異世界から帰ったら江戸なのである   作:左高例

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外伝『IF/江戸から異世界7:頼れる仲間はみんな高齢者』

 ペナルカンド世界とは、宇宙の果てまで指してそう云うのではあるが普通はペナルカンド大陸のことを云う。

 この世界では知的生命体が誕生している惑星がここにしか存在せずに、神々が見守り人々が生きるのはこのたった一つの超大陸なのである。

 云うなれば三日月に少し似た形をした大陸の、一番張り出した背の部分──元々は堕天巨人ネフィリムが砂漠化させた土地を再生させて、元勇者のライブスと云う男が作った帝国、帝都は存在する。

 その都市の一角。

 小さな一軒家ぐらいの大きさの教会の一室にて、居候の男が同じく居候の女の脱衣を手伝っていた。

 まあつまり、ここに住むようになった仲間でデュラハンのイートゥエが着ている鎧を剥がそうとしているのだが。

 なにせ鎧を着ていると背の高さは二メートル半あるオーク神父の身長を超える。彼女が居候するのでわざわざリフォーム業者を呼んだぐらいだ。

 生活するにも不便な彼女の鎧は呪われていて脱げないのだが、クロウの持つ魔剣マッドワールドならば切って剥がせるのでは、とチャレンジ中であった。

 

「いいですのクロちゃん。優しくですわよ! 優しくお願いするのですわ!」

「わかっておる。ちょっとでもアレだったら声をあげるのだぞ」

 

 クロウが座っている彼女のうなじから剣をゆっくりと刺し込む。

 魔剣は彼女の着ている魔導鎧を豆腐以下の抵抗で通過して、慎重にイートゥエの背中を傷つけないようにギリギリまで入れる。

 イートゥエの本体──鎧の中身自体は十代の頃の体であるのだが、鎧の中に入ればピッタリと体に密着するように勝手に調整される。つまり、余計な隙間はほとんど無い。よく動かせるなと思うものだが、本人の魔力を使って中で少し体を動かせば鎧の四肢などが追随する、マスタースレイブ式で稼働するのである。

 

「うう、入ってきますわ……今! 奥! 当たってますの!」

「よし、ゆっくり動かすぞ……」

「はううう……背中を撫でられて……、あ、今、少し背中のラインから外れてますわ」

「そうか、腰は反ってるからのう。尻をやらぬか心配だ。ちゃんと指示をくれよ」

 

 少しずつ調整してクロウは慎重に鎧に切れ目を入れていく。

 この鎧、見た目に反して頑丈さはそこそこレベルである。マッドワールド以外に切る方法もある。ただ自己修復機能があり、切断力高めで切ってもすぐにくっつくのである。ゆっくりと切れるのは超絶な切れ味を持つこの剣か、機神の国にある高出力ヒート溶断機ぐらいだろう。

 それを避けるために、クロウが切りながらイートゥエは自分の両手を使って首元から左右に鎧を引っ張っているのである。

 切れ目を強力な力で引き離し、くっつかせない。

 

「お尻! お尻来てますの!」

「ぬ、ぬう……これぐらいか?」

「危ないですわ! お尻ぞわぞわしてますわ! アンダースーツ切ってますわ!」

「まったく感触が無いのは難しいな。イツエさん、尻を壊したら悪い」

「だめええ! お尻壊しちゃ駄目ですのおおお!!」

 

 なんとか切れ込みを入れずに尻の下まで後ろは切れ込みを入れる事に成功した。

 次は前だ。前後に切れば左右に別れてくれるだろう。

 

「前は胸が問題だな……」

「ええと確か……バストとウエストの差が30cmぐらいでしたわ」

「結構あるな──っとセクハラみたいか」

「別に気にしませんわ。というか懐かしのわたくしの胸も早く自分で見たいぐらいで。もう百年以上見てませんのよ……」

「そうだのう。よし、やるか」

 

 再びクロウが首元から剣をゆっくり下ろす。

 胸の曲面を気にしつつ慎重に行う。よかった、老人性の神経的なアレで震えたりするのは今は起こらないようだと安心した。

 

「い、今胸で挟んでますわクロちゃんの剣を」

「ここだな……」

「はわわ……クロちゃんの真っ黒なアレが胸を……」

「ギャグはやめてくれ今」

「はい」

 

 とりあえず胸を通りすぎて腹のあたりを切る。後は股下までやるだけだ。

 

「うああっちょっと行き過ぎ!」

「すまん」

「うう……多分お腹が破けそうですわ。服が」

「もう少しだ」

 

 そしてクロウの魔剣はイートゥエの鎧を前後から断ち切り──

 

「解き放たれますわー!」

 

 イートゥエは思いっきり左右に首元から引っ張り、めりめりと音を立てて鎧を真っ二つに引き剥がしたのであった。

 そして両手でバンザイをしながら少女が飛び出してきた。

 クロウも剣を鞘に直して、出てきた彼女を見遣る。

 首をしっかり載せているイートゥエは前々から顔つきは若いと思っていたが、体も十代半ばで成長を止めているようだ。十四の頃に姫騎士として前線に出てアンデッドになったのだから当然だろう。ただ少女にしては胸が大きいが。

 鎧の中に着ていた、全身をぴっちりと覆うアンダースーツにはところどころ穴が空いていたが傷は無かったようだ。

 

「外、外……風が……体が……」

 

 イートゥエは顔を押さえながら震える。

 そして、クロウに抱きついてきた。そのまま彼を押し倒して、やわらかな体を両手両足で密着させる。首が転げて、泣きだした。

 

「外ですわあああ!! ああ、ううう、やっと、出れましたわ……」

「……そうだな」

「この体に感じる空気の冷たさも、人の柔らかさも、温かさも……もう、百年以上も感じなかったものですのよ……ずっと、ずっと……うあああああん!」

 

 涙を流して泣き叫ぶ生首と、強く抱きしめる首なしの体。 

 まだ子供だ。そんなときからずっと封じ込められていた小さな体だった。

 クロウは微笑みながら彼女を抱き返した。

 

「よかったのう、イツエさん。今まで辛かったろうに」

「うん……死ねないのも、皆が先に死ぬのも、それよりも……ずっと閉じ込められていた事が辛かったのです。誰のぬくもりも感じないのは、もう嫌なのです……」

 

 横に転がっている首がぼろぼろと涙を流しながら述懐する。

 クロウも長生きをするのがしんどいと思ったことはあるが……それよりも長い期間を、誰かと触れ合えずにいると云うのは想像を絶する。

 辛くないわけが無いではないか、と思えた。

 

「そうだよなあ……よかったなあ」

 

 彼女の背中を叩いてやると、クロウをしっかりと感じるように身じろぎをするイートゥエの体であった。

 

「ありがとうクロちゃん……クロウ。貴方に会えてよかったですわ……」

 

 体に頭がついていればキスでもせんばかりにイートゥエは感激して、クロウから抱きついたまま離れなかった。

 まさに彼女からすれば恩人であった。鎧を壊せば、その鎧の呪いで生きていた自分が死ぬのではないかと思ったこともあるが、それでも外に出たかったのだ。ただ出て、誰かと抱き合いたかった望みが叶った。

 わんわんと泣き叫ぶ彼女を、クロウは背中を撫でてやり続けるのであった。

 それから暫くして。

 胸がモチを押しつぶすようにきつくクロウに抱きついていた体を離して、イートゥエは涙でぐしゃぐしゃになった頭を拾い上げた。

 

「ほら」

「ありがとうございますわあ……」

 

 クロウから渡されたタオルで顔を拭いて、鼻をかむイートゥエ。

 

(あれは雑巾にしよう)

 

 再使用をあっさり諦めながらもクロウは優しい顔で見守る。

 彼女は顔を拭って、云う。

 

「と、取り乱して申し訳ありません。でも嬉しかったのですわ」

「よい、よい」

「えへへ、しかし、こういう妙な遣り取りとか抱きついて泣いてたりしてたら、スフィが『こりゃー!! 何をしとるかー!!』って勘違いして怒鳴りこんできそうなものですけれども。漫画的展開では」

「イツエさんどんな漫画読んでるんだ?」

 

 などと言い合っていると、遠くから声が聞こえた。

 

「こんちーっす……ってうわー!! スフィさんが廊下で舌を飲み込んで息してないっすー!! 死んでるー!!」

 

 慌てて駆け寄る足音は、二人が作業していた部屋の前で止まった。

 嫉妬とか勘違いとか、それよりも重い症状でエルフの少女は発作的に窒息死寸前だったのだ。

 互いに顔を見合わせて、慌てて外に出た。

 

「スフィ!」

「顔色がチアノーゼ起こしてますわ!」

「あ、あわわ……どうするっすか!?」

 

 訪ねてきたオルウェルが口を半開きにしておろおろとしている。

 クロウは腕をまくりスフィを仰向けに寝かせて気道を確保しながら告げる。

 

「こうなれば人工呼吸しかあるまい。己れがやる。死なせてなるものか……!」

「ええ、ええ! やりなさいクロちゃん!」

「写真取るっすよ!」

「?」

 

 クロウは謎の反応に首を傾げつつ、どこからともなく道具を二つ取り出した。

 

「まずはこの魔力式掃除機『絶滅災害級オメガサイクロン』で気道を塞ぐ舌を吸い出す」

「ごがががが」

「スフィー!」

 

 教会に置かれている最新式掃除機のノズルをスフィの口に突っ込むクロウである。

 変なところで固定されて気道を確保した。指を突っ込むより確実だ。

 

「続けてこのダンジョンで拾った携帯用機械式人工呼吸器を使って呼吸を安定化させる。うむ、文明の利器最高だのう」

「そんな方法を取るから貴方は駄目なのですわ!」

「ラブもコメも無い人工呼吸初めて見たっす……」

「何を云っているのだ。スフィの命が掛かっているのだぞ。己れはなにか間違ったことをしているか」

「くそう正論」

 

 スフィにマスクを被せて機械を操作させ、呼吸を再開させるのであった。酸素多めに送り込めば顔のうっ血もすぐに血色よく変わり、やがて呼吸も安定化していった。

 一仕事終えたようにクロウは汗を拭うのであった。

 

 

 

 *****

 

 

 

「紛らわしいことをするなあー!」

「そうそうこれですわこれ」

「よくわからんが」

 

 クロウとイートゥエは正座してスフィの説教を受けていた。

 まず死んでから説教が始まるという難儀な状態であったが、ひとまず誤解は解けたようだ。

 通報を受けて念の為に教会内部にAEDを設置しているオーク神父がちらりと横目で見ながら云う。

 

「なんだろうこの危うい同居関係は……」

 

 もう一寸初々しい三人ならば助言のしようもあるのだが。

 枯れ切った九十代男性と、性的嗜好がズレてる不死者と、恋する百五十歳エルフ。

 互いの認識にどうも違いがあるようで、しかもそれはそうそう正せないだろう。生命力の強い前者二人はともかく、精神的ショックで死にかねないスフィの為に鎮静剤や自己啓発の本を教会に置いておくぐらいしかオーク神父にはできそうになかった。

 

「いやー、しかし案外イートゥエさん背が低かったっすね。この状態だと地味にわたしがパーティで二番目に背が高いという」

 

 スフィの説教──と言っても誤解したのは彼女の早とちりなので長続きもしなかったが、それを終えて立ち上がったイートゥエと並びながらオルウェルが云う。

 いつも鎧形態で、オーク神父よりも背が高かったイートゥエだが、脱げばそこは十四歳から年を取っていないので二十二歳のオルウェルより幼く見える。

 

「そう言われるのも久しぶりですわ。ああ、この合法的なボディが懐かしい……って、首は安定しませんけど」

「猟奇的な」

 

 鎧には首当てがあり、載せても普通に歩く分には落ちないのだが細い生身の首では頭が安定しない。

 クロウがごそごそと部屋の棚を漁り、小さな輪っか状の物を持ってきた。

 びっと音を立てて輪っかを引き出し、イートゥエの首を乗せて巻きつける。

 

「ガムテープだ。これで落ちんだろ」

「……クロちゃん」

「なんだ」

「貴方、例えば眼鏡っ娘は眼鏡外した方がいいなーとか、ロリショタは成長した方がいいなーとか思ってますわよねひょっとしなくても」

「よくわからんが。眼鏡は無いほうが本人も楽だろう。体だって成長したほうが補導されんぞ。首も落ちないにこしたことはない」

「属性否定派すぎるっす……」

「スフィさんその成長促進剤は植物用だから落ち着いて!」

 

 怪しげなアンプルを腕に刺そうとするスフィを慌てて止めるオーク神父である。

 うねうねと頭を抱えながらスフィが悶つつ不満を口にする。

 

「というかなんで碌に私は成長しとらんのじゃあああ!! 母も姉もバインバインなんじゃぞ! 悪魔に魂でも売ったのかあやつらぁ~!」

「ほらクロちゃんが余計なことを云うからスフィが発狂してますのよ」

「クロウさんは謝ったほうが良いと思うっす~」

「何だこのアウェイ感……」

 

 仕方ないので暴れるスフィを宥めるクロウであった。

 

「スフィ。お主は己れが老人になろうが子供になろうが、大事に思っていてくれた事は変わらなかっただろう? 己れも、お主が幼子のような姿でもこれから成長したとしても、スフィはスフィだ。疑うか?」

「う、疑うものか! え、えへへ。クロウは昔っから私の相棒じゃからのう!」

「うむ、そうだな」

 

 笑顔になった彼女に微笑み返すクロウを見ながら仲間の三人はやや引いて囁き合う。

 

「なんすかあれ。手馴れてる細長い奴の手口っすか」

「チョロいですわね……ここで重要なのは、クロちゃんは一言も愛してるともなんとも言わず、餌を与えてないのに勝手に満足してることですのよ」

「しかもそれを天然でやってるからタチが悪いんだよなあ彼」

 

 とりあえずあの情緒不安定エルフにはクロウが特効薬なのは間違いないのだが。

 彼女が時々精神崩壊しかけるのも、まだ彼と再会して一年と経っていないからだろう。時間が解決してくれると思いたい三人であった。割りと切実に。

 

「さておき!」

 

 スフィも落ち着いた様子なのでイートゥエが声を上げて皆の注目を集めた。

 

「せっかくわたくしの鎧が外れたので行きたいところがありますの」

「同人誌即売会か」

「エロ関係は僕ちょっと。『オークが獲物を漁る目で来た……くっ貴様何をするつもりだ!』とか言われるし」

「イートゥエさんそういう趣味だったんすか」

「こやつは昔からエロ漫画ばっかり集めてたからのう」

「違いますわよ!? 違いますわよ!? なんですのその無駄な一体感は! あとエロ漫画ではありませんわ! 同人誌! 創作活動で出版された書籍ですわー!」

 

 ムキになって主張するイートゥエである。彼女のエロ漫画コレクションは大抵処分されてしまったのだが。

 そして咳払いして改めて宣言した。 

 

 

「いいですの!? わたくしが行きたいのは温泉! 温泉宿ですわ!」

 

 

 

 *****

 

 

 

 帝都中心地から離れた郊外に小さな街がある。

 街の規模こそ小さいが賑やかに多くの人が訪れるその場所は[フォッジア温泉]と呼ばれる温泉があるのだ。

 ここは帝都が出来る前、魔王ヨグの城とそれの周囲に広がるネフィリム迷宮砂漠があった頃から湧いている温泉であり、ヨグが用意した魔王討伐志願者が砂漠を横断する際の中間地点に作った休憩所でもある。わざわざ作ったのに砂漠の結界を壊されて突入されたのだが。

 泉質はバンテニウムを含み肩、膝、腰の痛みや炎症、筋肉痛、打撲、捻挫、腱鞘炎などの炎症にもよく効いて、入ると砂漠横断の疲れを癒やす仕組みになっていた。 

 そこは勇者ライブスが魔王を放逐した恵みの力で砂漠を豊かな土壌に変えた後も残り、郊外にある温泉街として栄えているのである。

 

「そういえば僕、一回だけまだ魔王が居た頃に入ったことあるよフォッジアの温泉」

「なんと。あの砂漠を越えて辿り着いたのか」

 

 以前まであったネフィリム迷宮砂漠は空間が歪められていて、見えない迷路の壁に触れれば無意識に方向をずらされまともに前進できず、進めば進むほど行くも引くも難しくなるという非常に攻略が困難な場所だったのだが。

 オーク神父は肩を竦めながら云う。

 

「うん。でも温泉まで来た時にもう食料が半分を割っていてね。温泉を堪能して引き返したけど」

 

 と、まあ最上位の旅神父でも単独とは云え、辿り着くのが精一杯だった辺境の温泉も今ではメジャーな観光地だ。

 

「もう百年以上もお風呂入ってませんのよ~♪ 楽しみですわ~♪」

「うわあ、ちょっと大変だったっすねイートゥエさん」

「そうですの。ダンジョンでも上から糖蜜の洪水が流れてくるわ触手ミミックが穴の上から落ちてくるわで早く体を洗いたいぐらいで……なんで目を逸らしますの?」

「いや」

 

 皆は身に覚えのある案件に、深くは追求しないようにするのであった。

 

「そういえばクロウさんは魔王のところ住んでたらしいっすけど、フォッジア行ったことあるっすか?」

「そうだのう。ヨグは温泉好きだったから、イリシアと三人で入りに行くことがあったな」

「スフィの目の光が曇りだしましたわ! クロちゃん、昔の女の話題は禁止ですのよ!」

「意味がわからぬ……」

「べ、別にそれぐらいどうってことないのじゃよ! 変に気を使うな! 負け犬みたいじゃろう!」

 

 手を振り回すスフィである。

 フォッジアまでは石人形荷車ことゴーレムカート──略称[ゴーカート]で移動した。動力をゴーレムにした馬車のようなもので、帝都でも貸し出しはあるが高位の土属性魔法使いであるイートゥエが居れば作成することも可能だ。

 見た目は「勝手に進む荷台のみの馬車」と云ったところだろうか。二足か四足歩行のゴーレムに牽かせる場合もあるが、人が五人乗る程度ならば車輪のみに動力魔法を掛けて進むことが可能だ。

 速度制限のある帝都の市街から出て、ゴーカートの速度をあげる。並木などが見る見る追い越されて行く早さでオルウェルが軽く目を回しそうだ。

 車輪も車軸も土を素材に作られているので制作魔法使いの練度が低いと破損して事故を起こすために免許が必要だが、長生きしているだけあってイートゥエは所持している。販売免許と業者登録はまた別に必要なのだが。

 

「いやー実はわたしゴーカート乗ったのも初めてっすよ」

「そうなのかえ?」

「事故発生率が馬車の三倍ぐらいあるっすからねえ。主に人じゃなくて荷物運搬用っすし」

「確か重犯罪者収容施設のアサイラム地下墳墓はオート化が進んでいて移動はこれだった記憶があるのう」

「どこにブチ込まれておるのじゃクロー……」

「あの時は大変だったねえ。僕も冤罪で入れられてて……クロウくんとは直接会わなかったけど」

「お主もかー……地味に真っ当じゃない男勢じゃのう」

 

 その施設はクロウによって半壊して多くの脱走者が出たわけだが。

 無駄にアドベンチャーな場面に出くわす二人である。

 風に金髪を靡かせながら、全身に当たる空気の感触の心地よさに上機嫌なイートゥエは鼻歌を歌っている。

 

「それにしても鎧を脱いだら魔法の調子もいいですわ~レベルが上ってますわね、脱いでると」

「ほう。というか使いにくくなるのか。あの鎧着てると」

「なにせ筋力じゃなくて魔導力で動かす鎧ですもの。まあ、着ている時はレベル6か7で今は8ぐらいですわ」

「十分強いじゃないっすか」

 

 オルウェルが新たな仲間の、やはり冒険者として上位な能力に溜め息混じりに呟いた。

 魔法使いのレベルと云うのは十段階評価で、レベル8や9となれば上位1%以下の大魔法使いである。レベル6でも帝国に隣接する魔法が盛んな歴史の古い国の魔法騎士小隊長レベルにはなれる。

 そこにアンデッドの生命力と鎧の近接能力が加わるのだから、ソロで数ヶ月もダンジョンを迷っていて生き延びられるのも納得の実力なのであった。伊達に百年世界を放浪していない。

 魔物を一撃で倒す魔剣士。奇跡能力者の神官二人。強力な魔法騎士。それについていく自分はただの新卒元OLなのがなんとも場違いな気分になるのだったが。

 

 ゴーカートで二時間半程も走ればフォッジアの温泉街が見えてきた。

 クロウやオーク神父が入った頃はひとつの建物にある温泉だったが、分けるなり掘るなりしたのだろう、いくつも温泉宿が立ち並んでいる街になっている。

 多数の種族が集まる帝都だけあって、混浴と云うのは男女と云うよりも種族分けされてない湯を表すようだ。

 しかしながら体の分泌物や湯の温度への耐性などから[竜人湯]や[水棲ぬるま湯]などと看板にひと目でわかるようにされている。

 肌をつやつやとさせて浴衣を着た観光客らが、町中をぶらつきながら食べ歩きなどを行っている。

 

「賑やかじゃのー」

「そうさなあ。魔王の奴もたまには役に立つ物を残すものだ」

 

 ゴーカートから下りて通りを歩きながらそんなことを云う。

 

「予め持ってたチケットで予約を入れたお宿はこの先ですわよ」

「へーどんなとこっすか?」

「百人は泊まれる大きな旅館ですわね。団体客なんかもよく利用するところで、以前に頭用のマッサージ器を買ったら福引で優待券があたりましたの」

「あ、あれかな」

 

 オーク神父がパンフレット片手に、通りの先にある大きな平屋の建物を指さした。

 和風な作りをしているそれをクロウは「ほう」と感嘆の声をあげる。

 フォッジアでも有名な旅館[朱雀のお宿]であった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 ペナルカンドに存在する動植物の中でも、種族ではなく固有の一個体のみが存在するそれの一部は[神獣]と呼ばれる。有名なのはエンシェントドラゴンの類だが、この宿の主である朱雀もそうだ。

 炎の色をした翼を持つ、五行に於いて南と火を司る聖獣である。

 クロウ達が宿に入ると複数の女中と、番台に座っていた中性的な風貌の主人が挨拶にやってきた。

 

「へいらっしゃい」

「いらっしゃいませ~[朱雀のお宿]へようこそ~」

 

 続いて迎えたのは全員が様々な種類の割烹着を着た鳥人女性である。

 種類によってケモ度は違うのだが、主の朱雀は人間と同じ程度の背丈だが太腿から下、肩から先が赤い羽毛と翼になっている。和服に似た着物を着ていていかにも旅館主人風だった。

 ここは神獣朱雀が経営する温泉宿で、従業員も皆鳥人を雇っている。鳥人は両手が翼になっている姿の者が多いが、翼の先を指のように器用に使えたり翼下部に手が残っていたりして普通に活動をする分には人間とさほど変わらない。店の名物は絶品の温泉卵だ。

 

「予約していた[姫騎士とエルフとOLとショタオークの会]ですわ」

「風評被害を」

「感じるね……」

 

 クロウとオーク神父が顔を見合わせる。なお予約は伝書鳥で行われた。

 朱雀が小さな鼻眼鏡を直して持っていた帳面に目を落とすと、

 

「へいへい、伺ってるさ。一泊二日で夕食朝食付き。大部屋だったね。それじゃお客さんを[嘲風(ちょうほう)]の間へ案内しな~」

「はい、朱雀様!」

「お荷物お持ちします」

 

 そうして女中が、女衆とクロウの着替えなどが入った荷物を預り部屋へ先導する。オーク神父は荷物一式が入っているリュックを持ってきていたので、女性には重いからと自分で運んだが。温泉宿に来ているのに野宿しても余裕な装備を持ち歩くのはもう癖のようなものであった。

 移動しながら旅館の中を見渡す。内部もかなり広い作りになっていて、土産物店や卓球台に麻雀、人生台無しゲームなどができる遊技場もある。たまごアイスが売ってる喫茶コーナーもある。コンビニ風の雑貨屋もあり、極端に云えばこの宿の中だけで外の街に出なくても良い。

 クロウのような老人からしてみればありがたい旅館であった。

 そして一同は嘲風、と云う種類の魔鳥が襖に描かれている部屋に案内された。

 畳敷きの和室でベランダもある。オルウェルが早速部屋に備え付けのお茶と茶菓子をチェックし出した。スフィは車旅で疲れたのか畳に寝転がり、文字通り転がってい草の匂いを堪能している。イートゥエは早速温泉の道具を準備し出した。オーク神父は非常口や緊急用電灯の場所を確認している。各々、性格の出ている行動であった。

 ふと今更気付いたようにオルウェルが云う。

 

「そういえば二部屋取らなくて、全員同じ部屋でよかったんすか?」

「まあ……問題はなかろう。冒険者してればダンジョンで泊まりこみなどよくあるしのう」

「一緒の方が楽しかろう。ま、まあ別にクローと二人っきりでもいいんじゃが」

「……細かいことは何にも考えてなかったですわ。温泉に浮かれて」

「傭兵してた頃を思い出すなあ……あの頃も皆タコ部屋みたいに寝てたし」

 

 オーク神父のつぶやきにオルウェルが尋ねた。

 

「そういえばわたし以外は昔の仲間らしいっすけど、どれぐらい昔だったすかね」

「ええと……百十五年ぐらいかなあ。確か僕が五十歳ぐらいの頃だから」

「うむ……順調に年を取っていればこの世界では己れは百四十五歳ぐらいか。まあ、実質九十五歳なのだが」

「あら? 九十五と云うならいつの間にクロちゃんを抜きましたのかしら。わたくしが今百四十歳ぐらいですわ」

「私が百五十じゃなー」

「平均年齢がわたし以外高いっすよ!?」

 

 愕然と叫ぶオルウェルである。

 彼女は見た目だけならば、完全にオーク姿のオーク神父を抜けば一番パーティで年上に見えるのだが。

 ただオーク、エルフ共に長命種である為に精神の老化が遅く、またアンデッド化しているイートゥエも基本的な思考はあまり変わらないのであったが。

 

「そんなことより温泉ですわ温泉! 早く行きますわよスフィもオルウェルも!」

「なんでそう張り切っておるのじゃー?」

「こちとら百年以上お湯に浸かって無いんですのよ! 入った快感に気絶しないか心配ですわ!」

「そんなこと言われるこっちが心配っすよ……あ、じゃあお先失礼するっす」

 

 そう言って女三人組は荷物から着替えとシャンプーなどを持って慌ただしく温泉へ向かっていった。

 クロウとオーク神父は互いに顔を見合わせながら、

 

「ま、己れらは上がった後に飲む酒などを部屋に準備してからぼちぼち行くとするか」

「そうだね。おつまみなんかも店を覗いて行こう」

 

 そう言って二人もまずは財布を片手に、部屋を施錠して出て行くのであった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 何がとは言わないが。

 オルウェルは大きかった。

 イートゥエはとても大きかった。

 それを確認したスフィは怒りのあまりに震えた。かの暴虐を許してはおけぬ。自分がこの百年以上掛けて飲んだ牛乳のガロン数を教えてやろうか。そんな気分になった。

 

「ふぬ~!」

「あははくすぐったいっすよなに胸揉んでくるっすか────うわー! イートゥエさんが敏感に反応してビクンビクンしてるぅー!」

「い、いかん。このままではR指定じゃ」

 

 怒りに身を任せて抵抗活動を試みたものの、やばそうなので止めるスフィであった。

 なにせ百年以上ぶりに外的な接触を受ける肉体である。くすぐったさ(曖昧な表現)への耐性は相当に低い。

 痛みには強いのだが。あの鎧は無駄に衝撃を内部に伝える為に、体がミンチよりひでぇことになったのも一度や二度ではない。

 ともあれ風呂場に入る三人である。

 床は石造りで、露天風に作られたとても広い湯船に薄い紅茶色のついた温泉が溜まっている。風呂場には観葉植物なども置かれていて天然温泉らしさも出していた。

 風呂場を囲む壁の上部が開いているのは外の風を取り入れるためと、従業員が飛行して作業をするためだろう。室内だが開放感のある部屋であった。

 

「おお~」

 

 誰と無く感嘆の声を上げて、風呂椅子と桶を運んだ。

 

「背中流すっすよ!」

「ええ、お願いしますわ」

 

 オルウェルの後輩根性な言葉にイートゥエは頷いて任せる。

 彼女の座った背中を見る。とてもアンデッドには見えない白く傷もない背中だ。首元は耐水のガムテープを貼ったままだが湯船に浸かる時には外したほうがいいのではないか。そんなことを思いながら、桶に汲んだ若干ゆるゆるとした粘度のあるお湯を掛ける。

 

「うひゃう……」

 

 イートゥエがびくりと背中を震わせる。

 それを見てオルウェルは風呂場でも掛けたままの眼鏡を曇らせながら嗜虐的な笑みを浮かべた。曇る視界だが、慣れぬ水場にどうして眼鏡を外せようか。

 くすぐるように背中を擦るとその度に嬌声をあげる姫騎士。

 

「このようなっ……ひうっ……わたくしがこれしきっ……ああっ……ひんっ」

「ふへへ~ここがええんすか……!」

「おほぅ……! ダブルピース……!」

「うあああ!! ちょっとイートゥエさん霊魂がはみ出てるっすよ!?」

 

 恍惚とした顔で両手をピースの形にしながら、首元のエクトプラズム部分が彼女の形を取ってふわーっと昇天しかかっているので慌ててオルウェルは引っ張り戻した。モチのような手触りだった。

 イートゥエは深呼吸をしながら、

 

「ふう、鎧から出ているせいか、浄化されやすくなってるみたいですわ。気をつけないと」

「風呂場で変なことをするでない」

 

 半眼で睨むスフィである。

 

「だって百年ですわよ百年以上もお風呂入らなくていきなりお湯被ったら余裕のダブピーですわ」

「ダブピー云うな!」

「それにしても髪を洗う分には頭取り外した方が便利ですわね。あいたたた」

「首のガムテ外してもぐのを見ると猟奇的っすねえ」

 

 べりべりと強力ガムテープを剥いで、頭を鏡台の上に乗っけて両手で洗い始める。

 

「あ、シャンプー使うっすか? この厳選されたエッセンシャルな優しいモイスチャー成分の微粒子が肌に浸透する限定版のシャンプー」

「適当に女性が喜ぶ表現を並べた感じがするのじゃがそれ」

 

 などと話をしていると、天井の方から隣の音が聞こえてきた。

 

「おお、なかなか広くて良い作りだのう」

「そうだね。前に来た時よりお客向けって感じはするよ」

 

 クロウとオーク神父の声だ。隣の男湯と天井は繋がっているらしい。スフィはつい上を向いてしまった。

 すると他の男客の驚愕の声が聞こえた。

 

「こ、こいつぁ暗黒大将軍と地獄大元帥がダブルで登場じゃねえか!」

「……でかーい! 説明不要!」

「はっはっは」

 

 音が響く。同時に三人、男湯と遮っている壁に張り付いた。 

 顔を赤らめつつあわあわと口を動かすスフィ。

 

「あ、暗黒大将軍とは……?」

「不明ですわ……しかし矢張り暗黒なのかしら。大でショーグンショーグン!なのかしら」

「意味がわからない表現になってるっすよ……」

 

 男湯では何やら見せびらかしている様子で「でかい」「すごい」などの声が続いている。

 

「うむ、実はまだ大きくなるのだぞ、これ」

「こうをこうちょっと浸せば」

「うわああ膨らんだあああ!」

 

 同時に女三人は頭を壁に打ち付けた。

 

「大きくなるの!?」

「浸すの!?」

「膨らむの!?」 

 

 もはや男湯は人外魔境なのかもしれない。新たな帝国が生まれつつある大将軍と大元帥の暴虐を、遠からん彼女らは音に聞くしか不可能だ。

 好奇心がむくむくともたげて来たイートゥエはこほんと咳払いをして、

 

「──実はわたくし、髪を洗う時は真上に放り投げるやり方をしますわ」

「嘘つけー!」

 

 堂々とそんな特殊方法を宣言し、彼女は己の頭を天井近く、隣の男湯が見える位置まで投げた!

 すると──。

 投げられた彼女の頭に、どこからか鷹に似た猛禽類が数羽飛来してその凶悪な鉤爪と嘴で容赦なく襲い掛かる。

 鷹の首には[覗き防止監視員]と札が掛かっている。

 

「ぎゃーですわー!?」

 

 鷹爪の力は鷹狩りをやったことのある諸兄ならばご存知だろうが、容赦なく肉を抉る。尖った嘴の一撃は骨を貫通させる威力を誇る。

 そんなものに絡まれたイートゥエの頭は無残なことになり、男湯の方へ落ちていった。

 

「なんだ!? スプラッタな生首が降ってきたぞ!?」

「うわ……ぐろっ……はみ出ておるぞこれ」

「眼球が飛び出て……押しこめば大丈夫かなあ」

「向こうに投げ返しておこう……」

 

 そして再び、ぐしゃっと音を立てて女湯にモザイクが掛けられるようなR-18Gな物体が落ちてきた。

 

「ひいっ……」

 

 オルウェルが息を飲むが、モザイク入り生首がこひゅーとどこか穴が空いたのか妙な呼吸音を出しながら、

 

「い、一メートルの暗黒大将軍が……がくり」

「イートゥエさぁーん!」

「一メートル!? そんなにあったのか!? ええっ!?」

 

 混乱するスフィである。一メートルというと彼女の身長の3分の2以上はある。なにそれ怖い。

 オルウェルがなるべく直視しないようにしながら生首を指さして、

 

「それよりアレどうするんすか!?」

「まあ……放っておいても平気じゃろ。ほれ、胴体の方は何事も無かったかのように温泉に入っておる」

「無駄に器用っすね……」

 

 首のない体がゆったりと湯船に浸かるのを見て、オルウェルもうじゅるうじゅると再生しかけている生首を気にしないことにし、

 

「一メートルかあ……」

 

 と、呟くスフィの手を引いて温泉へ向かうのであった。常識的に考えてありえない大きさなのだが、拗らせた女特有の思考スパイラルに嵌っていく。

 なお余談だがメートルやキログラムの表記、大きさに関しては、ペナルカンド世界特有のモノサシとなった設定がそれぞれあるのだが、地球世界におけるそれとほぼ変わらぬ上に名前も偶然同じなので気にせずに地球のサイズで想像しよう。

 

 一方で男湯。

 

「しかし酒を買ったら抽選で当たったこの[お風呂場で使える、膨らむ大将軍&大元帥人形]っていまいち使いようが無いのう」

「子供でも居れば別なんだけどねえ。無駄に大きいから持って帰るのもちょっと」

「誰か欲しければやるぞー」

 

 などと、お湯に浸けると一メートルぐらいに膨らむキャラクター人形を家族連れの客にあげるクロウとオーク神父であった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 湯から上がりマッサージ器を堪能してから部屋に戻ると、妙にのぼせた女衆が先に上がっていた。

 

「おや? 女は風呂が長いと思っておったが早いなお主ら」

「いやー、久しぶりの湯船にイートゥエさんが何度も昇天しそうになるわ、思い悩んだスフィたんが湯あたりするわで引っ張ってきたんすよ」

「これこれ、若い娘に迷惑を掛けるではないぞ」

「やかましい一メートルぅ……」

「何がだ」

 

 ひんやりとした畳に横たわっているスフィが力ない声を出す。しっかり冷静になって考えればそんなはずはないと云う思考にようやく至った羞恥もある。

 オーク神父が眉を寄せながら目元を隠して、

 

「ちょっとイートゥエさん? 浴衣ちゃんと着てくれない? 肌蹴ててだらしないよ」

「このすーっとした開放感……全裸で居たいぐらいですわ」

「ヘンタイか」

「ヘンタイじゃのー」

「ぶっちゃけ引くっす」

「もしもし、フロントですか? ええ、警察に……」

「百年振りですのよ!? 少しぐらい開放的になりますわ!」

 

 仲間のあんまりな対応に涙目になりながら浴衣を着なおすイートゥエである。

 とりあえず伝声管での通報は止めて、夕餉を頼んだ。

 夕食は鳥の水炊きであった。ふつふつと沸く出汁を張った土鍋に、細切りの大根に水菜を入れて骨付きの鳥肉がごろごろと入っている。

 柔らかな肉を、出汁で割った酢醤油で食べると一噛みごとに味が滲み出る。

 ぶつ切りにされた鳥からまた良い出汁が出ていて食い終わった後はうどんにしても良いし飯を入れても良い。

 付け合せに出された温泉卵も白身は固まっているのに黄身は僅かに色が変わっている程度に絶妙な火加減で、つるりと食べて美味かった。

 

「この鳥肉とか卵とか、出処を深く気にしたら負けなのだろうか」

 

 朱雀のお宿──従業員が全員鳥人な店でクロウはぽつりと呟くが、皆の箸が一瞬止まっただけで返事は返ってこずに食事は再開された。

 酒も買っている。クロウが居なくなってから米作が世界に広まったのを同時に、純米酒も売りだされ始めて温泉宿でも販売していたのだ。

 体内の毒素分解酵素が強いオークや、既に死んでいるアンデッドなどは酔いつぶれることは少ないが酒を飲んで良い気分にはなれる。

 

「それじゃあわたくしの呪いから開放に乾杯ですわ~!」

「はいはい、乾杯」

「よかったのう」

「アンデッドなのは変わらんじゃがのー」

 

 昔からの付き合いの仲間が改めて云う。

 イートゥエはしっかり首をガムテープで固定しながら酒を嚥下する。

 

「ぷはー。生きるって最高ですわ!」

「死んでる死んでる」

「ノンノン、魂があるかぎりわたくしは生きているのですわよ。アンデッドになった人の中には、早く昇天して来世に行こうって方もおりますけれど、わたくしはこうして生きているんが最高だと思いますわ」

 

 彼女の言葉に、クロウが酒盃を口につけながら、思案顔で尋ねる。

 

「しかし、長生きをしていてしんどい事もつらい事もあるのではないか」

「それはありますわ。当然ですもの。でも長生きしていたからこそ、こうして皆と再会して、クロちゃんから鎧を外して貰って、もしかしたら未来にはまだ何か良い事があるかもしれませんわ。自然に死んでしまうなら仕方ありませんけれど、わたくしはどんなにつらくても生きていきたいと思いますわ」

「……そうか。イツエさんは強いのう」

 

 どこか物憂げな顔をしながらクロウは呟く。

 この世界ではアンデッド化で死を先延ばしにして良いことばかりではない。税金は高くなるし一部の教会には寄れないし、種類によっては日光に弱くなったり体調のケアを欠かすと体が崩れたりする。

 首が離れて超再生能力があるぐらいの、割りと便利アンデッドなイートゥエだからそう楽天的に思うのかもしれないが、それでも長生きを苦に思わないのは精神が強いと感心した。

 

「そういえば──っと、これは関係ないのですけれど、クロちゃんが戻ってきてダンジョン潜りしてる理由を詳しく聞いていなかったですわね」

「うむ? ああ、そういえばイツエさんとはドタバタ合流したからのう」

  

 クロウが説明を省いていたことを思い出して、酒を飲み下してゆっくり語りだした。

 

「……この帝国ができる少し前、狂戦士が魔王城を襲った時に己れは別の世界にある故郷に帰ったのだ」

「そうでしたの……話で、魔王と魔女は討伐されたと聞きましたけど魔女の騎士クロウの行方は知れなかったでしたわ」

 

 とは云うものの、魔王城が完全に破壊されて行方不明になったので死んだものとして扱われている。

 ただ賞金なども解消された為に今更彼がこの世界で有名になったからと云って罪が戻るわけでもない。せいぜい知っているのは冒険者ギルドの何人かと、町中でクロウを見かけて以来対病毒装備をしている帝王ぐらいだろう。

 

「故郷……まあ厳密に云うとちょっと違ったのだが、そこで余生を過ごしていこうと思った。そんな中で己れと友人になったが鳥山石燕──いや、お豊と云う女だった」

 

 続ける。スフィは無意識に、ぎゅっと己の拳を握った。

 

「酒飲みでお調子者だったが、良い奴だった。出会って一年と少しぐらいだが、何十年と過ごした莫逆の友のように感じた。恐らく向こうもそうだったであろうな」

 

 彼の懐かしそうな顔に、オルウェルが口を滑らせた。

 

「クロウさんはそのオトヨさんが好きだったんすか?」

 

 隣に座っていたイートゥエから尻を抓まれたオルウェルは「痛ッ」と呟いて思わず口走った自分の言葉の内容を振り返り、ハイライトの消えた目をしているスフィを見た。

 まずい質問であったようだ。察してくれクロウさん……! 彼女は祈った。

 溜め息をついてクロウは云う。

 

「そうさな。己れはあやつのことが好きだったのだろう」

 

 がくがくと震えだしたスフィに慌ててオーク神父が人工呼吸器を取り付ける。吸って、吐いて。呼吸を安定させる。

 耳元で小声で云って安心させる。

 

(大丈夫だから! 友達的な意味だから! 何十年も実際クロウくんと付き合ってたらわかるでしょ!)

 

 なんとか思考のブルースクリーンエラーから復活したスフィである。 

 まったく気づいていないクロウを若干憎ましげに仲間が見遣る。ちょっとは考えて物を言って欲しい。

 

「だが、ある日お豊は命を落としてしまった……」

「病気か何かだったんですの?」

「いや」

 

 首を振って悲しそうにクロウは云う。そこまで詳しくは聞いていなかった、スフィ達も続きに耳を傾けた。

 

 

「……あやつは殺されたのだ」

 

 

 後悔が滲む声であった。

 

「己れが近くに居ればと……悔やんでも悔やみきれん」

「クロー……辛いのなら言わぬでも」

「突然の事で手の尽くしようが無かった。己れが駆けつけた時にはもう……」

 

 沈んだ様子でクロウは告げる。

 

 

 

「お豊は────モチを喉に詰まらせて死んでいた」

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「モチ、っていうとあのモチモチした奴っすか?」

「わたくし、きな粉砂糖が好きですわ」

「僕は茹でたモチに大根おろしと醤油を掛け回したのかなあ」

「私は醤油を塗って焼いたやつじゃな。シンプルイズベスト」

 

 あんまりな内容に話題を逃避し始める仲間たちである。しかしクロウは冗談ではなかったので話を続けた。

 

「うむ。あやつも好きで3つばかり食っていたら詰まったらしい。モチに殺されたも同然だのう。掃除機があれば助かったかもしれんが……」 

「何というか、マジで気に病まない方がいいよクロウくんそれ」

「事故というか、食べる度に致死判定がある食べ物なので仕方ないというか」

「悪魔がどうとか言って無かったかクローや」

 

 慰めなのか何なのか、微妙な空気になった仲間の言葉である。

 

「ああ、なんだかんだで生前に悪魔と契約していたみたいで、死後に己れにその契約を使うことで江戸に飛来した巨大隕石を破壊することに成功したのだが、どうもこのままでは悪魔にお豊の魂を持って行かれそうでな。悪魔には勝手で悪いが契約破棄の道具を求めてダンジョンに来たのだ」

「うーん……モチ女の魂の為ですのね」

 

 イートゥエが微妙そうな顔を一瞬したが、思い直したように立ち上がりクロウの側へ歩み寄って片膝を畳につけた。

 

「理由はなんであれ。我が友クロウの為、呪いの鎧から解き放ってくださった恩義に報いる為、このイートゥエ・デ・フェリペトリア──貴方の騎士となりダンジョンへ共に挑みますわ」

「……ありがとうな。イツエさん」

 

 クロウが微笑みながら返事をすると、仲間の皆も彼を向いて言い合う。

 

「僕は……云うまでも無いか。頑張ろうね、クロウくん」

「頼むぞ、オーク神父」

 

 スフィも気を取り直した。

 クロウの大事な人が居なくなってしまったのは仕方がないにしても、悲しむ彼を励まさねば。

 

「私もクローとのこれからの未来の為に、良いなクロー! お主がモチに詰まっても私が救いだしてやるのじゃよ!」

「そうだな、スフィ」

 

 一緒に生きて、一緒に過ごし、そのうちにまた自分達の関係はゆっくり進めればいいのだ。スフィは笑顔でクロウと握った手を軽く打ち合った。

 オルウェルは彼らのように強い絆は無いけれども、誰も自分についてくるなとも諦めろとも言わないので、どこまで行けるか見てみたくなったので自分も頷き控え目に告げる。

 

「邪魔にならない程度についていくっす」

「オル子も頼りにしてるからのう」

 

 そうしてパーティは酒盃をそれぞれ掲げて再び乾杯をした。

 いつか彼女を解き放つ為に。長らく共に居たはずの大切な何かを取り返す為に。生きてて良かったと思う為に。そしてこれからの生き方を見つける為に。

 

 クロウは今をとりあえず──笑って過ごすことにしている。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 余談。

 

 

「ところでスフィ。ここの温泉、深夜帯になると片方ずつ清掃が入るから混浴になるらしいですわよ」

「なぬっ!!」

 

 クロウを起こして混浴へ向かうスフィである。

 眠たげな雰囲気のままクロウはだるだるとした足取りでスフィに連れられて来た。

 

「なんだ、また風呂か?」

「お、温泉は何度も入らねば勿体無かろう」

 

 そして片方が閉ざされて混浴の看板が掛かっているそこに白々しげに言葉を云う。

 

「おやー? 混浴になってるようじゃのー? 知らんかったのー?」

「どうでもいいが入るのか? 入らぬのか?」

「入るに決まっておろう!」

 

 クロウに取って混浴などカピバラと共に入る程度にしか特別に思うことはないのであるが、スフィからしてみれば別だ。

 傭兵時代騎士時代に男衆が脱ぎだしたら目の毒だからと他の女に目を塞がれていた彼女にしてみれば一大案件である。

 

(果たして一メートルとは!)

 

 入る前から顔を赤くしながら、クロウを引っ張り脱衣所に入る。

 と。

 そこには妙齢の、褐色や青白い肌色をした肉付きの良い美女が大量に脱衣中であった。

 しかも彼女らは先端がハート型に尖った尻尾や、角や蝙蝠めいた羽が生えている。

 艶やかな眼差しをクロウに向けてにじり寄ってきた。

 

「あら~? ボクも入るの~?」

「うふふ~混浴の役得役得」

「体洗ってあげようか、キミ」

 

 苦々しい顔をしだしたクロウの前に出ながらスフィは悲鳴をあげる。

 

「淫魔(サキュバス)の集団がなんで居るんじゃー!!」

「社員旅行で来たんだけど……大丈夫大丈夫、貴女の分も残しておくから……」

「こんなところにクローを入れられるかー!!」

 

 慌てて脱衣所からクロウを引っ張り出す。そして近くを、ダーツゲームで景品を取って部屋に戻ろうと歩いていたオーク神父を身代わりに押しこんだ。

 脱衣所の外まで追いかけて来られては安眠できない。人身御供であった。

 代わりに入ってきたでっぷりとした巨漢のオークにサキュバスの群れは舌なめずりをする。オーク神父の顔色が青くなる。

 

「うわああ!? ちょっとスフィさん!? なんで僕をこんな万魔殿にー!?」

「すまぬ、クローが狙われかねんのじゃよ」

「代わりに僕が狙われてるんですけど!?」

「『それでも! 僕は友達を見捨てたりはしない! 絶対に大事な人を置いて逃げたりはしないんだ!』とか言ってたじゃろ!」

「時と場合によるっていうかあの時君聞いてたのかよ! それなら早く起きろよ──うわああああ!!」

「ありがとう許してくれるな! グッドトリップ!」

 

 オーク神父が無数の淫魔の腕で風呂場に連れ込まれていくのを見送った。

 クロウはスフィの謎の勢いに戦慄しながら、

 

「け、結局お主何がしたかったのだ」

「わからん……疲れた。クロー、一緒に寝るぞ」

 

 彼女は自分でもどうかと思ったのか肩を落として部屋に戻っていく。

 怒られたクロウは、背後に聞こえるオーク神父の悲鳴になんとかスフィの機嫌を直そうと言葉を掛けるのであった。

 

 

 オーク神父はこの後メチャクチャ逃げ切った。

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 魔導鎧[ネメシス・アドラステア]の真っ二つに断ち切られた断面にガムテープを三重に貼り付けて、金属がそれぞれ直接触れないように加工すれば鎧の断面を重ねても自動修復機能は発動しなかった。

 イートゥエを中に入れて再び鎧を外部から鎖で巻いてくっつけ、割りと簡単に鎧の外に出れるように作り直してある。

 再び3メートルの鎧に収まった彼女は手足を動かして不調が無いことを確認した。

 ダンジョンを攻略するには生身よりもこの鎧があったほうが便利なのは確かだ。皆を守る盾になれる。 

 ずっと体を閉じ込めてきた檻のような鎧だが、同時にイートゥエを百年以上守り続けた砦でもある。思うところはあるが嫌いにはなれない装備であった。

 

 

「よし、それじゃあ行きましょうか───ダンジョンへ!」

 

 

 新たな仲間を加えてまた最深部を目指す冒険の日々は続く。

 

 

 

 

 

 

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