デッドエンド/アフター ~ラスボス系ヒロインと行く生き返り争奪戦~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
前説、戦争と欲望のことについて
『争いとは、欲望どうしが衝突した際に発生する火花のようなものである』
そう、アダマリアは言った。
そんな彼女の言葉によって、俺は『争い』というものを理解した。
いや、定義して貰った、と言ってもいいのかもしれない。
何故なら生前の記憶を持たぬ俺は、ヒトと云うには欠落し過ぎている俺は……争いの経験もまた、持っていなかったのだから。
事実、ほんの数日前まではそうだった。
数日前の、俺とコーダウとの間に起きた争い。アダマリアが彼を殺すことで決着した、あの戦いを知るまでは。
ともかく、俺はあの受け止めきれない出来事を、人生で初めての争いを……アダマリアのその言葉で、何とか吞み下したのだ。「そういうものだ」と納得したのだ。
そしてその上で、ならば、と思う。
俺たちが次に足を踏み入れる地獄の第七層、戦争獄。
そこで行われている『戦争』――百や千を超える人間どうしの殺し合いとは、やはりそれだけ大量の欲望が衝突した結果の現象なのだろうか。
「――は、相も変わらず愚昧よな、小僧」
問えば、アダマリアは相変わらずの傲岸不遜さで、されど律儀に答えてくれた。
その宝石めいた金の眼は、いったいどれほどの地上の歴史を、地獄の底より見て来たのか。
玉の声は一切の美しさ、瑞々しさを損なわぬまま、されど老齢の賢者のように重く。確信と共に、彼女は言う。
「戦場に多種多様な欲望が渦巻いているとでも? 否だ。寧ろそこに立つたいていの兵士とは、自己保存という慎ましやかな欲求しか持ち合わせておらん。要するに『生き残りたい』という感情、生物なら誰しもが持つ本能だな。その為に必死になって相手を殺す……そこに生存競争以上の意味は無い」
欲求、と彼女は言った。
欲望と分けられたそれは、きっと彼女なりの意味を含んだ言葉選びだったのであろう。
ならば。戦場に欲望が無いというなら。
戦争という『争い』を起こす欲望とは、一体どこにあるのだろう。
「これは本来、いちいち語るまでもないことだが……。
『戦争』とは、兵士、つまり戦う当事者どうしの意志によって収まらぬ争いのことを言う」
その尊大な口調と裏腹に、アダマリアが俺の問いを無碍にすることは滅多になかった。
だから今回の言葉もまた、俺の問いへの婉曲な回答で。
言うなれば答えを導くために必要不可欠な、前提となる知識の説明であろうか。
だが、『当事者の意志で収まらぬ』とは、それは一体どういう形式の争いなのだろう。
例えばの話、俺とコーダウを例にすれば……俺が姉さんを諦めるか、コーダウが愛を諦めるかすれば、俺たちが争うことはなかった。当然そうできなかったからこそ、俺はアダマリアに縋り、コーダウは死ぬまで戦ったのだけれど……。
それでも仮定として、『諦める』という選択肢はあった。
戦いをやめることは、きっといつでもできたのだ。
だから、それは戦争でも。兵士たちがお互いに戦いたくないのなら、何を失おうと死にたくないと叫んだのなら、武器を捨てて手を取り合うこともできるのではないか――。
そんな俺の言葉に、けれどアダマリアは
「残念だが。戦場では、一兵卒は和睦を結べん。それは将校や王が判断することだからだ。つまりどれだけ互いに争いたく無くとも、向かい合った兵たちは武器を捨て手を取り合う事はできず、その刃を相手に突き立てることしか選べない。
では、それは何故か? 簡単だ、戦争は彼等の欲望によって成立しているモノではないからだ。兵たちの背後には常に、彼等を動員できる権力者がおり、そしてその権力者の欲望がある。
即ち、『戦争』とは――権力者の欲望が火種となって諸人を呑む、現世における獄炎の濁流よ」
彼女の言葉を聴いた瞬間、そう、思わず口を突いて出た。
だって、俺がコーダウと戦ったのは、俺自身の欲望のためだ。姉さんを救うという願いのために、俺は俺自身を戦いに向かわせた。事の善悪や顛末はともかく……俺はその決断を、決して後悔はしていない。
自分の欲望のために、戦う。
アダマリアとの会話を経た今、それが間違いであるとは思わないから。
けれど……
それは、卑怯だ。
だって、それでは……その戦う
そんな俺の内心の憤りをどう捉えたか。
戦争という戦いの性質を俺に理解させたアダマリアは、今度こそ辿り着いた本題を語る。
「戦争とは――あるいは戦場とは、言うなれば大量の人間を圧殺する巨大な装置のようなもの。そのように
そう、『誰を殺してでも生き残りたい』、という欲求にな」
また、欲求。
そう吐き捨てるアダマリアの声は、ともすれば俺が抱いた憤りよりも尚昏く……それこそ獄炎さえを思わせる、強い怒りの熱が込められていた。
嗚呼、さしもの俺でも知っている。戦争が忌むべき悪であることは。姉さんが、そう教えてくれたから。
だがアダマリアの口ぶりは、忌避どころでは到底収まるものでなく。
そう、罪の化身たる彼女は、戦争を憎んでいるようにさえ見えた――。
「は、当然だ。なにせ今しがた語った通り、戦争とは、人間を獣同然にする忌むべき行い故に。
獣とは、ただ生きるだけのモノ。目の前の餌に喰らい付き、目の前の敵を噛み殺す――それらの欲求以上を持たぬモノ。
対してヒトとは、ただ生きるだけでは決して満たされぬモノだろう」
その言葉に、俺は内心で頷く。
自覚があったのだ。思考ではない、もっと深い場所で同意したのだ。
ただ生きるだけでは満たされない。それ以上を欲し、望む。
それは例えば、俺が姉さんの無事を望んだように――。
「富が欲しい。名誉が欲しい。力が欲しい。愛が欲しい。
創り上げたい。築き上げたい。あるいは壊したい、殺したい。
もしくは、殺したくない。例え敵でも、分かり合えると信じたい。
そんな、『ただ生きる』だけでは足りぬ渇き――それこそ人間の特権だ。獣の抱く欲求ならぬ、ヒトにしかない美しき欲望そのものだ。
ああ、無駄の無い自然の獣にこそ美が宿る、などと言う者も居るがな。私に言わせればそんなことは、ヒトの輝きに目を向けた事のない高慢無知者の戯言よ。
ヒトだけが、『ただ生きる』以上を望める。そう、獣が決して知らぬ、美しささえを欲すことができる。これを、この生物を『美しい』と呼ばずして何とする!」
嗚呼、それこそがアダマリアの言う、欲求と欲望との違い。
ヒトは獣のように、『ただ生きる』だけでは足りなかった。
その欲望が、言葉を作り、建物を造り、芸術を創った。獣が持ち得ぬモノを掴ませた。
つまり、獣とヒトとを隔てたのは。
「欲望こそが人間だ。
故に、人間は誰しもが、純粋な
だが、だというのに、にも拘らず。戦争はそんな人間から『ただ生きる』以外を剥奪する。美しい生物を、ただ生きるだけの獣に戻す。それも、本人の欲望と無縁なる運命の強制によって、だ。
それは、名工の彫像を砕くが如く、あるいは絵画に泥を塗りたくるが如き、余りに勿体のない行いであろう」
戦争は、人間から欲望を剥奪する。
戦場は、交わす言葉を失わせ、築かれた建物を砕かせ、芸術さえ無意味に貶める。
そこで喰らい合うのは人間ではなく、そうであることを奪われた二足の獣。
生きるために相手を殺す、そんな醜い獣の群れ――。
アダマリアとのこの問答が、俺に未だ見ぬ『戦争』の恐ろしさを理解させた。
ただの争いならぬ、戦争という殺戮機構の残酷さを。
ヒトがヒトであることさえ出来ぬ、戦場という場所の凄惨さを。
そして、その比類なき罪深さをも、また。
でも、けれど。
そこで話は終わらなかった。
「もしも――」と。そう前置きして、アダマリアが言葉を続けたから。
「だがもしも、戦場で『人間』を保てる者が居たのなら。獣たちが無為に殺し合う巨大機構の只中にて尚燦然と輝きを放つ、そんな強壮にして強欲の徒が本当に居るのなら。
その者と
美しいものを、壊す。
それが罪たる我が身の内で脈動する、最大の『欲望』なのだから――」
金の眼が見据える先は、未だ遠き地獄の戦場。
ぺろりと妖艶なる舌なめずりは、けれど人喰いの怪物のソレで。
そうだ、戦争が罪だと云うのなら。
罪の化身たる彼女はきっと、それよりもずっと邪悪なモノで。
百の戦場を重ねても尚足らぬ、底無しに罪深き怪物であった――。
そんな怪物と、俺は征く。
腕輪を求め、次なる地獄へ――第七層、戦争獄へと。
獣
嗚呼、けれど……心のどこかで思うのだ。
眼前にぶら下がった餌を追うように、生き返りの奇跡を求める俺は。
ひたすらに生だけを求める俺は。
果たして彼女の言う『獣』と、どこか隔たった存在なのであろうか、と――。