異世界から帰ったら江戸なのである   作:左高例

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107話『掌編:九郎に抱かれて眠ってみよう』

 甚八丸の場合。

 

 

 

 ──酒の付き合いで九郎はその日、千駄ヶ谷にある根津甚八丸の屋敷で泊まることになった。

 甚八丸とは、雨次を間に置いて恋のから騒ぎで面白がったり、店に卸す新鮮な野菜などを直売してもらったりしているのでそれなりの仲である。

 それにしても屋敷に行くのは初めてであったが、そこに来たときに既に二人はかなり酒でいい気分であった。

 直前まで、天爵堂の屋敷で呑みをしていて、老人から「もう遅いから帰ってくれ」と容赦なく追い出されてしかし呑み足りないので甚八丸の屋敷へ行ったのである。

 彼の屋敷は庭と畑の境界が曖昧なので正確にはわからないが、二百坪はある広さであった。屋敷の中は組屋敷のようになっていて、住まいの無い小作農や部下で別の仕事をしている忍びなどを泊めさせているのである。

 人格は助平で下世話なのだが、気前はいいので「頭領」と呼ばれて慕われているのだ。

 

「おーう、俺様が帰ったぞーい。今日も一日頑張ったぞーい」

 

 酒で灼けた喉で野太い声を出しながら玄関に入ると──手裏剣と苦無が飛んできた。

 

「ばらぁあああ!?」

 

 恐らくは全裸で帰ってきたのが悪かったのだろう。

 今日は全裸な気分だとばかりに、呑み会の席で脱いだままその江戸でも屈指の巨漢と筋肉な姿のまま外を歩いて家に入ってきた甚八丸は、嫁に入るなり攻撃されて奥に連れ込まれ、説教をかまされていた。

 九郎的には呑むと脱ぐ男は珍しくなかったので気にしていなかったが、むしろ気まずい気分である。友達の宅飲みに誘われたら、そいつが目の前でかみさんに説教喰らうというのは。

 暫くして、

 

「チクショー! 覚えてろー! いややっぱり明日になったら忘れててくれ!」

 

 涙を流しながら甚八丸が走って来て、九郎を担ぎあげて家の離れに向かった。

 本宅では居心地が悪いのでそこで呑もうという話になり、他の忍びも酒の相伴に与ろうと集まって来て甚八丸の嫁を刺激しないように静かな呑み会を開いた。

 

「それにしても、初めて見たが甚八丸のかみさんはやけに美人だのう……怖いが」

「馬鹿野郎超怖いっつーの。柳生十兵衛が女体化魔界転生したっつっても信じるぐらいだっつーの」

「甚八丸さんとは幼馴染だったんですって。卑怯ですよ甚八丸さん!」

「卑怯ってお前、ガキの頃からあんな恐怖の女が近くに居る環境こそがひでえんだぞ。見ろこの傷だらけの肉体。大体あいつにやられたっていうか」

 

 体にむきりと力を入れて、四十近い男には見えないはち切れんばかりの肉体に傷が浮かんでいた。

 そういえば幼馴染と云えば、彼の奥方も四十近いのだろうかと九郎は一瞬考えた。見た目は、石燕より少し上に見えるぐらいに見えてとても二児の母には見えなかったが。

 

「それお主が助平働いたからでは」

「いやまあ、確かに胸に顔を突っ込んだり尻に顔を突っ込んだり風呂に水遁したり布団に布遁したりしていたがよ……」

「気持ち悪いストーカーか」

 

 布遁は江戸川乱歩の人間椅子のように、布の内側に潜んで相手の体温をダイレクトに受ける潜み方である。

 

「待て待て。そもそも俺様の周りに年頃の女があいつしか居なかったから仕方なく助平悪戯をしていて、反撃も食らってやっていたから和解案件だ。そして独り立ちして、自由に出かけられるようになったからもうやらねえ今まで悪かったな、と謝ったら……いやこの話は止そう」

 

 言い難そうに口ごもる甚八丸から、隣に座る──オフなのに覆面をつけている──忍びに九郎は尋ねた。

 

「で、どうだったのだ?」

「それが私見てたんですけど奥方、ぼろぼろと泣き出しちゃって、甚八丸さんも慌てて近寄って」

「ほほう」

「十箇所以上めった刺しにされてました」

「よく生きてるな!?」

「だから思い出させるなって……うう、肋骨の一部が削れちまって……」

 

 苦々しく脇腹のあたりを擦る甚八丸であった。

 

「だけどその後は初々しい夫婦になりましたとさ。だから夫婦喧嘩もお互いの照れ隠しみたいなものだから気にしないでくださいね九郎さん」

「ふむ……まあ、わからんでもない」

 

 九郎は笑いながら、手元のにごり酒を呑み干した。

 ずっと昔の恩人、騎士のジグエン団長も確か恐妻家であった記憶がある。嫁は機神信仰のドワーフで、3mクラス[軽機兵]の中に乗れるメカを故郷から持って来ていて、派手な夫婦戦闘をしていたが総合的に見れば仲の良い夫婦であった。

 

「だからまあ、なんだ。女は積極的でいいがちょいと大人しくな。そう思って小唄を育ててたんだが……なんか変な方向に突っ走っちまってるじゃねえか」

「ちなみに、甚八丸さんは教育に悪いってあんまり子育てに参加させてくれなかった、小唄ちゃんのお兄さん椎彦(つちひこ)くんは随分爽やかな青年になってて」

「小唄は甚八丸の影響すぎるのう」

「うるせぇい! 今日は呑む!」

 

 そうして酒樽を円になっている中心に置いて、数人の忍びと共に酔いつぶれるまで呑むのであった。

 男だらけの呑み会でありながら、九郎はなんとなく懐かしい空気を思い出して、居心地は悪くなかった。

 

(なんとなく、ジグエン団長に似ておるのか。甚八丸は)

 

 豪放で良く全裸になり、部下に慕われるぐらいが共通点だったが。

 

 

 そうして夜は明け。 

 どう寝たのか記憶に無かったが、九郎はうつらうつらと目覚めかけて、厠にでも行くかこのまま二度寝するか少し悩みながら寝返りを打った。

 顔を横向けにすると、ちくちくとした感触とむにゅりとした柔らかい後頭部の感覚。そして変な臭いがした。

 目を開けると、そこらに死屍累々とばかりに忍びが倒れて泥酔している。振る舞われたのは特殊な忍び用の酔いが強くなる薬入りの酒で、訓練していてあまり酔えない忍びでも楽しめるので作っておいたのだ。それをかっ食らって寝ているらしい。

 そして九郎の頭は。

 全裸な甚八丸のふぐりを枕にし、硬い太ももを抱くようにして寝ていた。

 

「えい」

 

 思わず顔のすぐ側にあったふぐりの片方を指でつまむと、ぴしゃっという音が陰嚢の中からした。

 

「ぐああああああああ!!」

「すまん、つい」

 

 強烈な痛みから発せられた叫びは千駄ヶ谷に響き渡り、「ああまたあの人か」と結構スルーされたという。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 お八の場合。

 

 

 

 呉服問屋の[藍屋]に九郎が行けば、かなりの頻度で泊まることを勧められて、用事がなければそのまま押し切られる。

 その日も九郎はあれここれよと用意をされて、寝室に布団を敷かれていた。

 

「なんというか、とうとう、とでも云うか……」

 

 布団が並べられているのである。

 部屋に入ってきた九郎に続いて、顔を真っ赤にさせているお八もやってきた。

 

「と、とうとう!? とうとう何だぜ!? 何をする気だぜ!?」

 

 家族従業員一同からの応援を受けているお八は、気づかないフリをしながらも九郎を部屋の中に押し込んで、戸を締めた。

 九郎はのそのそと布団の上に座って、だらけた姿で云う。

 

「これはとうとう──己れとハチ子がパジャマパーティをする仲だと思われておるということだのう」

「ぱじゃまぱーち!? ってなんだぜ!?」

「詳しくは知らん。だが仲の良いおなご同士がやる儀式と云われていてな」

「それがどうしたんだぜ」

「ひょっとしてお主の家族──己れをおなごと思っておらぬか?」

「ねえよ!!」

 

 意味の分からない心配に、お八から怒鳴り気味でツッコミを入れられた。

 九郎としては、やけに年頃の娘を無防備に預けてくるのでその可能性を疑っていたのであったが。

 

「まあほれ、お主もごろりとせよ」

「あ、ああ」

 

 九郎に手招きされて、お八もくっついて並んである自分の布団の上に座った。

 じっと九郎を見る。相変わらずの、半分まぶたが下りたような眠たげな目をしている。だが退屈そうというわけでもなく、どこか楽しそうにお八を見ていた。

 

(好いてることは、好いてるんだよなあ、九郎も)

 

 逆に溜め息を飲み込むお八である。

 彼女としても、九郎が自分と居て気の置けない親しみを感じているのは、それとなくわかっている。

 だがそれは父親か祖父のような、そんな雰囲気であり。

 お八もそんな九郎との居心地の良さが、嫌いではなかった。

 

「むう」

 

 不満気に唸って、布団に寝転がる。

 九郎と目線を同じ高さにすると、彼から気軽に話題を振ってきた。

 

「折角だから寝るまで話でもするか」

「いいぜ」

「ハチ子って好きな子とか居るのー?」

「すげえムカつくな!」

「怒られた……」

 

 パジャマパーティから連想して修学旅行風の話題を振ってみたのだが、失敗したようで九郎は顔を曇らせた。中高と修学旅行には金の積立ができなかったから行かなかったので、少し憧れていたというのに……!

 しかしどう考えても、好きな相手に振られる話題ではない。いや、その後に告白イベントとかがあれば別だが、明らかにそんな雰囲気ではないのでお八はしょんぼりした九郎に「仕方ない奴だぜ」と呆れの感情さえ浮かぶ。

 そんな彼はいつもの青白い着流しではなく、用意された浴衣姿だ。普段と違う、寝る前専用と云った感じで、

 

「似合ってるな、それ」

「うむ? そうだな、寸法もばっちりだ」

「九郎最近いつも、あたしが縫ったあれ着てるからさ、結構新鮮」

「汚れぬからなあ、あの服。土埃を払うだけで着れるのだ」

「まるで天女の羽衣だな。すげえ軽かったし。空に浮けるし」

 

 そう口にして、お八は連想したことを聞いた。

 

「……あれが天女の羽衣なら、あれを隠せば九郎はどこかに飛んでいかないのかな」

「おいおい、どうしたのだ」

「いや、時々……だけどよ。九郎がどっかに飛んでいったまま帰らないとか、そんなことを思っちまって」

「……」

 

 九郎は頬を掻いて、寝相を変えて天井を仰ぎ見た。

 

「羽衣伝説だと、最後には隠していた羽衣が見つかり、天女は天に帰っていく……となるがのう」

「あたしの聞いた話では、ちゃんと一度は旦那のことも認めて、子供も作ったのに最後は別れるんだよな。騙されてたってことで、旦那も子供も嫌いになったのかな」

「さあなあ……天女の事情があったのかもしれん。天の世界に両親や大事な人が居て、目の前に羽衣があって。その場で帰らねば、二度と残してきた大事な人に会えなくなる。ただし帰れば、この世界の夫や子供と会えなくなる。どちらを選ぶのが正しいと思う?」

「……わかんないぜ。九郎は、どう思う?」

 

 彼も苦笑して、応えた。

 

「己れも結局、その場にならないとわからんだろうな。正解なんてなかろう」

「そうか……」

「ただ……会えなくなった方のことを、忘れたくないとは思うのう」

「つらくないか、そうしたら」

「つらいからと云って忘れたら、楽しかったことも忘れてしまいそうだからなあ」

 

 九郎は手を伸ばして、中空の何かを掴むような、払うような仕草をした。

 それから二人は幾つか、他愛のない話をして行灯を消して、布団に入る。

 入ったばかりで冷たい布団に閉じ込められると、いつも一人で寝ているというのにお八は言い様のない不安感に包まれた。

 もぞもぞと動いて、九郎に近寄った。

 

「九郎」

「なんだ?」

「そっちで寝ていいか」

「……うむ」

 

 そうして、お八は九郎の布団に入りこんで。

 彼の胸元に抱きつくようにして、目を閉じた。

 体温と僅かな鼓動の音を聞いていれば、すぐに不安感は無くなった。

 九郎もお八と向き合うようにして、彼女を安心させるように緩く抱いて眠った。

 お八は僅かに涙が出た。どういう理由かは自分でわからなかったが、それを九郎の浴衣に染みこませる。

 

 

 

 ──その深夜。

 足音を忍ばせて部屋に入ってきたお八の父、良介をふと目覚めた九郎が問いただすと。

 

「枕元に水差しを持ってきたのです」

「なるほど……ところでその片手に持った赤の染料は何に使うんだ?」

「いえ別に。何も。本当です」

 

 そそくさと、こっそり二人の敷布団につけようと思って持ち込んだ血の色に似た染料を持って逃げ去るのであった……。

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 タマの場合。

 

 

「兄さん! 今日は一緒のお布団で寝るタマ!」

「嫌だ」

「ひどい!? どうして!? 何が悪かったのさ!」

「人の布団に入り込んでおっ立てるな」

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 夕鶴の場合。

 

 

 

「せせせせ石燕さんに怖い話聞いてしまったであります! どう考えても部屋に一人きりになると妖怪がやってくるであります! だから九郎君一緒に寝てほしいであります!」

「なんというか、あやつの妖怪話に怯えるのはお主かハチ子ぐらいだのう」

 

 石燕の屋敷に泊まることになり、夕鶴も含めて晩酌をしながら石燕の怪談を聞いていたのである。

 そうすると徐々に顔色を青ざめさせて、厠に立つにも石燕に付き添いを頼むようになったのがこの萩から来た女、夕鶴であった。

 背が高く山口弁でハキハキとした雰囲気なのだが、思い悩む上に心が弱いところがあるのでこのざまである。

 

「えー、それじゃあ三人で寝ようではないか」

 

 石燕が不満そうに云うが、夕鶴は九郎を引き寄せて抱きしめたまま首を振る。

 

「居候させて貰っておいてなんでありますが! 石燕さんは厠でもぼそぼそと扉の向こうから怖いこと云ってくるであります! 絶対同じ部屋だと静まり返ったときに怪談の続きをするであります!」

「ふふふ、そんなことは──うわあ手の目があ!」

「きゃあああ!」

「ぐむ」

 

 石燕が自分の掌に描いた眼球を夕鶴に向けると、彼女は悲鳴と共に九郎を強く抱きしめた。

 身長差が頭一つ分近くあるので九郎は彼女の胸あたりに顔を押し付けられる。

 もぞもぞと顔を動かして石燕に目を向け、

 

「まったく、脅かしすぎだ。仕方ないから己れは夕鶴の部屋で寝るからのう」

 

 すると石燕は拗ねたように、

 

「ふーん。やれやれ、お優しいことで。いいもん。私は明石と一緒に寝るから。おいで」

 

 呼ぶと、廊下からのそのそと番犬の明石が上がってきて、石燕の布団の足元で丸くなった。

 不貞腐れて布団に潜り込みながら寝酒を呑む石燕を置いて、九郎は腰が引けている夕鶴を連れて彼女の部屋に向かった。

 

「大丈夫か? 厠は済ませたか?」

「ううう、多分大丈夫であります……」

 

 顔色が悪い彼女の肩を抱くようにして、部屋の布団に入れる。

 九郎の服を掴んだまま離さないので、そのまま九郎も夕鶴の隣に入った。

 

「寝て覚めれば怖いことなど忘れておる。安心して眠れ」

「ううう……瞼の裏が妙に怖いであります……」

 

 呻いて、夕鶴は横になりながらも中々寝付けないようだった。

 

「息の音が怖い……心臓の音が怖い……いつも寝ているとき、どっちを向いて寝ていたかも思い出せない……」

「夕鶴」

 

 九郎がどうにか安心させようと、冷や汗を浮かべて硬くまぶたを閉じている目の上撫でてやったり、背中をさすってやるがあまり効果はない。

 夕鶴の胸元から、早い鼓動で鳴る音が聞こえた。気分が落ち着かないようだ。

 怪談で、というよりも。

 単身で江戸にやってきて、見つかるかもわからない仇を探し、生活のために商売も初めて、様々な心の疲れと先行きの不安が、こうしてきっかけを得て夜に出ているのだろう。

 恐らくはこの晩が初めてではない。

 

(こやつは、己れを頼って……)

 

 そう思うとどうにかしないといけないとは思うが。

 やはり、子供の体では見た目に頼りがいは無いのだとも、客観的に考える。

 九郎は夕鶴が掴んだままの上着を脱いで、布団から這い出る。

 

「九郎君……? 行かないで欲しいであります……」

「大丈夫だ、厠に行ったらすぐ戻る」

「早くお願いするであります」

 

 弱々しく告げる夕鶴を残して、九郎は厠ではなく──石燕の寝室へ向かった。

 すでに酒を床にこぼし、布団に染み込ませながら寝ている石燕は放置して、棚に置かれた壺の蓋を開けて、中身を湯のみで掬ってその場で一気に飲んだ。

 将翁が仕入れてきた清の酒、[白乾児]である。再び怪しげなルートから輸入したのだという。最近は、琉球方面ではなく津軽方面での抜荷が熱いのだとうか。

 それを呑んで体に巡るように意識をして暫くすれば──九郎の容貌が二十台ぐらいに成長する。一時的なものではあるが、半刻は持つだろう。

 布団に戻ると、夕鶴は目を閉じたまま無言で九郎の体に抱きついた。

 しかし、

 

(……あれ? 九郎君、こんなに大きかったでありますか?)

 

 ゆっくり目を開けると、すこしばかり大人びた顔になった九郎が夕鶴を見ていた。

 肩幅や胸板も広くなり、子供ではなく完全に大人な体型だ。

 がっしりとしたたくましい腕を背中に回されると、昔の父親を思い出した。

 自分がどれだけ背丈が高かろうが、父はどうあっても親であり、大きい大人に感じていた。

 そのことを、思い出して。

 大人な九郎に抱かれて寝るのは、何年か振りの、安らいだ気持ちの良い眠りになった。

 寝息を立て始めた彼女の背中を撫でながら、

 

「まだ十六歳の子供だものなあ……大人に頼りたいよなあ」

 

 九郎は感慨深く、そう呟いて自分も寝ることにした。

 

 

 

 翌日の朝、夕鶴が目を覚ませばやっぱり同じ布団に寝ていたのは自分より背の低い九郎で。

 しかし昨晩、夢かも知れないが見た大人九郎の顔もしっかりと覚えていた。

 暫く起き上がった姿勢のままぽーっとしていたら、やがて目覚めた九郎が布団から出て立ち上がり、のびをした後で夕鶴の額に手を当てた。

 

「どうした? いい夢は見れたかのう」

 

 座っている自分を、立っている九郎が見下ろしているというだけなのだが。

 背丈の近い大人の九郎から見られている気がして。

 夕鶴はなぜか慌ただしい気分になり、手をばたばたとさせて云う。

 

「大丈夫であります! すっかり怖い気分は無くなったのであります!」

「そうか、では己れは石燕を起こしに行ってくるからのう」

 

 朝の九郎は特に老人臭い。背中が丸まり気味になっているからだろうと思いながら、彼を見送ってようやく夕鶴はバタバタとさせた手をゆっくりと収めた。

 

「はぁー……」

 

 起きたばかりだというのに、顔が熱い。頭の芯がぼーっとして、複雑なことが考えられない。

 心安らいで眠れたのに、胸がどきどきしている。

 

「いったい、なんでありますか……」

 

 夕鶴はよくわからぬ感情に、慌てさせた手で落ち着かせるために、胸に当てるのであった。

 

 

 

 一方、石燕の部屋で。

 

 

「石燕。あちこち肌に赤いポツポツができておるぞ。大人ニキビか」

「犬のノミだよ! ああもう、痒い……九郎くん背中掻いて」

「この万能道具として江戸で密かな流行の[膝茂君]をやるから自分で掻くといい」

「太いよ!」

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 ヨグの場合。

 

 

 九郎は気がついたら天蓋付きのベッドに寝かされており、両手両足をそれぞれベッドの四隅から伸びた鎖で拘束されていた。

 背中に感じる感触は柔らかく、高級なマットレスを使っていることが判る。確か、若い頃にラブホテルのバイトをしていたときメイキングで入った一泊40000円の部屋に使われているのがこういう柔らかさだったかな、と九郎は古いことを思い出した。

 首を動かして見えた、自分が頭を置いてある枕に書かれているのは厳かな[YES I AM!!]の文字。かの有名なキリストの枕である。バチカンにあるはずの枕だが、おそらく複製されたのだろう。

 

「くーっふっふっふ。どうだい、くーちゃん。この絶体絶命な状況」

「ヨグか」

 

 ベッドの脇から九郎を見下ろしているのは、虹髪虹目で右手の義手が肩こりなどを治す健康器具の形になっている女、ヨグだ。

 明らかに眠る前とは別の場所に居ることから、彼女の固有次元であることは気づいていたが。

 眼鏡の奥から狂気に満ちた目を光らせて、嗜虐的に口を歪めていた。

 

「さあこれからくーちゃんはどうなるでしょう。

 

 1:怪人に改造手術。

 2:歯医者さんごっこ。

 3:二人は幸せなキスをして終了。

 4:仲間達が来て助けてくれる。

 5:関東炊き早食い大会。

 6:……」

 

 

「いや待てよ。幾つあるんだ選択肢」

「13個だけど?」

「微妙な多さだな……中途半端だし」

 

 呆れながら応える九郎に対して、ヨグは下等生物を見下げるように鼻で笑ってベッドに飛び乗った。

 

「あだっ」

 

 いや、失敗した。つま先が引っ掛かり思いっきり九郎の腹の上に転んで、鼻っ柱を打った。

 眼鏡が顔にめり込んで痛むのを押さえながら、這うようにして九郎の腹に跨る。

 

「くふぁふぁー! いまくーちゃんの命運は我が握っている! 言葉には慎むんだね!」

 

 電マを九郎に向けながらそう云う彼女を、九郎は冷たい目で見返した。

 

「で、何がしたいんだ」

「とりあえずはこの新開発の健康器具[タイタンズシェイカー]でくーちゃんをくすぐってみようかなーって。地面につければ地殻が揺れるんだよこれ」

「そんな物騒なもんを人体に使うな」

「それにしても宗像教授の序盤って、唐突にティターン族だ!とか云って地底から巨人が出現するよね。中盤からは民俗学とかメインになるけど序盤の超展開も嫌いじゃなかったんだ」

「知らんが」

「大丈夫、天井の染みを数えてる間に終わるから……」

「ベッドが天蓋付きだし、そもそもお主のこの世界天井が無いんだが」

 

 こうして腹の上で適当に漫画の雑談でもさせておけばいいのかもしれない。

 そう思いつつも、怪しげな電マを持っていられるのがどうも嫌である。

 九郎は両手に力を込めて、掛かっている鎖を取ろうとした。

 

「くっ……頑丈だな」

「くははは! 無駄だよくーちゃん! そうやってもっと無駄な抵抗をして我を楽しませてよ!」

「取れた」

「早い!?」

 

 あっさりと両手の鎖を引き千切って、九郎は上半身を起こさせた。

 すると九郎の腹に乗っていたヨグはバランスを崩して転びかける。

 九郎はヨグの背中を右手で支えつつ、左手でヨグの義手の根本を軽く弄ると、すぽりと彼女の義手が外れて、それを適当に放り捨てた。

 掃除機の吸口でも取り替えるように、容易く。

 

「あ、あれ?」

「さて」

 

 九郎は笑顔のまま、ヨグの背中に手を回して彼女と体勢を逆転させた。

 ベッドに仰向けに寝ているヨグの上から覆いかぶさるようにして九郎が押さえて、ずれた眼鏡のまま口を半開きに見上げているヨグに云う。

 

「──寝ている人を勝手に連れ込んで、意味のわからん悪戯をしようとした魔王はこれからどうなるでしょう」

「あ、あはは……幸せなキスをして終了?」

「いや……お主歯磨きとかしてなさそうだからそれは無いわ」

「急に素に戻らないでよ!?」

 

 

 このあとメチャクチャ歯磨きさせた。(自分で)

 ついでに、気分的に九郎も歯磨きをしたい──江戸では房楊枝という木製の歯ブラシなのでいまいちスッキリ感が違う──ということで、歯ブラシを召喚させて夢の中だが二人して歯をシャカシャカと磨いて九郎は帰っていった。

   

 居なくなったあとで。

 九郎が残していった歯ブラシと、自分が使った歯ブラシを同じコップに入れて置いたのをヨグがじっと見て。

 にへら、と相好を崩した。

 

「我ながら単純だなあ」

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 石燕の場合。

 

 

「九郎くん! 一緒に寝ようではないか!」

「嫌だ」

「どうして!? 私の何が悪かったというのかね! 金か! 幾らだ!」

「お主の布団、ノミがついてる上に酒の臭いが酷いから安眠できそうにない」

「ぐぬぬ……」

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 将翁の場合。

 

 

「九郎殿。布団を温めておきました、ぜ」

「そうか。出ろ」

「大丈夫。悪いことは、しませんよ。ほら、両手両足縛ってある」

「なんで緊縛プレイしてる女と同じ布団で寝らねばならんのだ。あとお主は色香が毒に近いから安眠できそうにない」

「ほう……」

 

 にんまりと、将翁は満足そうに嗤った。

 

 

 

 

 

 

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