・モブがよく出ます。
・ゲーム本編のネタバレもりもり
*
人生、というか。運命というものは不思議なものだ。
自分の人生――前世は、あっけなく幕を閉じた。尻の大きなおじさまに階段からヒップアタックを受けて、十数段もの階段を転げ落ちてポックリと逝った。
おじさんへの怒りよりも、あと三日で待ちに待った原神の新バージョン実装だというのに死んでしまった己を憎んだ。いや、おじさんも憎いのだが。
次はでかい尻には注意して生きようと思う。
それにしても、新しいバージョン。楽しみだったのにな。新キャラのためにガチャ禁までして石をためていたのに、それが全部無意味になってしまった。
今まで探索やイベントに割いてきた時間がもったいない。
さて、死んだ人間がなぜこうも長々と語っているかといえば。
結論から言おう。自分は転生したのである。
悲観していない理由は、その転生した世界があろうことか原神の世界だったからだ。
いまでこそ冷静に振る舞えているものの、テイワットにやってきたばかりはそれはもう大はしゃぎだった――自分がアビスの魔術師・水だと知るまでは。
あぁ、神様。プレイアブルキャラになりたいだなんて、贅沢は言いません。モブだっていいんです。
だけど、アビスの魔術師って。敵って。討伐対象じゃないですか。
ゲーム内だったら一日経過で復活するある意味チートですけれど。討伐対象じゃないですか。
残念だが、自分は敵ムーブを謳歌するつもりはない。
既に一度死んでいる身。もう二度も死ぬだなんてことは嫌なのだ。
そんなわけで現在。自分は旅人を探すべく、テイワットを東奔西走している。
当然だがこの世界には冒険者がうじゃうじゃいるわけで。討伐対象たる自分がうろついていれば、それはそれは攻撃の嵐。
だが自分がまだ一度も倒されずに生きている。
それはヒルチャールとかスライムと違って、アビスの魔術師の利点――シールドだ。
プレイヤーとして、テイワットを歩き回る側としては滅茶苦茶厄介なシールドが、こんな境遇になって素晴らしく思えるとは。
出来れば鍾離先生のように岩とかもっと強固なものがよかったが、贅沢はいっていられない。あるだけマシ。
さらに何よりもっといいことがある。
なんと自分、回復が使えます。
攻撃性能は落ちているものの、盾に回復が扱えるなら心強い。これがなければ、多分、自分は転生して一日と経たずに死んでいただろう。
「それにしても、旅人……いないなあ」
現在、自分はモンドの郊外にいる。
モンド城にいければもっと出会う機会があるのだろうけど、アビスの魔術師が急に街に現れたら一瞬で討伐されてしまう。
盾と回復があっても、多勢に無勢だ。
そもそも、今はどの時期なのだろう。
自分が死んだのは……フォンテーヌのストーリーが終わった頃だったか。
もしもここのテイワットも、フォンテーヌまで物事が進んでいるのであれば、旅人に出くわすのは相当難しい。
国の確率だけで言えば五分の一だが、マップの広さから考えると果てしない広さだ。
しかも自分はアビスの魔術師で、いつどこで誰が襲ってくるかも分からない。
「はあ……」
本日何度目か分からない溜め息をつく。
常にシールドを貼った状態で、自分はぷかぷかと浮かびながら、モンド国内のデイリーが出そうな地域をウロウロしている。
〝ゲームの原神〟と〝現実の原神〟じゃ、デイリーの概念の違いとかもありそうだけど。
……下手をしたら、デイリー対象と巻き込まれて殺されかねないし。
風立ちの地近辺をうろついていると、微かに戦闘音が聞こえた。耳を澄ましながら辺りを観察してみれば、金色の髪の少年がファデュイと戦っているではないか。
このあたりにファデュイなんて出たっけ? などと思いながら、自分はこっそりと行く末を見守る。
剣さばき、身のこなし。あの様子からして、相当戦ってきた猛者だ。
これはストーリーが始まったばかりの旅人ではないのは確かだな。
……なんて安心して見ていたのも束の間。
旅人の死角から、一人のファデュイが忍び寄る。これも作戦の一つだろう。仲間が旅人の注意を引き付けて、もう一人が奇襲する。
このままでは彼は背後からの攻撃を受けてしまう。
流石にこの状況を見て見ぬふり出来るほど、自分は悪役じゃない。というかそもそも悪役でも敵でもない。死にたくないから旅人を探していたのだ。
ここで恩を売って、悪いアビスの魔術師ではないことを証明しようじゃないか。
勢いに任せて飛び出すと、真っ先に泡を生成した。
自動で追尾してくれるこの泡は、追尾対象を奇襲しているファデュイへと設定する。
そしてくるくると杖を振って、力を込めた。次の瞬間、旅人を包むように水のシールドがパッと現れる。高性能なシールドではないが、無いよりはマシだろう。
「うわっ、なんだこれ!」
「たすけてくれ!」
泡の中に閉じ込められたファデュイが、ふわふわと浮かびながら必至にもがいている。頑張ってボタンなりを連打してもがくんだな。
流石に大きめのファデュイは閉じ込められないので、水を飛ばして攻撃する。サポーター寄りなのでダメージは低いけど、ちまちま攻撃されたらうざったいだろう。
旅人は急に援護してきたアビスの魔術師たる自分に驚きつつも、幾つもの戦いのなかで得た臨機応変さをフル活用して、すぐに戦闘に戻った。
どんな企みがあろうとも、今は協力している。ならばそれを使うまで――という考えなのだろうか。
数分の戦闘の末、旅人は勝利した。
どこかから隠れていたパイモンが、びくびくとしながら現れる。
旅人は目の前にアビスがいるのにもかかわらず、戦闘を開始する様子はみられない。肝がすわっているというべきか、慣れているというべきか。
「……ありがとう?」
「どういたしまして」
「お、おい、旅人! あぶないぞ!」
「でも、このアビスは助けてくれたんだよ」
怯えるパイモン、冷静な旅人。見ていて面白いな。逆だったら大変だけど。
戦闘を担っている方が冷静で助かった。下手に怯えていたら、喋るすきも与えられず殺されていたかもしれない。
ゲームとは違うからリスポーンする確信もないし。
「自分はずっとあなたを探していました」
「……俺を?」
「やっぱりあぶないぞ! なあ旅人!」
「パイモン。とりあえず話を聞こう」
「わ、わかった……」
「ありがとうございます。実は……」
様々な修羅場をくぐってきた旅人ならば、別に隠すことなく喋ったっていいだろう。
とはいえ、ゲームの知識があるとか、この世界がゲームだとか、そういうメタ的な説明はしない。
自分が悪いアビスではない――というか、アビスではないこと。前世の記憶があって、この世界について知っているということ。
出来ればあなたに保護を頼みたいということ。
なんならサポーターとしてお供させて欲しいということも。
最後の一つに関しては、パイモンが違う意味で抗議をしていた。大丈夫ですよ、マスコット兼最高の相棒はあなた一人です。
自分は死にたくないからそばにおいて欲しいだけなのです。
強い言葉を使わず、出来るだけへりくだって、時折パイモンを褒め立てて。
言いたいことを良い終えて、自分の説明をやめた。
「如何でしょうか」
「うーん……」
「へへっ、オイラは良いと思うぜ! だってこんなに良いことばっかり言ってくるアビスなんて、初めて見るからな!」
「パイモンさんはもう少し他者を疑う心を持つべきですよ」
「えっ!? まさか嘘だったのか!?」
「いえいえ、本心ですよ。今のは、「悪い人も大勢いますから、気をつけてくださいね」という意味です」
「なんだ、ありがとな!」
へへへ、と無邪気に笑うパイモン。この笑顔を守っていきたい。
旅人は思ったよりも悩んでいるようだ。それもそうだろう。アビスと言えば因縁がありまくる組織だ。
でも、ここまできちんと話を聞いてくれて、じゃあ殺します、はないと思う。
せめて野放しにしてくれる程度だろう。だったらまだいい。他の冒険者や戦える人間に気をつけながら、ぶらぶらとテイワットを散歩するだけだ。
「……わかった、いいよ」
「本当ですか!?」
「ただし、人のいる場所には連れていけない」
「それは勿論です。あなたが都市に用事がある場合、郊外で待機しています」
やった。優しくて助かる。少なくとも、死亡する確率が格段に減った。
完全に一安心、というわけにはいかないけど。それでも嬉しい。
「でもさ、他のアビスと見分けがつかないと困るよな」
「たしかにそうだね」
「でしたら……。あ! こうしてはどうでしょう」
それは自分も思っていたことだ。見た目は完全にアビスの魔術師・水、そのまま。能力こそすこし柔らかいものの、横に並べただけでは見分けがつかない。
自分はぱたぱたと旅人の横を通ると、生えていた風車アスターを手に取った。少しだけ茎を切ってリサイズし、胸元のふわふわとした部分に突き刺した。
「取り急ぎ、どうでしょう」
「いいじゃないか! かわいいな、旅人っ」
「うん。見分けやすくなったね」
とはいえ造花でもない普通の花だ。いずれは劣化してしまう。風車アスターが目印、というのではなく、花をつけている自分が味方のアビスだということにしてもらおう。
花という広い意味であれば、現地調達しやすいだろう。
「枯れそうになったら、適当に違う花をつけますね」
「おう! 花がついてるアビスが、こいつってわけだな。花だから、フラワー……フラさんでどうだ?」
「確かに固有名詞はあったほうが便利ですね」
「えっ……君はフラさんでいいの……?」
「構いませんよ」
だって、パイモンに名前をつけてもらえる機会なんて、どうあがいても存在しないもの。
フラさんって結構軽くて親しみやすい名前じゃないか。アビスの魔術師がフラさんって呼ばれてたら、なかなか面白いと思うし、流石に敵じゃないだろうって思えるはず。
「じゃあよろしく、フラさん」
「はい。どうぞよろしくお願いします」
*
旅人は冒険者協会の依頼途中だったらしく、そのままモンド城へと向かった。自分は街に入らないという約束を守り、城門の見える位置で待機している。
今後の予定を聞いたところ、スメールに行くらしい。英雄様はお忙しいものだ。
ついでに草神に自分のことを報告するようだ。珍しい個体だから、共有するべきだと思ったのだろう。自分も世界樹の知識の一つになれるのならば、光栄だと思った。
予定の話し合いのついでに聞いたところ、現在はフォンテーヌのストーリーが終わったあたりだった。フリーナが神の座を降りたあたりだ。
下手に口を滑らせて、未来が変わることはなさそうだ。
もっとも、へりくだってる変なアビスの魔術師が味方についた時点で、未来も運命もくそもない。
旅人を待っている間、元素力を扱う練習をする。
今までは一人で立ち回ってきたが、今度はメインアタッカーである旅人を支援しなければならない。
狙った場所――旅人へのシールドの付与。何故か自分に与えられた治癒能力使い、旅人や他者を癒やすための訓練。追従する泡の精度向上。
必至に格闘をしていると、遠くから声がした。パイモンの声だ。
「おーい、フラさん! 待たせたな! 行こうぜ」
「ごめん、フラさん。途中で璃月にも寄るね」
「構いません」
「ついでに岩……鍾離先生に会うと思う」
「鍾離先生、ですか」
わあ、すごい。サービス精神旺盛だ。
とりあえず鍾離が岩王帝君だとは知らないフリをしないと。
正直、旅人に出会えて一緒に旅が出来るだけでも嬉しい。なのにこれから二人の神に会う予定が出来たなんて。
転生ってしてみるものだね。
ウキウキしている気持ちを隠しながら、璃月港へと向かった。
なんて喜んでいられたのは、あの時までだった。
現在、自分は美しい顔をした少年の仙人に、地面へと叩きつけられていた。とどめは刺しに来ていないものの、確実に殺意を感じ取れている。
「し、魈! フラさんはアビスだけど、悪いアビスじゃないんだ! 旅人のことも守ってくれて、その……」
パイモンが必死に説得してくれているものの、そんなことを言われて「はいそうですか」と納得できるわけがない。
アビスの魔術師――アビスが作ってきた印象というものは、そういうものだ。
ことの経緯を説明すると、こうである。
あれから、自分達はモンドを出て璃月へと向かった。
旅人は先生を呼んでくるから、と自分に望舒旅館の外れに待機するように言った。自分は二つ返事でそれに了承し、旅館付近をふよふよと漂っていた。
ここから港まで、徒歩で行くならば時間はそれなりにかかる。ただ浮いて待っているのは暇なので、近辺の魔物を狩って待った。
暫くして旅人が鍾離を連れてやってきた。ここまでは良かった。
第一印象が大切だからと、自分は丁寧に挨拶をしようとした。その瞬間だった。
風を切る音が聞こえて、本能が危険を察知する。人間の頃なら出来なかった芸当だが、アビスとなった恩恵なのだろうか――瞬時に自分はシールドを張った。
通常のアビスに比べて脆弱な盾とはいえ、その〝風〟は一撃で自分のシールドを砕いた。
やられる――と判断した自分は、杖を振って立て直そうとした。華麗な槍さばきによって、自分の愛用している杖は遠くへと弾き飛ばされる。
槍は頭部を正確に狙い、なんとか必死に避けたものの、バランスを崩した。そのままばたりと倒れてしまえば、頭の真横に槍が突き刺さった。
そして逃げられぬように、その少年は自分を押さえつけ――今に至る。
「魈、解放しても問題ないだろう」
「ですが……!」
「そのフラさんとやらは、お前を拘束出来たはずだ」
「……」
確かに。やろうと思えば、彼くらいの体型ならば水の泡で足止めも出来た。
でも敵じゃないし、攻撃する理由もない。咄嗟に自分を守ったけど、それがまさか良い方に動くなんて。
魈はしぶしぶといった様子で、自分から離れてくれた。殺意から敵意まで落ち着いたが、警戒心は解いてくれないらしい。
死ななければそれで十分。
自分は遠くに吹き飛ばされた自分の杖を、もたもたと走りながら取りに行く。
そしてそれを自分で持つわけでもなく、旅人に預けた。自分なりの誠意だ。攻撃はしませんという意思表示である。
「改めまして、フラと申します」
「鍾離と言う。よろしく頼む」
鍾離を交えて、自分と旅人とで一時間ほど意見交換という名の雑談をした。
自分はこれといってどうにかなりたいという気持ちはなく、前世に戻りたいだとかなにもない。出来れば旅人の仲間にしてほしいという邪な気持ちだけだ。
「〝知人〟には、俺の方から伝えておく。璃月の郊外で動く分には、襲われないようにな」
「ありがとうございます」
「ふっ、知人が誰かは聞かないのだな」
「……」
さすがは六千年選手の岩王帝君。というか自分が駆け引きの下手くそなだけなのか?
「鍾離の正体をなんとなく知っている」という雰囲気を出してしまったせいか、魈からの目線が痛い。眼光にも風元素が宿っているだろう。
心配しないでください。箱推したる自分は、あなたがたに危害を加えるような馬鹿な真似はしません。むしろそんなことをしでかしたら、自ら首を差し出します。
とにかく、これから璃月の仙人からの攻撃は心配しなくて済むわけだ。
一般冒険者ならともかく、仙人から襲われたらそれこそ命がない。旅人との旅を謳歌する前に死んでしまう。
「代わりといっては何だが、一つ頼まれてはくれないだろうか」
タダより怖いものはなしとよく言ったものだ。無条件でアビスを快く受け入れてくれるはずがない。
逆に条件を出してくれた方が、互いの信用度合いも上がるだろう。自分が頼みを聞いて無事にこなせば相手は信頼するだろうし、自分の方も「契約の国なのに無条件で受け入れてくれて大丈夫?」と疑心暗鬼にならずに済む。
自分の出来ることならば二つ返事で受けたいものだが、果たして岩王帝君が出す頼みとはなんなのだろうか。
「翠決坡に向かった冒険者が、一週間ほど帰ってきていないらしい。大抵三日程度で完了する依頼だそうだが、余りにも時間が掛かりすぎていてな」
「それは心配ですね……」
「俺が世話になっている往生堂の胡堂主も、新しい顧客だと言って準備を始めていてな」
ああ、ウキウキしている胡桃が目に浮かぶ。不謹慎だけどそういう仕事だから仕方ない。
それにしても翠決坡か。あの辺りは魔物が多いエリアだ。一般の冒険者からしたら、危険なエリアと言っても差し支えない。
予定時間よりも倍の時間が掛かっている以上、生死が危ういな。一刻も早く向かうべきだろう。
「分かりました。では旅人さん、早速――」
「ああ、この依頼は君に向けたものだ。彼は同行しない」
「え?」
少し冷たい声で言われ鍾離の方を向く。柔和な表情ではあるものの、その瞳の奥には他人を品定めするような恐ろしさが宿っていた。
ここでやっと、自分はハッとした。まだ信頼に値しない存在なのだと。
彼は長い年月を生きてきて、余裕があっただけだ。ずっと腹の奥ではアビスたる自分を探っていた。旅人の紹介というだけで、少し気を許してくれていただけ。
危うく勘違いして調子に乗るところだった。
「……いい報告をお持ち出来るようにしますね」
「待っている」
「ふ、フラさん! 無理はするなよ!」
「ありがとうございます、パイモンさん」
自分は望舒旅館近辺を越えて、翠決坡方面へと向かった。人命が関わることも有り、のんびりふわふわとはいかない。
スタミナが無制限というわけでもないので、適度に休憩を挟みつつ急ぐ。
川を越えればすぐに翠決坡のエリアに入る。ヒルチャールの集落も存在しているため、上手なルートを取らねば危険度も増すだろう。
丘を越えれば柱の沢山立っている遺跡がある。周囲には大量の魔物が存在しており、遺跡への興味本位で立ち入れば恐ろしい目に遭ってしまう。
でも自分がもしも翠決坡に行くならば、この遺跡に来てしまうのは理解できる。だって興味をそそられるからね。
人を探しやすいように、自分は丘を登り高い場所へと出た。遺跡をぐるりと囲んで、魔物が点在している。
「ん? あれは……」
遺跡の真ん中。石碑の前に、見覚えのある緑色がぽつんと座り込んでいる。見慣れたあの色は、明らかに冒険者の衣服だ。
よかった。遺跡のど真ん中ならば、まだ魔物に襲われる危険はない。
でも周囲が魔物だらけだから、出ていくのも困難だろう。
思ったよりも早く発見できたことに喜びつつ、自分は丘を飛び降りた。ふよふよとシールドを張った状態のアビスの魔術師が、上空から舞い降りている。
声の届く範囲まで近づけば、随分と憔悴しきっている様子が見受けられた。ここまで近付いても警戒されないわけだ。
下手をすればヒルチャールにやられていたかもしれない。早々に発見できて本当に良かった。
「こんにちは。お怪我はありませんか」
「うぅ……腹が……」
「お腹が痛いのですか?」
「腹が減った……」
なんだ。びっくりさせないでくれ。腹痛は治せないから、少し焦ってしまった。
しっかりとした食べ物はないが、手持ちにパイモン用のお菓子がいくつかある。パイモンにはまた作ればいいし、とりあえずこれで少しでも空腹の足しにしてもらおう。
「どうぞ」
「……っ!」
冒険者の男性は、自分から菓子を奪うように取ると、ガツガツと食べ始めた。相当お腹が空いていたのだろう。
日数のかかる依頼だから、ある程度食糧は用意してきただろう。だが本来終わるであろう時間の、倍だけかかっている。
少量で食いつないだとしても、限界がやってくる。
きっと空腹で意識も朦朧としており、目の前にいるのがアビスであることにも気付いていないのだろうな。
男性は最後に、水をゴクゴクと一気に飲んでいく。プハーッと豪快に息を吐いて、自分の方を見た。
「うわぁあ!? アビスの魔術師!」
「こんにちは」
それはもう漫画のようにわざとらしく転げた。いきなり攻撃してこないあたり、まだ回復には至っていないみたいだ。
警戒のため、ずっとシールドを張っていたが、いらないのかもしれない。
シールドを解除して地に足をつける。もふもふとした体でぺこりと頭を下げて、まずは自己紹介だ。
「はじめまして、冒険者さん。自分はフラと呼ばれています」
「フラ……?」
無言で胸元を指させば、先程摘んだスイートフラワーがある。流石に風車アスターは、駄目になってしまった。
ここに来るまでに思っていたが、花をつけるのはいいが、枯れゆくスピードが早すぎると思う。水元素で潤いを与えていても、限度があるし。
いずれどこかで造花を手に入れて刺しておきたい。
はじめは元素力で花を作ろうとしたのだが、頑張っても水色もしくは青色の花しか作れなかった。青い自分に青い花じゃあ、目立たない。埋もれてしまう。
自分的には、黄色とか赤とか、目立つ色にしたいのだ。
冒険者は胸元の花を見ると、フラの名前の理由をなんとなく察していた。言葉にはしなかったが、そのネーミングセンスも。
別にいいだろう。ちょっとあれだけど、可愛いガイドさんが名付けてくれたんだぞ。
「往生堂の客卿の方に頼まれて、あなたを探しにきました」
「ああ……鍾離さんか」
「ご存知ですか」
「彼は博識だからね。よく意見を貰いに行くよ……」
「なるほど」
さすがは鍾離先生である。凡人と口では言っていても、オーラが隠しきれていないみたいだ。
アビスの魔術師から馴染みのある単語を聞いたせいか、冒険者の警戒は徐々に緩まっている。
外傷もなさそうだし問題ないだろう。
「立てそうですか?」
「いや……ちょっと難しいな」
「では失礼して」
くるり、と杖を回す。見慣れた泡が一つ生成され、冒険者を包みこんだ。頭を入れてしまうと呼吸が苦しくなるだろうから、顔を出してやる。
彼を包んだ泡はふわふわと浮遊した。
「参りましょうか」
「お、おお……」
それから冒険者を連れて、翠決坡を離れた。
目的地は帰離原だ。あそこには見張り台があって、千岩軍もいる。人のいる場所に突っ込んでいくのは少々怖いが、冒険者の方が歩けないのであれば仕方ない。
急いで入り、冒険者を引き渡して攻撃を受ける前にとっとと撤退した。
弱いシールドを張って攻撃を受けないようにしながら、急いで人のいない場所まで逃げていった。
これで彼は港へと無事に帰れるだろう。鍾離にも完了報告がきちんと出来るはずだ。
水辺まで逃げ切った自分は、縁に腰掛けて一息ついた。
報告するにしても、どこにいるのだろう? 都市には入れないし、また望舒旅館付近を漂っていれば見つけてもらえるのだろうか。
ぼーっと水面を眺めながら、思う。
相変わらず水面にはアビスの魔術師が写っている。改めて溜め息を吐いた。
こんな見た目なら、自分だってすぐに討伐してしまう。素材だし、モラだし。
「おい」
「うわぁ!?」
背後から急に声がしたと思えば、そこには仙人が立っていた。
今は止めてくれる旅人も鍾離もいないわけで、ここで攻撃されてしまえば一巻の終わり。
「岩――鍾離様からだ。受け取るといい」
「え……?」
渡されたのは、黄色い二輪の造花。色味こそ黄色であるものの、その形は琉璃百合と清心だった。微かに感じる元素力は、岩元素を示している。
まさか、わざわざ自分何かのために作ってくれたということなのだろうか。う、嬉しすぎる。
大切に受け取ると、胸元にそっと取り付けた。青一色の自分が付けると、より際立つ。ひと目で普通のアビスでは無いと分かるだろう。
「お前については、我の方から鍾離様へと報告を上げた。その様子であれば問題ないとの言葉を受けている」
「ありがとうございます」
「旅人は璃月港の外で待っている」
「分かりました。自分も急ぎます」
「ああ」
ペコペコと何度も頭を下げて、自分は港へと急いだ。
スメールではどんなことが起きるだろうか。楽しみだなあ。
*
◆フラさん
成夢主。アビスの魔術師(水)。
死んだらアビスの魔術師になっていた。
キャラはみんな好き。出来れば殺意を向けられたくなくて、旅人を探した。
パイモンに餌付けできてニコニコ。
出来ること
・シールド(耐久弱め)
・水攻撃(威力弱め)
・回復 ←New!
◆旅人&パイモン
旅人は空くん。
様々な経験のおかげで、疑いつつも怪しいアビスの魔術師の話を聞いた。
鍾離によるテスト結果の後、問題ないと判断して警戒がさらに緩まる。
◆鍾離
友好的に見えてちゃんと警戒していた。
大丈夫そうだと分かったので、お詫びと土産も兼ねて造花を作って贈った。
◆魈
帝君が言うならまあいいが、璃月で騒ぎを起こしたら次はないぞ……的なオーラを放つ。
望舒旅館近辺の魔物がスッキリしたし、まあ認めなくもない。