「冬木の聖杯戦争」
「えっ!?」
「なにっ!?」
キャスターが、短く低い言葉でそう言った言葉に、キャスター本人と、黒い何かを除き、サン-ジュスト・オルタを含む、その場の全員が軽く驚く。
「冬木の聖杯は、過去の聖杯戦争で、アインツベルンがルール違反を犯して追加召喚した、イレギュラークラスのサーヴァントが持つ呪いの強さで、穢れてしまっていた。それ以降、冬木の大聖杯が完成する時、それが “泥” になって溢れて大地を焼き穢していたんだ」
「そんな……それじゃあ……」
自身も、そして桜も巻き込まれていただろう冬木の聖杯戦争が、そんな代物を追い求めて行われていたと知って、慎二は表情を戦慄させる。
「衛宮士郎として、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとして、英霊シロウ・イリヤスフィール・エミヤとして……どの生涯を通しても、 “憎悪そのものの泥”、そんなもの、その時しか見たことがない!」
「…………」
ザッ……
多少の回復の時間が必要だったのか、立ち尽くしていた黒い何かが、黒鍵のすべてを汚染しきって飲み込んだところで、動き始める。
サーヴァント達は、その動きに対して構え直す────
「…………」
「えっ!?」
黒いサーヴァントもどきは、顔────目、鼻、口、耳が確認できるわけではないが、明らかに、その視線をオルガマリー・オルタに向けた。そして、その次の瞬間────
ガキィンッ!!
一瞬、追いきれなかったバーサーカーとキャスターの動きより早く、サーヴァントもどきは、一直線にオルガマリー・オルタに攻撃を仕掛けていた。だが、それは、アーチャーが、ビームシールドを自身の全身をすっぽり覆うぐらいに広げつつ、全身で立ちはだかって食い止める。
盾を構築している光の粒子が、突き立てられたかに見えた黒いサーヴァントもどきの二刀流の剣を侵食し、僅かずつだが崩壊させていっている。
「アーチャー!」
オルガマリー・オルタは、その背中を見て、驚いたような、哀しいかのような顔をして声を上げるが、
「自己犠牲じゃないわ────否定はしないけど、サーヴァントよりもさらに物質性が低い、魔術的、霊的存在なら、今の私の障壁を破るのは不可能よ」
と、アーチャーは、余裕気に不敵に笑いながら、そう言った。
「ルビー!」
「はいッ! お任せっ!!」
チャンスと思ったキャスターが、剣の代わりに、背負っていたカレイドステッキ・レプリカを手に取る。
ドンッ、ドンッ!
「疑似魔術回路、展開完了!」
アーチャーのゼロ距離射撃を避けて、黒いサーヴァントもどきがアーチャーとオルガマリー・オルタから距離をとった────
「『
キャスターが、カレイドステッキ・レプリカを振り抜くと、そのヘッドの部分から赤・青・緑の星が迸り、それが1つの直線を軸に螺旋を描くように絡み合い、まるで色とりどりの無数の星が流れているかのようになって、その煌めきが、黒いサーヴァントもどきに迫った。
「────駄目、上!」
オルガマリー・オルタが言う。ほぼ同時に、アーチャーが仰角をとった魔導砲で、射撃し始めた。
「!?」
黒いサーヴァントもどきは、右下半身を失っていたが、空中でアーチャーの射撃を器用に縫って避けながら、夜空の────雲が星を遮った闇の中に、溶けるように消えていった。
「ウソでしょう……」
それを見上げていた慎二が、声を漏らした。
「あそこまで損傷したら、普通、サーヴァントだって……純粋なマナを直接ぶっこむぐらいしない限り、維持はできないでしょうに……」
「そういう意味では、耐久力は高い」
慎二の言葉に、サン-ジュスト・オルタは、淡々とした口調で答える。
「ただ、宝具の能力は高くない。真名解放をしてもオリジナルにはずっと劣る。全体としてはサーヴァントの下位互換と考えていいと思う。油断はできない存在だが……。それと、サーヴァントを召喚した状態の魔術師にはまず効かないが、集団心理を誘導する個体がいる」
「あ、あれみたいなのが、他にもいると!?」
サン-ジュスト・オルタの言葉を聞いて、直斗が驚いたように、黒いサーヴァントもどきが消えていった方を指差しながら、問い質すように言う。
「ああ、ただし、まったく同一ではなく差異があるが。おそらく聖杯戦争の7騎、あるいはルーラーを入れた8騎がいるのではないかと思う」
サン-ジュスト・オルタが答えると、直斗がうんざりしたような顔をする。
「…………」
「……キャスター?」
その説明を聞いて、顎に指を当てて考え込むようにしていたキャスターに、慎二が声を駆ける。
「ええと……その、集団心理を誘導する個体、って言うのは、どんな姿をしていましたか?」
キャスターは、最初に、返事をするように慎二を見てから、サン-ジュスト・オルタに視線を移して、訊ねた。
「…………痩せぎすの男で、常に猫背、といった姿をしている」
「…………ハサンの方か」
サン-ジュスト・オルタの答えを聞いて、キャスターは再び、考え込むように視線を下に向けてしまった。
「それって、やっぱり冬木の第五次聖杯戦争の?」
「え、ああ、うん……────」
キャスターの漏らした名前に、慎二が訊ねると、キャスターは、慎二に視線を向け直して、最初に惰性でそう答えかけて、
「────あ、違う。えっと……そもそも、冬木の聖杯戦争で呼ばれるアサシンが、ほぼ固定でハサン・サッバーハの一族なんだよ。例外はあるみたいだけど、基本的には今、ルーラーが言ったような姿をしてるんだ」
と、はっと気付いたようにして、訂正した。
「アサシンか、なるほどな……その能力を悪用している、もしくはされているわけか」
サン-ジュスト・オルタは、そう呟く様に言ってから、
「柏木氏はわからないが、地元のマスターは知ってるだろう? このところ、路面電車の接触事故が増えていることを」
と、説明を始めた。
「ああ、撮り鉄がって言われてる……クハ200ってやつだっけ? 引退が迫ってるからって……」
慎二が、反応して言う。自身も鉄オタと言うほどでもないが、最近、電車の車内や大きめの施設がある停留所に、引退セレモニーがある旨のポスターが掲示されていたため、覚えていた。先日、立香がそれ自身の車内で見たやつだ。
すると、サン-ジュスト・オルタは、まず頷いてから、説明を続ける。
「すべてがそうではないだろうが、一部はカメラの砲列をつくっていたところへ、そいつが集団心理を誘導して事故を起こさせた。今日の夕方には、東瑞苑駅でかなり大規模な事故を起こさせている」
「ゲッ、あれ、そうだったんだ」
慎二が、慄いたようにそう言った。
かなり大規模な事故になっただけに、既にニュースになって、ローカルのラジオやWebニュースになって流れている。
「こうなったからには、聖杯戦争は一時中断、ということになるのか?」
直斗が、サン-ジュスト・オルタに問いかけた。
「
「魔術協会の方が納得しない?」
サン-ジュスト・オルタの、歯切れの悪い答え方に、直斗が、それを先回りするかのように、訊ねるように言った。
「ああ、 ……ルーラーのアッティスは我々に近い考え方なんだが、積極的に反対していると言うよりは……とにかく返答が遅い上に、はぐらかすような、具体性のない答えが返ってくることが多い」
「それは妙だな……ここの支局は、聖杯戦争の監視に特化していて、主体性を以て教会と取引したり、自己の利益を追求したりする組織ではないはずだが」
サン-ジュスト・オルタの答えを聞いて、直斗は、怪訝そうに口元を手で覆いながら、言う。
「私達も……神父達もその様に認識している。だから、ここは強気に出ていいものなのかどうか、困惑しているというのが本音なんだ」
サン-ジュスト・オルタが、直斗との会話をそこまで進めた時、
「あー、もー!!」
と、焦れたかのように、オルガマリー・オルタが、手を振りながら声を上げた。
「気に入んない!!」
「あーあ、王女様の癇癪が始まったわね」
慎二が、若干意地悪そうな、しかし陰湿さのない笑みでそう言った。
「会話に置いてけぼりだったから……そろそろ我慢の限界だと思ってた」
「そうじゃないわよ! っていうか、お子様扱いしないでよね!」
オルガマリー・オルタは抗議の声を上げる。
「私だって魔術師の端くれだし、この身体はサーヴァントがベースだし、今の話がぜーんぜんわからないわけじゃないわよ。でも、この話には “楽しい” がまったくないの!」
「今はそんなことを言ってる場合じゃ……」
直斗は、困ったような顔でそう言うものが、
「いえ、そうでもないんです」
と、慎二が、その直斗に向かって、手振りで説明する。
「この
「つまり、彼女が “楽しい” がまったくない、というのは……」
「はい、本質的に “より多数の人間に不愉快なもの” を示している事が多いです」
直斗の訊き返すような言葉に、慎二は頷いて、そう説明した。
「そうよ! とにかく、この私の箱庭の中で、そんな “楽しい” が欠片もないことなんか、絶対に許さないんだから! アーチャー、あの黒いの、あいつらやっつけるわよ」
ビシッ、と夜空を指差す姿勢で宣言し、アーチャーの方を向いて、同意を求めた。
「ええ、マスターの……いいえ、マリー、母として、あなたの為に」
2人だけで妙に盛り上がっている様子を、この場にいる他のメンツは僅かに呆れの混じった苦笑で見ていた。
その中で、慎二がポケットからスマートフォンを取り出す。
「ゲッ!? 何この着信数」
ディスプレイを点灯させた途端、闘いのためにサイレントにしてあった最中の、無数の着信通知を見て、慎二は驚きの声を漏らす。
「
SMSの履歴も追う。
『生きてるか? ワカメ! 返事しろ!!』
『とにかく気付いたら、私でもパトラでもいいから、折り返して!』
『姉さん無事ですか? どうしても心配でメールしました。電話でもメッセージでも返事してください』
どうやら桜ではなく、自分になにかあったのかと思われていたようだ。
「ほっ……」
桜に何かあったのではない、と理解して、慎二は、息を吐き出して、文字通りに胸を撫で下ろしてしまった。 ……が、すぐにはっと気を取り直す。その桜に心配をかけてしまっているのだ。少し慌てて、桜からの着信履歴から、折り返し発信しようとする。
「……マスター、マスター!」
そんな慎二を見ていたキャスターが、はっと気付き、緊迫してはいないが焦ったように慎二に声をかけた。
「えっ?」
「ほら、あの2人」
キャスターが指差したのは、オルガマリー・オルタとアーチャーの2人組が、帰りかけようとしているところだった。
「あっ、そっか」
慎二もその事に気がついて、
「ちょっ、ちょっと待って、マリー、それに、……えっと、アーチャー!」
と、自宅である『佐藤デンキ』の方へ向かおうとしている2人の背中に、声をかけた。
「何?」
「どんな……御用かしら?」
オルガマリー・オルタとアーチャーは、振り返りながら、訊き返した。
すると、慎二はちらり、と、バーサーカーや直斗、サン-ジュスト・オルタの方を見た。それで察したかのように、キャスターが、その3人を遮るかのような位置に立つ。
「あ、えっと、バーサーカーとそのマスターさんは、ちょっと聞かないでくれるかな」
「アチャ子さんのマスターさんの為に、ご協力おねがいしまぁす!」
多少申し訳無さそうな苦笑で言うキャスターに、ルビーの声が続いた。
「…………」
それを確認してから、慎二は、アーチャーの方を向き直し、声を潜めるかのように言う。
「あなた、 “裏切りの魔女メディア”、ね?」
そう問われて、アーチャーは、一度視線でオルガマリー・オルタと向かい合った後、
「『違う』、と答えたら?」
と、訊き返した。
「…………こんな時だけど、少し、物騒なことになるわ」
慎二は、表情を険しくして、そう答えた。
「…………ええ、そうよ」
アーチャーは、少し勿体着けつつ、口元で笑んで、それを認めた。
「それで、だったらどうしたというの?」
「……貴女から、借りたい物があるの。あるいは、今回の召喚に持ってきていないのだとしたら、その情報の一部をあなたから読み取らせてほしいのよ」
慎二の、真剣そのものの言い方に、アーチャーは、かえって毒気を抜かれたような表情をしてしまってから、オルガマリー・オルタの方を見た。
「どうかしら、私のマスター?」
「うーん、許可!」
「マスターが応じると言うから私も従うけど、本当は、等価交換であるべきなのよ、魔術師同士ならね」
メディアは、柔和な笑みを浮かべつつ、手振りを加えながら、慎二にそう言った。
ところが、それを聞いたオルガマリー・オルタが、言う。
「あら、それなら、私こそたまには慎二に返さないと」
「あら、普段お世話になっているのね?」
アーチャーは、微笑ましそうにそう言うが、慎二の方は、
「心当たりがないとは言わないけど、立香やパトラほどだったかしら……」
と、不思議そうに言った。
「うん、だって、慎二って……慎二っていうか、パトラといっしょにいるときの慎二、 “楽しい” が溢れ出してるもん!」
アーチャーの応諾に、喜びを表情に出していた慎二だが、急にジト目をオルガマリー・オルタに向けた。
普段、慎二とクレオパトラ49世が意地を張り合っては、ブランド負けする様子は、立香とともにオルガマリー・オルタも見ていた。
また、クレオパトラ49世が、その慎二の自尊心をくすぐって、自宅比較動画など創ってネタにもしているのも知っている。もっとも、多段落ちのさらなるオチとして、立香の自宅があるのだが……────
そんな状況だったから、
「どういう意味よ、それ」
と、慎二も、少し機嫌を損ねたかのように、腕を組んで、そっぽを向いた。
本町地区。間桐姉妹の部屋があるマンション。
ピリリリリ……ピリリリリ……
窓際に置かれた和室用のローデスクの上で、スマートフォンが着信で鳴動する。
桜は、鳴動している自身のスマートフォンを手に取り、少し慌てたようにしながら、着信をタップした。
「もしもし? 姉さん? ……良かった……無事だったんですね」
『……ひとまずは、ってところだけどね』
「良かったです。クレオパトラ(49世)さんや立香さんから、姉さんに繋がらないって来て……私がかけても、出ないから……」
『それは……ごめんなさい』
安堵する桜の言葉に、電話の向こうで、言いにくそうに慎二が謝罪の言葉を口にした。
『それより桜、もうお風呂入っちゃった?』
「いえ。 ……姉さんと連絡がとれないから、何かあったらすぐ出られるように、って。まだお風呂を入れてもいません。今から入れますか?」
『…………そうね、それはお願い』
わずかに考える間があってから、慎二は言う。
『今日は、桜の身体を完全に綺麗にする日だから。すぐに一番風呂に入れるようにしておきなさい。桜、アナタがね』
「え……え……!?」
「すごいやつだよ、この可能性世界の慎二。
「────
────大交差点、中央の制御塔。
カン・カァーン!
電車が、大交差点への接近を知らせるための、フートゴングを鳴らす。
時刻はまもなく23時。街中はまだ明るいが、路面電車の残り本数は少なく、自動車の数も徐々にだが減り始めている。歩行者の方は、もっと顕著に減っていた。
「…………」
その制御塔の屋上で、街中に神経を張り巡らせるかのように、アッティスは立っていた。
ちらちらと、気にするように、ここから直接視認できる間桐姉妹邸のマンションに、視線を向けていた。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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