分からなかった。それくらい、冷たい声。
「ガリナ……?」
「裏路地の住民はみんな、自分の命を守るだけで精一杯なのに……他人なんか気にして、果てには一番さえ揺らいでるなんて。バレルさんの住む裏路地は、そんなに平和なんですか?」
「いや、アンタの住んでる区と同じだろうな。というか、どこもそうだろ」
「なら、どちらを大事にすればいいかーなんて……バカバカしいです。望みすぎです。そんなこと悩んでる間に両方失くすのがオチです。そうだったでしょう?」
「……そうだな」
バレルは黙りこむ。それが落ちこんでるように見えて、俺は声を上げた。
「言い過ぎじゃないか? もっと……」
「アスカさんには分からないですよ」
「なっ……!」
「きっと、そうなれる場所にいたんでしょう?」
また口を開こうとして……やめた。ガリナの目を見て。
哀しそうで、それでいてうらやましそうな、
そして、納得したんだ。二人はただ、裏路地で生きていた。俺がまだ知らない、裏路地の現実を生きてきた。
だから、俺には分からなくて。バレルには分かる。
その現実を変えることができたらどんなにいいんだろう。だけど。
「…………」
変わることのない真実だったのなら……俺に、できることはあるのだろうか?
「……バレル、また来いよ。今日はクロイーが来てないし。話してたら、そういうのもどうでよくなるかもしれないから」
「……そうだな」
「絶対だからな」
少し曲がったその背中に、そんな言葉しか言えなかった。
そして。次も、その次も。バレルが宴会に来ることはなかった。
空気が重苦しくなりきる前に、俺は話題を変えようとした。
「そ、そういや、クロイーに言われて来たって言ってたけど……あいつ自身は来ないのかよ」
「まあ、忙しいんじゃねえの。確か今日は会議かなんかだって……アレ? そういやなんでメイベルさんがここにいるんだ?」
「えっ、私?」
パーカーさんやオリーブさん、エリサさんと雑談していたメイベルさんは、キョトンとした顔でこちらを向く。
「メイベルさんもその会議とやらに参加するって聞いたんだが」
「あっ……マズイね」
酒で少し赤く火照ってた顔が、みるみる白くなっていく。メイベルさんはそこにあったものを蹴散らすように手元の酒瓶を机に
「ごめん、後片付けは頼んだよ! 行ってくる!」
かなりふらつきながらもドタドタ走って、メイベルさんは実験室から出ていった。
残されたみんなで、顔を見合わせる。
「……かなり焦ってたけど、重要な会議だったのか?」
「あー、なんだっけな、クロイーから聞いたんだが……『わーくしょっぷ』? ってのに行くらしい」
「なにかと思ったらそれか〜」
「知ってるのか? オリーブ」
「私もクロイーちゃんから聞いたし。支部間交流会的なやつでしょ? 中央本部チームならもっと詳しいんじゃない?」
「うん! クロイーって
「行くって……どこにですか?」
ガリナがエリサさんに聞く。そこは俺も気になってたところだ。でも。
どうもこの展開、聞いたことがあるような……もともとこうなるって知ってたような……。
「他のロボトミー支部に行くんだって!」
どうも既視感のある出来事に、とりあえず、俺はクロイーの無事を願った。
次回、ワンダーラボ編。
(あるいは、中央本部チーム編!)