異世界から帰ったら江戸なのである   作:左高例

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外伝『IF/現代編・上:クロウとクルアハの物語・裏』

 魔女や告死妖精と畏れられず、人として暮らそう。

 [知られざる魔女]と呼ばれることとなった、誰にも被害を与えないままに行方を晦ませた魔女イリシアと、付与魔法の師であるクルアハは隠居した妖精の里でその研究を進めていた。

 目的は魂を人間に近づけることと、異なる世界へ行くこと。

 魔力の増大で世界を破滅へと導く、縮退天使の魂。

 消えれば自然現象のように誰からも忘れられてしまう、魂無き器。

 それらをどうにかして──先に逝った彼と再会したかったのである。

 

 その研究の前者──人間化はそれなりに早い段階で成功することとなった。

 無限の魔力は有限へと落ちたがイリシアの破壊衝動は抑えられ、クルアハの妖精としての職能は失われたが瞳は生者の色へと変化した。

 だが、異界に渡る術は見つからなかった。

 

 そして長い年月が過ぎて──それを試行するために不老化さえ行い──様々なアプローチの果てに。

 多元宇宙と並行世界の可能性を辿り、異なる歴史のペナルカンドに起きた次元の歪みが繋がった地球世界に、クロウの魂を感知した。

 そこに魔法的に介入して二人は地球世界へ向かったのである。

 

 二人が辿り着いたのは群馬県渋川市。

 古くから宿場町として栄えた群馬県のほぼ中央──いや。

 かの征夷大将軍坂上田村麻呂が日本の中心、臍として呼んだことで有名な地であった。

 

 上越線の通る利根川の中洲に、イリシアとクルアハは投げ出されたように現れた。

 二人はきょろきょろと周囲を見回す。妖精の里とは違った風景。川の左右には箱型の建物が並び、鉄橋がけたたましい音を立てながら高速で電車を通しているところであった。

 

「お姉ちゃん、辿り着いたみたいですね」

「……うん」

 

 上手いこと着地したイリシアはともあれ、クルアハはぺたりと地面に腰をつけていた。

 砂利が痛そうだな、と思ったイリシアが手を伸ばして引っ張り上げる。

 服装は二人とも、シャツとスカートの上に白い生地で魔術文字がびっしりと描かれたローブをすっぽりと着ていた。クルアハは黒文字でイリシアは青文字である。それらは付与魔法の発動を補助する道具であり、ローブに描かれた魔術文字を組み合わせることで間髪入れずに術を発動させることができる。

 その効果で、僅かな時間だけ発生した次元の歪みに割り込めたのだったが。

 起き上がったクルアハはふらふらと川の水面に向かって歩き始めた。

 

「……彼に会いに行かないと」

「ちょっ! 飛ばないで飛ばないで! 爺ちゃんの話を思い出して!」

「……そうだった」

 

 軽く浮遊して川を越えようとしていたクルアハの手を掴んでイリシアは止めた。

 一応、地球世界についてクロウから聞いた話を覚えてはいる。基本的に人間種族のみで文明が作られているとか、科学の発展で特殊な能力は殆ど無いとか、日本という国の四季や料理とか、キタキューシューという修羅の国とか。

 

「この世界には魔法使いなんか居ないらしいですから、目立つことをしたら駄目ですよ」

「……うん」

「それにまだ爺ちゃんの居る場所もわからないし、何かするにもお金も持ってないんですから」

「……そうだった」

「着の身着のままやってきちゃいましたからね……」

 

 二人としては異世界に渡るために様々な準備をしていたのだったが、咄嗟の判断で次元移動してきたのでその用意は持って来ていない。

 例えばなんかの異世界トリップ物語で地球じゃないがどこかの異世界では胡椒が高値だったと書いてあるのを見たので胡椒を一袋用意してみたり、硝子が高価だと見たのでビー玉を作ってみたり、移動した先がジャングルだったときのためにサバイバルグッズをリュックに詰めたり。

 微妙に的外れではあったのだが、それでも有用な準備は全て失われた。

 だが二人には魔法の力がある。

 

「……とりあえず、どう動けばいいか決めよう」

 

 クルアハが一枚の術符を取り出した。手帳程の四角い紙は[指針符]というアイテムである。

 

「そこらの情報精霊と対話をして最適行動の相談をする術……でも情報精霊居ますか? ここ」

「……代用の神霊でもいけるように改造してある」

 

 指針符に【検索中】という文字が浮かんで周辺の、質問に応えてくれる霊を探している。

 つまりこれはこっくりさんのようなものであり、より具体性はある内容を教えてくれる。ただし、機械端末で検索して判る情報の方が普通は便利だ。土地の霊はバスや電車の時刻表までは教えてくれない。

 暫くするとこの場で現在質問に答えてくれる地球精霊の仮名が出てくる。

 

・重いベルさん。

・ヤーさん。

・小人系怪力神さん。

 

「……大丈夫。謎の精霊がヒットしたけど、応えてくれそう」

「よかったー」

 

 とりあえず二人は無一文で知らない土地に放り出されたのだけれどどうすればいいか聞いた。

 術符にそれぞれの意見が書かれる。

 

ベル「とりあえず現状を把握するために図書館や本屋に立ち寄ってみましょう」

ヤー「特産品の赤城牛を買ってきて、供物に捧げるなら教える」

小人「折角だから温泉入って酒を飲もう。金を稼ぐならまじないを使って見世物をすれば盛り上がると思う」

 

 二人はそれを見て妥当性を考え、ヤーさん以外の意見は採用することにした。牛は多分買えないだろう。

 

 河原を出て、人通りの多い駅前へ移動する。

 がやがやと人の話す声が聞こえ始め、幸い言葉は通じるようだとクルアハとイリシアは頷きあった。ある程度、ペナルカンドの共通語も日本語ライズされていたのかもしれない。

 クルアハは黒髪だが、顔つきなどは外国人でありイリシアに至っては髪の毛が鮮やかで輝くような青色をしている。おまけに魔術師めいたローブを羽織っているので、それなりに二人組は目立った。

 

「結構都会ですね。ひょっとして国の首都とかじゃないですか」

「……ぐ、ん、ま。しぶ、かわ」

「あ、もう文字を解読しました?」

 

 クルアハがそこらの案内板に書かれている文字と聞こえる言葉を組み合わせて、日本語を理解していく。

 文字を扱う付与魔法使いだ。ある程度の規則性を見出して文字を解読することなど容易い。

 日本国の首都・群馬県渋川市。二人はそう認識した。

 

「とりあえず、大道芸的に魔法で稼いでみますか」

「……魔法が無いから使っちゃ駄目?」

「逆に、普通は無いってみんな思っているから芸だ手品だって予め言ってたら、そっちを信じますよ。多分」

「……なるほど」

 

 近くに落ちていた新聞紙を拾って簡単な工作で箱を作る。魔術文字を刻んで重さと硬さを強化して風で飛んでいかないようにする。

 適当な広さの場所に箱を置いて、イリシアは周囲を見回した。

 そこらにクロウが歩いているという簡易な出会いも考えないではなかったが、そう上手くは行かないらしい。

 それに、一対一ならば喋るのに問題は無い程度のなったとはいえ口下手なクルアハにはこういう場合頼れないので、自分がしっかりせねばならない。長年過ごしてきて、頼り頼られるだけではなくお互いに助け合う関係となっている。

 

「──それでは道行く皆々様。旅の魔法使いの大道芸をお見せしますので、よろしければ有り金を置いていってくださいませ」

 

 イリシアがよく通る声で呼びかける。淀みないしゃべりをする青髪の外国人に、近くの者達が視線を向けた。

 そして、二人は小規模の魔法を発動させる。

 水の輪を空中に浮かび上がらせ、それを一瞬で凍らせて、次に炎に変えてみせた。

 周辺を僅かに暗くし、指先に生まれた光の珠を幾つも無数に飛び回らせて、真昼間なのに幻想的な光景を作り出す。

 獅子の形をした氷の彫刻が動き出し、客の間を練り歩く。

 などなど、様々な魔法芸を行っておひねり箱には少なくない数の硬貨が投げ入れられた。なにせ、いかにも魔法使い然とした格好をした二人の美少女ショーである。

 

「テレビか何か?」

 

 と、周りに聞く者も居た。群馬にもテレビはある。

 やがて人の囲いが大きくなると、駅前に交番から警官がやってきて怪しげな奇術で大道芸を見せている二人に質問をした。

 路上で火まで使っていたのだから怪しまれたのかもしれない。

 太った若い警察は割り込んできて声を掛ける。

 

「ちゃんと許可は取ってるの? パスポート見せてくれる?」

「はい」

 

 イリシアが手渡した術符は[偽装符]という認識に訴えかける術符である。

 それを見せられた相手は「しっかりとした身分証を見せられて自分は納得した」という風に思い込んでしまう。

 

「ああ、許可があるなら……いいんだ。邪魔をしたね」

 

 効力を発揮したようで警官は立ち去っていった。

 

 二時間ほど稼いで公演をやめて移動することになった。小さな魔法の大道芸は多くの人を惹きつけ、中には有名な手品師かエンターテイナーと思った観客がサインを求めてきたぐらいである。

 写真や動画も撮られてそのうちインターネット上に掲載されることになるのを二人は想像することもできなかったが、それはまた後の話である。群馬でもインターネットはある。

 駅の構内にある本屋はその性質から、地図の類が置いてあって好都合であった。

 日本の鉄道地図を購入。値付けとおひねりで貰った硬貨の模様から貨幣については問題なくクルアハが対応した。イリシアは彼女に比べれば、行動的だが思慮深くないのでそこのところは任せている。

 ベンチに座って、日本地図に用意していた術符を重ねる。

 [探知符]という捜索用の術符をアレンジして、クロウの魂を探す能力に特化させたものであった。

 

「……見つけた」

「この東京というところに居るみたいですね」

 

 透かすように探知符を重ねると、地図の東京あたりで強い光が灯る。

 

(……ここにあの人が居るんだ)

 

 正確には、生まれ変わったクロウだ。

 もしかしたら──いや、恐らく。ペナルカンドでも基本的な法則として、前世に出会っていた記憶などは持っていないのだろうが。

 それでも会いたかった。どんなに変わっていても、自分も生まれ変わったように人間になったのだと見せたかった。

 じっとクルアハはその東京の一角に灯る光を見ていた。 

 

「結構遠いですね。夜に飛んでも大丈夫でしょうか」

「……とりあえず、指針をまた聞いてみる」

 

 クルアハは再び土地神などに相談をしてみた。

 やはり問題となると、大道芸で稼いだ金では普通の宿泊施設に二人で一泊か二泊しただけで無くなるぐらいだということか。旅用の地図なので、ホテルの値段なども書いてあるので理解していた。

 安全なのは他の人間と同じように、電車に乗って移動することだ。

 人に成りたくて成ったのだから、同じように行動することに強い興味を惹かれた。

 同時に、無賃乗車や偽装を使っての不正な金の手に入れ方など、他人に迷惑をかける犯罪をするのにも忌避感を覚える。

 だからなるべく穏当な手段で今後どうするか探り──

 

「……わかった」

「どうするんです?」

「……まず古着屋に行って服を買う」

「そうですね……どうもそこらの人を見る限り、このローブは目立ちすぎです」

「……それを着て別の古着屋に行く」

「うん?」

「……そこでは着ていた服をその場で売ると高値が付くらしい」

「ブルセラですよそれ!? 絶対却下!」

 

 完全にいかがわしい商売だった。

 むふー、とやや得意げだったのにイリシアに否定されたクルアハはきょとんとして小首を傾げた。

 

「……古着屋に売るだけでお金が増える」

「駄目です。爺ちゃんと会うまで綺麗な体でいましょうよ」

「……よくわからない」

 

 困ったように眉をハの字にしている姉を見て、イリシアは大きく溜め息をついた。

 自分もかなり長い田舎での研究暮らしで都会については自信が薄れているのだが、元々が妖精だったので倫理観その他がズレているクルアハはもっと大変そうだと思うのであった。

 

 

 

 *******  

 

 

 

 結局二人は、大道芸を見物に来ていた伊香保温泉の関係者によってスカウトされ、温泉宿の広間で魔術芸(マジックショー)を見せるという手段で旅銀を稼いだ。

 その金で東京まで出てきたのだが、探知符が突然不調になり反応が台東区付近で途絶えてしまった。

 

「歩いて探そうにも……とんでもない人の数ですね」

「……」

「あっまたお姉ちゃんフラフラしてる! 駄目ですよ!」

 

 一応目立たない古着を購入して着ているが、お上りの外国人などカモにされるのでは、という不安がイリシアも拭えない。

 

「ほら、日差しと熱気で頭熱くなってますよ。どこかで休みましょう」

「……この街、暑い」

 

 季節はどうやら秋口であるようだったが、まだまだ強い日差しにむせ返るような暑さが乱立した建物から発せられていて、非常に不快だった。

 近くの様々な料理屋の入っているテナントに行くと、【肝練りカフェ薩摩フェア】と書かれている店に、大きな器に入った真っ白な練乳がけのかき氷がサンプルとして展示されていた。

 じっと立ち止まってクルアハはそれを見ている。

 

「……これ」

「お姉ちゃん、あっちのお店でも同じ名前のかき氷だしてますよ? なんか、黒豆とフルーツを使って熊っぽく飾りをしてるの」

「……それはなんか邪道な気がする」

 

 クルアハは薩摩と関係の無い店の出している白くまかき氷を一瞥してそう言うと、店頭に居たごつごつとした甘味処に相応しくない、墨で輪郭を塗ったくったような男が裂帛の気合と共に叫んだ。

 

「よかッッ!」

「うわっなんですか」

 

 慌ててイリシアがクルアハを庇うように前に出て、男を見上げる。

 いかにも戦士風の、強烈な眼光を灯している無骨な雰囲気を出している。

 

「わたいモンのわっかおごじょじゃっどヨォわかっちょっがッッ! あげンいんのクソみたいなニセモンなんざ、腐れ外道じゃっどッッ!!」

 

 イリシアは解読できない鹿児島弁でまくし立てるので、青い目をぱちぱちとさせた。

 

「さァさァ! 入らンね! あのニセ白くまば貶したら一割引き、肝練りに当たっと無料キャンペーンじゃッッ!!」

 

 かなりイリシアは怯んで、この暑苦しい店から離れようとしたもののクルアハは気にせずに店の中へ入っていった。

 肩を落としながらついていく。基本的に警戒心も薄い姉は本当に大丈夫だろうかと思いながら。

 店の中は小さな座敷が幾つも並んでいて、上がって座れる落ち着いた雰囲気だった。店の真ん中に火縄銃が吊り下げられている以外は。

 

「なんで銃が……レプリカでしょうか」

 

 それにしては硝煙の匂いもしたが、気にしないようにした。

 

「……わたしは白くまの[大]を」

「それじゃあ私は[かすたどん]って奴を、ここで食べていきますので」

「よかッッ!!」

 

 恐らくそれは返事なのだろう。出された冷茶を口にしてイリシアは納得した。

 

「あ、美味しい。爺ちゃんが好きそうな味ですね」

「……うん」

 

 クルアハは卓上に置かれた、商品の説明や店の来歴などをじっと見ている。

 常駐ではなく出張店なのだろう。甘いもの以外でも昼食メニューも書かれていて、あまりこの東京に馴染みのないメニューに対して解説が書かれていた。

 彼女ほど文字の解読は得意でないイリシアは尋ねてみる。

 

「面白いことが書いてます? なんか、ちょっと嬉しそうな顔をしてますよね」

 

 長いこと過ごしていれば、無表情に見えていたクルアハの小さな変化にも気づくようになった。

 好きだった爺ちゃんはずっとわかってたんだろうなあと感慨深い気分にもなるイリシアである。

 

「……うん」

「どんなことが?」

「……この、白くまってメニューを発明されたのは今から二百五十年以上前。老中や藩士の暑気払いに特別に振る舞われた。作ったのは……[鹿屋九郎]という人で、昔あったお店の居候だったんだって」

「へえ。爺ちゃんと同じ名前ですね!」

 

 過去が捏造されていたりした。

 見知らぬところで薩摩のお店に居たことにされていた、助屋九郎である……。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 山盛りで軽くイリシアが引いた白くまを溶ける前に完食したクルアハだったが、

 

「……頭痛い」

「お姉ちゃん自重」

「……でも美味しかった。さすが彼と同じ名前の人が作っただけはある」

「満足気だなあ」

 

 そして再び、地図を取り出して相談をする。

 

「探索符、役に立たなくなってますねえ」

「……うん」

「この暑さと人口じゃあ探すのも無理があるし……また聞いてみますか」

 

 再び指針符を出して聞いてみる。地元から外れたからか、小人怪力神はサインインしなくなったが、

 

ヤー「人を探すのは預言者にやらせよ。サムエル以外がお勧め」

ベル「人探しの専門職が居るんじゃないかな?」

 

 その文字を見て考える。

 

「専門職……人探し屋とかですか。この大都会じゃ大変そうな仕事ですねえ」

「……交番じゃやってくれないよね」

「多分そうでしょうね。でも、人探し屋の場所ぐらいは知ってるかもしれないから行ってみますか」

 

 とりあえずアテもなく探すよりは幾らか望みがあるので、そう決めたところ──座敷の隣を、青い制服に身を包んだ婦警が横切っていった。

 警官の服は見覚えが有ったのですぐに官憲だと気づいて、二人は目で追った。

 小柄でおかっぱ頭の婦警は隣の座敷に座る。一人客のようだ。注文を取りに来た薩摩店員にメニューを見ながら言う。

 

「つけあげランチのご飯大盛りと、豚の角煮。浅草海苔の佃煮に、鶏の天ぷらってのもいいな。あと牛のタタキに烏龍茶。最後にあんみつをお願いします」

「よかッッ!」

 

 女性一人分にしてはやたら注文が多いので、二人は思わず隣の座敷を軽く覗いた。

 婦警は頼んだ後で注文のメニューを見なおして、

 

(しまったな……魚と豚と鶏と牛を頼んでしまった。主菜がバラバラだ)

 

 などと勢いで注文したものを後悔し始めている。

 だが次々にテーブルに並べられる皿を見て、後悔は「またやってしまった」という苦笑に代わり、つけあげ──さつま揚げである──を口に入れて固めに炊かれた大盛りのメシを口に詰め込む。

 鹿児島風にやや甘く味付けされたつけあげはそのままでも醤油を付けてもメシに実に合う。

 黒い浅草海苔の佃煮もべっとりとして米に良く絡み、美味い。

 

(これは頼んで正解だったぞ。しかし、ご飯が足りなくなる……)

 

 鹿児島の出水では良質の浅草海苔が特産品になっている。

 豚の角煮を大口で頬張って、じゅわりと滲み出る脂はやはり堪らず白米を進める。

 烏龍茶を飲んで一息つき、残り少ないご飯を見て婦警は思い立って注文をした。

 

「すいません、ご飯大盛り追加で」

 

 それを聞いて、イリシアは呆れたように口を半開きにした。

 

「よく食べますね、あの人」

「……仕方ない。食べ終わるのを待とう」

「今ちょっとだけ人探し屋のことを聞くのは?」

「……食事中は一人で食べたいって雰囲気が出てる」

 

 クルアハの断定に肯定も否定もできずに、仕方なくイリシアは暫く待った。

 とはいえ、食事の速度も早くそこまで時間は掛からなかった。間を見て二人は話しかける。

 水谷花子(みずたに・はなこ)と名乗った婦警は外国人風の女性に人探しを聞かれてやや戸惑ったようだが、

 

「何度か警察で協力を頼んだことのある探偵を紹介しますので……」

 

 と、探し人に協力はしてくれなかったが専門の業者を教えてくれた。

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 店を出てその探偵社へ向かった。

 教えられた住所にあるビルの二階窓に事務所の名前が書いてある。『新井探偵事務所』。花子の話に出た、凄腕じゃないが実績が無いわけでもない、つまりは普通の探偵が居るらしい。

 一階の喫茶店の入り口隣にある階段を登る際に、喫茶店の店員と目があったが、気にせずにその事務所の入り口へ進む。

 

「失礼します」

 

 イリシアが躊躇いなく扉を開くと、入り口近くのソファーテーブルで大量の本を積み上げて読んでいた眼鏡の男が、本から目も上げずに、

 

「いらっしゃい」

 

 ぼそりと呟いた。

 年の頃は二十代後半から三十前後だろうか。優男の分類に入る顔立ちだが、分厚い眼鏡を掛けて眉にシワを寄せながら本を読んでいる姿は学者然としているし、とても接客には見えない。

 

「あのー」

 

 呼びかけても、いらっしゃいから先に進まない。彼がじっと眺めている本は料理の古書籍のようだった。江戸時代に出された百珍本の類である。

 反応がないので一発驚かそうかとイリシアはクルアハに目を合わせたが、階段をバタバタと上がってくる音が聞こえた。 

 入り口からどけると勢い良く扉が開かれて、小学生ぐらいの少女が飛び込んできた。

 

「父さん! お客さんが来ているのに何をしている!」

 

 ずかずかと近寄り、男の持っている本を奪うと彼ははっとしたように少女の剣幕に気づいた。

 

「詩心(うたこ)……しまった、また本に夢中になっていた」

「その対応で怒って帰られたお客がどれだけ居たか……っと、すみません。新井探偵事務所へようこそ」

 

 詩心と呼ばれた少女は向き直り、クルアハとイリシアに頭を下げた。バツの悪そうに、座ったままだった男も立ち上がる。

 

「ええと、改めてどうもいらっしゃい。僕は新井探偵事務所の所長、新井礼記(あらい・れいき)です。こちらにどうぞ。詩心、コーヒーを入れてくれないかい」

「静姉さんが運んでくると言っている」

「ああ、うん。ありがとう」

 

 どうも頼りなく、娘である詩心に礼を言って探偵は応接室に二人を案内した。

 応接室とはいえ、入り口からやや離れて曇りガラスで覆われただけの場所である。

 二人と対面して何やら落ち着かぬ様子で、彼は名刺を差し出した。一応確認すると確かに所長となっている。他に所員は、彼の娘以外見えないが。

 小声でイリシアがクルアハに注意を促す。

 

「何やら彼の近くに悪魔の気配がしますよ」

「……悪魔探偵?」

 

 話だそうとすると、コーヒーが差し出された。持って来たのは癖のある髪の毛をショートカットにしている十七程の少女で、よく言えば静かな雰囲気──悪く言えば今ひとつ愛想が無い。だが、他人から見ればクルアハも似たようなものなのであるが。

 

「ええと、こちらはアルバイトの茨木静(いばらき・しず)さん。ありがとう茨木さん」

「……」

 

 無言で頷いて彼女は下がった。

 礼記はコーヒーを一口飲んで二人に尋ねる。

 

「それでどのようなご用件でしょうか」

「ここは人探しをやっていますか?」

「ええ。勿論です。どなたをお探しでしょう。お名前やお写真、前の住所などわかるだけで構いませんので教えていただければ。当然ながら秘密は守ります」

「……」

「……」

「あ、あの?」

 

 イリシアとクルアハは目を合わせて無言で汗を流し始めたので、礼記は訝しく思った。

 探すことだけを考えていて、当然のことにここまで思い至らなかったのだ。

 つまりこう頼まねばならないのである。

 

『クロウという異世界で数十年前に死んだ男の魂が東京に転生しているはずなので、転生後の姿も名前も年齢も知りませんが探してください』

 

 無理である。

 というか完全に電波であった。

 ムーにでも投稿しろよとか言われてもおかしくない。

 人間化してだらだら汗を流すようになったクルアハはレアだな……と思いつつイリシアは考えを巡らせた。

 しかし上手く説明する方法と、その説明で探す手段も思いつかない。

 

(ど、どうしましょうか……)

 

 探偵も急に無言になった依頼者に慌てているのか、眼鏡を押さえながら曖昧な頼りない表情を浮かべている。

 彼とて、あまり仕事が無いのだからこういう細かい仕事をこなして生活費を稼がねばならないのだ。三十になって流行っていない自営業の探偵で、娘を育てるシングルファザーという人生ハードモードなのが彼、新井礼記であった。

 クルアハは一枚の術符を即席で作り出して、テーブルの上に置いた。

 

「それは?」

「……待ってて」

 

 彼女はそう告げると、机の端に置いてあったボールペン入れから一本借りて紙の上に正確で素早い動きで精密なスケッチを書き出す。

 なるべく若い頃の方が個人の顔つきとしてはわかりやすいだろうということで、クルアハの記憶を頼りに描きだした若い頃のクロウの似顔絵であった。

 ずっと思い続けていただけあって、かなり正確に描かれている。写真とそう変わらないだろう。礼記は舌を巻いて眼鏡を正した。

 

「お上手ですね。その人を探しているのですか?」

「……そう。ただ、この顔は前世」

「前世!?」

「あちゃー……」

 

 素直にクルアハは告げて、戸惑っている探偵に続けて述べる。

 

「……彼の生まれ変わりをどうか探して欲しい。この街に居るのだけはわかっている」

「ちょっとお待ちを……」

 

 礼記は似顔絵の描かれた紙を取って、席を外した。不安げにイリシアが見送る。

 

 やや離れて声の届かないところで、新井探偵事務所の一同が集合した。つまり、娘の詩心とバイトの静を呼んだのだが。

 かなり深刻そうな顔をして礼記と詩心は顔を見合わせた。

 

「ど、どうしようか詩心。本気っぽいけど」

「生まれ変わりを探してって……ちょっと危ない人なのでは? 宗教とか……」

「……うう、駄目だ。専門外の仕事は知り合いに頼むけど、これはちょっとなあ……」

「あっ! 父さん。霊媒商法っぽいのをしていた阿部先生はどうだろう。医者なのに呪いとかのお祓いをしているじゃないか」

「あの人神出鬼没だからなあ……どうやって連絡取ろう」

 

 などと小声で話し合っていると、じっと似顔絵を見ていた静が持っているスマートフォンを操作し始めた。

 二人の体を突いて、彼女の携帯画面を見せながら動かす。

 写真フォルダにはえらく事務的な[クラスメイト写真2ー1]という名前のファイルがあった。他にも風景写真なども細かに場所や季節、年代で別れて保存されている。

 茨木静はカメラが趣味なのである。自分で撮る分には写真が多いが、撮影技術を買われて学校の映画研究会にもカメラ担当で所属している。

 

「……」

 

 フリックして指し示した画面には、静のクラスメイトの一人。

 九朗(くろう)と名前が描かれた気だるげな表情の青年の写真が入っていた。

 その顔つきは──若いが、依頼者の描いた顔と非常によく似ているように思える。

 

「これは……」

「凄い、ビンゴじゃないか静姉さん」

「……」

 

 生まれ変わりかどうかは知らないが、似ているとは静も考える。

 九朗というクラスメイトは非常に親しいというわけではないが、彼がかなり交友関係が広い方なのと、アルバイトは学校に届け出をしないといけない規則がありバイトをしている生徒も少ないので、同じくバイト組な彼とは会話ぐらいする仲ではあった。

 ただ問題は、前世とか言ってるもしかしたら電波な女性二人に彼の居所を紹介してもいいものかということだが。

 

(まあ、彼は変な人に絡まれるのには慣れてるから大丈夫)

 

 学校の問題児は大抵彼と関係があったりするし(異様に無口な静も少しばかり世話になったことがある)、ヤクザと付き合いがあるとも噂されている。

 嫌な信頼で、喜んでいる所長とその娘に水を差す気にはならなかった。

 

「よし、一発で教えたら支払い渋られるかもしれないから、前金で捜査料金を貰って電話やファイルで確認したフリをしてから出そうか。詩心、今夜は豪華にカレーだ」

「うん。父さんは痩せてるからカレーでしっかり栄養を取るんだぞ」

「……」

 

 豪華な食事がカレーという、少しばかり悲しい親子に静──このビルのオーナーの娘である静は何か具材を持って行ってやろうと思うのであった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 とりあえず新井探偵事務所で教えられたのは、九朗の通う学校の情報である。

 印刷して拡大した写真を見せれば、クルアハは「……確かに」と頷いた挙句目元を押さえた。イリシアは若い頃の姿は見たことが無いのであったが。

 住所まではクラスメイトである静も知らないので、それ以上を探すとなると追加料金が発生する。

 持ち金が心もとない二人はそこまでで調査を打ち切って、学校へ向かうことにした。

 

「いっそ爺ちゃんと同じ学校に通いましょうか。普通の人間みたいに」

「……やる」

 

 むふーとやる気を出したように息を吐いた。

 クルアハもその提案に賛成のようで、転校生という形を取って再会しようと決めた。

 身分証明や手続きは偽装符で誤魔化せるのだが、日本での転校方法を探るために書物をあたることにした。

 [炎の転校生]や[魔界学園]などの漫画で転校生というものを勉強して、量販店で売っている地味な制服を購入しておいた。九朗が通う学校の制服は校内で注文しなければならないので手に入らなかったのだ。

 

 準備を整え、休日だった学校に入りあれこれと残っていた教職員を偽装符とイリシアの怪しい魔法で転校手続きを整える。

 

 そして、正式に転校の前日。九朗を探して会いに行きたい気持ちを堪えつつ──そういう雰囲気ですから!とイリシアが説得した──放課後になり、全ての手続きを完了させた。

 そのときに、二人の前に男子がやってきた。

 だらしなく前を開けた学ランに、やや無造作な髪型。若くてもぱっちりとは開いていない眠気のある目をしている。

 生徒会の役員だという彼は、先んじて挨拶に来たのである。

 

「はじめまして。己れは会計の九朗だ」

 

 軽い声だった。

 だが、きっと彼ならそんな調子で言葉を掛けてくるだろうと──

 

『はじめまして。己れは騎士のクロウだ』

 

 思い出の中でも、知っていたから。

 クルアハはずっと伝えたかった、自然な笑みを浮かべて返事をする。

 

 

「……はじめまして、クロウ。わたしはクルアハ」

 

 

 出会った言葉に、九朗のクルアハと過ごした魂が喚起させられて──

 

「あ、れ……」

 

 涙を流す彼を、泣きそうな笑顔でクルアハは迎えた。

 

 

「……わたしはここにいるよ」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「それで爺ちゃん、思い出したんですか?」

 

 帰路に就いて、イリシアが九朗にそう聞いてきた。

 九朗は難しそうな顔をして応える。

 

「まあ、イリシアとクルアハのことはな。他は霞がかったような感じで……」

「……クロウ」

「どうした?」

「……呼んだだけ」

「はっはっは」

「……んふー」

「突然いちゃつき出すの禁止!」

 

 イリシアが手をぱんぱんと叩いて苦い顔をした。

 心外そうに九朗が言う。

 

「馬鹿な。考えても見ろ。前世では名前を呼んでくれたのが一度だけなんだぞ。家族だったのに。嬉しいに決まってるだろ」

「……これでいっぱい呼べる。クロウ」

「クルアハは相変わらず甘いものが好きか?」

「……この前白くまを食べた。かき氷の」

「よしよし、己れがイリシアと伴にまた名物でも食わせてやるからのう……」

 

 そんな様子を見て、イリシアが何故かげんなりした顔で問いかける。

 

「え、ええと。爺ちゃんは爺ちゃんですよね?」

「そうだが?」

「私やお姉ちゃんは……」

「娘みたいな感じだろう」

「うわあ距離感変わってなーい……」

 

 くらくらと目眩を感じるイリシアであった。感動の再会をしたものの、二人は幸せなキスなど程遠い。

 昔はクロウが恋愛感情に欠けるのは、老人だからだと思っていたのだが。

 若返っても大して変わらないようだ。

 

「そういえば……二人はどこに住んでいるんだ?」

 

 なんとなく九朗は自分のマンションへと向けて歩いているのだが、ついてくる二人に聞いた。

 

「……途中にある」

「そうか。ちょっと寄ってもいいか?」

「……了解」

 

 そうして案内を受けて、東京に来て二、三日だが住み家にしている場所へと九朗を招いた。

 そこは。

 小さな林がある公園の茂みにある魔術文字で強化されたダンボールハウス。

 躊躇いなく、二人は入り口を開ける。

 

「狭いところだけど入ってください」

「……案外落ち着く」

「待て待て待て待て! ホームレスかお前ら!?」

 

 異世界からやってきた魔女の姉妹。

 地球世界では公園住まいになりかけていた。

 

「お金が尽きましたので」

「メシは!?」

「……噛むと甘い草を見つけた」

「大丈夫です。浮浪者の偉い人には偽装符を使って住む許可を貰ってますから」

「偽装してまでホームレスになるなよ!」

 

 頭を抱えかける九朗である。

 前世で家族だった娘達が無宿人のダンボール暮らしとは耐え難い。

 

「今日はうちのマンションに泊まってくれ……頼むから。明日からの住居はまた考えよう」

 

 九朗は自分の貯金を思い出して、なんとかクルアハとイリシアがマンションの空いている部屋に住む家賃と当面の生活費に当てつつ、彼女らにもバイトを紹介できないか考える。

 彼とて二人をずっと養えるほどの収入ではないのだ。多少は夜間の違法バイトで稼いでいても高校生なのである。

 

「ここでも大丈夫だとは思うのですが……警察は偽装符で騙せますし」

「……しっかりダンボールも強化してある。警備システムも完備で」

 

「お願いだから頑張ってホームレスを続けようとしないでくれ」

 

 案外逞しい二人に、九朗は溜め息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 どこかの雑踏ですれ違った誰かが呟いた。

 

 

「────青い髪の女? フ──まさかな─────あの魔女がここに居る筈が無い─────見間違いだろう」

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 どこかのビルの屋上にて、三つの人影が蠢く。

 

 

「どうだい? 超々久しぶりの君の世界は。異世界に渡って三百年以上かけて、ようやく帰ったのである──だね」

「やれやれ。記憶さえも薄れていたが……懐かしさだけは残るものだのう」

「君ときたらすっかり時代は変わっているのに、山奥の迷い家に引っ込んだままなんだから。刺激がない生活だとボケちゃうよ?」

「そうだったな……お主とイモ子には世話になった。ありがとう。涙など、最後に流したのはいつだったか……」

「ま、折角来たんだから、美味しい物でも食べて暫く滞在しようか。それに色々世界がゴチャって来てるから、イベント発生するかも。くふふのふー」

「……異常な魔力を複数観測致しております。注意致しましょう」

 

 

 

 

 

 波乱の日々が、始まりかけている。

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