日付が変わる頃────
北川端の電停で、電車から直斗とバーサーカーのコンビが降りてくる。
「あそこから歩かないで済んだのは、僥倖でしたね」
2つの電停のほぼ中間点にあるニュー北川端ハイツまで歩きながら、バーサーカーが、直斗にそう話しかけてきた。その口調は、穏やかな女性のものに戻っている。
「ま、そうだけど……戦国武将が歩くのを無精していいのか?」
苦笑交じりに、直斗はバーサーカーにそう返す。
「私は確かに歩くのは苦になりませんが、将であればこそ、速度は尊びますよ」
「なるほど、そういう言い方もありか……」
バーサーカーの言葉に、直斗は苦笑したまま、言う。
「俺も歩くのは苦じゃないけどね、まぁ、歩かんで済むならそれに越したことはないか」
そして、そこから僅かに間を挟んで、
「しかし直斗殿……あの手紙」
「ああ」
2人とも、わずかに険しい表情になった。
直斗は元々、自宅の郵便受けに差し込まれていた手紙で、町民会館に呼び出された。だが────
「あの手紙の主は、あの2人じゃなかった」
直斗が、再確認するように声に出した。
オルガマリー・オルタとアーチャーは、サーヴァントを連れた余所者の魔術師が、自身の自宅の近辺に2度も接近した為、警戒して出てきただけ。
間桐慎二とキャスターは、マスターの可能性が高いオルガマリー・オルタの様子を探るため、こちらは故意にその家に近づいた。
実際、手紙について4人に聞いてみたが、知らないと言う。
嘘をついている可能性がないでもなかったが、それは低いと感じた。
「俺だけを呼び出すのが目的なら、あの2人、特にオルガマリー・オルタの自宅からは離すはずだが……」
真意が理解できんと、直斗は口をへの字にした。
「私、拝察してみたのですが……」
バーサーカーが言う。
「ひょっとして、私らを呼び出すのではなく、私らをここから離すのが目的だったのでは……」
「それは考えたんだが、そもそもの動機は?」
難しい顔をしたまま、直斗は訊き返すように言った。
「この近辺に、別のマスターが住んでいる、滞在している……とか」
「!」
バーサーカーに言われて、直斗はハッと目を見開いた。
「確かに、地元在住のマスターなら、この近くにいてもおかしくはない……各個撃破が目的なら、どちらかを離しておいた方が得策……か」
「少なくとも私なら、同盟されたり、漁夫の利を狙われたりするのは避けるようにしますね。 “生前” の経験からも」
……今回こそバーサーカーとして召喚されているが、小田氏治は権謀と立ち回りで領地を維持・奪還したエピソードもある。北条・上杉・佐竹の間で帰属を変えつつ家と領地をつないだ。もっとも、それが裏目に出たことも少なくないのだが。豊臣家による小田原征伐の後は後ろ盾を失い佐竹家に領地を奪われることになるものの、その後に徳川方の結城秀康に客分として迎えられて越前へ移住し、家は断絶せずに命脈を保った。
────会話しつつ、思考を巡らせている間に、2人は立香の自宅でもあるマンション、ニュー北川端ハイツに戻ってきた。
「やれやれ……今日は疲れたな……気を抜ける状況ではないが、少し休みたい」
考えてみれば、下見を兼ねて中央通り沿いの商店街で買い物をしつつ、トロリーバスで瑞坂台教会に顔を出し、昼下がりの午後に帰って来ると
直斗は、常に気を張っていなければならない状況、というものに、不慣れと言うほど経験がないわけでもない。だが、その状況下に置かれると、かえって注意散漫にもなる。
「マスターがお休みになられている間は、私が注意を張っておきますが……────」
バーサーカーは、少しだけキョトン、としたような表情を直斗に向けて、訊ねる。
「その前に、風呂には入りませんか? この時代では、毎日でも入浴するものなのでしょう?」
「ううーん、少し面倒には感じるんだよな……」
直斗の方は、決まり悪そうにした。
「準備は私がいたします故」
「戦国時代の殿様に、風呂の世話なんかさせちゃっていいの?」
バーサーカーの提案に、直斗は、戯け混じりの苦笑をして訊き返す。
「今はマスターに仕える身。それに、この時代は風呂の湯張りも押しボタンひとつでしょう?」
バーサーカーは、くすくすと、いたずらっぽく笑って、そう言った。
「じゃあ、お願いしようかな」
「かしこまりました」
同じ頃。
ヴィヴィーン……
小柄な人物が、スズキ EPO50で、まもなく電車の終わる中央通りを、東から西へ向かって走り、町役場の前を通り過ぎた。
EPO50は、かつて4輪の乗用車メーカーと同じく、2輪車メーカーもカワサキがスクーターを造っていない以外、横並びのフルラインアップにしていた時代に、不朽の名作ホンダ モンキー50をカウンターパートとして、スズキが出していたハンドル可倒式小型バイクだ。モンキーが4ストロークエンジンなのに対して、スズキの得意な2ストロークエンジンを搭載している。
進行方向の信号が赤になっているのを見て、大交差点へ向かいつつ減速を始める。
50ccだが、大交差点は、軌道設備のせいで横断歩道付近に原付が待機できるのに充分なスペースがないため、二段階右折禁止の標識が出ている。そのため、右折車線に入り、既に停車していたハイゼットカーゴの後ろに停車した。ギアを抜く。
車道、歩道の信号がすべて赤になった後、黄色い矢印信号が点いて、交差点内に路面電車だけが進入できる時間が確保される。谷地行きの最終電車が、路面電車にしては大型の元京成の車体で、豪快に大交差点内を左折していく。
信号が青になるが、自動車の通りはまだ多い。EPO50のライダーはギアを入れ、前走車のハイゼットに続いて停止線を越えるが、結局、青緑の矢印信号で右折信号が発されてから、右折した。
街路を直進すると、徐々に道幅が狭くなってくる。途中で併用軌道が右手に逸れて、終点の松原電停に至る。その左側に “呪いの呻く青電話” の電話ボックスがあって、その脇をすり抜け、すぐに行き当たった住宅の前で、停車した。
開けっ放しになっていた、プレハブガレージの小シャッターから、ガレージ内に進入する。中に停められていた、昭和期のヴィンテージな自転車を再生・改造されたそれと、スズキ SJ30Vジムニーとの間に、EPO50を入れ、スタンドを立てた。
「ふー……」
ヘルメットを脱いだクレオパトラ49世は、息を吐き出した。
このガレージも、言うなれば彼女の配信ネタの “宝庫” だ。昭和のダイヤモンドフレームにハブ変速機とオートライトという現代装備を付けた自転車も、5速改造済の状態で購入したSJ30ジムニーもである。
更に言ってしまえば、このガレージ自体、自分の欲しい間口とシャッター配置にするため、新築以来のカーポートを撤去してコンクリ打ちにするだけ業者にやってもらい、プレハブ部材と、規格モノにないものは知り合いの大工にワンオフ製造してもらって、DIYのノリで組み立てたものである。
DIYネタの配信の際、動力工具を使うときなど、
「危ないから……気を付けて……そろっ、そろっと……」
と、如何にも “若い女性のDIYチャレンジ” を装っているものの、撮影をしていないときは
「♪~(ヴィイィィィン)」
と、脚立にまたがって、鼻歌交じりで、ドリルでBS/110°CSアンテナ用のケーブルを通す穴を開けたりしている。……まぁ、隠しているつもりでエアコンプレッサー、しかも和コーポレーションの、単相200V駆動、60Lタンクという個人宅用としては結構でかいのがあるのがバレているため、
────────閑話休題。
「ほら、着替え買ってきたぞー!」
家の中に入ったクレオパトラ49世は、PCの置いてある部屋に入ると、そう声をかけた。
「あっ、ありがとー」
文字通り着の身着のまま、入浴時に着ていた水着にサマーパーカーを羽織っただけという格好で直行してきた立香は、クレオパトラ49世のPCでWebサーフィンをしていたが、クレオパトラ49世が入ってくると、そちらを向いてそう言った。
自作の、メイン機、動画撮影・編集特化機、自作NASがOAデスクの上下に置かれ、ディスプレイが、本人用の席の正面に19インチスクエア、その右手に4K対応23.8インチワイド、左手に10.5インチミニが置いてある。
ケーブル類が走っているため雑然としても見えるが、PCのパーツ類や、ゲーム配信に使う新旧のゲームコンソールはプラスチックのボックスに入れて片付けてあり、床に障害物がないことが解る。
流石に自身のための機材を、自分のいない時にゲストに触らせるのは嫌なのか、もう1台、Dellの中古機に魔改造を執行したPCが置いてあり、立香は折りたたみ椅子に前後逆に座って、それを弄っていた。
「着替えの心配してるのは解ってたけど、まさか今が水着姿だと思わなかったよ」
クレオパトラ49世は、自分用の椅子に座りつつ、頭を抱えるようにしながら、そう言って軽くため息を吐いた。
それを見て、立香は、不満なのかわざとらしくつくったものなのか、唇を尖らせた。
「だから言ったじゃん」
「水着だとは聞いてないって」
「そうだっけ?」
クレオパトラ49世が言い返すと、立香は惚けた声を出す。
「でも、よくこんな時間にパジャマなんか売ってたね?」
立香は、白いパジャマのパッケージを開けながら、言う。
22時になると、流石にほとんどの店は閉まってしまう。デパートや瑞苑GSCのテナントも含めてだ。
「県営病院の正面にあるデイリーヤマザキ。あそこは、入院患者の便宜があるから、そう言うのも売ってるの」
正確には『デイリーヤマザキ瑞苑中通り2丁目店』。瑞苑町は、どういうわけか3大コンビニエンスストアチェーンの空白地帯になっていて、全国区チェーンは『ミニストップ』が、郊外地区も含めて3店だけ。他には『デイリーヤマザキ』が同様に郊外も含めて4店、『セイコーマート』が3店ある。
公衆電話がやたら多い瑞苑町ゆえが、各コンビニも、全店がピンク電話を置いていたりする。もっともほとんどはプッシュホンの675P形かPT-1形なのだが、当のデイリーヤマザキ瑞苑中通り2丁目店に置いてあるのがダイヤル式の675-A2形だったりする。
「ふーん、なるほどね」
総合病院前のコンビニでパジャマが売っている、という事に納得の声を出しながら、立香は着替えを始めようとするが、
「…………お風呂、入り直したいんだけど、もうお湯捨てちゃった?」
と、クレオパトラ49世の方を向き直して、そう訊いた。
「ああ、そうだ……アタシもこれからだったんだけど、沸いてるから、良かったら一番風呂入っちゃえ」
「はーい、じゃあ、もらいまーす」
クレオパトラ49世が勧めると、立香は、立ち上がって、浴室に向かうために部屋を出ていこうとして、一度立ち止まり、クレオパトラ49世を振り返る。
「灯油、充分入ってるでしょうね?」
「
立香がつくったようなジト目で訊くと、クレオパトラ49世は、戯け混じりにも憤った様子で言い返す。
「一昨日給油したばっかだから大丈夫だよ」
「はーい」
仲間内で唯一の灯油ふろ給湯器、それがクレオパトラ49世邸だった。もっともグレードで言えば、コロナ製のエコ・フィールに全自動と最上位のフラッグシップ機なのだが。
「…………うーん……やっぱりどうしても気になるねぇ……」
立香が浴室にいってから、先程まで立香が座っていた椅子の隣に、床に直接腰掛けていたランサーが、独り言として呟いたが、メイン機のサスペンドからの復帰を待っていたクレオパトラ49世は、それを聞き取った。
「気になる? ……ひょっとして、今回の事で?」
そう、訊ねる。
ランサーは、僅かな間、言うべきか言わざるべきか、考えていたようだが、やがて、
「…………セイバーはいるかい?」
「はい? どうかしましたか?」
と、ランサーが意を決したように言うと、名前を呼ばれたセイバーが、ヒョコッ、と、部屋の入口から姿を表した。
「セイバーが斬りかかりかけた。あのラーメン屋の兄さんの事なんだけどねぇ」
「えっ!?」
「やはり! ランサーもそう思いましたか!! あの男!! 絶対なにか企んでいる! 今からでも斬りに行きましょう!! マスター!」
ランサーの言葉に、クレオパトラ49世が驚くのと同時に、セイバーが険しい表情をして、早口で一気にまくし立てた。
「い、いや……アタイはそこまではっきりと断言できないんだけどさ……」
ランサーが、流石に辟易とした様子を見せる。
「セイバー」
クレオパトラ49世は、令呪のある右手の甲を見せる。
「ステイ!」
「はい……解りましたよ……」
「いや……どっちかって言うとセイバーのマスターさんに不本意な事を言うと思うんだけどね……」
そう言って、ランサーは切り出した。
「あの時、あの男、ビビって凍りついて突っ立ってたんじゃないよ」
「え? …………マジで?」
クレオパトラ49世が、意外そうに訊き返す。
ランサーは、頷いてから続ける。
「ジリジリと後に下がってた。しかもあれは、腰が引けてるんじゃなくて、相手が仕掛けた時にカウンターするなり、戦術的に逃げるなりのための予備動作だったね」
「ま……マジで?」
信じられない、と言ったように、クレオパトラ49世は、再度その言葉を出す。
「たださ、アタイにはセイバーのような、そうさね、先入観……って言っていいのかと思うけど、それがないから、聖杯戦争に関わってきそうな者なのか、ただ在野の武芸者なのか、判断がつかなかったんだよね……」
「須磨寺さんはあの店の2階に住み込みバイトしてる人で、そんな武道を修めてるとか、そんな話は聞いたことがないんだけどなぁ……」
ランサーの説明を聞き、クレオパトラ49世は、困惑気な表情で、口調も当惑して、言う。
「普段は何をしてる人なんだい?」
ランサーが聞き、セイバーもクレオパトラ49世を注視する。
「さっき言ったようにあの店の住み込みバイトで、普段から貧乏暇なしって感じなんだよね……あとは…………────」
クレオパトラ49世は、顎を片手でつまむようにしつつ、そこまで、記憶を手繰り寄せるようにしながら、静かな口調で言ったが、そこで、はっと驚いたように口を大きく開けた。
「只今戻りました!」
「あ、えっと、また、お邪魔します!」
クレオパトラ49世の、半ば顔芸タイムと化して僅かな沈黙が流れた時、それを破って、玄関の方から声が聞こえてきた。ランサーが、一度、その声のした方を見る。
「……たまの休みだって言って……桜野のカスミの中のドムドムで何度か見かけた……それも、割と遅い時間に……」
「ドムドム?」
ランサーは、まだ、彼女には聞き慣れていない単語に、鸚鵡返しに訊き返す。
「あそこの中に入ってるハンバーガー店ですよね? それが、なにか?」
セイバーも、わけがわからないと言ったように、クレオパトラ49世に訊ねる。
「あの店の裏に、魔術協会の出入り口があるんだよ」
「魔術協会!?」
クレオパトラ49世の言葉に、2人が完全に揃って声を出した。
「やっぱり、アイツ!」
セイバーは、色めき立って、憤ったかのような表情をしつつ、まだ柄だけのカリバーンPSを、身体の前で握る。
「ど、どうしたんですか!?」
部屋の入口をセイバーが塞ぐ形になっていたため、その背後に姿を表した琉希が、ぎょっとしてそう声を出した。
「いや、いや、いや、セイバー、まだこれだけじゃ状況証拠とすら言えないよ」
ランサーが、そう言ってセイバーを嗜める。
「え、一体、何かあったんですか?」
琉希に続いて、そのサーヴァント、アサシン 弓塚さつきが姿を見せつつ、怪訝そうに問いかける。
「いやね、実は……────────」
ランサーが、2人の方を見て、ここまでの会話をかいつまんで説明する。
「あれ? どうしたの? 部屋の前でこんなに集まっちゃって」
風呂上がりの立香が、パジャマ姿でそこにやってきて、部屋に入る余地がなく、その場で声を出す。
「うーん……それって、普段、魔術師かどうかってことは、隠してるんですよね?」
説明を聞いたアサシンが、怪訝そうな表情で訊ねる。
「まだ仮定の話だけどね。 ……言わんとしてるところは解ってる。アタシも確かめた方がいいとは思ってるさ。でも、本人に問い質しても、後ろ暗いことがあったら隠すだろうしなぁ……」
クレオパトラ49世が、やりにくいなー、と言わんばかりに言うと、
「あっ、それだったら、私に任せてください」
と、挙手するようにしながら、アサシンが言った。
「そうか、エーテライト……!」
琉希が、気がついたように言うと、アサシンが、柔和な笑みの中にも自信ありげな表情で、頷いた。
クレオパトラ49世邸の風呂釜、コロナ UKB-EF472F(FP)
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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