「待て!」
ビルの隙間を縫って逃げ────ているのか、駆けていく須磨寺の背中を、立香とオルガマリー・オルタが追いかけていく。
その須磨寺が向かう前方に、大通りの商店の看板が見えてくる。
既に日没の時間を過ぎ、空にはまだその残光があるが、繁華街の看板の灯りの方が目立つ頃になっていた。
「あ!」
立香が声を上げた。
路地は大通りにぶつかると、その路地の太さの割に、太い横断歩道のある交差点になっていて、横断歩道の中央分離帯の部分から右手に入ると、中通り中央電停がある。
路地側の信号は赤を示していた。だが、須磨寺は通りがかったディーゼルの路線バスに向かって跳躍する。252系スペースランナーJP 3扉特装車の屋根に手をつき、身体をほぼ真横に傾けた状態でバスを飛び越えると、内側車線を走っていたエントリーグレードのエブリイバンの屋根を踏み、そのまま電停に降り立つ。
電停にはちょうど、
『東瑞苑止まりでーす!』
と、元京成のクモハ3150形が同じくクハ200形を牽引する形の2両編成が停車して、乗降を行っていた。
須磨寺は、既に混雑時間帯に突入している電停の人混みを器用にすり抜け、電車に乗り込んでしまった。
「路面電車で逃げるとか、ありなの!?」
オルガマリー・オルタが言う。
「この!」
立香が、赤信号を強行突破しようとしたが、交通量の多い時間帯、路面電車によるパーク・アンド・ライド・タウンを構築してきた瑞苑町街区だが、それでも赤信号を突破できるような自動車の少なさではない。
ヴォオォォォ……
バタンバタンバタンバタン……
立香の行く手を阻む車道の向こう側、距離的には目と鼻の先で、須磨寺が駆け込んだ電車は、視界の中を横切って東へと走っていってしまう。
「そ、そうだ! タクシー!!」
立香が思いつき、オルガマリー・オルタと2人してあたりをキョロキョロとするが、時間帯もあって、空車で流しているタクシーの姿は見つからなかった。
そんなことをしている間に、目の前の信号が青になった。
ピヨ・ピヨ・ピヨ・ピヨ……
視覚障害者用音響装置の音で、オルガマリー・オルタが我に返った。
「立香! 信号渡っちゃおう」
「えっ!?」
「ほら!」
オルガマリー・オルタに服の裾を引っ張られて、立香も意識をそちらに向けると、オルガマリー・オルタが指を差す先に、既に次の電車が電停に接近してきていた。北豊田電軌唯一のステンレス車かつ、現有の電動車で少ない非・元京成車の元東急車クモハ7000形が、元関鉄のクハ350形を牽いている。
この時間帯、電車の方も当然、瑞苑街線の運行密度は、帰宅輸送のためにかなり上がっている。
2人が横断歩道を中央分離帯まで進み、電停のホームに駆け上がると、それに合わせるかのように、その電車は電停に停止した。
『お待たせしました、赤塚行きです』
やはり、電動車では少数派の両開き扉が開いたところへ、立香とオルガマリー・オルタは飛び込んだ。
ペーッ…………
『発車します、閉まるドアにご注意ください』
プシューッ……ガラガラガラガラ、バタン。
扉が閉まり、発車する車内で、息を
「あ、そうだ」
と、立香が思い出したように呟くと、スマートフォンを取り出した。
カンカンカンカン……
雑居ビルの非常階段を上がる。
屋上の踊り場まで辿り着くと、
「はぁっ、はぁっ、はぁっはぁっ……」
と、閉じられた鉄格子の門の前で、クレオパトラ49世は、膝に手を突いて屈む姿勢になりながら、身体の酸素を求める欲求に応じて激しくなった呼吸を、なんとか整えようとする。
「セイバー!」
門扉の格子越しに、
セイバーはビームブーメランを使って牽制し、間合いを詰めたり広げたりしながら、フィニッシュを狙っているが、泥のセイバーはそのビームブーメランをも人間には考えられない高速の機動で躱しながら、セイバーに斬りかかろうとする。
バチバチバチバチッ
もう何度目かになるかわからない鍔迫り合い。光の粒子の刃と、泥のセイバーの黒曜の剣がぶつかり、激しく火花が散る。
そのさなかに、険しい表情のセイバーが、声に出して言う。
「さすが、泥に写し取られた存在とは言え、別可能性世界の
余裕などなかったが、逆にそれぐらいは声に出さないと、集中力が途切れそうだった。
「!」
ブォンッ
腰に装着されたままのビームブーメランが、泥のセイバーを横薙ぎにしようとしたが、
シャッ、ドガッ
「ぐぅっ!」
泥のセイバーは、それをギリギリのところで躱すと、セイバーを蹴飛ばし、間合いを取り直した。
「セイバー! くっ……」
ガチャガチャッ
見ていたクレオパトラ49世は、思わず格子の門扉を掴んで揺するが、門扉は開かない。見ると、門の取っ手に鎖がかけられ、南京錠で留められていた。
「いよぉし」
門扉の高さは、平均的な大人の男性より頭ひとつ分くらい高い程度で、上に有刺鉄線などは張られていない。門を乗り越えようと、クレオパトラ49世が門扉に取り付こうとしたときだった。
ピリリリリリ……ピリリリリリ……
スマートフォンの着信音が鳴る。
取りかかりかけた行動を中断し、マイクロショートパンツのポケットからスマートフォンを取り出す。
「立香?」
その表示を見て、怪訝そうにしつつ、「通話」をタップした。
「もしもし……うん、うん? 須磨寺さんが!?」
立香から、その場に居合わせなかった情報を聞かされ、クレオパトラ49世の表情が険しくなってくる。
『それで、東瑞苑の方へ向かってるんだけど、どこへ行こうとしてるのか見当がつかなくて……』
電話の向こうで、立香が困ったように言う。
「…………断定はできないが、心当たりが一ヶ所だけある」
『えっ?』
「ガス屋の貯蔵所だ! あそこからなら、瑞苑の街区の大部分を吹き飛ばせるんだ!」
「きゃあああっ!」
「うわぁぁぁっ!?」
店内で繰り広げられるそれに、買い物客が悲鳴を上げる。
幸い、一般人に新たな負傷者は発生していない。
だが、被害は広がり続けていた。
100円ショップの店頭の陳列棚を倒壊させ、アンティーク調家具ショップが店頭に展示していた商品を木っ端微塵にし、輸入洋酒専門店の店頭の酒瓶を崩して割り、ワインが床にぶちまけられる。
──これ以上、被害は増やしたくない……
キャスターは、心の中で呟き、憔悴する。
──でも、どこへ……
キャスターとしては破格の身体能力で、泥のアーチャーの剣戟をいなし続けていたが、一気に決着をつけられるほどの余裕はない。
「地下よ! キャスター!」
声がかけられた。
「売り場の階段から地下へ! 地下3階のシェルターなら、邪魔は入らない!」
そう言いながら、慎二が、泥のアーチャーの更に背後から、追いかけてくる。
「!」
刀身を左手で支えながら、キャスターは泥のアーチャーの斬撃を受け止めていたが、泥のアーチャーは、慎二の接近に気がつくと、そちらへ顔を向けかけた。
──まずいッ
キャスターは、そう思った時、既に身体が動いていた。
「ぶふぉっ!?」
ルビーが、愉快な声を漏らした。
剣で泥のアーチャーの双剣を受け止めたまま、左手で背中のカレイドステッキ・レプリカを握り、その錫杖頭で泥のアーチャーの顔を引っ叩いた。
「なにするんですか
抗議するルビーの声を聞き流しつつ、キャスターは、泥のアーチャーに覆い被された位置からすり抜けると、
「ここまでおーいで、だ」
と、泥のアーチャーを挑発する。
泥のアーチャーが自身を追いかけて飛び上がったのを見て、キャスターは通路を疾走する。
「キャスター!」
慎二は、キャスターと泥のアーチャーを追って、駆ける。
東第2階段。
屋上駐車場から地下3階まで貫く、建物の東西に2ヶ所存在する階段のうちの片方。
キャスターと泥のアーチャーは、そこに吸い込まれるかのように向かい、下へ向かう階段を降りていくのが、どうにか見えた。
慎二もそれに続いて、悲鳴の上がる店内を突っ切り、階段を降りていった。
地下1階から、さらに下へと続く階段があるが、鎖で封鎖されている。だが、扉などで完全に閉じているわけでもない。
その先で、金属がぶつかる音が聞こえる。
慎二は鎖を跨いで越え、さらに階段を降りていった。
地下2階の踊り場では、封鎖されている機械室への扉に、剣がぶつかったような、ついさっきについたと解る塗装の傷が見えた。
グワッシャン!!
階段の更に下で、破壊音が聞こえてきた。
慎二は、急いで階段を降りる。
地下3階の踊り場に着くと、『北豊田防災センタ』の、
だが、先程までと異なり、キャスターと泥のアーチャーが争っている音や声は聞こえてこない。
「キャスター!?」
レイ・ラインは通じている。キャスターがやられたわけではないはずだ。
だが、周囲はしんとしている。
慎二は、シェルターの中に入り、進んでいって……────
シュタッ
背後で、何かが落ちたような物音がした。
「キャス────!?」
慎二が、表情を明るいものにして振り返ると、そこに立っていたのは、黒い長身の男の姿の方だった。
「マスター! 離れて!」
そう言いながら、キャスターもまた姿を表し、左手に握ったカレイドステッキ・レプリカから、泥のアーチャーに向かって複数の魔力弾を放つ。
だが、その魔力弾は、泥のアーチャーに命中する寸前で掻き消えた。
ただ、その隙を利用して、慎二はキャスターの方へ向かって駆け、泥のアーチャーから離れた。
「!?」
慎二とキャスターが周囲を見る。
その光景は、無機質な鉄筋コンクリートのシェルターではなく、剣が無数に突き立つ丘、そのど真ン中に、2人は立っていた。 ────立たされていた。
「…………仕方ない、やるよ。ルビー、魔力供給制御、お願い」
「はぁい♪ おっ任せくださーい!」
深刻そうな、彼女にしては低い声で言うキャスターに、ルビーは変わらずハイテンションの声で答える。
「キャスター、何を……」
「そこから動かないでね、マスター」
怪訝そうにする慎二にそう言って、キャスターは数歩、泥のアーチャーに向かって歩み出る。
「!?」
泥のアーチャーが、驚いたかのように、一瞬、止まる。
ただし、本当に一瞬のこと。
「同じ詠唱!?」
そう、慎二が疑問を叫ぶ
「!」
その時、僅かに泥のアーチャーが動揺したように見えた。
...
「!」
慎二が身構える。
泥のアーチャーの周囲に生み出された、無数の黒曜の剣が、慎二やアーチャーを取り囲むようにして、矢羽のように放たれる────
ガキン!
ガキッ、ガチッ、ガチッ、バキン! バキッ!!
まるで泥のアーチャーと対になるかのように、鮮やかな無数の剣が、泥のアーチャーが生み出した剣とぶつかり、砕ける。
武具の奔流同士が激しく打ち合い、砕け、対消滅していく。
泥のアーチャーも、キャスターも、お互いの生み出す武具の奔流を、支え、制御するかのように、手を掲げていた。しかし────
「ぐ、ぐぐ……」
キャスターの方が、くぐもった声を漏らした。
「魔力が足りてない!? マスター! もっと、へっぽこなりに
──いや、魔力は足りてる。
「誰がへっぽこよ! ……確かに最低限の自覚はあるけれど!」
──この程度で……泥の紛い物の方が、私より原初の強さを持っているというの……ッ
ルビーと慎二が言い合いする間で、キャスターは、苦悶するかのような表情を浮かべつつ、声には出さずに弱音を吐いていた。
「…………!」
慎二は、それに気がついた。
「令呪を以て命じる!」
右手の甲を掲げて、言う。
「キャスター! 押し返せ!」
「…………!」
その瞬間から、勢いが入れ替わり、それは劇的なものになった。
キャスターの放つ武具の濁流が、泥のサーヴァントの武具の奔流を飲み込み、すべてを霧散する。
泥のアーチャーが狼狽えたかのような動きをした瞬間、その時には────
跳躍し、己の固有結界の中に生じた、その金色の剣を
「『
ザンッ!
泥のアーチャーは、頭部から股関節に向けて真っ二つに両断された。
そのまま、泥のアーチャーの身体が、足元から崩れ始める。
「…………アリガトウ」
「!?」
一旦、視線を床に落とした姿勢になっていたキャスターが、顔をあげ、泥のアーチャーの顔を見上げる。
その時には、すでに、泥のアーチャーの頭部も、乾き、砂礫になって崩壊していくところだった。
「…………いり……や……」
それだけ残して、泥のアーチャーは完全に崩れ、消え去った。
「…………違ぇよ、お前に輪をかけて救いようのなかった、考えなしの
「…………」
ボソボソと呟くように言った言葉は、ルビーには聞こえていたが……────
「なーにが『約束されし勝利の剣』は無理、よ」
慎二が、ジト目でキャスターを見ながら、呆れたような声で言う。
「あはは……」
気まずさを誤魔化すように、キャスターは、後頭部を掻く仕種をしながら、苦笑した。
「多分、マスターが令呪を使ってくれたから、できたと思うんだよね」
「ハイハイ、そう言うことにしておきましょうか」
慎二は、そこまで呆れたように言ってから、
「……って、こんな事してる場合じゃない!」
と、我に返ったかのようになった。
「
「うんっ!」
険しい表情になって言う慎二に、キャスターも、返事をしてから、表情を引き締め、駆け出す慎二に続く。
「桜の居場所は……壊させない……!!」
主従下着艶姿 オルガマリー・オルタ&アーチャー メディア
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