Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第16話 箱庭に灯る

 時系列は前後する。

 日付が変わった頃。

『桜野中央行、最終でーす!』

 目の前のトロリーバス停留所で、トロリーバスが停車し、扉を開けて客扱いをしている。

 この停留所から終点の桜野中央までは、2停留所だが、歩くと少し長く感じる距離だからか、終バスだと言うのに、2人ほどが乗り込んだ。

『発車します。ドアにご注意ください』

 ペーッ……

 扉扱いブザーを鳴らし、扉を閉めて、トロリーバスは発車していく。

 そのバス停の前に、佐藤デンキは存在していた。

 既に閉店しているが、住人がついさっき帰ってきたばかりの2階の部屋には、まだ照明が点いている。

 その、 “オルガマリー・オルタの、箱庭の王国”。

 ジリリリリ……

 磁石式で、事務室と浴室を仕切る金属壁に留められていたアナログ式のキッチンタイマーが、ベルを鳴らした。

 オルガマリー・オルタが、その浴室に入っていく。

 アーチャー メディアは、鳴り続けていたタイマーに近寄ってそれを見るが、停止させるスイッチなどの類は見当たらない。僅かに困惑しかけた時、ベル音は自然に鳴り止んだ。

「ああ、ゼンマイ仕掛けなのね」

 アーチャーがそう呟いた時、浴室内のオルガマリー・オルタは、浴槽のフタを開けて、木製の湯かき棒でお湯を少しかき混ぜて温度を均一に近づけてから、浴室内用のアヒルやら光るバスボールやらが入れられている金属製の水切りカゴから取り出した、クジラのおもちゃの形をしたデジタル湯温計で温度を測る。

「よしッ」

 温度計が39℃を表示しているのを見て、器具栓ツマミを追い焚きの “3” から種火の “2” に戻した。

 一方のアーチャーは、室内のソファに腰掛けていた。当然、肩の兵装は霊子化して格納している。さこで、頬杖をつくようにしながら、

「はーっ……」

 と、ため息を吐いた。

「正味1日……少しオルガマリー・オルタ(あの娘)に感情移入しすぎかしら……」

 1人で、ぼやくように呟く。

 正直、自分が惚れっぽい性格だというのは自覚している。特に、自分が頼れる、あるいは、ストレートに自分に頼ってくる相手に対して、いわゆる一目惚れに近いのめり込み方をしてしまう。

 ──あの娘に対する見立て自体は、間違ってないと思うのだけど……

 その人への惚れっぽさで自身の破滅を招いた自身の直感が、どこまであてになるかは甚だ怪しい。

 ただ、オルガマリー・オルタに関しては、人を裏切る、ということに関して、彼女自身が無縁だ、という確信めいたものはある。もちろん、こちらがよほどの不義を働けば、別の話ではあるだろうが。

 ──でも、まぁ……

 口元で、僅かな自嘲を込めて微笑む。

 これが「自分が相手に頼る」形だと、疑心暗鬼が強く出てしまうのだが、今回のように「自分が相手に頼られる(あるいは頼りたい)」場合、それがそこまで強く出ない自分に気づいていた。

 なぜなら。

 著名な “裏切りの魔女メディア” の物語は、しばしばイアソンへの復讐で語り終えられるが、その後を伝える系譜もある。と言っても、創作されたいくつかの説が混じっていて、はっきりとはしない。

 ただ、そのうちのひとつに、メディアが裏切りの成就の寸前で、それを未遂に終わらせたという話もある。

 イアソンへの復讐ののち、アテナイを追われたメディアは、やがてヒッポテスと名乗る若者がペルセス(Perses)王に囚われたと知ると、その人物を生贄として殺そうと企んだ。その若者の正体は、メディアの息子メードスだった。それまでの悲劇のように、知らずにメードスを謀殺しかけたメディアだったが、この時は寸前で息子であることに気付いた。メディアはメードスに剣を与え、メードスはその剣でペルセス王を討ち、祖父アイエーテースの王権を回復した。

 その後、メードスは東方で王となり、その地はメディアと呼ばれるようになった。これは、母の名前をつけたとも言われている。

「ねぇ、アーチャー」

 アーチャーが独りごちていると、とした様子で、仕切り壁の端に隠れて覗き込むかのように、おずおずっ、と声をかけてきた。

「あら……」

 アーチャーは、意外そうにオルガマリー・オルタを見る。確かにまだ彼女を見ている時間はちょうど24時間を僅かに過ぎたところだが、丸1日の生活を見ている限り、彼女の行動パターンとして見せるものではないと、直感的に感じた。

「なにかしら?」

 そうは思いつつも、アーチャーは柔和に笑って、オルガマリー・オルタに問いかける。

「あの、一緒にお風呂入ろ?」

 ──?

 アーチャーは、ますます不可解に感じた。相手に不安感を与えない程度にだが、疑問に思っていることが表情にも出てしまう。

 オルガマリー・オルタは常に、根拠があるんだかないんだか、自信を伴った軽快なノリで言動をする。あまりに軽快すぎて、周囲の人間が自ら解釈を必要とするほどだ。

 ただ、別に断る理由は────この部屋の浴室がかなり狭いことを除けば────存在しない。

 だから、

「ええ、いいわよ」

 と、アーチャーもそう言った。

「じゃ、じゃあ、アーチャー、先に入って!」

「え?」

「いいから!」

 オルガマリー・オルタの発言に、反射的に訊き返してしまったアーチャーだが、再度オルガマリー・オルタが強く言うと、

「ええ、解ったわ」

 と、そう言って微笑み、オルガマリー・オルタとすれ違うようにして、浴室に向かった。

 洗面・脱衣所で衣装を脱ぎ、過ぎずに成熟した女性の艶めかしい肢体を直に晒しつつ、スリガラスの嵌まった折戸を開いてくぐり、浴室内に入る。

 アーチャーが浴室の扉を閉めたところで、オルガマリー・オルタが洗面・脱衣所の中に戻ってくるのが、物音と扉のスリガラス越しに解った。

「ええと……お湯を出すには……」

 あまりユーザーフレンドリーではない、昭和の設計を引きずっているFE式風呂釜から、シャワーヘッドを手に取りつつ、その操作盤を覗き込む。

「てっぺんの、ガスのツマミを “4” にすると出るよ! 温度の調整は、前向きのツマミ!」

 扉越しに、オルガマリー・オルタの声が聞こえてきた。

 美を称える意味での “魔女” も似合う、非の打ち所がないかのような艶めかしい肢体に、シャワーでお湯をかけ、その体表を洗い流す。先程まで着けていた装甲ブーツの跡が残りつつも、太くはなく華奢過ぎもしない脚線美の高さから、程よくくびれた腰、そして、大きくも大きすぎない魅惑の双丘に、そこすらも艷やかなラインの肩から首元へと、お湯を浴びる高さを変えていく。

 ──毎日のように入浴できて、お湯をたっぷりと使えるのは、この時代の贅沢ね……

 声には出さずに呟きながら、シャワーで流すのを終わらせ、器具栓ツマミを “2” に戻してから、

「ふふ」

 と、まだ、ぷかぷかと浮いていたクジラの湯温計を、微笑ましそうに見ながら、一度手に取りつつ、ゆっくりと浴槽をまたいで、お湯にその肢体を浸けた。

「いいわよ、マスター(マリー)

 アーチャーの方から、扉越しに、洗い場が空くのを待っていただろうオルガマリー・オルタに声をかける。

 すると、ほんの僅かに間を置いた後、カチャ……と折戸を開けて、既に裸体のオルガマリー・オルタが入ってくる。

 身長が低い分、オルガマリー・オルタの方が、その肢体のカーブが峻険ではある。とは言え、充分に魅惑的なものだった。ただ────

「…………」

 まずアーチャーの目に入ったのは、恥ずかしそうに、赤面しつつ視線を伏せがちにしているオルガマリー・オルタの顔だった。

 召喚された昨夜、服の上からとは言え、大胆にも自身の要所を自分から触らせたオルガマリー・オルタが、今更裸身を晒した程度でそうなるのかと、アーチャーは思いつつ、視線を移していくと……────

「あら」

 その、オルガマリー・オルタの “要所” で、彼女曰く “父の要素” として受け継いだ、体格に応じつつも少し小さめの、色白で尖端の出口付近だけがちょっと濃いピンク、というそれが、力強く立ち上がっていた。

「ふふ……母の肢体が、刺激が強かったかしら?」

 誤魔化すような苦笑交じりに、アーチャーはそう言ったが、

「うん、それはある……と思う」

 と、オルガマリー・オルタは、視線を伏せたままそこまで言うと、そこで、顔をあげて、なにかの覚悟を決めたような、真摯な視線を、アーチャーに向けた。

「でも、それだけじゃないの!」

「え?」

 気ばかりが焦ったようなオルガマリー・オルタの口調に、アーチャーは反射的に訊き返す。

 すると、オルガマリー・オルタが説明を始める。

「あのね、私のこれ……おちんちん……今まで、私が困る時は絶対にこうならなかったの……バイトの最中とか、大事な友達や、佐藤デンキのおっちゃんとかの前では、えっちな事が頭に浮かんじゃったりしても、立ったことなくて……」

「そう、なのね」

 説明を聞いて、言葉を返したアーチャーに、オルガマリー・オルタは一度頷いてから、続ける。

「多分、体の中のお父さまが、私が困らないようにしててくれたんだと思う」

「確かに、そう……なのでしょうね」

 実際、人格形成・維持に至らない程度の精神の残滓が、そのような現象を起こすかは、 “魔女” を以てしても断言はできなかったが、アーチャーは否定してしまわないように言葉を選んで、訊ねた。

「私が1人で楽にしてる時に、すっと立ち上がって……『今は快楽に耽ってもいいよ』って、言うみたいに……」

 説明を続けるオルガマリー・オルタは、泣きそうな表情になっている。だが、それはただ辛いから、悲しいから、というだけのことではないようだった。

「それじゃあ……つまり、私が初めて?」

 アーチャーが、ふっとその事に気付いて訊ねると、オルガマリー・オルタはこくん、と頷いた。

「多分、私の身体とその中のお父さまとが、アーチャーを……メディアは、私の全部を受け入れて包んでくれるって、安心して任せていいって言ってるの……!」

「そう……そうなのね……」

 オルガマリー・オルタの、必死の様相の言葉に、アーチャーは、言ってから、優しく微笑んだ。

 立ち上がり、浴槽越しに、きゅっ、と、オルガマリー・オルタを抱きしめる。二組の豊かな双丘を押し付け合う。

「メディア、私、この聖杯戦争に勝ちたいよ。勝って、メディアとずっと暮らしたいんだ」

「ええ、ええ、私が叶えてあげる。自信を持って」

 泣き声になりかけているオルガマリー・オルタの言葉に、アーチャーは、オルガマリー・オルタの後頭部を撫でながら、そう言った。

 それから、アーチャーは一旦、少しだけお互いの身体を離すと、自身の方から、情熱的なキスを交わした。

「ぷは……ふ……」

 キスが離れた時、オルガマリー・オルタは、蕩けて呆けたような表情をしていた。

 一方のアーチャーは、同じ様に熱に浮かされたような雰囲気ながらも、まだ思考がはっきりとしている様子で、身体を離す。

「深くお互いを感じ合いたいけれど……今は、明日の準備が重要だわ」

「あ、そ、そっか、うん!」

 アーチャーに言われて、オルガマリー・オルタは、まだぎこちなさを残しつつも、いつもの口調に戻り始める。

 アーチャーがシャワーヘッドを手に取り、器具栓ツマミを “4” にして、シャワーを出す。最初の熱湯部分を捨ててから、オルガマリー・オルタの身体にシャワーをあてて、流し始める。

「熱くない?」

「うん、大丈夫!」

 そうして、オルガマリー・オルタは、窮屈な浴槽の中に入ると、僅かな間、お湯の中でアーチャーの抱擁に包まれた。

 

「あー、さっぱりしたー!」

 湯上がりのオルガマリー・オルタは、見た目、いつものテンションを取り戻し、住居用にしているスペースにパタパタと足音を立てながら移動する。

「あれ……」

 洋風テーブルの方に置いてあった、ガラケー型スマートフォンの通知ランプが点滅している事に気がついた。

 手に取り、フリップを開いて、テンキー入力でロックを外す。

「あれ、立香からだ。なんだろ?」

 通知欄には、立香の携帯番号からの着信が何回も表示されていて、最後に、同じく立香のキャリアメールの受信が表示されていた。

 メールを開くと、かなり長い文が届いていた。

 それを読み進めていくうちに、オルガマリー・オルタの目元が険しくなっていく。

「メディア、これ見て」

 オルガマリー・オルタは、携帯電話の画面を、アーチャーにも見せる。

 すると、アーチャーの表情はより劇的に険しくなった。

「この人……別のマスターね?」

「どのクラスを召喚してるかは、解らないけど、多分」

 アーチャーの問いに、オルガマリー・オルタは、彼女にしては低い声で答える。

「あなたにとって、信用して良い人物?」

「……友達同士の冗談で済む程度の事は言うけど、悪質な嘘はつかないし、つけない。そういう友だちだし、本質的にそういうやつ」

「そう」

 険しめの表情で、アーチャーは言う。

「それなら、あなたの直感は信じていいわ。多分、()()()()()()()()()()()()()()()

 





須磨寺。
善意のラーメン屋住み込みバイト(嘘くせー)
https://x.com/kaonohito2/status/1957300968195793169

具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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