Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第11話 静死の槍と熱動の槍

「なんだったの……今の……」

 アサシンの消えた方向の虚空を見たまま、立香は呆然とした様子で立ち尽くしていた。

 スタッ

 その背後に、ランサーが降りてきた。

 その足音を聞いて、立香は振り返る。

「いまのが何だったのか、ランサーは分かるの?」

「アタイにだってわからないよ」

 わずかにだが、漠然とした不安の混ざった様子で、立香が聞く。すると、ランサーは、肩を竦めるようにしながら、まずそう答える。

「ただ……」

「ただ?」

「あ、いや……」

 言いかけて、立香が深く突っ込んでくる反応を見せると、ランサーは言葉を濁す。

「今のところ、一瞬の見た目でそれっぽいなって思っただけだから、全く確信があるわけじゃないんだ」

 笑みのない真顔で、そう説明した。

「それでもいいから!」

「うーん……」

 立香に強く問い質されて、ランサーは、腕組みをして、渋い表情で唸った後、

「ホントに、今のところ全く確信ないからね?」

 と、そう前置きする。立香がその言葉に頷いたのを見てから、ランサーは説明を始めた。

「あの槍、投げた本人がこっちからは見えてすらいなかったのに、正確に立香に向かって飛んできたろ?」

「え、あ……うん」

「しかも、アサシンに捕まってなお、そうしようかとするようにその手の中で暴れた……────」

「って、ちょちょ、ちょっと待って!」

 ランサーが言わんとしていることに気がついて、立香は、驚き、慌てたように声を出し、ランサーの言葉を遮ってしまった。

「それじゃまるで、それって……────」

 ランサーは、自分が言わんとしているところはそれで正しい、というように、真剣な表情をしている。

「────『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』」

 立香の、静かだがはっきりとした言葉で告げるその名前に、ランサーは頷いた。

 ランサー────ローマ皇帝ヘリオガバルスが、それを見て気がつくのは、ある意味自然だ。紀元前1世紀から紀元2世紀初頭にかけて、ケルトを支配し神話時代を終わらせたのは、当のローマ帝国だからだ。もっともヘリオガバルスのセウェルス朝がローマ皇帝の座につくのは、それからさらに1世紀近く後ではあるのだが。

「じゃ、じゃあ、クー・フーリンか、スカサハが召喚されているってこと!?」

 立香は、疑問による不安を絡ませつつも、どこか興奮した様子で、ランサーに食って掛かるように問い質す。

「あ、いや……」

 ランサーは、まず誤魔化すような言葉を出してから、一旦立香の顔から視線を外し、指折り数える仕種をして、考え込む。

「うん……まず、クー・フーリンは、男性で、この時代で言うところの性的マイノリティとつながるエピソードも持ってないはずだから、瑞苑の聖杯戦争に()ばれる可能性は低い」

「あ、そうか……」

 ランサーの説明に、立香は急に勢いを失うかのような口調になった。

「スカサハの方だけど、こっちはまだ可能性があるにはあるけど……────」

 スカサハは、元々のケルト神話でも女性武芸者とされている。この聖杯戦争に喚ばれる資格はあった。

「────ランサーはアタイだし、あと確認してあるサーヴァントは、今のライダーとアサシン、それにセイバー、キャスターか。解ってないのはバーサーカーとアーチャーってことになるけど……」

「宝具として『刺し穿つ死棘の槍』を持っているとしたら、バーサーカー、ってことになるね」

 武芸百般のスカサハならアーチャーでの召喚もあり得るが、むしろだからこそ、その場合は、宝具はより投射武器・兵器として認識されるものになるだろう。

「でもねぇ……」

 そう言って、ランサーは腕組みをして、考え込むような態度を見せる。

「あれが本当に『刺し穿つ死棘の槍』なんだったら、アサシンに掴まれた程度で止められるとは思えないし、あんなボロボロに崩れてなくなっちゃうなんて、ないはずなんだよねぇ」

「え……あ、そ、そうか……」

 ランサーに言われ、謎解きに軽い興奮した様子を見せていた立香も、急に冷や水を浴びせられたかのように、視線を下向きにしてしまう。

 本物の宝具『刺し穿つ死棘の槍』だとしたら、誰かに捕まえられた程度では発動を止められるはずがない。止めるとしたら、『約束されし勝利の剣(エクスカリバー)』のような、明らかにより上位の宝具をぶつけるぐらいしかない。

「確かに、あの能力自体がアサシンの、宝具としての能力の一部なんじゃないかなとも思ったんだけど……」

『今見た通り、生前がまともな存在だと、サーヴァントでも危険な相手だよ……』

 ランサーの言に、アサシンがそう言った言葉が蘇る。

 それは裏返すと、アサシン自身は「自分は生前、まともな存在じゃなかった」、あるいは「自分はまともなサーヴァントじゃない」と言っているようにも理解できる。

「ただ、それを含めたとしてもねぇ……」

 ランサーが言い、立香も困ったような表情をしたままだった。

「それに……ああ、これと直接関係があるかは、わからないんだけどさ……」

 ランサーが、難しい顔をしたまま、視線を立香に向け直して、言った。

「えっ、何。何?」

 立香は、とっかかりでもあるのか、と、軽く驚いたような表情をして、ランサーに訊ねる。

「あのラーメン……────」

 ピリリリリリ……ピリリリリリ……

 ランサーが怪訝そうな表情をして言いかけた時、立香の手の中にあるスマートフォンの着信音が鳴り始めた。

 立香は、ランサーから視線を外し、点灯したスマートフォンのディスプレイを見た。

「パトラ?」

 ディスプレイに表示された発信元は、「クレオパトラ49世」だった。

 とりあえず、通話をタップする。

「はい、もしもし……」

『おっ、出たか……今どこにいる?』

 通話が繋がると、藪から棒にという様子で、クレオパトラ49世が言ってきた。

「え……えーっと……」

 クレオパトラ49世に聞かれ、立香は、スマートフォンを受話器としてあてたまま、オーバーリアクション気味にキョロキョロと周囲を見た。

(なか)川端レジデンスの屋上……かな?」

 立香は、無意識に誤魔化すような苦笑をしてしまいながら、答えた。

『アサシンと接触したよな? ライダーと戦闘中だったとか?』

「え!? なんで知ってるの!?」

 クレオパトラ49世の言葉に、立香は、驚愕の声を出してしまう。

『アサシンのマスターはアタシの知ってる人間なの。詳しいことは説明するから、このままウチに来てくれ』

「えっと、今から?」

『そう。そこから直行して』

「今、私、着の身着のままの恰好なんだけど……」

 クレオパトラ49世に言われて、立香は、自分以外にランサーしかいないそこで困惑したように周囲を見ながら、言う。

『だーっ、着替えとかはアタシが用意するから!』

「えー……アンタとじゃサイズが合わなすぎるじゃん……」

『買ってやるから!』

「どうしたんだい?」

 立香が、クレオパトラ49世とやり取りを続けていると、ランサーが、何事があったのかと、割り込むように声をかけてくる。

(ウチ)に帰るなって」

「え。どういうことだい?」

 立香が、一旦スマートフォンを自分の頭から放して、ランサーを見上げながらいうと、ランサーは、怪訝そうに訊き返す。

「えっと、スピーカーホンにするね」

 立香は、そう言って、通話をスピーカーホンモードにして、それが水平に近い状態になるようにする。

『もしもし?』

「おお、聞こえてるのかい?」

 ランサーにまで聞こえてくるクレオパトラ49世の声に、ランサーが感心したようにしつつ、聞き返すように。

『ああ、うん。で、さ、立香の家はちょっとまずいんだ』

「それは、どういう理由で?」

 クレオパトラ49世が、ランサーも聞いている前提で言うと、クレオパトラ49世はそう答えた。

『203号室に誰か入ったろ?』

「!」

 ランサーも、立香もまた、軽く驚いた顔をした。

「なんか関係があるの?」

 立香が問い質す。

『アサシンが追ってるやつと同じかどうかは不明。多分その可能性は低い。ただ、その部屋を借り上げてるの、魔術協会なんだよ』

「それは……タイミングが良すぎるねぇ……」

 クレオパトラ49世が説明すると、ランサーが険しめの表情のまま、同意の言葉を出す。

『魔術協会が聖杯戦争に参戦すること自体は考えられる話だけどさ、距離的に近すぎるだろ?』

「それは……まぁ……」

 立香は、困ったようにしつつも、否定しない。

『それも、瑞苑の聖杯戦争なら、本来、そこまで心配じゃないんだけどさ。不穏な事が起こってるから』

「それはいいけど……────」

 クレオパトラ49世の言葉に、ランサーは、胡散臭そうな視線を、立香の手の中のスマートフォンに向けた。

「セイバーのマスターさん、アンタが寝首をかかないって保証は?」

『お、そりゃ当然の質問だ』

 ランサーは、疑念を隠さない口調で訊ねたのだが、クレオパトラ49世は、何故か妙に楽しそうに返してきた。

『まぁ保証はできない。ただ、ルール違反の不戦敗をするつもりもないし、サーヴァント戦なら、ウチのセイバーに暗殺なんか無理だから』

 クレオパトラ49世がそこまで言うと、

『マスター! それ、どういう意味ですか!?』

『そういうトコだよ!』

 セイバーの抗議の言葉とともに、バタバタとした音が聞こえてきて、口論口調でクレオパトラ49世が言い返した。

「どうする? ランサー?」

「うーん……どっちも100%信用できるわけじゃないけど……」

 立香が問いかけると、ランサーも難しい表情になって、唸るような声を出してしまうが、

「全く手の内が解らない相手よりは、多少なりとも解ってる方が安心といえば安心か……」

 と、呟く様に言った。

「解った。じゃあ、今からそっちへ行く」

 それを受けて、立香は、スマートフォン越しにクレオパトラ49世にそう伝えた。

『了解。準備して待ってる』

「でも、よく調べたね。アンタ、協会とそんなに仲良かったっけ?」

 立香は、ついでというように訊ねた。

 立香も、モグリ扱いされないよう、顔出し程度はしているが、それほど親しい相手がいるとか、頻繁に出入りしたりしているわけではなかった。それについては、クレオパトラ49世も似たようなものだと思っていたから、意外に思ったのだ。

『逆だよ。アタシ、そこ取り扱ってる不動産屋と付き合いがあるから』

「ああ、なーるほどね」

 クレオパトラ49世が答えると、感心した声を出したのは、ランサーの方だった。

『アタシの物件の周辺状況調べてて、偶然入ってきたって感じなんだけどさ。こんな形で役に立つとは思わなかった』

「ふーん」

 立香の方は、情報ソースそのものには興味がないかのような声を出した。

『ああ、それとさ』

 クレオパトラ49世が、今度は問いかけてくる。

『間桐慎二と連絡取れてる?』

「えっ……」

 それを聞いて、立香が声を出し、ランサーとともに僅かに表情を険しくした。

 この2人、面識はある。と言うか……────

 自身を一流であるべきとする慎二が、名前からして世界的に有名な一族の末裔であるクレオパトラ49世に対してマウントを取ろうとしては、逆にブランド負けする、というパターンが定番化していた。

 例えばテレビならシャープとグリーンハウス、ガステーブルならリンナイとノーリツ、と言った具合である。

 それでいてロボット掃除機は同じECOVACSを使ってるんだから世話がない。

 まぁ、家電は最低限しか揃えない、何ならテレビはもはや持ってすらいない、ロボット掃除機なんか見果てぬ夢、の立香にとっては、「また金持ち同士がどうでもいいことで争ってる」という感覚なのだが。 ────────閑話休題。

『アイツもマスターだろ?』

「うん……パトラとは連絡とれないの?」

『さっきから繋がらん』

「桜ちゃんは?」

『あっ! そうか、そっちにかけてみてもいいのか』

 立香が問いかけるように言うと、クレオパトラ49世は、その事に気付いた、と、声を出した。

『この際だ。違ったらちょっと遅い時間に申し訳ないけど、かけてみる』

 クレオパトラ49世はそう言う。

「でも、気にはなるね」

『まぁ、最悪本人は無事だと思いたいけど……────』

 

 

 若干、時系列は前後する。

 21時ちょうど頃。

 桜野地区。瑞苑町々民会館の駐車場。

「ここか……」

 柏木直斗は、あたりを見回す。

 町民会館とは、トロリーバスの架線も貼られている大通りを挟んで、ほぼ向かいと言っていい位置関係にある瑞苑ガーデンショッピングセンターは、まだ営業しているテナントも多く、照明がついて賑わっているが、それと対象的に、町民会館には既に人の気配がない。

 元々、県下第3位の人口数に見合った公営劇場施設として建設されたため、規模はかなり大きいが、老朽化に対するケアは必ずしも追いついておらず、外壁の褪色や染みなど、薄汚れている感を隠しきれない。

 また、駐車場は、会館の建物の横から、大通り側から見て建物の反対側にあるため、なおさら、通り沿いの瑞苑GSC(ガーデンショッピングセンター)や商店などの喧騒や、その灯りが届きにくい。

 それに加えて、無人だからか、微妙な不気味さも漂っていた。

 駐車場もかなり大きい。その片隅には、北豊田電軌2100形ジャイロバス試作車が静態保存されていた。メーカー主導でつくられた1両きりのもので、特殊な構造の上に三菱電機製が標準の北豊田電軌トロリーバスの中で唯一の東芝・ゼネラルエレクトリック製機器のため、試験終了後は早々に廃車されて、記念品よろしくここに置かれた。

 この昭和時代の代物がオブジェ化されていることも、なおさら周囲の不気味さを高めていた。

 そんな場所に、

『バーサーカーのマスター殿。21:00 町民会館に来られたし』

 立香と同じマンション、ニュー北川端ハイツの203号室の郵便受けに、そんな1文だけの簡単な手紙が差し込まれていたのは、滞在中の準備としての買い出し、マスターとして瑞坂台教会に挨拶をして、下谷地の定食屋で食事を済ませて帰ってきた昼下がりの事だった。

 ──俺がマスターだと知っているという事は、他のマスター……だろうか? まだ、他のサーヴァントと戦闘になってはいないんだが……

 直斗は、怪訝そうに思ったが、そこまで強い疑問でもなかった。マスター本人の気配だけでそうかどうかは判りにくいが、直斗はこの街に着いてから、ずっとバーサーカーと行動をともにしている。サーヴァントの方は、同じサーヴァントか、マスターなら、通りすがってでもいれば感づくはずだ。

 ──だが、わざわざこんなところに呼び出した理由は何だ……?

 直斗の思考が、そこまで至った時。

「見つけたーっ!」

 という、声がした。

「!?」

「直斗殿!」

 直斗がハッとしたのとほぼ同時に、バーサーカーが、直斗を押し倒すような姿勢から、その身体をすくい上げて、その場から横へと跳ぶ。

 ゴワッ!!

 先程まで、直斗達が立っていた場所に、閃光が着弾した。衝撃音が確かに轟き、アスファルトが焦げた匂いが漂う。

 その閃光が飛んできたと思しき方向を見る。

 裏口────と言っても、メインの駐車場に面しているため、それなりに豪奢なそのエントランスの()()()の部分に、2人の人物が立っていた。1人は、肩になにか大きなものを背負っている────

「君が俺をここに呼び出したのか!?」

 直斗が、その人物に問い質す。

「なにそれ、しっらなーい!」

 相手のうちの1人────オルガマリー・オルタは、どこか拗ねたような表情で、そう言ってから、ニカッ、と笑う。

「理由は知らないけど、私の手が届く範囲に、しかも2度も入ってきたんだもの! 相手するしかないじゃない!」

「い、いや待ってくれ」

 直斗は、一度制止を求めたが、

「サーヴァント同士の戦闘は、聖杯戦争中はいつおきたっておかしいものじゃないでしょ」

 と、オルガマリー・オルタも、本来であればそれはそれで筋の通る理屈を説明する。

「いやしかし────」

「直斗殿、相手の言うことにも道理がある。ここはやらねばならぬようですなぁ!」

 すでに、甲冑を纏い、穂先が紅く光る槍を構えたバーサーカーが、言う。前日に直斗と話していた時とは、口調が違っていた。

「バーサーカー、小田氏治、参る! うぉぉぉぉっ!!」

「やっちゃえ、アーチャー!!」

 オルガマリー・オルタの隣に立っていた、アーチャー メディアめがけて、バーサーカーが突進し始める。それに向かって、アーチャーの両肩に装備された、2門の魔導砲の砲口が閃く────

 





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