Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第10話 シーメール(おんな)の闘い

 ガッキ、キィン……!!

 槍の穂先同士がぶつかり合う。

 上、下。

 連続で打撃音が響いた後、鈍く光を纏う2人のサーヴァントは、ゆるく離れながら降下していく。

 ────北川端地区。大通りの商業地区の、まだまだ宵の口と賑やかな街灯りはやや離れ、眼下は早くも灯りが静かになり始めている住宅街。

 スタッ

 既に軌道が単線になっているやや細い街路を挟んで、ランサーと、青衣のサーヴァント───ライダーは、ほぼ同じ高さのマンションの屋上に、軽い音を立てて着地する。

「さてさて、少し(かぶ)いてはいるようだけど」

 自信の表現の混ざった、挑発気味な笑みで相手を見ながら、ランサーは言う。

「その鎧と青衣は東洋の武人……ってところかね」

「如何にも」

 ライダーもまた、挑発と自信の混じった表情で、口元に笑みを浮かべる。

「じゃが、その程度では真名までは判らんじゃろう?」

「図星だね」

 不敵な笑みは崩さず、ランサーは答える。

「ただ、クラスはライダーだろう?」

「それは隠しても意味がないか。如何にも!」

 ランサーの問いかけに。ライダーは答える。

 クラスシャッフルがあると言っても、バーサーカーはクセがある。宝具やスキルの発動を観察していれば、それにちなんだエピソードに行き当たりやすい。

 それに対して、ライダーは────基本的に、英霊として召喚されるような存在の武将だと、生前において騎乗能力は必須に近い。それが東洋だと、なおさら騎馬戦の猛者ばかりになる。クラスシャッフルなしですら、基本ライダー資質がくっついてくる。

 ────否、近現代由来の英霊にしてもそうだろう。実戦型の英霊だと、戦車(Battle Tank)か航空機がまとわりつく。

 このため、東洋由来でライダーだと、クラスが本当に全くヒントにならない。

 ──ただ、瑞苑の聖杯戦争のより根幹な点、「身体か精神の少なくともどちらかが女性である必要がある」からすると、行き着く候補は絞られるはず……

 ランサーは、その思考を片隅に追いつつ、口元の笑みを消して、構えを取り直す。

「まぁ、マスターに恵まれたとは言えんのじゃが、少しは楽しませてくれい。なによりここには女房がおらんからな!」

 ライダーの方は、構えを取りつつも、意気が上がったように声を張り上げた。

 タンッ

 音もひとつ、意図して揃えたかのように、同時にマンションの屋上から飛び上がる。

 槍撃のタイミングも合わせたかのように────

「はっ!」

 ライダーが短く驚きの声を上げる。ランサーは、一瞬フェイントを仕掛けて、それに合わせたライダーの槍の動きの隙をついて、その胴を狙って、手にした黄金の槍を突き出す。

 真芯を捉えた、と思われたその一撃は、それがその身を貫く直前、ライダーのスッ、と身体ひとつ分、ランサーから見て左側へとズレた。

 しかし、ランサーの方も僅かに眉を動かしつつも、無理に体勢を整え直そうとせず、槍を突き出した勢いでそのまま突っ込み、ライダーとすれ違う形になる。そのまま、位置を入れ替える形で、お互いに間合いを取り直した。

 

 カンカンカンカン……

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 立香は、直前までランサーが立っていた、中堅的なマンションの非常階段を登っていく。

 格好は、入浴時に着ていた水着の上から、白いサマーパーカーを羽織っていた。

 何かの役に立てばと、とりあえずスマートフォンは、半ば無意識に手に持ってきていた。

「はぁっ、はーぁっ……」

 屋上まで上りきった立香は、申し訳程度に行く手を塞いでいた鎖を乗り越え、屋上の床の上まで出てから、そこで、軽く脚を屈めた状態で、両手を膝につき、荒い息を整えようとする。

「はぁっ、はぁっ、ランサー……!」

 見上げると、確かに彼女とわかる、金色の鈍い光が、夜空に確かにあるのが見えた。

 

「宝具の真名開放もなしに、ライダーたるワシを捉えられるとは、本気で思っておるわけではなかろう?」

「まぁねぇ……」

 ライダーの問いかけに、ランサーは、皮肉交じりの笑みを浮かべて、惚けるように答えた。

「そう言うアンタは、よほどの恐妻家なんだねぅ、ま、アタイにも身に覚えがあるからねぇ……特に2番目の嫁さんの気性の激しさったら……」

 ランサーは、場違いにも、どこかしみじみとしたように、槍を構えたままそう言って、軽くため息を()いた。

「男は誰しも身に覚えがあること……と言いたいところじゃが、ウチの女房は別格じゃぞぁ……ワシには『自分と結婚しないと殺す』と言うわ、親父殿が反対すれば親父殿を一騎打ちで打ち負かすわ……」

「…………そりゃ……アタイが言うのも何だけど、確かにきっつい嫁さんだねぇ……」

 お互いに隙を作らないように構えつつも、ライダーが、脅すかのようにまじまじという言葉に対して、ランサーは、唖然としたような表情でライダーを見ながら、そう返した。

「おかげで、晩年はワシの魂の方が女性化していたようじゃな。そのせいで、英霊の座から呼ばれる時には、女房と対象的な下の叔母上の霊基と混ざり合ってしまったようじゃ。おかげで、男だと言うのに、女房よりも可愛らしいぐらいで、胸まで腫れとる。ま、それはそれで構わんが…………」

 

「…………気性の烈しい女性武将? 『結婚しないと殺す』? 相手の父親と一騎打ち?」

 ライダーの言葉で、気になった点を、立香は反芻する。

 そして、手の中のスマートフォンのディスプレイを点灯させると、ロックを外し、ランサーとライダーの方をチラチラと見ながらも、検索ワードを打ち込む。

 

 カン・カァーン!

 カン・カァーン!

 眼下から、フートゴングが連打される音が聞こえる。

 電車のそれにしては、(せわ)しなく感じられたそれに、ランサーとライダーも一瞬そちらに視線を奪われる。

 

 谷地(やち)の石切り場から、採取された石材を運び出すため、日本国鉄/JR貨物20ft規格の30A形8000番台コンテナ2個を乗せた、コキ107形8000番台貨車に、前方にED38形電気機関車1号機、後方に軌道線内の監視係が乗る緩急車ホフ1形が連結されて、軌道線上を東瑞苑駅に向かって走っている。

 

「へぇ、荷車も通れるんだねぇ、これ。面白いねぇ」

 好奇心旺盛そうに、ランサーは、物味遊山の雰囲気を漂わせて、それを眺めだした。

「ランサー!」

 あからさまに余所見をしているランサーを見た、立香の慌てる声が聞こえた時には、ライダーは仕掛けていた。

「もらった!」

 そう言ったライダーだが、その瞬間、ランサーの表情が険し目の真顔に戻っているのが、彼女の視界に捉えられた。

 ガンッ

 ガシッ

「ぬぉっ!?」

 自分に向かって突き出されたライダーの槍を、ランサーは、盾の表面で滑らせるように躱した直後、その槍を掴んだ。

 ヒュッ

「のわぁ!」

 槍の代わりに、その身につけているアーマーブーツの、ピンヒールと言っていいほど鋭いハイヒールで、ライダーに向かって蹴りが繰り出される。

 ライダーは紙一重で躱すものの、ライダーの胸元をかすめ、その胸甲が外れかける。

「アタイはたしかに、皇帝としては直情径行だったと思うけど、それでも皇帝だよ。多少の、東洋で言うところの腹芸ってやつはできないわけでもない」

 お互い間合いを取り直しつつ、不敵に笑いながら、皇帝はそう言った。

「平然と化かし、容赦なく攻める──本当に、女性(にょしょう)は時に恐ろしい……」

 戦慄した表情で、ライダーはそう言った。

「────まぁ、シーメール(おんな)のつもりだけどねぇ。今のアンタと似たような存在(シーメール)だよ。アタイは。まぁ、アタイの場合は、生前由来だけどね」

「何……」

 どこか緊張感に乏しく、苦笑交じりにもニヤニヤとしながら言ってしまうランサーの言葉に、ライダーは反応する。

 その時、

「あったー!!」

 と、立香が、2人に聞こえてくるほどの声を上げた。

「女性でありながら猛将、烈将。『結婚しないと殺す』、相手の父親と一騎打ち! 間違いない、(ムー)桂英(グイィン)! それが妻ってことは、(ヤン)宗保(ゾンパオ)ね!」

 マンションの屋上から、立香は、ビシッ、とライダーを指差しながら、反対の手にスマートフォンを握りつつ、そう言った。

 立香にそのことを突きつけられた瞬間、ライダーは、まるで恐慌でも起こしたかのような、強く引きつり慄いた表情になった。だが、その直後、

「あっちゃぁー、バレちゃったかぁ~」

 と、ライダーは、コロッと苦笑になりながら、そう言った。

「まぁ御名答ってところだよ~」

 どこか穏やかな、人懐こそうな口調で言う。

「で・も・☆ こっちも解ったで。生前からの生殖器が男性の女性(シーメール)、皇帝、その基督(キリスト)教布教前の西欧の様式……ローマ皇帝、ヘリオガバルス、じゃろぅ? 違う?」

「あちゃー……」

 ライダーの指摘に、立香はそう言って目元を手で覆い、ランサーも気まずそうな苦笑を浮かべている。

 ただ────

「アンタ、なんだか、急に口調が不自然になってないかい?」

 と、ランサーが、ライダーを指差してしまいながら、それを指摘した。

「ウン。今、宗ちゃんであって宗ちゃんじゃないからねっ」

「そ、宗ちゃん?」

 立香が声に出す。ランサーともども、なにかに化かされているかのような表情になって、ライダーを見ている。

「さっき宗ちゃんが言うてたやろ? 英霊の座でウチの霊基と混ざりあったって」

「えっと……下の叔母、って言ってたような……」

 ライダーの言葉に、立香が返す。

「そ、宗ちゃんの叔母で、今のこの身体の材料の、(ヤン)延瑛(イェンイン)ですぅ。今後ともよろしゅうなっ」

 方言混じりの口調に聞こえて、それも含めて狙ったようなあざとさを感じさせながら、延瑛はそう名乗った。

「まぁ、精神の方は、ウチが宗ちゃんに宿り木してる形なんやけど……まっ、こうやって交代することもできますぅ」

「は、はは……」

 延瑛の言葉に、立香は乾いた笑いを出した。

「そっか、気性の烈しい女性にトラウマがあるもんだから、逆に自分の理想に近い叔母と同化したってわけか……」

 引きつった笑顔で、言う。もっとも資質はともかく、闘志に欠けることのない(ヤン)(イェ)の一族にあって、延瑛も武に関わる場にあっては、勇猛果敢とされているのだが。

「…………────」

 緊張感がすっかり失われたこの場で、ライダーがなおも、妙に人懐こそうな笑顔で言いかけたときだった。

「!? ランサーのマスター!」

 そのライダーの表情が一変し、緊迫した表情で、立香に声を出した。

「…………え?」

 立香が、間の抜けた声を出した、次の瞬間────

 ガシッ!

 まさに、立香の胸に突き立ちかけていたそれを、革手袋を嵌めた手が掴んだ。

「なに……っこれ……っ!?」

 それは、鋭く研がれた、細くも華奢さのない、黒い槍。

 それを、オレンジのベストの上から胸甲を着けた、ツーサイドアップの、立香とほぼ同じか少しだけ下の年格好の少女が、立香に突き立つその直前で捕まえた形だ。

 だが、その黒い槍は、その手に捉えられると、まるで手掴みまで捕らえられた魚のように、暴れようとするかの様に見えた。

「このっ!」

 少女が表情を険しくして、槍を捕まえている手に力を込めるようにする。すると、その槍は、まるで乾いた泥細工のように、崩れていった。

 少女は体勢を立て直し、ザッ、と、泥の槍が飛んできた方角を向いて、そちらから立香を遮るように仁王立ちになった。

 先ほど泥の槍を捕まえた方とは反対側に、長い金属の爪のクローを嵌めている。

「…………豪快に見えたが、今の今まで気配がなかった、ということは、アサシン、か……」

 ランサーが、呟くようにいうと、ツーサイドアップの少女は、こくん、と頷いた。

「だけど、今のは、立香を……」

 ハッとしたように、ランサーはライダーに視線を向ける。わずかに遅れて、立香もそちらを見た。

「う、ウチ、今の全然知らへんで!? 宗ちゃんだって……」

 疑いの視線を向けられたライダーは、戸惑ったようにしつつも、拳を両肩の高さに上げる姿勢で、抗議の声を上げた。

 すると、

「多分、そういう単純なものじゃないよ」

 と、アサシンが、視線を3人の方には向けずにそう言った。

「昨日あたりから、あんなのがチョロチョロしてるんだ……今見た通り、生前がまともな存在だと、サーヴァントでも危険な相手だよ……」

「サーヴァントでも、って……」

 立香が、理由がわからずに問い質そうとするが、アサシンはそれを遮るようにして、

「いけない、逃げる!」

 と、焦ったような声を上げると、屋上の端に向かって駆け出す。

「あ、ちょっと……」

 立香が、反射的にその背中に声を掛けるが、アサシンはそれには答えない。

「ライダー! あなたもマスターの元に戻ったほうがいい! 聖杯戦争となにか関係してるのは確かみたいなの!」

 そうとだけ言い残して、アサシンは、屋上から飛び上がったかと思うと────クラス固有の “気配遮断” によって、その姿を追うこともできなくなった。

「…………何が、起こってるん……?」

 呆然とするライダーに対し、ランサーは、険しい表情で、口元に手を当てる。

「解らないよ。でも、今はアサシンの言葉に従ったほうがいいと思う」

 ランサーは、そう言いつつ、彼女のいつもの雰囲気からは一転、疑念を抱いた様子で表情をしかめる。

「今の立香を狙った槍、あれじゃまるで、ケルトの戦士の……────」

 





美鈴神父の娘・高瀬輝鐘(きしゅ)
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