異世界から帰ったら江戸なのである   作:左高例

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4話『薩摩人狼ゲーム』

 

 

 

 

「人狼遊戯?」

 

 九郎は上等な阿久根の茶を啜りながら鹿屋黒右衛門に聞き返した。

 薩摩からの商品を取り扱う商人であり九郎の大きな取引先でもある。主に九郎が考案した商品や商売に出資や共同開発をして販売も手がけている。

 かなり九郎のお陰で儲けている上に藩の覚えもよく、今では薩摩随一の大商人になっていた。

 鹿屋には九郎とサツ子の間に出来た男児は10歳ほどになればお店者として修行に出されることになっている。まだ10歳は若いのではないかと若干九郎は不安だったが、この時代ならばそれぐらいの歳で店に預けるのは普通だということで説得されて頷いた。この時代の父親の責任としては精々条件の良い信頼できるところに就職させてやることで、いつまでも養うことではない。

 

 それはさておき、この日は黒右衛門が九郎の寂れた貸本屋に手土産を持って訪ねてきていたのであった。

 彼が今、薩摩人らで流行っている遊びとして教えたのがそれである。

 

「いえいえ、薩摩人(さつまじん)(おおかみ)遊戯と申しまして、知恵を絞り交渉を重ねて決断力を身につける、知的な遊びが薩摩では流行っておりまして」

「知的な……いや、それはともかく誰が始めたのだ?」

 

 似たような名前の遊びが未来であった気がして、九郎は疑問に思いつつ尋ねてみた。

 頷いて黒右衛門は告げる。

 

「これが不思議なことに自然発生的に生まれましてな。薩摩では昔から[よいかた]と言って集まって議論する場を農民から武士まで好んでやるのですが、その中で誰となく始めたそうです。

 この遊戯は薩摩人の好まぬ嘘を用いるので、或いは嘘の見破り方を訓練したり、薩摩人に紛れ込んだ間諜を探し出すためにも使えるのではないかと言われております」

「ううむ、確かに嘘つきをあぶり出すのは薩摩らしいところがある気が……」

 

 九郎も人狼ゲームという類の遊びがあることは知識にあった。

 ただしプレイしたことがあるかというと、それを知ったのがヨグたちと生活をしていた頃なのでプレイヤーが4人しか居らずに試しにやって悲しい結果になったので、曖昧にしか知らない。

 精々が村人と人狼に別れて、交互に誰かを処刑したり人狼が村人を減らしたりする程度の認識だ。

 それも薩摩ライズされているので恐らく完全に別物だろうとは九郎も思った。

 

「ところでどうです。今度藩邸にて、大勢が集まり薩摩人狼遊戯をやるのですが、九郎殿と霹靂斎先生もご参加なされては」

「僕もですか?」

 

 霹靂斎こと、靂が返事をする。ちなみに彼のペンネームはやたら画数が多いので版画彫り職人に不評である。

 

「ええ、いつも同じ者同士だと癖などが出ますからね。こうして新しい人を招いて行うのも良いだろうと家老殿に言われたので、誘いに参りまして」

「家老まで絡んでるんですか」

「江戸での藩士の暇つぶしにちょうど良いと。下手に岡場所通いなどをして借金を背負ったり、腑抜けたりするよりは良い遊びだということで奨励をしているのでして」

「何か話の参考になるかもしれないなあ……ちょうど店も暇だし」

 

 相も変わらず閑古鳥が鳴いている貸本屋は、実際のところ店主番頭不在でも台帳に名前と住所を書いて代金を箱に放り込めば勝手に本を借りていけるようになっている。

 天狗だかヤクザだか火付盗賊改方の手下だかがやっている店から万引きして行こうという者はそう居らず、大体この時代では本を盗んで質屋に売るなんて真似はさっぱり例が無いのでやろうとも思われないようだ。

 大体、こんな売上のしょっぱい店では多少盗まれたとしても気づかないかもしれない。それに最悪、店の品物を全部かっぱらわれたところで九郎と靂が破産するわけでもなかった。

 

「ちなみに聞いておくが」

 

 九郎が念のために黒右衛門に問う。

 

「罪人の臓物とか出て来ぬよな?」

「それはひえもんとりでございます」

「犬を掻っ捌いて焼いて食ったり」

「それはえのころ飯でございます」

「突然奇声と怒号が飛び交ったり」

「それはまあ……ありますが」

「あるのか……」

「しかし脅迫と賄賂と遺恨は禁止されておりますから公平な遊びですよ」

「ふうむ……気にならんといえば嘘になるからのう。よし、では行ってみるか靂」

「はい」

 

 二人はのっそりと立ち上がり出かける準備を整え始めた。

 

「……己れら働いているよな」

「当たり前じゃないですか」

 

 そのようなことを言い合いながら。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 [薩摩人狼遊戯]の狼とは、オカミ……お上、即ち幕府を表す隠語らしい。

 設定としては薩摩人の集まりに幕府からの密偵が入り込み、夜な夜な暗殺してくる。それを昼間のうちに見つけて死罪にするのが目的だ。

 薩摩人側は密偵を一人残らず見つければ勝ち。密偵側は薩摩人の数が密偵と同じになれば勝利。一対一ならば相打ちに持ち込める算段のようだ。密偵も示現流を嗜んでいるのである。

 ゲームの裁定は[家老]と呼ばれる役職が行う。今回、芝にある薩摩藩邸下屋敷で行う際には実際に江戸勤め家老の一人がやってくれるが、非公式にやる際には家老に憚って[お家どん]とか[おやっどん]といった愛称で呼ぶ。

 下屋敷に集まった薩摩人らは三十人ほどで、血気盛んな年代が多く見受けられた。この遊戯の際には普段は他藩よりも一層厳しい身分差も気にしてはならぬことになっている。徒士から買物方、目付に使番、はたまた鹿屋で雇われたさつまもんなど様々な立場の者が参加している。

 また、全体の経緯を文書に残す筆者と呼ばれる役職の者や、喧嘩になった際に取り押さえる者も家老の側に控えていた。

 

「よく集まられた。これより薩摩人狼遊戯を執り行う。薩摩側は怪しき者を見抜き、密偵側はここを戦地だと思って相手を欺け。普段二枚舌を使い、儀を申す者は信用されぬがそれ故に騙す側の気になって、逆に暴く糧とせよ。

 それでは一人ずつ前に出て、札を受け取るように」

 

 家老がそう告げると、一番端から男が一人ずつ立ち上がって家老の元へ行き、札を貰うと広間の中央へ向かって円形になるように座り始めた。

 やがて九郎の番になり札を取る。それらの札には自分が薩摩人か密偵かが記されていて、中には役職もある。

 自分の引いた札は誰にも見せてはいけない。屋敷の戸を締め切って部屋の中に行灯が置かれているだけなので非常に暗い中、九郎は円形に座る前に自分の札を見てみた。

 

 [薩摩人 目付]

 

 と、書かれている。

 

(なんだこれ……)

 

 そう言えば碌に説明を受けていなかった。やりながら解説するというので、黒右衛門が非プレイヤーの説明役として付いてきている。

 小声でボソボソと喋れば他の者には聞こえない程度に広間は大きい。

 

「黒右衛門黒右衛門。なんだこの目付とは」

「おお、九郎殿。目付を引きなされましたな。これは投票によって昼間に死罪になった者を、翌日に薩摩人だったか密偵だったかを鑑定することができる重要な役職です。鑑定する場合は自分が目付だと名乗りを上げ、家老に聞きに行くと教えてくれます」

「ほう……しかしそんなものを知って意味があるのか?」

「これを行わないと、口のうまい密偵が音頭を取って次々に薩摩人を死罪にしていってるかもしれませんですし。密偵は密偵同士を把握していますので狙い撃ちが出来ます」

「なるほど……」

「ただし鑑定を行う難点もございますので、その点はまた後程」

 

 ひとまず九郎は円形に皆で固まっているところへ近づいた座る順番はバラバラで、円の中央では火皿が燃えていて直接当たる光で全員の顔を照らしていた。

 席の前には箱膳が置かれていて、ツンと蒸留酒の臭いが徳利からした。口を潤す焼酎だろう。酒で密偵の口を軽くさせる意味合いも込められているかもしれない。

 箱膳にはよく見れば番号札が置かれており、九郎の手元の札にも漢数字が書かれていてそれに従って同じ番号の席に座るようだった。

 

「では1日目、昼間を開始する」

 

 と、家老が宣言する。これから全員が何かしら会話をして、この日処刑する者を決めるのだ。

 一瞬全員に緊張が走った。つばを飲み込む音が聞こえる。誰が口火を切るのか。ジリジリとした無言の圧力が部屋の中央へ向かって無数に飛び交い、力場を形成しているようだ。

 さっさと目付と名乗るべきなのか九郎も少し躊躇した。

 

(目付として鑑定をしていれば少なくとも薩摩人であることは確かだと周りに思われるので、処刑はされぬだろうが……)

 

 何か見落としているような気がしてためらう。

 咳払いが隣から聞こえた。男は喉を調整するように何度か鳴らしているようだ。何か喋る積もりだろうか。

 

「怪しいッッッッ!!!」

 

 叫びは対面から上がった。

 一人の参加者が額に血管が浮かぶほどに頭に血が上った様子で、指を九郎に突きつけている。いや、よく見たら九郎ではなくその隣の咳払いをした男にだ。

 

「こういう場でまず咳を払って注意を引き、おのが喋りやすく引き込もうとしたであろう!!」

「な、何を言っちょるかッッ!! おいはただ────」

「儀を云うなッッッッ!!」

「何ィィッッッ!!」

 

 [儀を云う]とは薩摩弁で、惨めな言い訳を述べることを指して、直情型の薩摩人にとっては一等の屈辱的な罵倒であった。

 

「おはんがオカミの手先だろうがッッッ!!」

「おいは薩摩人じゃッッ!!」

「せからしかッッ!! おいはもう何度もこの遊戯をやっちょるんじゃッッ!! その経験から言えば最初に口を開いたもんは概ね密偵じゃったッッッ」

 

(危ねえ。喋りださなくて良かった)

 

 九郎は胸を撫で下ろす。どうやら薩摩人らには相応の経験則があるらしい。何が地雷かわからない。

 

「そげん云うんじゃったら死罪にしてみいッッ!!」

「よかッッッ!! 各々方、おいを信じてこん奴に投票お願い申すッッ!! 六番のシじゃっど! チェストじゃチェスト!」

 

 凄い決めつけでチェストされそうになっている。九郎が微妙そうな表情で黒右衛門に聞いた。

 

「なんだチェストって……」

「この遊戯を初めた頃から流行りだした言葉で、もともと『知恵比べすっど!』みたいな掛け声だったのですがやがて縮まってチェストに……そして今ではとにかく言いやすいものですから、意味の薄い掛け声のようになっておりますね。道場でもチェスト。朝の打ち込みでもチェストです」

 

 異様な雰囲気のまま、他に活発な意見は無いので家老が「投票をせよ」と皆に命じる。

 皆、お互いに名前を知っていたり知らなかったりするのでわかりやすく番号が振られている。目印に蝋燭が置かれている席から右回りに数字が増えていくので、人数を数えれば誰に投票するか選べる。

 とりあえず他に候補もないので九郎も六番と膳に置かれた筆と紙で記すと、年若い手子の者が後ろを回って回収していく。

 

(まったく密偵か薩摩人かわからんが、初っ端から狙い撃ちというのも難しかろう)

 

 容疑者が三十人中では数も多すぎる。序盤は少しでも怪しい者を削っていってみるのも作戦の一つだ。

 回収された投票用紙を家老が確認して、頷いた。

 

「六番は死罪ッッ!!」

「チェスト!」

 

 ドガッ!

 刀を叩きつけるような音が真横から響いて九郎は身を竦ませる。まさに打ち首をされたかに聞こえた。

 恐る恐る横を向いてみると、さすがに本気で死罪になったわけではないが、背後に木剣を打ち下ろされたようだ。斬首の代わりだろう。

 それから男は別室に連れられていく。かなり不満そうなのは、最初で終わったからだろう。

 

「それでは夜が来る。各々は一旦下がるように」

 

 と、指示がある。それぞれに一人手子の者が付いて、円形からそれぞれ真後ろ──部屋の隅へと下がっていった。

 大名屋敷の広間である。かなりの広さがあり、遠く離れると夜目の効く九郎でさえ中央にある儚い光以外は殆ど見えず、他の者の姿など確認できなかった。

 九郎を連れて下がった黒右衛門が解説をする。

 

「夜の間はこの暗闇の中、密偵らが手子に案内されて集い誰を始末するか話し合って決めるのです。また、昼間の行動として誰に投票させるように動くかなども話し合います」

「なるほど……密偵側は大分有利だのう。お互いに仲間はわかっておるし、秘密の話し合いもできる」

「その分人数が少なく、偶然でも狙い撃たれれば危険なのですよ。恐らくこの人数なら密偵は4人か5人ぐらいでしょうか」

「ところでやけに豪華に屋敷を貸し切っておるのう」

「まあ……下屋敷普段使ってないですので。あとこれの記録は結構藩の上層部でも読まれていて人気なんです」

 

 或いは上層部も密偵対策として使っているのだろうか。やがて銅鑼の合図で九郎はまた灯りのある中央へ戻っていった。

 隣に居た六番の男は居なくなり、更にもう一人反対側に居た誰かが欠けていた。夜の間に密偵らが決めた番号を家老に渡し、始末する者を排除したのだ。広い部屋と多数の手助けを使っている中々に豪華なゲームであった。

 

「二十番は密偵に襲われチェストし申した」

 

 家老の言葉に皆は口々に云う。

 

「情けなか!」

「おいなら襲われても示現流でうっ殺してやっど!」

「狼なんぞ、口を縛って腹にメシを詰めて焼いちゃる!」

「そういうゲームじゃないだろ……」

 

 思わず九郎もツッコミを入れる。襲いに来た相手に薩摩的抵抗を見せるゲーム。想像すると凄くサツバツとしていた。

 さて2日目の話し合いが始まるが、

 

「そいでは昨日死罪にした者がいけんじゃったか調べにゃならん! 目付のシは居るかッッ!?」

「あっ己れだ」

 

 九郎は手を上げて名乗る。しかし、

 

「違いますよ。僕が目付です」

「靂!?」

 

 すぐに続けて違う場所に座っていた靂も目付だと名乗り出た。

 小声で黒右衛門に相談をする。

 

「なんだなんだどう云うことだ」

「恐らくは偽目付でしょう。全体を混乱させて密偵側に有利に進ませるため、嘘の報告を上げるのです」

「ということは……靂は密偵側か」

「厄介なのは、本物の目付は正確な情報しか出してはいけないのに対して、偽の目付は好きに嘘の報告をしていいのです。これがかなり凶悪な状況を招くので、大変になりますよ……」

 

 よくわからないが靂なりに策を練って挑んできているようだ。九郎は視線を鋭くして彼に向ける。

 それから皆に聞こえるように、

 

「己れが本物の目付だ。そやつは後から名乗りだした偽物で、密偵の手先だ。死罪にしよう」

「密偵側なら偽物の目付を用意しようと待ち構えていたはずですよね。そうすると真っ先に名乗り出たそちらが怪しい」

「己れは己れが密偵でないことを知っておる」

「でも他の誰にもそれは証明できませんが。そうやって皆を騙すつもりでは……?」

「むう……水掛け論だのう」

 

 密偵側は確実に仲間を把握しているが、薩摩人側からすれば靂も九郎も同じく敵か味方かわからない。

 更に言えば今回初めて呼ばれた余所者二人なので、なんとなくどちらも怪しく思えるだろう。薩摩人同士で通じる勘が働かない。

 靂の一切淀みのなく自信を感じさせる答弁に、全体でどよめきが走った。

 

「もう言わんでよかッッ!!」

 

 最初に目付を呼び出した、昨日からリーダーシップを取っている声の大きな男が二人を止める。

 

「そいより昨日死罪にしたシの正体を宜しくお願い申す!!」

「あ、ああ」

「そうですね。仕事をしましょう」

 

 と、九郎と靂は手子に頼み一旦要件を家老に取り次いで貰う。

 そうした手続きを踏むと家老から、処刑した者が薩摩人だったか密偵だったかを教えて貰えるのだ。

 靂の場合は単なるポーズで特に何も無いのだが、騙すための方便として同じ行動を取らせた。

 

(堂々と嘘を吐きおって……誰に似たものか)

 

 少しばかり悲しい気分になった。靂はまるで結婚詐欺師のような身分詐称っぷりである。随分とスレた青年になってしまったものだ。

 九郎は手子からの報告を受けて、処刑された者の正体を知ったので皆に告げた。

 

「処刑されたのは薩摩人だ。密偵ではなく」

「同じく薩摩人だと報告しますよ」

 

 二人の言葉で男はサッと顔色を変えてしまった。

 

「誤チェストにごわしたか……!」

 

 決めつけで仲間を死罪にしてしまったことに動揺しているのだろうか?

 

「おいは恥ずかしか! 生きてはおられんごッッ!!」

「介錯しもすッッッ!!」

 

 無慈悲なチェストが男に迫る!

 男は死んだ。いや、正確には木剣が畳を殴る音を出して殺されたことになり、連れられて退場していく。

 

「なんで!?」

 

 びっくりして九郎が聞くと、黒右衛門は頷いて応えた。

 

「昼投票で間違えて薩摩人を処刑した際には、責任を取ってその者を指定させた人物が切腹自害となり退場になるのです」

「厳しいな!?」

 

 薩摩は命が安いのだ。

 

「鑑定の危険度が高すぎないか。やらんのも選べるのだろう」

「はい。それもまた選択ですが、積極的に話術で音頭を取って薩摩人を処刑していっている密偵を切腹自害させることも狙えるのです。

 さらにこれが恐ろしいところで、密偵側の偽目付による嘘報告で、密偵を処刑したのに薩摩人を処刑したと報告されれば同じく退場になります。なので偽目付一人の状況だとやられるがままになってしまうことに」

「バランスはどうなっておる……」

 

 まさしく密偵の偽情報で殺されまくる薩摩人の図である。

 ただし偽密偵側も、薩摩人に不利になる誤チェスト状況で鑑定を連発すれば疑われてチェスト対象になるだろう。また、仲間の密偵が投票を呼びかけて処刑した者を密偵だと鑑定することばかりでも疑われる。

 

「目付と偽目付の報告がそれぞれ違う場合は責任を取らずに済むのですが、この場合は薩摩人の方が数が多いので適当に選ぶ序盤だと薩摩人が処刑される可能性も高く、また目付は真実の情報しか出せないのが問題になってきます。

 それに薩摩人の中には[城下士]と云う役職も居て、彼が投票の責任を取る場合は切腹自害をやらなくてもいいのです」

「[城下士]?」

「城下士は郷士を斬り殺しても唐紙一枚の報告書で許されますから」

「なんでそんな酷い設定を反映させるのだ……」

「他にも[示現流]は一晩に一人だけ密偵からの襲撃をチェスト迎撃してくれます。相手の密偵は死にますが、示現流の者自体が襲われた場合は守れません」

「ううむ……とにかく、今は己れの前に偽目付の靂が立ち塞がっておるのが問題だのう」

 

 誤チェストと偽目付の状況で参加者はお互いに疑心暗鬼を生じさせた目線を行き来させていた。

 九郎か靂。そのどちらかは確実に密偵だということは全員の中ではっきりとわかっている。だが迂闊に片方を処刑して、もし偽目付が生き残ってしまった場合は非常に危険である。かと言って両方始末した場合は、談合ができる密偵側が有利な状況は揺るがない。

 目付の役割である薩摩人を処刑しようと誘導する昼間の密偵へのカウンターが居なくなってしまう。

 一方で同じく密偵側も、九郎の方を夜に始末した場合は翌日には確実に、靂が襲われない密偵側の偽目付だとバレてしまうのでこちらも九郎を排除できない状況にあった。

 

「とにかく皆の衆!」

 

 と、再び呼びかける者が居た。

 

「おいは[城下士]じゃ! 誤チェストに嘆いていても話が進まん! 怪しかもんをおいが次々にチェストし申す!」

 

 そして皆を見回す。

 

「密偵は切腹自害をせんように暫くは目立たんで潜んでおるはずじゃ! 喋らんもんが怪しい! おはんの名は!?」

 

 指を向けて非協力的な雰囲気をしていた一人に尋ねた。

 が、相手に喋らせる間も無く決めつける。

 

「もう言わんでよか! チェストじゃッッ!!」

「違ッおいは薩摩人じゃっど!?」

「皆の衆! チェストじゃチェスト!! そしてこの中に[示現流]の役職のシがおったら、今晩からおいを警護せい!」

 

 城下士はノーリスクで処刑を選んでいけるので密偵側からしても先に始末しておきたい役職だ。

 それよりも危険なのが示現流である。うっかり夜に襲うところと示現流が守るところが一致した場合、逆に密偵側が一人チェストされる。

 本来ならば真っ先に示現流を始末して置きたいところだが……

 

「任せんか!! おいが[示現流]じゃっどしっかり守っちゃるッッ!!」

「あっ」

「おい」

「ん?」

 

 一人勢いに飲まれてそうコールしたやつを、皆が唖然と見る。

 

「……」

 

 誤魔化すでもなく気まずそうに男は手元の焼酎を飲んだ。

 

 

 

 その夜に示現流の男はチェストされた。

 

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 更に次の夜に城下士がチェストされて、一気に薩摩人側の役職は偽物か本物かわからない目付しか存在しなくなりピンチになった。

 30人居た参加者のうち、3日で7人も薩摩人側がチェストされている。まだ密偵の被害はゼロだ。

 密偵を5人と仮定し、残り薩摩人18人。お互いを見る目も厳しくなり始めた。

 なお早々と退場になった参加者は別室で酒と肴を出されてそれを飲みながら次々にやってくる参加者らを待ち、最後に残るのは誰か賭けたりしているようだった。

 

「皆の衆! どうも密偵に騙されているようだ! ここは一つ、怪しい者を無作為に選ぶようにしてみよう。既に敵は我らの五人に一人には紛れているはずだ。まぐれ当たりの確率も上がった!」

「おう!」

「よか! そうしてくれ!」

 

 九郎に黒右衛門が解説をする。

 

「誰か一人ではなく、無作為に選ぶ場合は鑑定しても切腹自害は発生しません」

「なるほどな。まだ決定的な選ぶ証拠が無いから、偶然にでも頼ってみるといったところか」

 

 密偵側からしてもどうにか薩摩人同士を惑わして同士討ちさせて行きたいところなのだろうが、完全にランダムで選ばれるとなると策が通じずに厄介だろう。

 やおら数名が立ち上がり、皆が円に囲んでいる中心に火縄銃の形をした人間大のマスコットを吊るし始めた。ちょうど銃口の高さが皆が座っていると当たるようにして。

 

「あっ」

 

 と九郎が云う間に、吊るした銃の火縄に火を付けて勢いを付けて回転させ始める。

 このままでは時間経過で火縄が弾薬に達して銃口から弾丸が飛び出るだろう。

 薩摩でランダムに選ぶ方法や、度胸試し、神明裁判に使われる[肝練(きもねり)]であった。

 

「当たるもんは運が悪か! 怪しかことをするから天罰が下る!」

「逃げてはならん! 避けてもならん!!」

「密偵は震え上がって逃げ出し申すッッッ!!」

「危なくないって言わなかったか黒右衛門!?」

「だ、大丈夫ですよ。きもねりんに装填されているのは弱い火薬と砂糖菓子で作った弾丸ですので撃ちぬけないかと……」

「もっと別の方法を考えろよ!」

 

 発砲音。銃口から飛び出した火花が部屋を一瞬明るく照らす。 

 

「チェスト!!」

 

 被弾した男が叫びつつ吹き飛ばされた。靂の隣に座っていた男である。胸に直撃したが砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけないようで、精々打撲程度の怪我のようだ。手子に肩を借りて退場していく。

 九郎は靂に当たっていれば良かったのにと少し思った。

 その夜も示現流が居なくなったので楽勝で薩摩人が一人チェストされ、更に翌日鑑定をしたら肝練でチェストされた者も薩摩人だったと判明した。

 残り16人対5人。しかも下手すれば1ターンで2~3人がチェストされていく。

 

(これは本格的にマズい)

 

 負けたからといって罰則があるわけでもない遊戯だが、だからといって本気にならない理由も無い。

 とりあえずは人から投票されないであろう立場の九郎が発言する。

 

「待て。随分人数も減ってきた。ここからは真剣に考えて選んでいこう。四人に一人は密偵になったぞ。真剣に両隣の者を観察してみるのだ」

 

 こうなれば隣のどちらか一人が密偵である可能性もかなり高い。露骨に隣の者に疑われていると思えば動揺を隠せないかもしれない。

 靂は涼しい顔で左右から見られつつも受け流していた。まだ靂か九郎か、どちらが偽物かはっきりとはわかっていない。だが九郎の方を排除した場合、靂は疑いが濃厚になってチェストされるまでに最低二人は騙して自害させるだろう。

 

「この者ッッ!!」

 

 叫びが上がった。

 

「今、堪えきれずに口角が僅かに上がりおった!! 怪しいッッ!!」

「確かにッッ!! 薩摩男児なら笑うなど言語道断ッッ! 女々しかことじゃッッ!!」

「死罪ッッ!!」

「待ってくいや!! おいはただ故郷に残してきた嫁と子供んことを思い出しちょっただけで……」

「いいやッッ! そういう目をしたッッ!! おいが責任ば取るッッ! チェストじゃッッ!!」

「薩摩式尋問厳しいのう……」

 

 明治時代になると東京の警官は元薩摩武士が多かったらしいが、そこの取調室を覗いてみたいものだと九郎は思う。

 間違いなく他所の地方出身者は命の危機を感じ取るだろう。

 

 そして男がチェストされ、翌昼ターン。

 

「あれ」

 

 前日にチェストの責任を取ると言った男が来ていなかった。家老から、密偵にチェストされたと連絡がある。

 そして九郎と靂が前日の処刑者を確認すると、密偵であったことが判明した。

 

「報復じゃッ!!」

「仲間を見つけられたから夜のうちに殺され申したッッ!!」

「ううむ……」

 

 確かに密偵が処刑されたとなれば、翌日の目付チェックで自害もさせられないので容赦なく消されたのだろう。

 だがこれで推定密偵は残り4人。うち一人は靂なので、3人を残り15人の薩摩人の犠牲と引き換えにしてでも見つけて吊るさねばならない。

 皆はより一層気持ちを引き締めた顔になり、薩摩人狼に挑むのであった。

 

 

 

 *******

 

 

 

「キエエエエエエ!!」

 

「誤チェストにごわす」

 

「そう云う目をしたッッ!」

 

「互いの持ち場اللغة死守العربيةごわす」

 

「ハックション! オカミ」

 

「ひえもん取り申したッッ!!」

 

「誤チェストにごわす」

 

 

 

 そうしてセッションは進み、時には靂が嘘の報告をして仲間を庇い、或いは見事に密偵を見抜いてチェストしていった。

 例えば鑑定をして九郎が犠牲者を薩摩人、靂が密偵だと報告をして責任者の自害から庇った場合はその責任者が密偵側だとわかるのでどうにか周囲をコントロールして追い込んでいく。

 密偵側もあまりに非積極的だと吊るされるので時には表に出ざるを得ないのである。

 そうこう白熱しているうちに、とうとう最後のフェイズが訪れた。

 残りはたったの三人。

 九郎。

 靂。

 薬丸兼雄(やくまるかねたか)

 

「っていうかお主居たのか……」

「おう。うちの姪っ子にも顔ば出さんといかんち思うて、殿に新番として江戸まで付いてきたとこじゃった」

 

 この示現流の師範代である兼雄はサツ子の親戚でもあり、何かと気にかけているのだ。

 九郎とも幾つか事件を解決したり頼み事を聞いたりしたので良好な関係で、彼と仲の良い関係というのは大抵の薩摩人から一目置かれる存在ということでもある。

 

「九郎どんとの間に出来た男ん子はどげんか。なんならうちの道場で鍛えて武家の養子にでもしてみらんか」

「いや……先約があるから遠慮しておく。それに薩摩まで息子を送るのも心配だし」

 

 さて、それはさておき。

 残る人間は九郎と兼雄のみ。密偵は靂一人である。

 実質九郎と靂はそれぞれに投票を入れるので、兼雄の判断で勝敗が決まる。九郎を選んだ時点で、密偵と二人になればその夜にチェストされるので終了である。

 

「むう……九郎どんを後回しにしちょったら、最後に回るとは……」

「悩むことはない。己れが本物だ。信じろ」

「おっと待ってください。九郎さんはしれっと嘘を吐きますからね。お互いの信用信頼ではなく、自分の陣営の勝利のために九郎さんに投票してください」

「人を嘘つき扱いするでない。己れがいつ嘘をついたというのか」

「サツ子さんに手を出してないで勝手に子供が出来たとか、責任逃れで最悪な上に一発でバレて誰も信じなかったあからさまな嘘をしたり顔でやってたじゃないですか……」

「人聞きが悪すぎる!?」

  

 マズい、と九郎は思った。兼雄の九郎を見る目線に厳しいものが混じった。

 靂と自分を並べれば付き合いのある自分を信用してくれるだろうと踏んでいたのだが、身内ネタで崩してくるとは。

 後で靂をイジメようと遺恨を残さないルールを無視し九郎は決めた。

 

「……今の詳しかことは後で姪に聞くとして……さて、どっちが密偵じゃろうか」

「まあ待て。よくよく思い出してみよ。靂が鑑定結果を密偵だと判断した際の責任者はその二回後で密偵としてチェストされておっただろう」

「それは密偵が犠牲を出してでも演技で信頼を得ようとしたんじゃないですか? 大体、九郎さんが誤チェストで自害させた人は5人ぐらい居ますよね」

「誤チェストは仕方なかろう。大体、己れが鑑定する際はお主も一緒にやってたのだから誤チェスト同罪だ」

「むむむ……」

 

 兼雄が悩みだす。こんな状況になっても靂は平然として九郎に密偵をなすりつけようとしてくる。示現流の達人が睨みを効かせていて、九郎の方が顔が引きつりそうなのに大した胆力であった。

 状況証拠では靂に怪しいものがあるのだが、決定的な証拠にはならないように言い訳を用意している。 

 やはりこうなれば心象操作で引っ張るしか無いのだが、サツ子系は先に靂から潰されてしまった。

 どうするか……と九郎は悩んだ。

 

(ここまで来て靂に負けたくはないのう)

 

 この嘘つき野郎が勝利するなど許されざることだ。

 こうなれば、

 

(最後は純真な心がモノを言うことを見せてやらねば……!)

 

 九郎は覚悟を決めた。

 ぽ、と僅かに九郎の方から青い光が見えた気がして、二人はそちらに視線を向ける。

 

「薬丸先生……! 己れを信じて……!」

 

 そこには──十歳ぐらい少年姿に縮まって、ぶかぶかの着物から潤んだ目を向けて訴えかけているショタ九郎が居た。

 

「ぐふっ……!」

 

 兼雄が胸を押さえて俯く。薩摩の男は美少年にメチャクチャ弱いのである。そういう教育をされているからだ。

 

「あ゛ー! このインチキ天狗、ここぞと若返りましたね!? 妖術まで使って恥ずかしくないんですか!?」

 

 靂からツッコミが入る。

 

「やかましい! 悔しかったらお主も若返って見ろ! まあお主がこれぐらいの年の頃は目つきメッチャ悪いガキンチョだったがな! さあ薬丸先生……! 己れを信じてこの嫌味な性格に育ってしまったやつにチェストするのだ……!」

「う、ううう」

 

 兼雄はフラフラと頭を揺さぶり惑わされそうになる。

 

「薬丸先生ー! 騙されちゃダメだ! 怪しい術まで使って必死なのは密偵だからでしょう!」

「この穢れなき眼差しを見るのだ……! 己れが嘘をついているように見えるか……?」

「う、おおおお……ちぇ、チェス……」

 

 顔を押さえながら靂の方を指差そうと動く兼雄へ、靂がどうにか絞り出した逆転の一声を上げる。

 

「今その選択をしたら薬丸先生、『若作りした天狗に惑わされて間違った選択肢を選んだ男』と呼ばれますよ!? ほら記録も取ってるんだから!」

 

 家老の方を指差すと、そこは筆者の藩士が後で藩主などにも奏上するようにリプレイ記録を綴っている。

 そこでハッと兼雄は思い直した。危うく殿にまで醜態が伝わるところだ!

 九郎も失態を悟り狼狽する。

 

「しまった! 色仕掛けは逆効果か!」

「チェストするのは九郎どん、おはんじゃ────ッッ!!」

 

 

 

 勝利、密偵側。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 

 その後、自分の選択肢で敗北が決まったことを知った兼雄は。

 藩邸の庭でメラメラと大きく炎を上げて燃やしていた焚き火へと、

 

「よき燃え頃じゃッッッ!!」

 

 と、突っ込んで恥を雪ごうとし、慌てた九郎に鎮火されたものの軽度の火傷を負った。

 人数や手子などを大勢使い、藩邸の広間まで貸し切って行っただけあって白熱した遊戯は記録を纏められて殿様へ渡されるらしい。

 なお、最後の兼雄が焚き火で自害しようとするところまでしっかり記述されて気に入られたので、薩摩人狼遊戯で敗北者は焚き火へ突っ込むのが流行りかけたとか。

 ゲームの後は酒宴が始まり、焼酎に豚肉料理などが振る舞われて大いに盛り上がった。

 そして二人で帰路につきながら、

 

「いやー今日も働いたのう」

「そうですね。かなり疲れましたから労働度高いですよ」

「まったくだ。己れらほど勤勉な者もそうおるまい。よし、帰ってサツ子に口裏合わせでもしておくか。薬丸先生が確認してこんように」

「そういうとこですよ九郎さん……」

「……別にエロい意味ではないぞ? 口裏合わせって」

「誰もそんなこと言っていませんよ」

 

 ──などと言い合うのが、仕事をしていると主張している二人の日常であった。

 

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 後日談。

 

 

「……」

「……」

「すみません九ろ……お九さん」

「どうしたのかのう」

「鬱陶しいので離れてくださいマジで」

 

 寂れた貸本屋の番台にて、座って本を読んでいる靂を背後から上背のお九が包み込むようにして抱きついていた。

 豊満な胸が首筋にあたり潰れ、体重を掛けながら顎をぐりぐりと押し付けている。

 謎の行動には理由があった。薩摩人狼遊戯で散々言ってくれた遺恨である。しかし直接的に何かをするのは女々しいので、こうして女体化して胸などを押し付ける嫌がらせに出たのだ。

 胸を押し付けるのが嫌がらせなのか? という疑問には二つ答えがある。まず靂は女体化しても九郎は九郎だと認識しているので、その胸などおでき(・・・)のようなものだと考えているため嬉しくはないこと。

 そしてもう一つは、

 

「お九さんがくっついてるせいでお客さんから殺意みたいなのが飛んでくるんですよ……!」

 

 店内に数名集まった忍びの覆面客が靂へと憎しみの視線を向けていた。中にはぶつぶつと殺害計画を呟いている者も居る。

 はたから見れば朴念仁で迷惑そうな顔をしている若造に、挑発的なお姉さんが積極的に絡みにいってる状況だ。

 迷惑ならそこ代われよと全員が思っている。

 

「なあに気にするでない気にするでない」

「気にしますよ! しかも無駄に力強くて振りほどけ無いし! ちょっと! 何でもないんですからねこれ! この人が無理やりしがみついてきているだけで!」

 

 靂が釈明するように客に云うが、みしりと彼らは何処かの骨を軋ませて囁く。

 

「貴様の一言一句が癇に障る」

「地獄などぬるい」

「明日の瓦版載ったぞテメエ」

「前世でお釈迦様に食われでもしたらそんな幸運を得るの?」 

「ああっダメだ全然聞いてない!? ちょっとお九さん本当に怖いですから! 止めてくださいよ謝りますから!」

「はっはっは。お主は時々己れへの評価がアレだからどうしようかのう。よし、耳かきでもしてやろうか」

「そういうとこ!」

 

 ──その日もそんなことをして働いていたと言い張るのであった。

 

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