「なんだったの……今の……」
アサシンの消えた方向の虚空を見たまま、立香は呆然とした様子で立ち尽くしていた。
スタッ
その背後に、ランサーが降りてきた。
その足音を聞いて、立香は振り返る。
「いまのが何だったのか、ランサーは分かるの?」
「アタイにだってわからないよ」
わずかにだが、漠然とした不安の混ざった様子で、立香が聞く。すると、ランサーは、肩を竦めるようにしながら、まずそう答える。
「ただ……」
「ただ?」
「あ、いや……」
言いかけて、立香が深く突っ込んでくる反応を見せると、ランサーは言葉を濁す。
「今のところ、一瞬の見た目でそれっぽいなって思っただけだから、全く確信があるわけじゃないんだ」
笑みのない真顔で、そう説明した。
「それでもいいから!」
「うーん……」
立香に強く問い質されて、ランサーは、腕組みをして、渋い表情で唸った後、
「ホントに、今のところ全く確信ないからね?」
と、そう前置きする。立香がその言葉に頷いたのを見てから、ランサーは説明を始めた。
「あの槍、投げた本人がこっちからは見えてすらいなかったのに、正確に立香に向かって飛んできたろ?」
「え、あ……うん」
「しかも、アサシンに捕まってなお、そうしようかとするようにその手の中で暴れた……────」
「って、ちょちょ、ちょっと待って!」
ランサーが言わんとしていることに気がついて、立香は、驚き、慌てたように声を出し、ランサーの言葉を遮ってしまった。
「それじゃまるで、それって……────」
ランサーは、自分が言わんとしているところはそれで正しい、というように、真剣な表情をしている。
「────『
立香の、静かだがはっきりとした言葉で告げるその名前に、ランサーは頷いた。
ランサー────ローマ皇帝ヘリオガバルスが、それを見て気がつくのは、ある意味自然だ。紀元前1世紀から紀元2世紀初頭にかけて、ケルトを支配し神話時代を終わらせたのは、当のローマ帝国だからだ。もっともヘリオガバルスのセウェルス朝がローマ皇帝の座につくのは、それからさらに1世紀近く後ではあるのだが。
「じゃ、じゃあ、クー・フーリンか、スカサハが召喚されているってこと!?」
立香は、疑問による不安を絡ませつつも、どこか興奮した様子で、ランサーに食って掛かるように問い質す。
「あ、いや……」
ランサーは、まず誤魔化すような言葉を出してから、一旦立香の顔から視線を外し、指折り数える仕種をして、考え込む。
「うん……まず、クー・フーリンは、男性で、この時代で言うところの性的マイノリティとつながるエピソードも持ってないはずだから、瑞苑の聖杯戦争に
「あ、そうか……」
ランサーの説明に、立香は急に勢いを失うかのような口調になった。
「スカサハの方だけど、こっちはまだ可能性があるにはあるけど……────」
スカサハは、元々のケルト神話でも女性武芸者とされている。この聖杯戦争に喚ばれる資格はあった。
「────ランサーはアタイだし、あと確認してあるサーヴァントは、今のライダーとアサシン、それにセイバー、キャスターか。解ってないのはバーサーカーとアーチャーってことになるけど……」
「宝具として『刺し穿つ死棘の槍』を持っているとしたら、バーサーカー、ってことになるね」
武芸百般のスカサハならアーチャーでの召喚もあり得るが、むしろだからこそ、その場合は、宝具はより投射武器・兵器として認識されるものになるだろう。
「でもねぇ……」
そう言って、ランサーは腕組みをして、考え込むような態度を見せる。
「あれが本当に『刺し穿つ死棘の槍』なんだったら、アサシンに掴まれた程度で止められるとは思えないし、あんなボロボロに崩れてなくなっちゃうなんて、ないはずなんだよねぇ」
「え……あ、そ、そうか……」
ランサーに言われ、謎解きに軽い興奮した様子を見せていた立香も、急に冷や水を浴びせられたかのように、視線を下向きにしてしまう。
本物の宝具『刺し穿つ死棘の槍』だとしたら、誰かに捕まえられた程度では発動を止められるはずがない。止めるとしたら、『
「確かに、あの能力自体がアサシンの、宝具としての能力の一部なんじゃないかなとも思ったんだけど……」
『今見た通り、生前がまともな存在だと、サーヴァントでも危険な相手だよ……』
ランサーの言に、アサシンがそう言った言葉が蘇る。
それは裏返すと、アサシン自身は「自分は生前、まともな存在じゃなかった」、あるいは「自分はまともなサーヴァントじゃない」と言っているようにも理解できる。
「ただ、それを含めたとしてもねぇ……」
ランサーが言い、立香も困ったような表情をしたままだった。
「それに……ああ、これと直接関係があるかは、わからないんだけどさ……」
ランサーが、難しい顔をしたまま、視線を立香に向け直して、言った。
「えっ、何。何?」
立香は、とっかかりでもあるのか、と、軽く驚いたような表情をして、ランサーに訊ねる。
「あのラーメン……────」
ピリリリリリ……ピリリリリリ……
ランサーが怪訝そうな表情をして言いかけた時、立香の手の中にあるスマートフォンの着信音が鳴り始めた。
立香は、ランサーから視線を外し、点灯したスマートフォンのディスプレイを見た。
「パトラ?」
ディスプレイに表示された発信元は、「クレオパトラ49世」だった。
とりあえず、通話をタップする。
「はい、もしもし……」
『おっ、出たか……今どこにいる?』
通話が繋がると、藪から棒にという様子で、クレオパトラ49世が言ってきた。
「え……えーっと……」
クレオパトラ49世に聞かれ、立香は、スマートフォンを受話器としてあてたまま、オーバーリアクション気味にキョロキョロと周囲を見た。
「
立香は、無意識に誤魔化すような苦笑をしてしまいながら、答えた。
『アサシンと接触したよな? ライダーと戦闘中だったとか?』
「え!? なんで知ってるの!?」
クレオパトラ49世の言葉に、立香は、驚愕の声を出してしまう。
『アサシンのマスターはアタシの知ってる人間なの。詳しいことは説明するから、このままウチに来てくれ』
「えっと、今から?」
『そう。そこから直行して』
「今、私、着の身着のままの恰好なんだけど……」
クレオパトラ49世に言われて、立香は、自分以外にランサーしかいないそこで困惑したように周囲を見ながら、言う。
『だーっ、着替えとかはアタシが用意するから!』
「えー……アンタとじゃサイズが合わなすぎるじゃん……」
『買ってやるから!』
「どうしたんだい?」
立香が、クレオパトラ49世とやり取りを続けていると、ランサーが、何事があったのかと、割り込むように声をかけてくる。
「
「え。どういうことだい?」
立香が、一旦スマートフォンを自分の頭から放して、ランサーを見上げながらいうと、ランサーは、怪訝そうに訊き返す。
「えっと、スピーカーホンにするね」
立香は、そう言って、通話をスピーカーホンモードにして、それが水平に近い状態になるようにする。
『もしもし?』
「おお、聞こえてるのかい?」
ランサーにまで聞こえてくるクレオパトラ49世の声に、ランサーが感心したようにしつつ、聞き返すように。
『ああ、うん。で、さ、立香の家はちょっとまずいんだ』
「それは、どういう理由で?」
クレオパトラ49世が、ランサーも聞いている前提で言うと、クレオパトラ49世はそう答えた。
『203号室に誰か入ったろ?』
「!」
ランサーも、立香もまた、軽く驚いた顔をした。
「なんか関係があるの?」
立香が問い質す。
『アサシンが追ってるやつと同じかどうかは不明。多分その可能性は低い。ただ、その部屋を借り上げてるの、魔術協会なんだよ』
「それは……タイミングが良すぎるねぇ……」
クレオパトラ49世が説明すると、ランサーが険しめの表情のまま、同意の言葉を出す。
『魔術協会が聖杯戦争に参戦すること自体は考えられる話だけどさ、距離的に近すぎるだろ?』
「それは……まぁ……」
立香は、困ったようにしつつも、否定しない。
『それも、瑞苑の聖杯戦争なら、本来、そこまで心配じゃないんだけどさ。不穏な事が起こってるから』
「それはいいけど……────」
クレオパトラ49世の言葉に、ランサーは、胡散臭そうな視線を、立香の手の中のスマートフォンに向けた。
「セイバーのマスターさん、アンタが寝首をかかないって保証は?」
『お、そりゃ当然の質問だ』
ランサーは、疑念を隠さない口調で訊ねたのだが、クレオパトラ49世は、何故か妙に楽しそうに返してきた。
『まぁ保証はできない。ただ、ルール違反の不戦敗をするつもりもないし、サーヴァント戦なら、ウチのセイバーに暗殺なんか無理だから』
クレオパトラ49世がそこまで言うと、
『マスター! それ、どういう意味ですか!?』
『そういうトコだよ!』
セイバーの抗議の言葉とともに、バタバタとした音が聞こえてきて、口論口調でクレオパトラ49世が言い返した。
「どうする? ランサー?」
「うーん……どっちも100%信用できるわけじゃないけど……」
立香が問いかけると、ランサーも難しい表情になって、唸るような声を出してしまうが、
「全く手の内が解らない相手よりは、多少なりとも解ってる方が安心といえば安心か……」
と、呟く様に言った。
「解った。じゃあ、今からそっちへ行く」
それを受けて、立香は、スマートフォン越しにクレオパトラ49世にそう伝えた。
『了解。準備して待ってる』
「でも、よく調べたね。アンタ、協会とそんなに仲良かったっけ?」
立香は、ついでというように訊ねた。
立香も、モグリ扱いされないよう、顔出し程度はしているが、それほど親しい相手がいるとか、頻繁に出入りしたりしているわけではなかった。それについては、クレオパトラ49世も似たようなものだと思っていたから、意外に思ったのだ。
『逆だよ。アタシ、そこ取り扱ってる不動産屋と付き合いがあるから』
「ああ、なーるほどね」
クレオパトラ49世が答えると、感心した声を出したのは、ランサーの方だった。
『アタシの物件の周辺状況調べてて、偶然入ってきたって感じなんだけどさ。こんな形で役に立つとは思わなかった』
「ふーん」
立香の方は、情報ソースそのものには興味がないかのような声を出した。
『ああ、それとさ』
クレオパトラ49世が、今度は問いかけてくる。
『間桐慎二と連絡取れてる?』
「えっ……」
それを聞いて、立香が声を出し、ランサーとともに僅かに表情を険しくした。
この2人、面識はある。と言うか……────
自身を一流であるべきとする慎二が、名前からして世界的に有名な一族の末裔であるクレオパトラ49世に対してマウントを取ろうとしては、逆にブランド負けする、というパターンが定番化していた。
例えばテレビならシャープとグリーンハウス、ガステーブルならリンナイとノーリツ、と言った具合である。
それでいてロボット掃除機は同じECOVACSを使ってるんだから世話がない。
まぁ、家電は最低限しか揃えない、何ならテレビはもはや持ってすらいない、ロボット掃除機なんか見果てぬ夢、の立香にとっては、「また金持ち同士がどうでもいいことで争ってる」という感覚なのだが。 ────────閑話休題。
『アイツもマスターだろ?』
「うん……パトラとは連絡とれないの?」
『さっきから繋がらん』
「桜ちゃんは?」
『あっ! そうか、そっちにかけてみてもいいのか』
立香が問いかけるように言うと、クレオパトラ49世は、その事に気付いた、と、声を出した。
『この際だ。違ったらちょっと遅い時間に申し訳ないけど、かけてみる』
クレオパトラ49世はそう言う。
「でも、気にはなるね」
『まぁ、最悪本人は無事だと思いたいけど……────』
若干、時系列は前後する。
21時ちょうど頃。
桜野地区。瑞苑町々民会館の駐車場。
「ここか……」
柏木直斗は、あたりを見回す。
町民会館とは、トロリーバスの架線も貼られている大通りを挟んで、ほぼ向かいと言っていい位置関係にある瑞苑ガーデンショッピングセンターは、まだ営業しているテナントも多く、照明がついて賑わっているが、それと対象的に、町民会館には既に人の気配がない。
元々、県下第3位の人口数に見合った公営劇場施設として建設されたため、規模はかなり大きいが、老朽化に対するケアは必ずしも追いついておらず、外壁の褪色や染みなど、薄汚れている感を隠しきれない。
また、駐車場は、会館の建物の横から、大通り側から見て建物の反対側にあるため、なおさら、通り沿いの瑞苑
それに加えて、無人だからか、微妙な不気味さも漂っていた。
駐車場もかなり大きい。その片隅には、北豊田電軌2100形ジャイロバス試作車が静態保存されていた。メーカー主導でつくられた1両きりのもので、特殊な構造の上に三菱電機製が標準の北豊田電軌トロリーバスの中で唯一の東芝・ゼネラルエレクトリック製機器のため、試験終了後は早々に廃車されて、記念品よろしくここに置かれた。
この昭和時代の代物がオブジェ化されていることも、なおさら周囲の不気味さを高めていた。
そんな場所に、
『バーサーカーのマスター殿。21:00 町民会館に来られたし』
立香と同じマンション、ニュー北川端ハイツの203号室の郵便受けに、そんな1文だけの簡単な手紙が差し込まれていたのは、滞在中の準備としての買い出し、マスターとして瑞坂台教会に挨拶をして、下谷地の定食屋で食事を済ませて帰ってきた昼下がりの事だった。
──俺がマスターだと知っているという事は、他のマスター……だろうか? まだ、他のサーヴァントと戦闘になってはいないんだが……
直斗は、怪訝そうに思ったが、そこまで強い疑問でもなかった。マスター本人の気配だけでそうかどうかは判りにくいが、直斗はこの街に着いてから、ずっとバーサーカーと行動をともにしている。サーヴァントの方は、同じサーヴァントか、マスターなら、通りすがってでもいれば感づくはずだ。
──だが、わざわざこんなところに呼び出した理由は何だ……?
直斗の思考が、そこまで至った時。
「見つけたーっ!」
という、声がした。
「!?」
「直斗殿!」
直斗がハッとしたのとほぼ同時に、バーサーカーが、直斗を押し倒すような姿勢から、その身体をすくい上げて、その場から横へと跳ぶ。
ゴワッ!!
先程まで、直斗達が立っていた場所に、閃光が着弾した。衝撃音が確かに轟き、アスファルトが焦げた匂いが漂う。
その閃光が飛んできたと思しき方向を見る。
裏口────と言っても、メインの駐車場に面しているため、それなりに豪奢なそのエントランスの
「君が俺をここに呼び出したのか!?」
直斗が、その人物に問い質す。
「なにそれ、しっらなーい!」
相手のうちの1人────オルガマリー・オルタは、どこか拗ねたような表情で、そう言ってから、ニカッ、と笑う。
「理由は知らないけど、私の手が届く範囲に、しかも2度も入ってきたんだもの! 相手するしかないじゃない!」
「い、いや待ってくれ」
直斗は、一度制止を求めたが、
「サーヴァント同士の戦闘は、聖杯戦争中はいつおきたっておかしいものじゃないでしょ」
と、オルガマリー・オルタも、本来であればそれはそれで筋の通る理屈を説明する。
「いやしかし────」
「直斗殿、相手の言うことにも道理がある。ここはやらねばならぬようですなぁ!」
すでに、甲冑を纏い、穂先が紅く光る槍を構えたバーサーカーが、言う。前日に直斗と話していた時とは、口調が違っていた。
「バーサーカー、小田氏治、参る! うぉぉぉぉっ!!」
「やっちゃえ、アーチャー!!」
オルガマリー・オルタの隣に立っていた、アーチャー メディアめがけて、バーサーカーが突進し始める。それに向かって、アーチャーの両肩に装備された、2門の魔導砲の砲口が閃く────
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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Discordは「一時メンバー」となりますので、私のオフライン時に来られた方は、「エントランス」及び「一時メンバーの連絡用チャンネル」のアナウンスに従って必要事項を書き残してください。