異世界から帰ったら江戸なのである   作:左高例

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67話『番外編/IF~もしも九郎が延々と現代まで江戸東京で暮らし続けていたら~』

 

 

 

 VIKIpediaより

 

 

 助屋九郎

 

 助屋 九郎(すけや くろう、寛文12年(1672年)──?)は江戸中期・後期の人物。侠客・商人・岡っ引きをしていたと言われる。

 様々な講談で取り上げられ、[九郎天狗]という名で有名。

 妻は呉服屋の娘お八、愛人に鳥山石燕、阿部将翁、また[杉姉弟の仇討ち]で有名な夕鶴が居たとされている。なお、義弟として喜多川歌麿、山田浅右衛門吉時、孫に栄松斎長喜がいる。

 

 

 生涯

 

 戸籍によれば、九郎は元赤穂藩の藩士であり赤穂事件が起きてお取り潰しになった際に浪人となっている。

 それから江戸の門前町近くの蕎麦屋にて居候をして商売を行っていた。

 その際に、蕎麦屋を現在でいう小料理店のように形態を変えることで繁盛させ、江戸での小料理店の先駆けと言われている[要出典]

 

 その時期から火付盗賊改方の手下となった記録があり、同じく町方同心の記録にも残っている。

 九郎は鳥山石燕(近年の研究で、初代であり女性と判明した)と友好を結び、その日記に江戸を遊び歩いたことと彼女に金を無心していた額が記録に残っている。

 

 それからの行動は当時から様々な巷説にあがり、どれが正しいかは定かではないが、享保13年に起きた萩藩の[杉姉弟仇討ち]にて加勢し、相手方の助太刀八人を素手で倒したことが検分していた萩藩の記録に残っている。

 その後間もなく、仇討ちを手伝った姉の夕鶴を始め、鳥山石燕(二代目)、阿部将翁を妾にして呉服屋の娘お八と祝言をあげた。

 同時期に根津にて洋菓子屋[慶喜屋]を開き、江戸中で評判となった。これは現代でいうパンケーキに似た菓子で、今でも根津に本店がある。

 

 また、当時日本橋にあった薩摩藩の大店であった鹿屋にて様々な商品を開発・販売をしている帳簿が残されている。九郎の開発したものは「九郎作」と記録されており、その利益の一部が礼金として支払われていた。現代でいうフランチャイズの方法である。

 

 神奈川県伊勢原市には、九郎が掘ったと言われる温泉と当時から続く温泉宿がある。

 

 九郎の記録は幕末まであちこちに情報が残されているが、子孫への襲名か同一人物かは長らく議論されていた。

 

 近年、九郎本人であるらしい人物が東京、根津にまだ住んでいることが確認された為に、原因不明の長寿で唯一江戸時代から生きていると見られている。ただそれが本当に本人であった場合、年齢は330歳にもなるので一部では疑問視されている[誰によって?]

 

 

 逸話

 

・九郎天狗と呼ばれる天狗の化身だと江戸時代から言われており、何百年も生きていると講談にある。また、戸籍には不審な点が見つかり、当時に偽造されたものであるという説もある。

 

・天狗としての絵では、青白い衣を身にまとい、多色の札を手に持っていることが多い。また、多くの浮世絵から髪型は髷を結っていなかったようで、江戸でも真似をする者が居たという。

 

・空を飛ぶ、炎を出す、雷を起こすなどの妖術を操ったとされる。

 

・当時の記録では九郎が夏場、氷菓子を提供していた記述があり、その方法は不明である。

 

・怪力であり一人で舟を持ち上げるほどであった。また健脚であり、伊勢原と江戸を一日で往復したともされている。

 

・外国語に堪能であり、幕末には通詞を行った者として記録に九郎という人物が残っている。

 

・東京文京区に隠棲した徳川慶喜の日記にも度々九郎という男が登場する。

 

・関東大震災の際に大規模自衛団を組織した者が九郎と呼ばれていたが、青年であったとも老人であったとも言われている。

 

・太平洋戦争中に東京を空襲しに来た爆撃機がやってくる度に突如発生した落雷で合計238機墜落しており、捕虜になった複数の操縦士の証言では「青白い服を着た男が突然目の前に現れて雷を落としていった」と述べていたため、九郎天狗の祟りではと噂された。

 

・九郎の妹、お七が首切り役人山田浅右衛門吉時の嫁であり、喜多川歌麿は義兄弟であった。また、栄松斎長喜は娘とも孫とも言われている。

 

・仕事を女に割り振り、本人は遊び暮らしていたところからヒモであったと噂された。

 

 

 九郎が登場する作品

 

 講談

 

・『暴れん坊旗本三男』

・『九郎天狗仕置帳』

・『図説百鬼夜行』

・『江戸のUMA』

・『シリーズ:世界の細長くて物を縛るアレ』

・『大姉仇討ち絵巻』

・『最強の剣客吉良VS最強の妖怪九郎』

 

 

 

 

 ***************

 

 

 

 

「ええ、はい。ありがとうございます。それではお伺いしますので、ええ。少しのインタビューですので。それではどうも、失礼しました~」

 

 そっと彼女は携帯電話を切った。ほっと胸を撫で下ろして目の前のデスクに座っていたプロデューサーへ、細く切れ長だがどちらかと言うと眠そうに見える目線を向けて微笑んだ。

 

「アポ取れましたプロデューサー。取材受けてくれるそうです~」

「そうか! いやー、そりゃ良かった。今まで何処の局やら出版社やらが取材申し込んでも、拒否するやら不在やらでまともに受けられたことが無かったからなあ。これも山田アナのおかげだな!」

「いやあそれほどでも~」

 

 そう言われて、スーツに身を包んだ女子アナウンサーは頭に手を当てて何処かゆるい雰囲気で応える。

 彼女の名前は山田朝子。全国放送のテレビ局IKEの新人アナウンサーである。見た目はお淑やかな笑顔の絶えない美人なのであるが、それに似合わず体力系の現場に出向いて緩やかな雰囲気で取材などを行うので重宝されている。

 極地から紛争地帯まで、緊張感の無い笑顔でお届けする名物アナである。そんなところに新人をぶっこむテレビ局も問題だが。

 それともう一つの特徴としては、彼女は学生時代から剣道女子の部で連覇を続けている剣道家であり、日本剣道選手権大会、世界剣道選手権大会のみならず、特別推薦を受けて警察大会にも出場して優勝したこともある。

 通称アナウンサー剣士。謎の組み合わせで就職した彼女は本人自体がニュースになることも多いので有名人であった。

 そしてその先祖は首切り役人であった山田浅右衛門吉時という享保の頃の人なのである。

 山田浅右衛門という首切り役人は世襲制ではなく、当代の高弟子から腕の良い者が名を継ぐということもあって先祖代々首切り役人をやっていたというわけではないのだが、家系図では朝子は吉時と九郎の妹であるお七から生まれた子供のうち一人の直系子孫であるようだった。

 

「調べたらその九郎さんって人、ご先祖様に妹さんを嫁がせたんですね。その結婚が無かったら私も存在してないでしょうから恩人ということでしょうか~」

「本当に江戸時代から生きていたら、だがな。300歳以上だぞ。いやまあ、とにかく業界初の取材だ。しっかり頼むぞ」

 

 何せ九郎という人物は古くからヤクザをやっているとも言われている。外を出歩いているところを捕まえて取材しようとしても、「うるせえ」の一言で睨まれたリポーターは震え上がったという。

 あまりにしつこく絡みに行こうとすればどこからともなく、無関係だと九郎が主張する若い衆が現れて記者を何処かへ連れていくという。

 別段彼はヤクザものではあっても組を持っているわけではないのだが、地元ヤクザの殆どは彼に借りがあるか、敵対した場合は物理的に潰されてきたのである。

 長生き云々の信憑性はともかく、恐ろしい人物であるのは間違いがない。

 

「おまかせあれ~」

 

 へにょり、と敬礼のようなポーズを取る朝子にプロデューサーはなんとも言えない表情をした。

 とても見た目からは彼女が剣道で世界一強い女だとは信じがたかった。

 

 今回、取材を行うのは東京文京区に住む実年齢不明の老人・九郎。

 江戸時代の伝説的(ひたすら非常識な巷説が多々あるため)な人物、助屋九郎と同一人物であると噂されている彼に、アナウンサーのコネでどうにか会うことができるようになったのだ。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 さて、件の人物は非常に取材嫌いで通っている。それによく旅行に出かけているらしく、留守がちであった。

 しかしながら文京区界隈では彼は有名人であり、付きっきりで九郎の取材をすることは難しいと思われるので彼に関する話を関係者から先に集めておこうということになった。

 

 まずは歴史上、助屋九郎が始めたとされる江戸時代から続くケーキ屋[慶喜屋]がある。

 ここは名前も同じだが、最後の徳川将軍慶喜も好物だった洋菓子屋で、江戸時代当時のまま作るパンケーキと流行に合わせた様々なケーキが売られており、有名デパートやモールにも出店している老舗である。

 

「というわけでやって参りました~、有名なケーキ屋さんです。実は私も、何度か学生時代に食べたことあります。本店に来るのは初めてですが」

 

 ほんわかと朝子が人当たりのよい笑みを浮かべながらマイク片手に店の前で紹介する。

 カメラが木造2階建ての建物を遠景で写してから彼女をアップにした。根津は割りと古い建物が残っているのだが、その中でもここは古めかしい雰囲気が出ている。

 

「建物も年季が入っていて老舗って感じですねえ。それじゃあお邪魔します」

 

 暖簾には何故かタヌキが描かれていたが、それをくぐって店の中に入る。畳の新しい臭いがする店内はひんやりと涼しく、玄関先にはガラスケースに菓子が陳列されていて、奥では畳敷きの座敷になり客が上がって菓子と茶を楽しめるスペースになっていた。

 如何にも古式な店だ。あちこちには現代のガラスケースやらレジスターやらが見えるが、まるで時代劇の中のセットに持ち込んだようでチグハグな印象を受けた。

 

「こんにちは~」

「はい、こんにちは」 

 

 そう出迎えたのは和服を身に着けた老婦人であった。どことなく気品のある顔立ちで、若い頃はさぞ美人だっただろうことが窺える。

 店の女主人である。予めこちらにも連絡は入れていた。助屋九郎が作った店というので、この店にも様々なところから取材依頼は舞い込んでいたのだが、肝心の九郎が菓子屋の宣伝以外は断るようにと言付けをしていた為に、九郎関係へのインタビューでこの店を訪れたのも朝子が初めてであった。

 女主人は微笑みながら云う。

 

「いらっしゃいませ、創業290年の慶喜屋へ」

「江戸時代からこの場所で続けてらっしゃるんですよね」

「この場所で……というよりも、この建物で続けているんですよ」

「ええ~?」

 

 朝子は店の中を見回した。古びた木造の建物であり、色あせた柱は歴史を感じさせる。柱の上部に、妙な札が張ってあるのがちらりと見えたが、特に気にはしなかった。

 

「とはいっても幾らか増築はしたのですけれどね。この本館は余程作りが良かったのか、江戸時代当時のままです。隙間風を塞いだり、内装こそ入れ替えていますけれどね」

「ははあ。火事とか地震とかは……」

「不思議とここだけは焼けなかったんですよ。何度か、近くまで火事が迫ったことはあるらしいのですが……」

 

 言わずと知れたことだが、江戸時代は火事が多かった。それに関東大震災、東京大空襲などで江戸東京の建物の9割は刷新されているだろう。

 だがこの建物は九郎が何箇所か貼り付けている氷結符によって火事発生時には外壁を低温にする防火設備を仕込まれていた。

 紙切れだろうが凍らせれば燃えないように、物の温度が上がらねば火は付かない。だが術を知らないものにとっては謎の現象である。

 

「それに私の母の代ですが、戦争がありましたでしょう?」

「はい」

「東京に爆撃機がやってきた頃に九郎爺様が、店の皆を親戚がやってる川越の慶喜屋に避難させまして、本人だけここに残ると言いまして……母は止めたそうですが、その時もここ一帯だけは空襲から残っていたんです」

「一人で残ったんですか?」

「ええ。『焼けて更地になったら赤いロープを張って自分の土地だと主張する』とか言い出したらしく……まあ、やらなかったみたいですけど」

 

 苦笑いを浮かべながら老婦人は告げた。

 戦後のどさくさで使われたテク(違法)である。

 しかしながら九郎はひとまず、空全域はとてもカバーできないので近所に近づいてくる爆撃機に狙いを絞って片っ端から電撃符で破壊していったようである。

 お陰で文京区は爆撃の被害が少なかった。ついでに幾らか、旧日本軍は不時着した爆撃機を手に入れたり捕虜を得たりしたようである。米軍は本気で日本軍の雷を出す新兵器だと思っていたようで、戦後にあれこれ調査されたが当然ながら個人が空を飛んで雷をぶち込んでいたなどとはバレなかった。

 

「ずっと店そのものが続いているんだ~……おや? 飾っている浮世絵もありますね」

「それも昔のままなんですよ。額縁は後から作りましたけど」

 

 店の中を歩きながら飾っている絵の方へ女主人が案内する。

 多くは白黒二色の墨絵であり、あちこちの壁に様々な浮世絵がある。墨絵なのは染料を使うと劣化が激しいので、長持ちするように墨で描かれたからだろう。

 

「九郎爺様が昔から絵描きの知人に描かせたものでして」

「昔というと、江戸時代の」

「ええ。全部肉筆画……版画ではなく、直接紙に描かれたものですね。こちらは弟さんの喜多川歌麿さんの絵」

 

 当時に居た九郎の嫁妾を全て描いた美人画と、絵筆を持った老人と天狗姿の老人が酒を飲んでいる絵が飾られている。

 

「歌麿の肉筆画ですか!」

 

 朝子も有名な絵師だけあって驚いた。何せ、歌麿の絵で保存の良い版画は数千万円の価値がある場合もある。海外でも高く評価されている。それの版画ではなく一品物の肉筆画である。どれだけ値段がつくかわからない。

 

「よく画商の方が譲ってくれと云ってきますが、九郎爺様の持ち物ですのでそちらにどうぞと云うと顔を青くされますね。九郎爺様は『店の経営が危なくなったら売ってもいい』と云われているんですけれど、やっぱり思い出の品だから大事にしないと」

 

 老婦人はくすくすと笑った。画商の間では様々な絵師と関わりのあった助屋九郎は有名であるのだが、彼から絵を盗もうと入り込んだ画商が半殺しにされて晒し者になったこともある恐ろしい人物と知られている。

 その中でも、気に入られた画商によっては彼が蔵に保存している当時集めていた貴重な浮世絵を貰って大儲けした者も居るのだが。九郎は世界に数点しか残っておらず、その所有者も全て判明しているといわれる写楽の絵も持っていると噂されている。

 

「こちらが鳥山石燕さんの妖怪画『寝太り』……お菓子屋に嫌味な妖怪ですけどね」

 

 横たわる肉塊のような妖怪で、食っちゃ寝をしている女に取り付いて太らせると言われているものだと絵の下に説明が書かれていた。

 

「ははは。でも畳の座敷ですから、この妖怪が居ることで昼寝していくお客も防げるのでは?」

「ふふ、別にゆっくりしていって構わないんですけれどね」

 

 他にもあちこちに葛飾北斎や歌川国芳など有名人の絵や、近所に住んでいてケーキ好きだった徳川慶喜の筆書きなどが飾られている。

 置いてある文化財だけで数億円の価値になるので夜は警備員を常駐させているほどだった。

 ついでに画商にも「自分のところの絵が盗まれて持ち込まれたら即通報するように」と九郎が言い含めてある。実際に一度泥棒に持ち込まれた画商が捕まえて九郎に引き渡したら、礼として蔵の中から好きな版画をくれるからと選ばせたところ狂喜したという。

 それに味を占めて自作自演でやろうとした画商は捕まって二度と表を歩けなくなった。

 そのような説明を女主人は付け加えた。何せテレビに映るということは、けしからぬ輩を呼び寄せるやもしれない。警備体制もしっかりしていると教えておいた。

 

「まあ……九郎爺様は古い人ですから、泥棒などには過激なのですよ。市中引き回しとか勝手にやりますから」

「市中引き回し」

 

 突如出てきた古めかしい刑罰に朝子は唖然とする。

 

「勝手に引き回ししてたので追いかけてくる警察から、首輪に鎖で繋いだ下手人を引っ張ったまま走って逃げたことも以前にありましたし」

「追われるんですか……警察に」

「昔はよく追われてましたねえ。戦後とか特に多かったそうですよ。警官でも進駐軍でも気に食わなかったら喧嘩をしますし……ヤミ米で無料の炊き出しをして集まった人に配っていたときは、止めに来た警官を次々に飯田橋から投げ落としたりしてて……時効でしょうかね、これ」

「さあ……」

 

 国家権力も単純な暴力の前に屈することがあるようだ。

 そもそも九郎という男は本気で逃げようとすれば警察に捕まえるのはほぼ不可能なのである。

 人間離れした怪力もそうだが、見た目年齢どころか性別すら変化可能で、空を飛び透明にもなる。中々にたちの悪い。

 

「それではおかけになってください。丁度、ケーキが焼きあがりましたから召し上がって」

「わあ、ありがたく頂戴します~」

 

 小麦粉が焼ける香ばしい匂いと共に、盆にパンケーキと緑茶のセットが載せられて持ってこられた。

 

「これが一番シンプルな、江戸時代当時のまま作っているケーキなんですよ。材料は最新になっていますけれど」

「ほへ~……いっただきまーす」

 

 ナイフ状の黒文字が柔らかく生地にめり込んで切り分けられ、楊枝で刺して口に運ぶと濃厚な甘味が朝子の口に広がった。

 味の記憶など不確かなもので、以前に何処かの店で慶喜屋の菓子を食べたときも旨いと感じたのだが、そのときはクリームなどが乗った変わり種を食べたのでシンプルなこれほどの衝撃が無かった。

 普通に家庭で食べられるパンケーキと見た目はそっくりであり、味も同じベクトルに想像していたのだが遥かにそれを凌駕している。

 ふんわりとした生地は蒸しケーキのように柔らかくしっとりとしていて、だが表面がカリッとしており香ばしい。時折黒砂糖の粒が甘味の分布を変化させて口の中で弾けるよううだった。

 

「うまぁー! あれ、こ、こんなに美味しいものでしたっけパンケーキって」

「ふふ、単純な分材料にお金を掛けておりますから」

 

 むしゃむしゃと食べている朝子に微笑みながら女主人は云う。

 

「根津牧場の烏骨鶏の卵で良いのを江戸時代からずっと使っていまして。九郎爺様が畜産を始めた地主と親友だったようで」

「烏骨鶏」

「そこで飼育している白牛の牛乳も使っています。元々千葉の嶺岡牧に居た牛を繁殖のために借りて増やし、根津さんのところに出資して牧場を作ったんです、九郎爺様が」

「牛まで自家製なんですねぇ」

「他にも羊とかダチョウとか江戸時代から色々珍しいものを預けていたみたいですね。余程仲が良かったのか、よく子供の頃に九郎爺様からその根津甚八丸さんとの試行錯誤をして牧場を作っていた話を聞かされました」

「それにしても美味しいなあ……プレーンなのだと味の違いがよくわかりますね~」

「おかわりは?」

「いただきます~!」

 

 幸せそうに頬を緩めるアナウンサーに、カメラマンやディレクターも釣られて笑みを浮かべた。

 実際、この名物女子アナに食い歩かせるだけでそこそこの視聴率が取れるぐらいの人気キャラクターだ。本命である助屋九郎が血と金と暴力に飢えたちょっとお出しできない怪物ヤクザであってもここの映像で持たせようと決めている。

 

「それにしても、このケーキも九郎氏が作ったんですか?」

「いいえ、これは九郎爺様の奥様、周布(すふ)婆様が江戸時代に作って、爺様が売るための店を用意したのですよ」

「周布……さん? ええと、昔の方ですよね」

「今でもご存命で、よく九郎爺様と旅行に出かけています。お妾さんの将翁さんと一緒に」

「……ざくざく江戸時代の人が出てきますね……」

 

 普通に助屋九郎の嫁が江戸時代から生き延びてることに、朝子は想像がまったくつかなかった。

 一応はフリー百科事典に載っている程度の知識はあるが、そこでは嫁の名はお八という呉服屋の娘だった気がしたが。

 実のところ、周布こと周布院……スフィの名はあまり知られていない。正妻として巷説に九郎とセットでよく出てくるお八、絵師として有名な鳥山石燕、本草学者として名を残している阿部将翁、それに仇討ちは何度も芝居や時代劇になった夕鶴に比べれば知名度は低かった。

 同じくサツ子とも関係を持っていたのだが、そちらは鹿児島でよく知られているけれども一般知名度は少ない。

 朝子は口直しに茶を啜るが、この茶もかなり良いものだと知れた。

 

「ええと、鹿児島のお茶……かなあ」

「よくおわかりになりましたね」

「いやあ、うちの親があれこれ茶にこだわっていたもので……」

「知覧のお茶です。黒砂糖も色々試して、徳之島のものを今は使っていますね。九郎爺様が鹿児島に縁があるもので……」

「確か逸話にも聞きました。薩摩の商人と共同で色々作って売っていたとか」

「薩英戦争にも通訳係として引っ張って行かれたと聞きましたよ」

「すごい歴史に関わっていますね……」

「英語より薩摩弁の方がわかりにくいとかなんとか苦笑していました」

「あはは」

 

 そんな人物が近頃まで、単に伝説が残るだけのマイナーな存在だったのが信じられないほどだ。

 しかしながら日本史というのも長らく徳川史観、明治政府史観によって殆ど決めつけのように掘り下げられておらず、近年になってようやく様々な資料を当たって人物像が浮かび上がってきているのだから、歴史上の人物というのはそういうものなのだ。

 例えば現代人に、ほんの数十年前までは織田信長という武将はマイナー寄りだったと言っても信じられないだろう。信長の存在は精々昔は『秀吉と家康の元上司』程度の知名度だったのだ。それが小説のヒットや、ゲームの発売などで知名度を伸ばして今や戦国時代の代表である。

 そのように今まで碌に知られていなかった人物が実は大きな活躍をしていた有名人だった、ということもあり得るのだ。

 ただ、その当人が現代も生きているというのはかなり異常ではあるが。暴れん坊将軍や大岡越前がまだ東京に住んでいるようなものである。

 

「しかし牧場にも出資して、色々事業を起こしていたんですね、九郎氏は」

「そうですねえ……他にも色々……例えばお店の隣に銭湯がありましたよね?」

「はい」

 

 遠くからでも大きな煙突が見える銭湯であった。

 

「あれを建てたの九郎爺様です。天然温泉も掘って出ました」

「ええ!?」

「店の近くに銭湯があれば便利だろうということで……初期投資分を稼いだら、番頭を任せていた人に売ってあげましたけれど」

「温泉まで掘っていたんですか……」

 

 神奈川県の伊勢原には九郎天狗が掘ったと言われる温泉があり、大勢の観光客を呼んでいることを朝子は頭に思い浮かべた。

 その温泉も近年の地質調査で、垂直に1000メートル近く穴を空けていることが判明してどういう方法で掘ったのか議論になっているのだったが。

 

「それと近所にある明治創業の日本初のピザ屋『ぴっつぁ屋』。あれも九郎爺様が作らせました」

「ピザ屋を明治時代から!?」

「先見の明があったんでしょうねえ。うちのケーキ屋共々、外国から来たお客さんがよく通ってきまして大繁盛しておりました。やっぱり人に売り渡しましたけれど……」

 

 それ以外にも文京区にはあちこち、九郎が始めたラーメン屋とか出版社とか旅行代理店などがあり、他人の手に移っている。

 どれも九郎が「近所にあると便利そうだ」と思って始めて、ちゃんと運営できる者が見つかればそれに任せているのだ。投資費用は回収しているが、金儲けというより道楽に近い。

 

「なんで売るんでしょうか」

「九郎爺様、まったくお金に困っていないから無頓着なのでしょう。『もし己れが死んだら相続税だけでビルが建てられるぞ』とか言ってますからねえ」

「でも死なないんですよね」

「税務署が何度も確認してくるらしいです」

 

 確かに実年齢が三百歳越えの者が大量の資産を持っていて今も生きているとなれば、成りすましを疑うだろう。 

 九郎もそれらの説明には様々な書類や、催眠術、薬物などを使ってどうにかクリアしてきたようである。

 死ぬ、死なないの話題になったので、自然な流れとして朝子は訊ねてみた。

 

「ところで、その九郎氏──本当に江戸時代から生きていると思いますか?」

 

 朝子の失礼にも聞こえるような質問にも、女主人は嫌そうな顔もせずに懐かしそうに答えた。

 

「九郎爺様は私が子供の頃からお菓子などをくれる爺様でした。私の祖父がまた子供の頃にも、爺様は爺様で遊んでくれたそうです。祖父の祖父が子供のときもやはり九郎爺様が近所に住んでいて、多くの人を助けて慕われていたと聞きました。──だから九郎爺様はずっと生きていて、子孫の私達を見守ってくれているのでしょうね」

 

 九郎の子孫はあちこちに分散してもうそれと知らない人の方が多いようになったけれど、この店を代々継いでいる一家を本家としているのである。

 

「なるほど……実は私のご先祖もですね、お見合いで九郎氏の妹さんをお嫁にしたというのでこうして取材を受けてくれたのですよ~」

「あら、まあ。では私達は遠い遠い親戚みたいですね。とは言っても、三百年も昔だから九郎爺様の子孫は辿れば沢山いらっしゃるでしょうけど……名乗っているのは、この店と、川越の店と、伊勢原の温泉宿の三つぐらいかしら」

「ははあ……しかし本人が生きているのに子孫というのもなんかアレですね」

「誰よりも長生きですからね。私より絶対長生きしますよ」

 

 女主人は、寿命が無いという妖怪めいた先祖だが、それを恐れるでも無く極自然にそう言って受け入れていた。

 助屋九郎は今はもうこの店に多くは関わらない。ここから金を受け取ることもしないし、限定メニューの助言も今はやっていないで好きにやらせている。時々店に顔を出して、土産にするからと菓子を買っていくぐらいである。

 だが店を継ぐ者は誰もがこの店を始めて繁盛させてきた九郎を尊敬しているし、誇らしく思っているようだった。

 

「山田さんもよろしければ九郎爺様のお友達になってくださいね。あの人、案外に暇人ですから」

「はい~是非~」

 

 終始朗らかな雰囲気で、助屋九郎が始めたとされる老舗の洋菓子店でのインタビューは終わった。

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 次に朝子とスタッフらは、店以外でも文京区の近辺で古くから住んでいる人を訪ねて、九郎の事を聞いてみた。

 

 とある老爺曰く、

 

「俺がガキのころ、ヤンチャしてたら拳骨落としてきた雷ジジイが、まだ生きてて雷ジジイやってるんだぞ。絶対ありゃ妖怪だね」

 

 とある作家曰く、

 

「本を出したかったのですが出版社に断られ続けた作品を見せたら、出版と大規模な宣伝まで大金を掛けてやってくれて……それでも売れなかったのに酒を奢ってくれて次回作を待ってると言ってくれました」

 

 とある銭湯の常連曰く、

 

「ジジイなのにチンコでっかいんだ。っていうか美人の妾さん居るし。ヤバイ」

 

 とある上野在住のイラン人曰く、

 

「おおっと、音声変えてくれ。顔もNGで。肖像権を主張するぜ。あの爺さんね。ちょいとヤクザの間じゃ有名で、絶ッッッ対あの爺さんのシマに手を出したらマズイって事を知らねえやつはモグリだな。以前によく知らねえ余所者のヤクザがちょっかいを出したと思ったら、次の日には組員全員が半殺しにされて全裸で路上に縛られて転がされたり、事務所がどうやったか不明なまま跡形もなく一晩で更地にされてたり……マジな厄ネタだからよ。俺の爺さんの代には戦後のゴタゴタで色々商売の繋がりがあったらしいけど、今は近づかねえようにしてる」

 

 とある歴史学者曰く、

 

「むしろ私にインタビューさせてくれ! 根掘り葉掘り聞こうと十年以上粘ってるのに避けられてるんだ!」

 

 とある大学病院の医者曰く、

 

「会ってくるんダッタラ彼の血液を少し採取シテきてくれないカナ! 分析シタイ!!」

 

 

 

 などなど、謎の人物ではあったが一部の界隈では助屋九郎は有名であったようだ。

 これまで表に出てこなかったのも、有名な店──ケーキ屋、ピザ屋などは東京初の店舗である──を出すはいいがあまりこだわらずにすぐ人に経営を譲って来たからだろう。

 それに加えての取材嫌い。確かに、歴史学者からすれば生きた化石も同然の人物なので色々と聞きたい気持ちはわかるが、興奮した様子で詰めかけられれば嫌にもなる。

 更には長寿の秘訣というか、秘密を探ろうとしている者も多いらしい。

 

「気をつけよう」

 

 と、朝子は相手を不快にさせないことを念頭に置いてインタビューに挑むことにした。

 根津にある塀の無い古めかしい一軒家。そこが助屋九郎の家である。庭には大きな銀杏の木が立っている。

 店とは違いこちらは建て直しているようだ。玄関先はよく掃除されており落ち葉の一つも無い。

 

「えー、それでは助屋九郎さんのご自宅に伺おうと思います。こんにちは───」

 

 玄関が吹き飛んだ。

 指向性を持った爆風と衝撃波が朝子の目の前を猛烈な勢いで粉塵と共に噴き出て、彼女は髪を揺らして固まった。

 

「ええい、このボケが! 今時マイトなんぞ持って突っ込んできおってからに! 玄関先に人が居たら危なかろうが」

 

 次に怒鳴り声と共に、気絶した男一人の首根っこを掴んで引きずりながら老人が玄関に出てきた。

 九郎老人だ。体つきは肉が落ちて骨がごつごつと目立ち、顔は皺が浮かんでいるが矍鑠とした白髪の男であった。煤けた甚平姿をしている。

 この日は突然、以前に恥を掻かせたヤクザの下っ端がダイナマイトに火を付けて家の中に突撃してきたのだ。すぐさまぶん殴ってやったのだがマイトが妙な方向に飛んで玄関が爆破された。九郎の周囲は防御したのだが……

 彼は近所に被害が出ていないかキョロキョロと見回す。 

 

「今度は遺恨が残らんように根こそぎに……っとおや?」

 

 九郎がカメラを持ったスタッフと、マイク片手に固まっている朝子の姿に気づいた。

 そしてあからさまに「しまった」といった表情と冷や汗を額に浮かべた。

 

「……て、テレビ局?」

「あの、連絡をしたIKEの山田朝子と申します~」

「今日だったのか……むっ」

 

 九郎は爆破された玄関と、気絶したチンピラを交互に見てから爽やかな笑顔になった。

 

「いやあすまんすまん! ちょっと忘れてて、友達と家の中で花火をして遊んでいたのだ。花火が一気に爆発してのう、こやつは音で気絶するし。なあ! 友達だよな!」

 

 メチャクチャ苦しい言い訳を始めた。

 九郎はガクガクとマイト野郎をゆすりながら同意を求めたが、完全に気を失っている男は当然ながら返事をしなかった。

 女子アナはのほほんとしているが、撮影スタッフが引きつった顔を見せているので九郎は誤魔化すのを続行する。

 爆音に近所の者も何事かと集まってきていた。

 その中で九郎はちょうどいい近所のチンピラを見つけた。

 

「おう、お主。ちょっと来い」

「へい! 旦那!」

 

 頭を下げてやってくるチンピラに九郎は苦い顔をする。

 

「旦那じゃない。知らない関係だ。己れはこれから用事があってな。この『友達』を代わりに飲みにでも連れて行ってくれ」

「へい! 海に!」

「海じゃない。飲みだ」

 

 九郎はチンピラの胸ポケットに三万円ねじ込むと、チンピラは気絶した男を連れて何処かへ消えていった。さよならマイト男。

 

「ふう……平和って尊いのう。今のところカットしておいてくれ」

「了解しました~」

「素直ないい子だ。よしよし上がれ。婆さんがシチューとか作っておるから食っていけ」

 

 何事も無かったかのように腰を曲げて歩き、扉の吹き飛んだ玄関から自宅に入って皆を招いた。

 中々に広い2階建ての日本家屋である。玄関あたりは焦げているが、マイトが室内で爆発したとは思えないぐらいの被害であった。

 家の方へ向かった爆発力は九郎の起風符とスフィの相殺音波で防いだのだろう。彼らからすれば近くに爆発物が投げ込まれるなど、危機とも言えない程度の対応である。

 

 九郎は応接間に案内する。その間にも腰を曲げて如何にも老人ムーブを見せているが、さっきマイト男を片手で引きずって出てきたのをスタッフは見ているのでどうも嘘くさく思える。

 座布団の敷かれた畳に座って朝子と向き合い、九郎は如何にも優しい枯れた老人といった表情で頷く。

 

「改めて、己れが助屋九郎だ。一応そう名乗っておる」

 

 そして朝子に聞いてきた。

 

「何度かそちらはテレビで見たことがあったが……浅右衛門の子孫だとか?」

「はい~念のために、家系図も持ってきました~」

 

 そう言って朝子が持参した巻物を広げると、たしかに彼女は山田浅右衛門吉時から生まれた四人の子供のうち、末っ子にして嫡男から続いている家系であるようだった。

 九郎は何処かホッとしたような顔になり、感慨深そうに頷いた。

 

「そうか、浅右衛門の……知人友人というのは、孫の代ぐらいまではよく気に掛けていたのだがひ孫ぐらいになってくると流石に疎遠になってきてのう。何せ数も増えるし何処に住んでいるのか把握するのも大変になる。いや、よく来てくれた。よく見れば目つきが浅右衛門に似ている気がするぞ、お主」

「首切り役人のご先祖様にですか?」

「あやつは仕事こそあまり世間体の良くないものだったが、とても優しい菩薩のような男であった。やつは己れの誇りであり、思い出は宝だよ」  

「そこまで九郎氏に言われると、ご先祖様も喜びますね~」

「うむ……懐かしい懐かしい」

 

 僅かに目を閉じて涙をこらえるようにし、九郎は繰り返した。

 そうしていると奥の間が空いて、よぼよぼとした足取りで小柄な割烹着姿の女性がやってきた。

 髪の毛が銀色がかった白髪をしていて、肌は白蝋のようである。顔は皺だらけで目が埋もれて半ば閉じているようにも見えた。木の葉のように伸びた耳にはピアスが付いているが、誰もそれを異常とは認識しない。

 スフィである。ただし、その姿は老婆になっていた。

 かすれたような作り声で彼女は盆に載せた茶を九郎と朝子に差し出す。

 

「お茶が入りましたのじゃよ爺さんや」

「おお、婆さんや。すまんのう」

「あらあら可愛い娘さんが来て……お菓子を食っていくかえ? 焼きたてのビルビル料理があるよ」

「ビルビル料理……材料は?」

「ビルビル」

 

 謎だった。想像が付かない。

 だが朝子はこくりと頷いて、

 

「ではお言葉に甘えさせてもらっていただきます~」

「こやつ……まさか正体不明の料理に怯まんとは……!」

「このマイペースさ……浅右衛門の血筋か……!」

 

 と、老人二人を驚かせていた。

 朝子は外国へロケにもよく出かけていて、謎の料理を食わされることには慣れているのである。グロテクスなものを怯まずに笑顔で口にする美人アナは、子供の性癖を歪めかねないと噂されている。

 スフィが奥に向けて声を張り上げる。だがその声は老いぼれたものではなく、澄んだ声音だった。

 

「将翁ー! ビルビル一丁ー!」

「これ! 婆さん人前で叫んで恥ずかしい!」

「おおっと……そうじゃった。こほんこほん……」

 

 咳払いをして顔を逸らすスフィを見たまま、朝子は尋ねる。

 

「こちらは、奥様の周布さんでしたか~?」

「うむ。長い付き合いでのう。昔に居た嫁が亡くなって、その遺言で後妻に貰ったのだ」

(わし)は別にそんな夫婦とか気にしないのじゃが、クロー……爺さんがどうしてもというのでしかーたなくじゃのー」

「嘘をつけーい」

「いひひ」

 

 イチャつき出した二人をニコニコと見ながら、質問を続けた。

 

「周布さんの声はとても綺麗ですね」

「これでも若い頃は歌うたいとして、結婚式なんかにも呼ばれておったのじゃよー」

「もしかして『歌ってみた』動画とか投稿されてませんか? 『エルフチューバー』という動画の声に似ていた気がしますけど~」

「ぶっふぅー!」

 

 九郎とスフィが同時に吹いた。

 実は海外旅行ついでに、旅行先で歌っているスフィを撮影して動画投稿サイトにアップするのが二人の趣味であった。

 その動画は、エルフ耳の美少女が超絶かつ様々な言語の美声で歌うというものが話題になり、数十万再生を得ていた。ネット上ではコアなファンも大勢居て、さながらネットアイドルのような扱いである。

 むせたように咳をしてから二人は顔を見合わせ、そして頷く。

 

「まっさかー」

「私も見たことあるが、私があと三百年も若ければああいう美少女じゃったかもしれんのー」

「そうそう。うちの婆さんがネットなどとな。この古びた前時代の遺物が住まう家を見てみよ。文明から取り残された哀れな老人がいるのみだ。インターネッツ? などとは繋がってもおらんよ」

 

 九郎がそう説明すると、開けっ放しの玄関から声が掛けられた。

 

「こんにちはー! Amazonでーす! ネット通販の荷物をお届けに参りましたー!」

 

 インターネッツが繋がっていないと証言するや否やAmazonが届いた。

 颯爽と九郎は立ち上がると老人ムーブを忘れたかのようにスタスタ玄関に向かい、配達員に云う。

 

「家を間違えたな?」

「いえ、この住所の助屋さん宛に──」

「荷物は受け取っておく。お主は『家を間違えました』と叫んで帰れ」

 

 配達員の胸ポケットに一万円をねじ込むと、配達員はキビキビと「すみません! 五丁目先と間違えました!」と唱えて荷物を置いて帰っていった。

 

「ふう……」

 

 九郎が汗を拭って部屋に戻ると、将翁がビルビル料理を朝子に出しているところだった。

 阿部将翁は三十前後に見える女である。僅かに狐色をした長い髪の毛に整った顔立ちをしていて、和服姿でハッとするような美女である。

 撮影スタッフの男性陣は見とれていた。

 彼女は艶やかな声で朝子に告げる。

 

「新鮮なビルビルですぜ。熱いうちにどうぞ」

「わぁー、すごいとしか言いようがないですねー」

 

 朝子がもぐもぐとビルビルを齧って飲み込む。

 

「……駄犬でも、もう少し躊躇うぞ」

「ところでこちらの方は?」

「ああ、阿部将翁。うちの妾だ」

「お妾さん」

 

 首を傾げる。

 

「──って戸籍上大丈夫でしたっけ?」

「今はダメだが、廃止される前に妾だったものはそれ以前と同じく扱われる……とかなんとかで、一応妻と同じく二親等だぞ。江戸時代から妾だったしのう」

「その法律、江戸時代から現代まで延々と長生きすることはまったく考慮に入れられてないでしょうねえ」

「いやはやまったくで、これで住民登録とかするのが大変なんです、よ」

 

 将翁が軽く頭を振りながら云う。

 

「役場に行ったりしたときに生年月日を書く欄など、毎回確認されますからね」

「どうされてるんですか?」

「戸籍の写しを江戸時代からちょくちょく残していて、それらが全て繋がっていることを確認させてようやく……といったところで。あたしなんかほら、この前念願の子供が生まれましてね」

「念願の」

 

 嬉しそうに将翁は云う。彼女の云うように、九郎と付き合いだしてから二百数十年、やっと子供ができたのである。

 彼女は半分体が妖怪化している影響で子供がほぼ作れない体質になっていたのだが、数を延々とこなした結果、極低確率で当たったらしい。

 

「それで出生届やら、学校に提出する資料やら、もう嫌というほど確認が必要でして」

「この前、というがもう二十年以上前だろうに」

「長生きしていると十年二十年があっという間じゃのー。マサオキも大学を卒業して立派な医者じゃろ」

 

 という。念願の子供も成長は早く、三人からすれば走り抜いていくような速度で独り立ちしてしまった。

 

「ええと、お三方は江戸時代からずっと一緒の」

「そうなるのう。他はみんな先に死んでしもうたから」

「ははあ。お辛くありませんでしたか?」

「まあ、そりゃあな。一人では耐えきれんかっただろう。だが、三人いれば何とやらだ」

 

 少しだけ寂しそうな顔をしたが、九郎老人は首を横に振ってそう応えた。

 妻も妾も義弟も親友もその子供もその孫も全て先に死んでしまい、自分も何処かへ消えようかと思ったこともあった。

 だが彼を支える二人の女性が居て、傷を舐め合いどうにか悲しみを癒やして、今は毎日お気楽に生きている。

 スフィが思い出したように云う。

 

「辛いと言えば、戦前戦中に噂を聞きつけた旧日本軍が不老の秘密を解き明かそうと拉致りに来たのが大変じゃったのー」

「九郎殿が全員殴り倒して逃げましたけどね」

「戦後は戦後でGHQが話を聞きつけて解剖しにやってくるしのー」

「九郎殿がやっぱり全員ぶちのめして逃げましたが」

「あっはっは」

 

 三人が朗らかに笑うが、内容は非常にバイオレンスだ。

 兎にも角にも、江戸で最初に暮らしていた頃は九郎も火付盗賊改方や町奉行の同心に知り合いが居て、手伝いもしていたのでそちらに顔が利いたし、彼らに過度の迷惑がかからぬように気をつけていた。

 だが特に官憲に知り合いが居ない時期になると、公権力すら敵に回すことがあったようだ。

 しかしながら不意打ち一発で捕獲でもしない限り、怪力と隠れ身を行う天狗はいかようにも逃げられるし、その指示を出した者のところへ散歩感覚で訪れることもできる。結局は報復を受けて、手出しをしたことを後悔する者ばかりだったという。

 

「そうそう、お主が来たら渡そうと思っておったものがあるのだ」

「私にですかー?」

「ちょっと蔵まで取りに行こう」

 

 と、九郎が招くので朝子と撮影スタッフが家の奥へと案内される。

 地下に降りる階段があり、電灯で照らされたそこを進むと穴蔵がある。江戸時代、土蔵が高価で持てない屋敷は地下を掘る穴蔵を作って貴重品などを火事で燃えないようにしていた。

 九郎の場合単に外に置いていたら爆撃で壊れそうだと思ったので家の地下に蔵を掘らせたのである。

 穴の中にあるのは……

 

「……金庫?」

 

 銀行にあるような巨大な金庫の丸扉であった。

 

「うむ。火事で焼けて使えなくなったのを拾って……ええと、譲り受けてきたのだ」

「……」

「……中身は入っていなかったぞ?」

「そーですかー」

 

 九郎は金庫の扉を手で掴む。

 

「鍵の機能は失われているから引っ張って開けることしかできん。重たいから重機でも持ってこねばそこらの泥棒では無理だろうが」

 

 ごごごごご、と重量物が擦れ合う音を立てながら引き開けられる扉。

 重機を使わないといけない扉を片手で開けているのは明らかに異常な力であった。見た目は腕も細くなった老人だというのに。

 蔵の中は整理整頓というか、二度と何も取り出さないとばかりに収納ケースに全て収まっている。

 

「ええと、刀はこっちで真空パックしていたはずだが」

「真空パック」

「錆びぬように整備するのが面倒で……あったあった」

 

 九郎が収納ケースから刀を取り出している間に、カメラが金庫内部を見回す。

 中には[浮世絵:写楽]とか[享保小判]とか[エカテリーナのロシア土産]などなど、如何にも価値がありそうな文字が踊っていた。

 

「明るいところに行こう。おい、蔵を閉めるぞ」

 

 九郎が朝子を連れ出してそういうので、名残惜しそうにカメラスタッフも外に出る。

 再び何トンかありそうな扉は蔵を密閉して江戸時代から収集していた遺物を保存した。

 応接間に戻り、朝子に刀を渡す。実直な作りの脇差しであった。

 

「こいつはお主の先祖、浅右衛門から形見として貰った刀──『死神殺し』だ」

「死神殺し……ですか」

 

 物騒な名前のついた脇差しを朝子はしげしげと見て繰り返す。

 

「うむ。嫁のお七が急病でな、死ぬか否やという状態になった際に浅右衛門がこれで死神を斬り殺して見事にお七は寿命を永らえた……という曰くのある刀だ。その後、お七はお主の先祖である嫡男を産んだのだから、お主を存在させた刀とも言えるだろう」

「これでご先祖様が死神を……」

 

 僅かに脇差しを抜いて刃を見ると、朝子がこれまで見たことのある真剣のどれよりもゾクリとした光を放つ刀身であった。

 人が避けられないもの、死。

 その運命すら切り捨てたという先祖とその愛刀の話に朝子が胸の奥がざわつくのを感じる。

 

「これをお主にやろう。というか、返そう」

「え、でもこれはご先祖様が……」

「良いのだ。というか己れが持っていても死神はさっぱり切れそうにないしのう。多分刀じゃなくて浅右衛門が凄かったんじゃないか? とにかく、これをくれた浅右衛門の気持ちは嬉しいが、蔵の中に仕舞いっぱなしでは意味がなかろう。それなら、子孫であるお主が大事にしてくれれば己れも浅右衛門も喜ぶだろうよ」

 

 九郎がそう云うので、朝子も頭を下げて、

 

「ありがたく、頂戴します」

 

 そう感謝の言葉を述べるのであった。

 九郎は背負っていた荷物が一つ下ろせたような気分になって、

 

(これでよかった)

 

 そう思えたのであった。

 今ではすっかり、誰が誰の子孫などとは判別もつかなくなってしまった。そんな中で、浅右衛門の面影を感じる彼の子孫に出会えたことは、彼にとって非常に喜ばしいことだったのだ。

 それから九郎は暫く取材を受けて、朝子に今度はスフィがゴーダー風シチューを出したがやはり彼女はぺろりと平らげ、九郎を驚愕させるのであった。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

 

 取材も終わりスタッフも帰った後の九郎邸にて。

 

「ふぅー。疲れたのう。テレビにまで出るようになるとは」

「ゆーめーじんになったら大変じゃな!」

「開き直ってスフィ殿をアイドルにでもしますかね」

「私が開き直ったら一気に武道館ものじゃぞ。当方ヴォーカル兼ピアノ!」

「じゃあ、あたしは三味線で」

「己れはグッズでも作って売るかのう……」

 

 などと会話をしながら茶を飲んでいた。

 

「ま、なんとかなるわな。よし、日本に帰ってきたのだから何処か近場へ遊びに行くか」

 

 九郎がそう提案する。

 戦後になり世界の国際化が進んで海外旅行も気軽に行けるようになってからは、三人であちこちをぶらぶらと遊び歩いているのである。

 戸籍上、パスポートを取るのが非常に面倒だったのでその元を取るように旅行に出ていた。つい最近までは南極に行っていた。

 

「そうじゃなー東京ジプシーランドにでも行くかの。南極ジプシーにも会ったから教えてやろう」

「南極なのに馬車だったものな、南極ジプシー」

 

 東京ジプシーランドはジプシーが集った謎の場所で、馬車が大量に置かれたテーマパークのような気がしないでもないところだ。

 とにかく酒と歌にだけは不足しない空間である。

 

「よし出発じゃ!」

「へいへい」

「行きましょうかね」

 

 そう言い合うと、老婆であったスフィの姿は煙のように掻き消えて十代の少女姿に戻った。肉体変化の簡単な魔法だ。長生きするうちに覚えた術であった。

 九郎も老人姿から、昔ながらの少年の背格好に若返る。

 将翁は狐の尻尾が見えたかと思うと、妖術でかつての阿子とそっくりの少女に変化していた。

 老人の姿は世間の目を紛らわせるためのものである。少年がずっと若いままでは不気味だし羨まれるが、ずっと老人が長生きしていると案外に「そういうものか」と受け止められるのである。

 ついでに言うと将翁は頑なに老婆姿になろうとしない。彼女だけ怪しい存在だと世間では見られている。だがまあ、こうして出かける際はバランスを取ってみんなして若い姿になることが多かった。

 時々、三人とも九郎老人の隠し子だと思われかけることがあるが。

 

 

「クロー!」

「どうした?」

「長生きも悪くないじゃろ」

「そうだのう」

「あれやりますかね。我ら生まれた時は違えど、死ぬ時は同じを願わん」

「心中かのー?」

「それは違う」

 

 

 それから、助屋九郎への取材番組が放送されて江戸時代から生きている伝説的な九郎天狗の存在が全国的に知られることになった。

 問い合わせが殺到したが、九郎は自宅に電話機も置いていない。慶喜屋は受話器を外して知らん顔を決め込んだ。

 九郎の正体が本物なのか、長寿は嘘なのか。様々な説が展開された。本物だとしたら生物的におかしいとも、偽物だったら戸籍をあれだけ偽造することも、江戸時代当時の遺物を大量に持っていることも妙な上に嘘をつく理由が薄いとも。

 更には嫁と妾まで偽造しなければならず、その労力は尋常ではない。

 

 あれやこれやと世間を騒がしはしたが件の三人組は気にすることもなく、今日も自由気ままに生きている。

 

 

 

 

 

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