Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第1話 瑞苑町の藤丸立香

 某I県、豊田郡(すい)(えん)

 JRの大幹線からは、県庁所在地隣の駅で私鉄に乗り換えて1時間足らずのところに存在する地方都市。

 昭和の広域合併のいざこざや、それ以降は財政・人的負担の増加を嫌ったこと、それらを主原因として、市政に移行していないが、自治体の人口では県下第3位の人口をもつ。

 そして同時に、(現在のLRTブームで他の自治体に新設されない限り)県下最後の路面電車が存在する街でもあった。

 その由来にも起因して、町並みはどこかチグハグさを感じさせるところがある。昭和、平成、令和、時折大正テイストの建物もまだ残っている。もっとも、程度の差はあれ、(ふる)くからの地方都市ではよく見られる光景、とも言える。

 意外なところでは、人口あたり公衆電話設置数全国第1位、らしい。もっとも、これはつい最近、携帯電話普及により東京都内ですら公衆電話を探すのが困難になってからの話だったが。

 主に県庁所在地に多い、古くからの地方都市に見られる、商店街で一通りのものが揃う、 “大都会とは言えないが、ないものがない街”。それが瑞苑町だった。

 

 路面電車というと、小さな低床車を思い浮かべるだろうが、ここ瑞苑町の、北豊田電気軌道が運行するそれは、JR線と接続する鉄道線・北豊田線と、軌道線・瑞苑街線がつながっており、軌道線内も鉄道線型の大柄な高床車で運転されている。

 地方私鉄の宿命。京成の中古車が、ラッシュ時用の、関東鉄道の中古車を改造した制御付随車を牽いて、街路上の併用軌道を走っていく。

 同一グループでも京成と関鉄は軌間が違うが、北豊田電軌は後者と同じで、京成車は相模鉄道の発生品の台車を履いていた。

 街路は、支線の末端に近く、単線で、道路もそんなに太くはない。それでも、朝の通勤時間帯。車内は、2連結であるにも関わらず、早くも立ち席客が出ている。

 その電車が、とあるマンションの前を通過していく。

 リフォームはされているものの、確実に昭和の建物であることを隠せない、2階建ての小さなマンション。

 ヴォオォォォ……

 バタンバタンバタンバタン……

「んー……」

 その電車が轟音とともに通過していくところを、マンションの1階の窓から、少女、藤丸立香は、寝起きの気怠そうな様子で眺めていた。

「みんな、 ……やることがあって、いいな……」

 電車の中の人影を見て、立香は、そう呟いた。

 “ごく普通の少女”。立香は自身をそう定義している。いや、定義することを望んでいた。

 だが、実際には少なくとも、ごく普通とはいい難い部分があるのも自覚していた。

 ただ、それを含めても、この地に自分が居ることに、より大きな違和感を覚えることが、時折あった。

 どこか、自分が────なにかの舞台装置として、ここに()()()()()()────そんな感覚が、時折ある。特に、朝のこのタイミングは、ほぼ毎日と言っていいように感じられた。

 それに加えて、寝起きの倦怠感を感じながら、立香は着替えを始める。本来は畳敷きの室内で、脱ぎ散らかした下着やら、パンやコンビニの袋が散らかっている中から、白い衣装を拾い上げて、下着の上から身につける。

「…………」

 この白い衣装にも、先程の違和感の一部があった。

 私服というには妙にラフさがなく、さりとて、学校や企業の制服といったものでもない。

 ただ、この服装の一部として着けている、黒いショートパンツは、気に入っている、というより、ポリシー、もしくはアイデンティティというようなものを抱いていた。

「よしっ、と」

 着替え終わったところで、それまでの怠さを吹き飛ばすかのように掛け声をかけて、 “どこにでもいそうな” 明るい少女の表情になった。

 大きめのウェストポーチを腰につけ、外出の支度を整える。

 玄関の小さな上がり場で、白いロングブーツを履くと、

「いってきまーす!」

 誰か同居人がいるわけでもないのに、立香はそう言ってから、安っぽい扉の玄関を閉め、施錠する。

「おっと、時間、時間」

 安物のスマートウォッチで時間を確認してそう言うと、少し急かされたように、小走りに出発する。

 電車の架線が空中を賑やかにしている街路を、瑞苑町街区を東西に横切る大通りの方へ向かっていると、

 ヴォオォォォォ……

「あ!」

 と、上りの電車が、立香を追い抜いていく。

 追い抜いていったかと思うと、しばらく走って、電停(留所)に停車した。

「待って、待って、待ってぇぇ!」

 立香は、その電車に向かって、手を上げて叫びながら走る。

 だが、

 ペーッ……

「ドアが締まります、ご注意ください」

 と、同じ京成傘下の関鉄バスと同じ、戸締ブザーと録音の定型文が流れた後、無情にも電車の扉は閉じられた。

 地方都市────言い換えれば田舎の路面電車だが、鉄道線とリンクしたダイヤのためか、あまり融通はきかせてくれない。

 カン・カァーン!

 運転台床下のフートゴングを鳴らしてから、電車はモーターの唸りをあげて、大通りへ向かって走っていってしまった。

「ああ、もう!」

 入れ違いに電停にたどり着いた立香は、その場で軽く地団駄を踏んだ。

 時間帯が時間帯なので、次の電車までは15分も開いてない。1本分の余裕をもって出ているから、次の電車でも間に合いはする。間に合うのだが、逆に言うと、余裕がなくなる。

 何より、立香のマンションの立地が、2つの電停のほぼ中間地点なので、目の前に併用軌道が走っていながら、その恩恵が半減している。

 そのため、こういう時、立香の悔しさも強くなるのだった。

 

 電停の電動案内機は、「次の電車は2両編成(ツーマン)で参ります」の表示サインを点灯させていた。

 なので、その扉定位置の表示で待っていたのだが……

「げ」

 やってきた “次の電車” を見て、立香は少し、表情をしかめた。

 立香は、2両編成時の制御付随車の扉位置で待っていたのだが、その制御付随車は、車体もいい加減旧いが、履き替えた台車が戦前製という元京成車がやってきた。

 実際には戦前製台車は、もっと広範囲に使われていたが、このグループのそれは気動車用のもっとも特徴的かつ簡素な見た目をしているものなので、鉄道の造詣が深くない者でもすぐ見分けられた。

 何より、このグループはもうすぐ引退が決まっていた。これらを淘汰するため、同じ京成グループである関東鉄道で引退した()()()が譲られてきて、それをモーターはない制御付随車とは言え、電車にするという魔改造を執行して、戦列に加えたのである。

「しょうがないか……」

 苦笑しながら、心の中で思っただけのつもりの言葉を無意識に声に出してしまいつつ、立香がその車内に乗り込むと、その車両達自身の引退イベントが行われる旨を告知するポスターが貼ってあった。

 もっともそれは、今は瑞苑町の悩みのタネの存在も示しているのだが────

 カン・カァーン!

 “チンチン電車”の語源である、フートゴングを鳴らして、立香を乗せた電車は発車する。

 実際にそんな音は聞こえてきていないが、立香はギシギシ、と車両と言うか、床下の台車が軋むように感じていた。

 やがて街路が広がり、軌道も暫定的に複線になっている区間になる。そのうちに、瑞苑町街区のほぼ中央、やや西寄りにある、“大交差点”に差し掛かった。

 “大交差点”は、大通りに沿って伸びる瑞苑街線の本線に対し、南北に広がる支線との分岐点にもなっていて、かなり大きなものになっている。

 加えて、瑞苑町役場も目と鼻の先にあった。

 ここの分岐器は完全に自動化されておらず、逆に電車の方をオフピーク帯にワンマン化するため、交差点の中央に建っている時代がかった制御塔が、今でも現役で使われていた。

 カン・カァーン!

 交差点に近づくと、電車はフートゴングを鳴らす。

 制御塔の制御係が、電車の接近を見落とさないようにするためだった。

 道路信号が、赤になるとともに、左右を示す路面電車専用の黄色い矢印信号を点灯させる。

 電車は併用軌道のカーブした線路を、東側へ向かって曲がっていった。

 

 東瑞苑駅────慣用とか、案内上とか、そう言う理由でそう呼ばれる建物。

 駅舎があって、北豊田電軌や瑞苑町観光協会の旅客案内所もあることから、そう呼ばれているが、法制度上は、電車停留所の扱いになっている。

 ここから線路をさらに真っ直ぐ進むと、専用軌道に入り、軌道線内の直流600V区間と、鉄道線内の直流1,500V区間を区切る直・直デッドセクションを挟んで、北豊田線との鉄軌分界点に至る。

 ────が、立香は電車をこの “駅” で降りる。

『東瑞苑、東瑞苑です。ご乗車の電車は北豊田電車、赤塚行きです。時間合わせのため6分ほど停車の後、発車いたします。ご利用のお客様はご乗車になってお待ち下さい』

 アーチのあるエントランスがあり、その上には“駅名”の他に、「北豊田電車」という、関東では珍しい呼称を採用した電光文字が据えられている。その姿は、見る者が見れば、

「ちょっと前までの東武浅草駅、あれを小さくした感じ」

 と、言うだろう。

 “駅前” にはバスロータリーとともに、瑞苑町街区を、()()()()外周に沿って走るように建設された、トロリーバス桜坂線の停留所も設置されている。これとの交点であることが、東瑞苑駅を“事実上の駅”にした原因だった。

 そのトロリーバスの架線が張られている道路を挟んで、東瑞苑駅の反対側に、8階建ての、やや古びていながら、手入れのされた立派な店舗ビルがある。

 現在のキーテナントである、スーパーマーケット『LIVRE KEISEI』の看板を掲げていたが、特に一定以上の人間はこの建物を「デパート」と呼んだ。

 21世紀に入ってすぐまでは、実際に百貨店(デパート)だった。こういう地方都市には、複数の百貨店が存在するのが当たり前だった時代があった。

 だが、日本のバブル経済崩壊、アメリカ発のサブプライム(リーマン)ショックと二度の経済崩壊に巻き込まれ、さらには小売革命により通販市場が拡大。例に漏れず、かつてこの建物の主だった百貨店も撤退していった。

 その後、当初『京成ストア』として新しいキーテナントとなり、専門店街も再整備され、しばらくしてCI統一で現在の『リブレケイセイ』となり、店舗ビルとしては現在も健在である。

 そんな経緯で、今でも地元民から「デパート」と呼ばれる。実際、百貨店時代からの専門店街には格式高い店が多く、来客用の品のあるお菓子や、贈答品などは、今でもここが多く利用されていた。

 立香は、駅側から横断歩道をわたると、そのデパートの建物に入っていく。

 どこかシックな装いの店内を歩くと、行き着いた先は、テナントのひとつ、『SUBWAY瑞苑店』だった。

 もっとも、食事を摂りに来たわけではない。

「おはよーございまーす!」

 立香は、カウンターに立っている店員にそう挨拶しつつ、「STAFF ONLY」と書かれた扉を開けて中にはいった。

「おはようございまーす!」

 更衣室、と書かれた狭い部屋に、やはり挨拶しながら入る。

「あっ、おはよおはよ、立香!」

 すると、室内には、別の少女がいた。

 立香とは、似たような意匠だが正反対の配色の衣装から、緑色の制服に着替えようとしているところだった。

「あれ、マリーちゃん、今日シフト入ってたんだ?」

 立香は、大げさに目を(まる)くして、マリー、と呼ぶ少女に、そう問いかけた。

「え、ああ……久保さんがね、子供さんが熱を出しちゃって、病院に連れて行くから、代わってほしいんだって」

 マリー────シルクのようなきめの細かい銀髪に、白磁のような肌と、その特徴から分かる通り、ルーツが日本人ではない彼女、オルガマリー・アニムスフィアは、そう言って軽くため息を()いた。

「私はこの世界の王女様ッ! 街は私のおもちゃ箱ッ!!」

 見た目では、立香よりやや年下に見えるオルガマリーは、普段、そう言って気ままに振る舞う爛漫な少女だが、流石に今は()()()()()()そんなテンションではないらしい。

「その、下宿先はいいの?」

「下宿先言うなし!」

 ロッカーに向かいながら立香が問いかけると、どこかムキになったように、オルガマリーが言い返した。

 彼女の住居は、トロリーバスの街路沿いにある個人経営ジャンクショップ、『佐藤デンキ』の、本来は事務所向けにリフォームされた2階の部屋だった。そして、普段、というほどにはしょっちゅうではないのだが、その『佐藤デンキ』の手伝いをしている。

 サブウェイは、自身曰く「社会勉強ってやつよ!」ということで、2週で3回のシフトになっていた。

 だから、立香は意外に思ったのだが……────

「!?」

 オルガマリーが、言い返すために立香の方を向いた時、立香はそれに気づいた。

 なにかの宗教で見るような、紋章が、オルガマリーの内腿の片方に描かれている。それは、入れ墨にしては、色が鮮やかすぎ、あまつさえ、微かに光を放ってすらいた。

「? ああ、これ?」

 立香がぎょっとそれを凝視したのに気付いて、オルガマリーは、それを立香に見せつけた。

「きれいでしょ? 王女様たるもの、こういうのも身だしなみよねー」

 無邪気に笑いながら、オルガマリーは言う。

「でも、さすがにここ(SUBWAY)のアルバイトのときは、隠しておかないとね」

 そう言うオルガマリーは、そこを覆うためのサポーターを手に持っていた。

 ──なんでそんなところに?

 立香は、呆然としたまま、心中で問いかける。

 立香は、それが何なのか知っている。ただ、本来、それはそこには出るものではない。

「どうしたの立香? 早く着替えないと、遅刻扱いになるよ?」

「えっ、あ、う、うん……!」

 オルガマリーに言われ、立香は、ロッカーの中から自分の制服を取り出し、着替えを始めつつ、

 ──でも、あの模様、鈍い光、間違いない。

 と、思考を続ける。

 ──令呪だ。

 





瑞苑町のオルガマリー。
https://x.com/kaonohito2/status/1951680454370922872

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