異世界から帰ったら江戸なのである   作:左高例

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11話『靂と病んでる幼馴染たちの解決』

 

 

 

 靂の妹分な茨の婿探し──というか立候補含めて多数居るので選定しつつ、茨は九郎の屋敷で花嫁修業とも言える家事仕事を学びに来ていた。

 これまで兄妹二人慎ましく暮らし、或いはお遊や小唄が来てからは彼女らが率先して嫁ムーブをしていたので、茨は最低限の家事はそつなくこなすものの、針仕事や料理などの腕前は嫁らから見ればまだまだであったのだ。

 なので朝にやってきて家事を手伝い、お土産を渡されて夕方に帰る日々を送っていた。さすがに靂も泊めるのは不安なようだ。九郎から心外だと怒られたが。

 しかしながら素直で要領の良い茨はすぐに覚えることができるだろう。

 

 それはそうと、茨の問題に関連して靂もまた自分の事情を進めようと九郎に相談を持ちかけていた。

 

「茨にフラフラしてる駄目男だと思われてたのがつらくて……僕も祝言を挙げようと思うのですけど」

「ほう。どっちとだ?」

 

 ようやく覚悟も決まったかと九郎は聞き返した。

 そもそも靂の方も昔は鈍感こじらせていて好意に気づかなかったが、近頃はさすがに責任を取って幼馴染を嫁に貰おうという意思はあった。

 ただしその話を進めると確実にどちらかがこじれてしまいそうなのでなるべく後回しにしていたのだが。

 靂は目線を逸らして言う。

 

「……どっちがいいでしょうか」

「最低か」

 

 逆に聞かれた九郎が一言で切り捨てた。

 

「違うんですよ! できれば僕も現状維持というか、穏やかに三人で暮らしたいと思ってるんです! 二人とも大事な人ですから!」

「それで?」

「だ、だからまあ……九郎さんのところみたいに両方を嫁にできるか……或いはそれが駄目だって二人が言うなら、小唄とお遊のどちらが穏便に諦めて実家に帰ってくれるか……」

「お主の気持ちはどうなのだ。どうしても小唄でなくては駄目で、お遊を説得してくれとかそういうのは無いのか?」

「はあ……僕としては二人共同じぐらい好きですし、なにより人死が出ないことが一番だと思っているので……」

「切実なのはわかるがのう」

 

 しかしなんとも情けない気もしないではなかった。まるで売れ残りのお惣菜を眺めながら味より好みより腹を壊さないことだけ気にしているようである。

 九郎の場合は自称嫁候補を放置していたら結託されて全員娶ることになったので、まったくもって彼も積極的に行動をしたとは言い難いのではあるが。

  

「まあよい」

 

 九郎は安心させるように笑みを作って、靂の頭をぽんと叩いた。

 

「己れに任せておれ。お遊と小唄からお主の嫁になるか、二人ともでは駄目なのか、別れたらどうするかを聞き出してやろう。上手いこと話をつけておく」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。ここは大人に任せておけ。お主も図体はデカくなったが、己れからすればまだ子供だ。子供を助けるのは大人の仕事だろう。己れは仕事っぷりを子供に見せるためにこうしてお助け屋などをやっているのだからな」

「九郎さん……」

「お主の面倒をみてやりたいのだよ。近くに居た大人としてな」

 

 二人は出会ってもう十年ほどになるだろうか。まだ小さく痩せぎすで荒んでいて、他人を見る余裕など無かった頃の靂を思い出して九郎は懐かしく感じた。

 あんな捻くれた子供だったのだ。多少不器用になっても仕方あるまい。

 そして何より、

 

(靂が己れに助けを求めて来たのはこれで三度目。母が殺されそうなとき、茨と出会ったとき。割りと大変な生き方をしておるのに、本当に大事なこと以外では己れにも頼らぬ男だからこそ、どうにかしてやらねばな)

 

 そう考えて九郎は靂に店を任せて、解決に向けて動き出した。

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 ひとまずは二人から心情を聞くことから始めなければならない。そう考えた九郎は一旦屋敷に戻って道具を取りに行った。

 九郎と幼馴染二人の関係は別段悪くはない。幾らか白石に頼まれて寺子屋まがいの教育も行ったこともあり、年上の親戚程度の親しさはある。ただし彼女らから見ても女性にはだらしなくて、靂に悪い遊びを教える為に尊敬という感情は向けられていないが。

 しかしながらその程度の関係性な相手に、女が心の内を全て明かすかというとそれは難しいだろう。

 そこで将翁から借りた怪しげな香を焚き付け、糸を縒り合わせて補強した細長い物体で吊るした銭を目の前で揺らすことで胡散臭い催眠状態に持ち込むのだ。

 その場に将翁とスフィも連れて左右から催眠音声と謎の妖術まで仕掛ければ恐怖の催眠三連撃になるのだが、そこまでやると心にマズイ影響があるのではないかとばかりに言うことを聞かせられるので知り合いにはあまりやりたくなかった。

 ついでに、こういった知り合いの女性問題にあまり彼女らを絡ませるのも、自分としても気まずい思いがある。

 せめて靂の問題ぐらいは自分一人で解決してやり、彼を安心させる程度の働きを見せてもいいだろう。

 

(面倒を見てきた子供で、己れの部下なのだからな)

 

 ちょっとした男のプライドのようなものだ。香と土産を持って九郎は千駄ヶ谷へと向かった。

 

(靂の話では随分と二人の闇も薄まっているとのことだ。己れがお九になってハッパを掛けたお陰で、互いへの憎しみなどを一旦捨てて協力しあって暮らし5年も経過したか。5年もすれば家族も同然だろう。本当に近頃は互いへ向ける『怖い顔』も無いと茨からも聞いているから……大丈夫だとは思うが)

 

 特に修羅場で巻き込まれて胃の痛い思いをしていたのが茨である。彼女が慎ましやかでも良いから普通の夫婦生活を望むのも無理はない。

 とにかく、落とし所があるならばどちらかを嫁に、片方を妾としつつ実質は平等に接するぐらいが良いだろうとは九郎も考えている。

 これが武士などならば跡継ぎなども問題になってくるが、靂は儒者崩れの作家であって社会的な立場は薄い。当人らが満足していれば他人からとやかく言われることもない。

 女同士の妬みが厄介だが、それさえ我慢というかむしろ結託してしまえば育児や家事なども効率が良くなる。

 

 それがどうしても嫌ならばどちらかが靂を諦めて、その代わりの旦那を九郎が責任を持って探してやるつもりであった。

 身内びいきで見ても、世の中には靂よりも真面目に女と付き合える男は幾らでも居るだろう。そういった説得も含めての、まずは話を聞くことから始めることにしたのである。

 

 千駄ヶ谷にある靂の屋敷へ着いて玄関から呼びかけると、人の気配は無かった。裏手にある畑へと向かうとそこではお遊が根深葱を収穫しているところであった。

 

「おう、お遊よ」

「あ。くろー」

 

 声を掛けられたお遊が腰を伸ばして、手の甲で額を拭いながら振り向いた。頭に手ぬぐいを巻き、柿渋色の着物を細長い帯状の服を縛る道具で裾などを上げて仕事をしている。

 まだ乙女をこじらせているためか、歳は二十にもなるのに顔は少女に見える童顔であった。体の方は成長し、小柄ながら着物の上からでも肉付きがよくわかる。

 凛々しい女教師のようになり、すらっと背の伸びた小唄とは対照的でもある。

 

「小唄は居らんのか?」

「ネズちゃんは近所の子供たちに読み書きを教えに行ってるなー」

「ほう。それは好都合……」

 

 話を聞くならば一人ずつが良かろう。九郎はそう考えて、持ってきた菓子を掲げた。

 

「休憩にして茶でも飲まぬか。ちょいと話を聞きたくてのう」

 

 九郎が持ってきた菓子を目にして、お遊の目が輝いた。彼女は特に甘いものに目がない。季節によっては茨と共に蜂蜜を探しに山へと出かけるほどだ。

 

「お菓子もあるのかー。よし、井戸で手足を洗ってくる」

「うむ。茶は勝手に淹れさせて貰うぞ。客間で待っておるからのう」

 

 先に屋敷に上がり、台所から急須と番茶を取り出して精水符で水を注ぎ炎熱符で熱湯に変える。

 手早く茶の準備を終えて部屋へと運び、さっさと香を焚き付けた。白梅の香りがするが、揮発した怪しげな薬効は特に室内で飲み食いや深呼吸をすると軽い陶酔感と眠気をもたらし、口を軽くしつつ喋った内容を本人が殆ど記憶できなくなる。

 なお第四黙示の九郎と、半妖の将翁と、エルフのスフィには効かない。まさに催眠三人衆のためのようなお薬であった。

 

「お菓子ーお菓子ー」

 

 手足がまだ微妙に濡れているお遊が続けて部屋に入ってきた。

 妙な臭いに鼻をすんすんと鳴らすが、別段不快な匂いでもないので首を傾げた。まさか催眠アイテムが焚かれているとはお釈迦様も気づくまい。

 

「まあとにかく菓子だな。ほら、今日はお主の好きな蜂蜜掛けだぞ」

「やったー!」

 

 彼女は茨と一緒に蜂蜜を取りに野山へ行くぐらいには甘いもの好きだ。

 この時代では養蜂自体は存在するものの、一回ごとに巣箱を破壊して蜂蜜を取り出さねばならないこともあって非常に手間が掛かるため蜂蜜は値段も高くあまり出回らない甘みなので、自ら取りに行くのが主な食べるための手段である。

 その貴重な蜂蜜を、今日の特注ケーキとして用意していたものを九郎が購入してきた。小さな黒塗りの箱ごと渡されたお遊は喜んで開くと、円盤状の生地上に蜂蜜がどろりと掛かっているのを見て顔をほころばせる。

 ケーキの端を摘んで持ち上げ、お遊は顔の前に持っていき下からかじる。強い甘みが生地の気泡にまで染み込んでいて、噛みしめるとまさに頬が溶けそうであった。

 

「食いながらでいいから話を聞け。靂のことだがな」

「おー? なんでくろー、顔の横で一文銭を揺らしてるの?」

「うむ気にするな」

 

 揺れる銭にお遊の目線が吸い付いて、ケーキを咀嚼しながらぼーっと眺めている。

 最初は他愛の無い思い出話から始めさせ、徐々に口を軽くして行かせるために九郎は話を切り出した。

 

 

「靂のこれまでと、これからの関係についてお主はどう考えておるのか……話を聞かせて貰えるかのう?」

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 あたしが最初に雨次……靂と会ったのは、近所の藪の中だったよ。

 そのときはなんだったっけ……確かあたしは(うずら)を探しに藪を漁ってたんだったかな。捕まえるとお金になるから、畑仕事の時間が空いてるときはよく探しに行ってた。小作農の貧しい家だったからね。今では靂がご飯食べさせてくれるけど、昔はお米も正月ぐらいしか食べれなかったし。

 えーとそうじゃなくて、靂の話だよね?

 靂は藪の中でうずくまっていたから、お腹痛いのかなーって思って声を掛けたっけ。確か……

 

「お腹痛いの? 草食べる?」

 

 うん。意味不明だね。でも小さい子供ってそこらの草とか結構食べるよね。

 そしたら凄い顔で靂が睨んできた。もうなんかいきなり憎まれてる感じの表情。今考えると胡散臭い相手が話しかけてきて怪訝な表情をしながら、目が悪いからよく見ようとすると目つき悪くなるんだね。

 もちろんそれに加えて、その頃の靂自体が人嫌いで荒んでいたからでもあるか。

 兎にも角にも靂と来たら挨拶も返さないし話しかけても「うるさい」とか「どっかいけ」とかばっかりでさ。

 まーさすがに能天気なあたしも少し気を悪くするよね。初対面でそれだもん。

 むっとしつつ靂に見せつけるように持っていた草を食べてみた。(にら)だと思って取ったやつね。生で齧っても結構甘くて辛くて美味しいんだけど。

 

 そしたらさ、あはは。

 思いっきり間違えて毒草だったみたいで。水仙(すいせん)のハッパだったなー。

 食べて暫くしたら体が震えて、吐くわ漏らすわで死にそうになって。

 朦朧としてたんだけど、靂が慌てた顔して口に手を突っ込んでいっぱい吐かせてくれたからどうにか助かったみたいで。

 気がついたら家で寝かされてて、靂がおぶって連れてきてくれたって。おっ父とおっ母からは凄い怒られた。

 でもそれで靂も悪いやつじゃないんだなって思ったよ。

 

 動けるようになって靂を探しに行ってね。朝ごはんを我慢して(ひえ)飯でおにぎり作って、靂に食べさせようと持っていったんだなー。

 でもこの前の藪には居ないし、どこだろうなって一日掛けて探し回った。

 十に満たない子供だったからそんなに遠くまではお互いにいけないよね。夕方頃には靂を見つけた。村外れにある枯れた木の根本に、近くを通り掛かる人から見えないように座ってた。

 大喜びして話しかけたよ。

 

「この前はありがとう! お礼におにぎりを持ってきた! 食べて!」

「いらない。毒が入ってたら嫌だし他人の作った料理ってなんだか気持ちが悪い。帰ってくれ」

 

 朝から食べずにお腹空かして探し回ってこれだから、思わず泣いたなー。

 今度は泣いても何もしてこないで鬱陶しそうな目で見てくるし、お腹は鳴るしで泣きながらバクバクとおにぎりに齧りついてたら、

 

「自分で食べるのか……」

 

 って呆れたような声を出したのを覚えてる。なんかそれを聞いたらあたしも笑えてきた。

 その後も「ついてくるな」やらなんとか言われながら日が沈む中で靂の後ろ歩いていたら、いつの間にかあたしの家の前まで来てた。

 

「夕方だから家に帰れ。あともう探しに来るなよ」

 

 って言って自分の家に帰っていった。

 それから毎日、畑仕事が昼までに終わったら靂を探して話しかけてさ。まあいつも鬱陶しがられるんだけど。靂の隠れてるところは三回目ぐらいでなんとなくわかる気がしてきて。

 あいつ、とにかく人から見えないところに居たがるんだよね。話しかけられたくないし、見られたくもないみたいで。

 それでいて家が嫌いだから引きこもることもできなかったみたい。

 話しかける度に、

 

「なんだよ」

「うるさい」

「知らない」

「どうでもいい」

「帰れよ」

「関わるな」

「ばかなのか」

 

 とか言われて……あれ? なんか好きになる要素無くないかー?

 でも根気強く粘ったよ。そんなのでも命の恩人だし、意地になってでも仲良くなってやるみたいな。

 だってそんな酷いこと言うのに、あたしが死にそうなときは本当に心配そうな顔をして助けてくれたんだから、根が悪いわけじゃないって信じた。

 何日かすると、いい加減に靂も怒って、

 

「どうして僕に関わろうとするんだ。僕は止めてくれって言うのになんで言うことを聞いてくれないんだ」

 

 って言うもんであたしも言い返して、

 

「あたしが友達になろうって言うのをあんたが聞いてくれないんだから、あんたの話だって聞いてあげない」

 

 そんな感じのことを言うとまた呆れたような顔をしてた。

 お互いに要件を受け入れると完全にあたしが優位だものね。一度友達になったらもう関わる理由ができるからなー。

 靂はとても面倒くさそうにあたしを見て言ってきた。

 

「僕は夜鷹の子で父なし子だ。関わると人に嫌われるぞ」

「ヨタカ?」

「男を騙して金を稼ぐ仕事のことだ」

「よくわからないけど、あんたが騙してるの?」

「ちゃんと聞けよ……僕が騙してどうなるんだ……僕を産んだ女がそれをしてるんだ」

 

 その頃の靂は母親のことが大嫌いだったみたいだから、とにかく憎々しくそう言ってたなー。

 

「よくわからないなー」

「じゃあ親に聞け。もう関わるなって言われるだろ」

「でも初めてあんたの話を聞かせてくれたなー」

 

 そう言うと靂はきょとんとしてた。

 

「もっと話を聞かせて。あたしはお遊。あんたの名前は?」

「……雨次」

「雨次っていうのね。よろしく!」

「何もよろしくないよ……」

 

 靂は頭を抱えて黙り込んだよ。

 まあとにかく靂ってやつは、心の中に苛々を溜め込むけどあまり熱が入らない方でね。 

 寄ってきた相手に短い言葉で拒絶したりはするけど、カンカンに怒って怒鳴ったり、叩いたり、刺して埋めたりとかは全然しないんだよ。あたしだったら本当に腹が立ったらするかな。なんてね。えへへ。

 それから靂は諦めたみたいで、近くに居ても帰れとも言わなくなったわ。

 ただ靂の近くで虫を取ったり、小魚を取ったりして時々話しかけて。「ああ」とか「はあ?」とかそんな言葉ばっかりだったけど、捕まえたそれを持って靂の家まで付いていくと靂のお母さんが、

 

「うひょおおおおううっやっはぁー! ハゼだ! おいら生まれは高貴だけどその下の下魚に目がないでヤンス!! 今日の晩御飯はハゼの天ぷら載せご飯ハゼの天ぷら抜きだ!! やめろ! あいつはもう居ないんだ! 過去にとらわれるなあああ!!! ……お嬢さん。ところで今月の雨次クゥンのお友達料金でごわす。にゃあんと大奥で使われていたかもしれない牛の角を贈呈!! 何に使われてたかって!? ウギャギャギャギャピー!!」

 

 とか言って妙にはしゃいでいたなー。え? よくそんなに詳しく覚えてるなって? 実際聞いたら忘れられないヤバイ声をしてたわ。3日ぐらい夢に出たの。

 靂はひたすら母親の前だと耳を塞いでいたけれど。酷いときにはその場で突っ伏して寝たふりを始めたりしてた。

 あたしは嫌いじゃなかったけどなーお母さん。実はあれお酒にほんの一滴で酔うぐらい弱いのにいつも酔っ払ってただけなんだって。色々つらいことがあって酔うしかなかったみたいで。

 

 靂が外で昼寝しているときはあたしも隣でお昼寝して。

 

「寝るなら何も僕にもたれかからなくてもいいだろうに……」

 

 時々天爵堂爺ちゃんからお菓子貰ってきて靂と食べたりして。

 

「……」

「雨次、難しそうなかおしてどうしたの?」

「……いや、変わった味で……」

「美味しいって素直に言うの我慢してない?」

 

 村のいじめっ子が靂に石を投げてきたら、靂はさっさと逃げようとするけどあたしが反撃するから仕方無く逃げなかったり。反撃で過激なことしなかったかって? 投げ返す石を肥溜めから汲んできたやつを塗りつけて投げつけたぐらいだよ。傷口が膿んで寝込んだ子とか居てそのうち石を投げられなくなったっけかー。

 そういうことしてるとあたしの実家に苦情が来て、おっ父やおっ母に叱られたけどあたしは悪い事してないって喧嘩になってね。

 もうそこら辺から徐々に、両親はあたしのことは靂に任せようかって感じになってたみたい。頭が悪い娘だって思われてたからなー。

 

 なんで靂にそんなに執着していたかっていうと、やっぱり助けられたときに本気で心配してたあの必死な顔が目に焼き付いて。

 

 もっと本気で笑ったり、泣いたり、怒ったりした顔が見たいなーって思ったんだな。

 

 靂もあたしのことは近くに居て嫌になるわけじゃないって感じになってくれて。

 少しずつ、二人きりのときだけは素の顔を見せるようになっていった。

 その後でネズちゃんが加わって、靂はまた少し格好をつけるようになっちゃった。

 卑屈っていうのかな。とにかくネズちゃんってのは、頭もいいし足も速いし地主の娘だし人気者だったから、靂は弱いところっていうか素を見せないようにして自分を守るようにしたんだね。

 それを更に無理やりにでも心を打ち解けさせようとしてくるネズちゃんだったから、ちょっと苦手だったな。あたしはゆっくりと靂に受け入れられようとしたのに、ネズちゃんはとにかく積極的で。

 

 恨んだりもしたけど、今はそうでもないよ。

 ここ何年もずっと同じ屋敷で暮らして、お互いにいいところも悪いところも見えてきた。

 ネズちゃんだって傲慢なんかじゃなくて心底不器用で優しいだけなんだってわかったしね。そのあたりは靂に少し似ているかも。

 靂も多分、あたし達二人は同じぐらいに受け入れている。

 もし靂がネズちゃんを選んでもあたしは納得するよ。仕方ないことだなーって。

 ネズちゃんも待たされたもんね。他に幾らでも縁談はあったのに。

 

 うん。

 

 だから。

 

 

 靂がネズちゃんと祝言を開いたらその場の、二人の目の前で胸と喉を突いて自殺するよー。

 

 

 そうすればきっと二人の記憶からは消えないようになるよね?

 

 あたしが居た意味が無くなったりはしないよね?

 

 

 そして最期に、多分靂の一番必死なかおが見れるよね。

 

 

 楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで

 

 

 そのことばかりをかんがえているなー。

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

「──眠り、暫く休むが良い」

 

 九郎が深い催眠状態のお遊にそう呼びかけて手を差し伸べて瞼を閉じ、体を横たえさせると彼女は脱力した。

 もとより半分寝かけている状態で会話をしているようなものだったのだ。シームレスに彼女は睡眠に以降する。

 

「すこぴー」

 

 幼子のような無邪気な寝顔をして寝息を立て始めたお遊を見て、九郎は軽く瞑目していた。

 ヤバイ闇を掘り起こしてしまった。そんなやっちまった感が九郎の背筋に汗を浮かべる。思わず

 

「いや、違う。この薬にそんな潜在意識を呼び起こす効果はない。つまりこれは、極々普通にお遊が考えていること……」

 

 口に出して納得をする。そして眉根を寄せて苦々しい表情をした。

 

「何も解決しておらぬではないか靂よ。あの馬鹿者。闇を薄めるとかほざいて放置してたら……いかん。これはいかんな……殺意が他人にではなく自分に向かうようになっているだけだ」

 

 他殺よりも防ぐのが難しいのが自殺である。下手に一時的に収めても、いつどこで発作的に死んでしまうかわからない、まさしく地雷となっている。

 

「どうしてこんな拗らせたのだ……このままでは靂と小唄どころか己れの記憶にも一生残る惨劇だぞ。こうなれば小唄の方を説得してみる方向にするか……」

 

 靂としては──酷い話だが──どちらでも良いのだ。ただ彼が気にしているのは、このお遊のように死なれでもしたら非常に困るのが第一にある。

 誰だって家族のように共に過ごしてきた親友が死ぬのは嫌だろう。

 それに小唄ならば自分が甚八丸に話を通して直接靂が振るよりも穏便に別れるよう事を進めることも可能かもしれない。

 

「小唄がまともなのを祈るか……」

 

 そうしていると、玄関から誰かが歩いてくる気配を感じた。

 

「お遊ちゃん? お客さんが来ているのか?」

「おお、小唄か。すまんな。ちょいと茶を貰っていてのう」

 

 九郎がそう返事をすると、障子が開けられて小唄が部屋に入ってくる。細い顎や鼻、整った眉をした端正な顔立ちの娘で、きっちりとした印象を覚える。真面目な女教師といった仕事にはイメージ通りの姿をしていた。

 茶を口にしている九郎と、その正面で横になっているお遊を見て目を丸くする。

 

「いやな、お主らに菓子を持ってきたのだが、食ってる途中でお遊が昼寝を始めてのう。畑仕事で疲れておるのかもしれんが」

「ふふっ、お客さんの前で申し訳ない。ちょっと待ってくれるか九郎先生。隣の部屋にお遊ちゃんの布団を敷くから」

「ああ」

 

 そう言って小唄が寝床を用意するので、九郎がお遊を運んでそこに寝かせた。

 昼寝から起きた頃には九郎と何を会話したかまるで覚えていないだろう。できれば意識から消えていて欲しい。

 眠るお遊を見る小唄の眼差しには悪感情は浮かんでおらず、仕方がないなあといった様子の優しい表情であった。

 

(これならば事情をどうにか伝えれば身を引いてくれぬだろうか)

 

 九郎はそう考えながら、小唄にも話を聞こうと部屋に誘った。

 

「ちょいと小唄や。靂の話を聞かせて貰っていいかのう」

「うん? ああ、別に構わないよ九郎先生。そうだな……」

 

 小唄は茶で口を潤しながら、考えるように語り始めた。

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 最初に靂……雨次を見た時は、なんだこいつはと思っていたんだ。

 多分向こうは覚えていない。単に道ですれ違っただけだったからな。見たことが無い子供だったし、とりあえず微笑んで会釈をした。

 

「ちっ」

 

 と、舌打ちして顔を背けて歩き去っていった。私は唖然と立ち止まってしまった。

 むしろ自分が何か悪いことをしたのではないかと家に帰って一晩悩んだほどだ。

 今想像すると、当時の靂からすればいい着物を着ていて、他人に微笑みかけるほど余裕のある子供というのが気に障ったのだろう。

 完全な逆恨みというか僻みというか……良いことではないな。

 だがそうなるだけ、靂の暮らしというのは良くなかったようだ。

 

 父は地主だからな。土地に住む人に関して責任を持たなくてはならない。

 つまり千駄ヶ谷村に住む人の素性なども確かめ、職業や暮らし向きで犯罪などに関わらないか注意している。

 靂の母上であるお歌夢(かむ)さんはさる武家の出でな。大奥へと呼ばれ御中臈という上位の役にもなった、器量も良ければ唄・踊り・習字などの教師も兼ねている凄い立場の女性だったらしい。

 それぐらいになると将軍の相手もする可能性があって、子供が出来れば側室にもなったかもしれないぐらいだ。

 だけれども彼女はそれに拘らず、他に許嫁が居るからと大奥から戻ってきた。

 ところがその大奥から帰ってきた日。運悪く江戸府内で火事が発生して武家屋敷のある番町のあたりまで焼いたそうだ。

 彼女の実家どころか、許嫁の方まで屋敷ごと焼けて消えてしまった。目の前で。それで気が変になった。

 

 他に稼ぎようもあったろうに、彼女は自罰的に夜鷹になってしまったようだ。

 そんな彼女と子供が千駄ヶ谷にある廃屋になっていた小屋に住み着いたのだ。調べた結果、追い出すのも可哀想だということになったのだな。

 父はいくらか仕事や縁談でも回そうかと話を持ちかけたのだが、噛みつかれて帰ってきたようだった。

 お歌夢さんも可哀想な話だが、靂もそれでいい生活を出来るはずもなかった。

 

 うん? そうだな……可哀想可哀想と言っているが、哀れんでいたわけじゃない。

 それは後から知ったことを客観的に思っただけだからな。

 むしろ私としては、いきなり初対面で人を嫌うなんて酷いやつだと思った。

 こういうと「初対面で人を好きになるやつは危ないよ」とでも言い返されるかもしれないがな。

 少なくとも、お互いのことが何もわかっていない状態では好きにも嫌いにもなれないではないか。

 だからこそ私は酷いやつだとは思ったが、どういうやつなのか気になった。それと同じくして、私自身のことを知って貰おうとも思った。

 人を嫌って、嫌われて生きるのはあんまりだろう。

 

 お遊ちゃんのことは前から知っていた。私は近所の子供のまとめ役みたいな事をしていたからな。

 そんな彼女が靂とつるんでいて、いじめっ子と石を投げ合い、相手を怪我させたという話も耳にした。

 なんというか、信じられない話だった。

 そもそもお遊ちゃんが暴力を振るうというところが昔は想像できなかった。今? 今はまあ……

 

 そんなわけでお遊ちゃんに頼んで紹介して貰ったのだが、やはりというかまったくダメだった。

 

「売女の息子がそんなに哀れに見えるか。二度と話しかけないでくれ」

 

 上から目線のお情けで手を差し出された、と感じられてしまったようだ。

 私の口調も何か偉そうなのは自覚しているが、子供のまとめ役をやっているうちにこうなったのだから仕方がない。

 しかしやはり靂はアレだな。失礼だな。普通女の子に初対面で舌打ちをして、次に会ったときに二度と話すなとまで言うやつはそう居ないぞ。

 普通の子だったらまず関わらなくなる。

 だが私はそれぐらいでは負けない。関わることを拒絶しているのだから、お互いに何も知り合えていないではないか。

 内面を知らずに相手に向かって吐く暴言など、ただの印象の話だ。心には響かない。

 

 それから靂ともどうにかぎくしゃくとした関係は築けた。やはり最初の頃は苦手意識を私に持っていたようだがな。

 少しばかり改善されたのは一緒に新井先生の塾へ通うようになってからだ。

 靂は学問に貪欲だった。文字も一所懸命に覚えていった。

 私の方は、家で前からやっていたから靂よりも早くに習得していた為にどうやら対抗意識を持ったようでな。ふふふ。

 新井先生はこう言っていた。

 

「学問には身分も何も無い。ただ学ぶ意思があるかどうかだよ。同じことを正しく学びさえすれば得た知識はたとえ皇帝でも庶人でも同じだ」

 

 そう言われ、靂は自分の生まれを嫌悪していたが故に、学問にのめり込んでいった。 

 私はというと、確かに将来はこの先生のように文字の読み書きや簡単な計算を子供らに教えられれば人の役に立つかと思っていたので真面目に学んでいたが、靂は私より上になろうと努力をしていた。

 そんな姿が、眩しいと感じた。

 一生懸命さに心が奪われるのを感じた。

 挑まれることなんて殆ど無く、そして実際に靂はあっという間に私よりも先──というか覚える気が無かった四書五経などにも手を出していたので、あっさりと私は負けてしまったのだ。

 いや、むしろ負けるのを心待ちにしていたと言っても過言ではない。

 それを認めて褒め称えると、

 

「……ありがとう。小唄が連れてきてくれたおかげだ。君には感謝している。その、酷いこと言ってごめん」

 

 などと照れながら言うから思わずニヤついた! 

 生意気が反転した感じだ! 靂は私が育てた! そう感じたな。うん。だって初対面であの酷い対応していた男の子がお礼を言うぐらいになったのだぞ。これは事件だ。

 その頃から靂も私相手にはかなり気さくな感じになってきてな。勉強で追い抜いたことで、少し心に余裕ができたのだろう。

 

 そうやって対等に付き合えば決して靂は性根が悪いわけじゃないと実感できた。

 彼も私のことは嫌いか好きかでいえば好きに分類してくれる程度に信頼関係を築いた。どっちかと云えば好きということはそれ即ち愛しているということだ。

 お遊ちゃんと私は色々あったが、間に挟まれた靂が徐々に察してどうにか問題が過激にならないように気を遣っているのもなんとなくわかった。

 他にいい男が居なかったかって? 確かに父さんの伝手で、靂よりも高収入だったり働き者だったりする男は幾らでも見つかっただろう。

 でも靂がいいんだ。私を嫌って、そして好きになってくれた靂が良い。

 だってそれは最初から好かれるよりも、ずっと多くの好意がなければ難しい変化だと思うからだ。

 少しずつ私への感情が上向きになっていくたびに、他では味わえない喜びを感じていた。

 

 だが、靂が私ではなくお遊ちゃんを選ぶ可能性もある。私に比べてお遊ちゃんの方が放っておけないから、同情心もあるだろう。

 もしお遊ちゃんが選ばれたら、私は素直に二人を祝福しようと思う。

 とても悲しいけれど、二人を嫌いになってしまうのはとてもつらいことだからだ。酷いことを言ったり、邪魔をしたりして二人に嫌われるのもごめんだ。

 

 

 だからそうなったら、私が耐えられなくなり二人を嫌いになる前に三人で心中しようと思う。

 

 

 だってきっと私だけ死んでしまったらあの二人は気を病むと思うからな。

 一生悩んで生きるのは可哀想だ。二人には不幸になって欲しくなんか無い。

 寝ているところを縛って屋敷に火を放ち、思い出の家と共に綺麗に死のう。

 

 三人一緒なら怖くない。

 

 きっと来世にはまた三人で会える。

 

 その時は負けないぞ!

 

 九郎先生も応援してくれ!

 

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

「ふがー」

「もっとヤバイやつだったこれ」

 

 寝こけていびきを掻く小唄を見下ろして九郎はおもむろに軽く涙を流した。

 関わり合いになる気力がモリモリと減っていく。地雷と核地雷のどちらが安全かなど、吹き飛んでしまえば同じだ。

 地雷とは即死の殺傷力ではなく足などを吹き飛ばし、その後も続いていく被害者の人生を台無しにする。核地雷は何もかも吹き飛ばして跡地に毒をばら撒く。まあ、言い得て妙な二人の状態である。

 爆弾処理班の靂は何をやっているのか。この数年はなんだったのか。後戻りが出来ないようにしただけではないか。

 九郎はひとまず小唄も隣の部屋で寝かせて、お香の換気をして考える。

 

「どうしたものか……いっそスフィと将翁呼んで完全に意識を塗り替えるか……いやでもこれを見て見ぬふりをしてたら、いつ再発するやら……」

 

 催眠で忘れさせるのは地雷に土をかぶせて隠すようなものだ。見えなくなった地面の上で安心して生活出来るはずもない。

 何かしらの対処が必要なのだ。

 

「もういっそ異世界にでも旅に出ろよ靂……」

 

 九郎は空を見上げながらそう呟いた。

 全ての人が幸せになる方法などありはしない。そんなことはとっくの昔にわかっていたことだったが。

 靂達がいずれ破綻する可能性が高いのは前から気づいていた。それでも積極的にこれまで関わらなかった自分の責任でもある。面白がったりしたこともあった後ろめたさも到来した。

 

「どうにかせねばな……靂達だけの問題ではない」

 

 この三人が最悪の状況に陥れば不幸になるのは当人らのみではない。

 家族の茨は悲嘆に暮れて、小唄の父である甚八丸は怒り狂い、靂の師匠である晃之介はどうにかならなかったのかと曇り、多くの知人らの心に刻まれる。

 どうにかできなかったのかと、九郎に対して思う者も少なくないだろう。

 

「やるしかないな。己れはお助け屋だ。身内一人助けられなくては、恥ずかしくて名乗れたものではない」

 

 九郎は覚悟を决めたように、拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

「というわけで靂。この地雷製造野郎。これ以上長引かせるとマズイから一気にキメるぞ」

「そうですね仏門に入ります。まず悟りを開いて解脱します」

 

 店に戻って靂に聞き出した事情を話すと、顔を真っ青にして更に胃痛で一度厠に嘔吐しにいくぐらい靂はダメージを負った。

 そしてきっぱりとそう告げる靂の額を指で九郎は弾く。

 

「逃げるな馬鹿者。いいか、やつらは完全に心の病だ。それはまず理解したな?」

「ええ……いえ、本当に普段はそんな様子を見せないんですよ」

「酒でも飲んで腹を割って二人と話しておくべきだったな。なるべく早い段階で。今だともう遅いというか、それが引き金になりかねない」

 

 お互い表面上はにこやかに過ごしているのだから、もし恋が実らなかったら自害するだの心中するだのが相手に伝わった場合がどうなるかわからない。

 

「体の病に薬があるように、心の病にも薬がある。言葉で治すには限度があるが故に、投薬治療を行わねばならん。良いな」

「は、はい。しかし薬でどうにかなるものか……」

 

 靂の方も[三才図会]や[本朝医学]、[啓迪集]や古典の[傷寒論]まで目を通しているものの、劇的な効果のある心の薬というのは伝説混じりのような代物だった。

 

「とりあえず将翁などにも頼み己れの方で用意した。これとこれだ」

 

 九郎が取り出したのは蓋をした徳利と、帆立の貝殻に入れられた軟膏のような薬である。

 徳利の中には液体が入っているようだ。

 

「こっちは己れの作った[合法(ハーブ)酒]。飲むととにかく気分が盛り上がって開放的になる。こっちの軟膏は様々な薬草と刺激物と阿片……ごほんごほん、舶来の薬を混ぜた膏薬[謝婦(シャブ)]。粘膜に塗り込むと処女でもよがり狂って謝り出すぐらいで────」

「ちょっとちょっと九郎さあああああん!?」

「なんだやかましい」

 

 九郎はうるさそうに耳を塞ぐ。

 唾を飛ばしながら靂が叫ぶ。

 

「それは媚薬じゃないですか! しかもなんかヤバそうな九郎天狗印の!」

「愚か者! ヤバいのはこの薬ではなくお主の幼馴染二人だ! それをどうにかするのに手加減なぞできるか!」

「そんなの使ってどうしろって言うんですか!?」

「あやつらに死ぬ気が無くなるまで抱いて満足させるしかなかろう! 乙女拗らせているからああも、恋が実るか死ぬかの二択になるのだ。世の中恋が実らずとも他に良いことあることを教えてやれ。病んでて死ぬよりは淫乱にでもなったほうがマシだ」

 

 九郎の考えはこうだった。

 靂の気持ちでどちらかを選ぶと惨劇が発生してしまうので、まずは三人で酒宴でもしてそのまま酔った勢いで事を致す。

 素人同士ならばその後気まずいことになりかねないが、用意していた強烈な媚薬で快楽漬けにしてしまう。

 後は流れで二人に手を出したから二人共娶ることを了承させる。しなかったら追加で薬。

 

「これぞヤクキメチン勝ち作戦……! あとは暫く継続的に靂が布団ヤクザして二人を依存させるのだ」

「最低ですよ普通に!?」

「やかましい。頭が病気な女を相手にするのに薬を使って何が悪い。投薬治療だ」

「うううう……」

 

 靂が頭を抱えてのたうつ。簡単に言ってくれるが、割りと引っ込み思案な自分がそのような鬼畜な真似ができるだろうか悩んでいるのである。

 いや、確かに二人同時に相手にするには薬にでも頼らねば勝利は怪しいだろう。幾ら靂が何度か吉原で修行したからといって、相手は初めてである。

 だが、それでも……と靂はうめき声を上げていた。

 確かに誰も死なないようにするには靂が旅に出るか、二人に認められなくてはならない。

 

「……安心しろ靂。お主が悩んでいる通り、中々難しい不確定性のある作戦だというのは己れもわかっておる」

「九郎さん……」

「なので現場でお九がお主の手助けして、不測の事態に備えつつ二人を落とすのを援護してやろう」

「いやああああああ!!」

 

 靂は悲鳴を上げた。しかも参加するつもりかよ!と思った。

 お九は浅右衛門の妾となったことで二人の警戒範囲から消えたが、その手ほどきとして参加をする算段らしい。

 

「さもなければ任せたはいいが、布団でお主が刺されたり、投薬量を間違えて廃人になったりしたときに己れが居らんと困るだろう」

「廃人に!? そんな危険な薬を!?」

「はっはっは。何を云う。世に出回る薬なんてどれも使いすぎれば体に毒なだけだうん本当に」

 

 九郎は真顔で頷く。目が笑っていないので靂は唾を飲み込んだ。

 

「女体で参加すればうっかり地雷が押し付けられることもあるまい……」

「今本音が出ましたよね!?」

「とりあえず今晩は茨はうちに泊まるようにさせておいたから、とっととお主の屋敷に行くぞ」

「うわああああああ……僕今から仏門に入ったら駄目ですかね……!」

「己れの手下が減る」

 

 きっぱりと選択肢を否定した。

 あれだけ二人がおかしくなったのも、靂の責任でもあるので彼だけ逃げさせるのもそれはまた違うと思ったのだ。

 

 

「今日こそ年貢の納め時だ、覚悟せよ」

 

 

 九郎の言葉に、靂は諦観したように項垂れた。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 さてその日、靂の屋敷でいかなる騒ぎが起きたのかわからぬが。

 恋するか死ぬかの幼馴染二人はその後──落ち着くところに落ち着いたようだ。

 

「一件落着ということにしておこうかのう」

「まるで憑き物が落ちた様子だ。乙女というのは神秘性が宿りやすく、悪鬼も憑きやすいのだよ」

 

 屋敷に帰ってきて嫁らに報告をした九郎がそう呟くと、石燕が感慨深そうに頷いた。

 

「ほう」

「[火間虫入道(ひまむしにゅうどう)]という妖怪がいる。これは怠け者の死霊夜な夜な動き回り、勤勉に仕事をしている者を妬んでその灯籠を消して邪魔をするというものだ。

 或いは彼らを祟る霊が居たのかもしれないよ。碌に恋愛をしないまま死んでしまった者の悪霊が、三人の関係を妬んで心に棲みついていたのかもしれない」

「そうだのう。幾らなんでも靂とたまたま仲良くなった二人揃って、ああも心を病むのは……まさに妖怪の仕業だったのかもしれん」

 

 実際、靂に関して妬む者は村でも多かった。独身でモテたことのない忍び農民はもとより、同世代の少年らも人気者の小唄に構われつつ袖にしていた靂を羨んでいたようだ。

 人の意思は念となり、念は呪いとなって影響を及ぼすことがある。

 僅かに周囲から向けられる悪意が、凝り固まった恋心を変質させたのかもしれない。

 

「まあとにかく己れとしては……」

 

 九郎は皆を見回して、拝むように告げた。

 

「お主らはどうか病まんでくれよ」

 

 すると豊房が僅かに微笑みながら返事をした。

 

「あら、残念ね。もうとっくにあなたに病み付きだから諦めて頂戴」

 

 そう云うので、九郎は苦笑いを返すのであった。

 

 

 

「イチャついてるクローを妬む生霊を飛ばすのじゃよー」

「スフィ殿はちょっと怖いので落ち着いてくださいよ、と」

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 お遊が望んだ未来にはならないだろう。

 

 小唄が勝利をつかむことは無いだろう。

 

 僕に平穏は訪れず、三人は誰もが最善の幸せなどは掴めない。

 

 それが三人の心に闇を抱えたままであった罪でもある。

 

 お互いに話し合い、気持ちを伝えあって、何かを選んで何かを諦め、他者を許して自分を戒め、おおよそ僕らがとても普通に恋愛をしてくればこうはならなかったはずだった。

 

 だがもう遅きに失して、時は戻らない。心を蝕んだ毒は大きな不幸をもたらす。故にその不幸を三人で分け合い、適度に薄めあわねばならない。

 

 皆で幾らか我慢をして、そのかわりに得るものを共に探していこうと思った。

 

 

 

「靂ー、大蒜を収穫してきたぞー。これを食べて元気を出そうなー。……ところでお九さん次いつ来るかな」

 

「靂。鰻を買ってきたぞ。最近痩せてきたんじゃないか? 精をつけなくてはな。……お九さんもたまには飲みに誘ってもいいんだぞ」

 

 

「なんでこうなった……!」

 

 

 そして微妙に二人がお九さんに懐いた。なんてこった。

 

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