Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第26話 女神の光矢

 瑞苑町には、人口規模にもかかわらず、都市ガスがない。

 実際には、かつては存在した。

 これは、現在の瑞苑町街区が、北豊田電軌の軌道線に沿って発展した事に発端がある。戦前期は、実態としてはひとつの地方都市であったにも関わらず、複数の町村にまたがっていた。

 このために、都市ガス事業もそれぞれの町村が独自に始めてしまい、街区内で供給網が複数に分かれていた。

 戦後、瑞苑町に合併するにあたって、この都市ガス問題も揉める事項のひとつになった。

 なにせガス種だけで、4Bと3Cが混在していた。

 ガス種については4Bに統一し、旧町村ごとに独立していた供給網間は連絡管で接続した後、ガス供給拠点を統合することで、合理化が図られた────はずだったが、これが後々致命的な事態に繋がる。

 瑞苑町ガス事業局は、名目上は統合されたが、実際には組織内部で旧町村ごとにセクト化し、人員配置の最適化を阻んだ。

 そして、継ぎ接ぎの供給網が、高度経済成長にのってエネルギー消費量の増加した1965年頃から問題を起こすことになった。旧町村供給網間のガス流量が、1950年代の想定より遥かに大きくなり、度々 “断ガス” が発生するようになった。

 先述の経緯からの高コスト体質に加えて、戦前期の配管の取替え時期にも当たって追加の設備投資が難しく、この問題は最後まで解決できなかった。

 瑞苑町営ガスは需要家の信用を失い、飲食店などの大口需要家、更に1970年代に入ると戸建て住宅すら町営ガス供給エリア内でもボンベ供給のLPGを選択するケースが増え始めた。

 現在の都市ガスの標準である、高熱量・無毒の13Aへの転換も、予算難で遅々として進まなかった。

 2007年、北見市都市ガス漏れ事故の発生により、経済産業省に無毒化の強い指導が全国の都市ガス事業者にかけられたが、瑞苑町営ガスは熱量変更事業の目処が立たないため、13A相当で受領して4B相当に熱量調整して供給網に送出する無毒化対策を行ったが、これが逆に13A転換の予算を強く圧迫することになった。

 この間、民間売却も検討されていたが、この北見市の事故の経緯もあって、地域の民営都市ガス事業者は採算性改善の余地なしとして交渉を打ち切った。

 そして2011年、東日本大震災により、更新の間に合っていなかった老朽化箇所を中心に無数の損傷箇所が発生。復旧は配管をゼロからやり直す方がまだ安いような状況となり、ここに瑞苑町営ガスは命運を絶たれた。

 2011年度いっぱいで瑞苑町営ガスは精算事業となり、代替として地元LPG販売事業者と共同で「株式会社瑞苑LPガスサービス」を創設し、街区でのLPGバルク供給サービスが開始された。

 

 このLPG転換に際して、合同事業に応じたLPG販売事業者との契約で、太平洋沿岸の工業地帯からやや内陸の瑞苑町まで、町が責任を持って輸送する事になっていた。

 モーダルシフトの時節もあって、鉄道輸送が実施される事になり、瑞苑貨物取扱所から、LPG貯蔵施設への、引込線が存在している。

 LPG受領のための荷役線に、LPGタンク車のタキ25000形(新)が、4両ほどつながって停められている。

 2007年に一旦全廃された国鉄タキ25000形の、名目上の改良型となっている。実際、寸法は全高以外同じなのだが、太平洋沿岸部の路線を走るため、塩害対策でタンク外板をステンレス製とし、台車はコキ107形と同じFT3Aになっている。車籍は北豊田電軌だが、財産としての所有者は瑞苑町だ。

 もし、このタキ25000形(新)が満載状態なら、1両25トンのLPGを積んでおり、それが爆発すれば、東瑞苑駅周辺は更地当然になるだろう。

 だが、目的地はそこではない。

 この貯蔵所の施設の敷地自体は、都市ガス時代からのものだ。町営ガス事業局時代には、ここから都市ガスを送出していた。

 ────そして、経緯の説明からピンと来られた方も多いだろう。

 都市ガス廃止後、配管の撤去は予算難からほとんど手をつけられていなかった。

 2025年3月に実施された、現状把握の為の緊急点検では、追跡用のトレーサーガスをここから流し込んだところ、遠く松原地区でも噴出しているのが確認され、問題になっていた。

 なので────

「いたーっ!!」

 ガス鉄道輸送の荷役線の東側、現在は封鎖されていて、日中でも作業員もほとんど近寄らない、旧都市ガス送出管管理建屋の中で、場違いな声が響いた。

 老朽化したプレハブ建屋の、アルミサッシの出入り口は、それを封じていた鎖が切断されていた。オルガマリー・オルタと、続いて立香が入ると、果たしてそこに、須磨寺は存在した。オルガマリー・オルタが、声を上げる。

 学校の教室を少し長くしたような建屋の中、さらに旧ガス送出管を封印しているステンレスの箱も、すでにこじ開けられていた。

「っ!?」

 立香の表情が戦慄する。

 ステンレスの箱、旧ガス送出管の口が覗くその上に、須磨寺は右手を差し出している。

 その手に握られているのは、 ────ライター。

 須磨寺式分(しきぶ)は、口元で、狂気を感じさせる笑みを浮かべながら、視線を立香とオルガマリー・オルタの方を向いた。

「本気で、瑞苑町全体を破壊するつもりなの!?」

 立香が、驚愕の表情から問い質すように言い、言葉の最中から、須磨寺を睨みつける表情になった。

「よく気付いたな……と、言いたいところだが」

 須磨寺は、気味の悪い薄笑いのまま、表情を変えずに、言う。

「つい最近、騒動になったばかりだからな。ニュースに目を通していれば知っているか」

「すぐには思いつかなかったけど……言われれば」

 オルガマリー・オルタが言ったが、立香は何も言わない。

 ──あ、立香ニュース見てないからクレオパトラ49世(パトラ)に言われるまで知らなかったな?

 オルガマリー・オルタは、どこか気まずそうな表情になっている立香に対して、一瞬だけ、ジトーっとした、呆れたような視線を立香に向けた。

 なにせ立香は自宅にテレビも置いてない。もちろん、DVD/HDDレコーダーのようなTVチューナー内蔵機器も含めてだ。ラジオも滅多に聞かないし、Webサーフでも地元ニュースをきちんと追っているのかどうか。

 対して、昭和・平成初期の家電のおもちゃ箱状態のオルガマリー・オルタの “箱庭の王国” は、テレビ放送は地上波も衛星も見られるし、縦型CDプレーヤーのゴツいラジカセでラジオもよく聞いている。

 僅かに経って、2人は再び、険しい表情で須磨寺を睨んだ。

 すると、須磨寺はしかし、見せつけるようにしていたライターを、何故かポケットにしまってしまった。

 バンッ、と、ガス送出管の封印箱の蓋も閉めてしまう。

「!?」

 意図がわからず、立香とオルガマリー・オルタは、軽く混乱したような、驚いた表情になる。

「流石だ、と言うべきところだろうが、…………こちらが陽動だとは考えなかったかね?」

「えっ!?」

 ニヤニヤとした表情の、須磨寺の言葉に、立香が短く声を出す。

「確かに私はこの街を破壊したいと考えている。 ────ただし、それは、この地の聖杯を穢し、この閉鎖世界を文明消去の起点とするためだ」

「だから……?」

 立香は、険しい表情を怪訝さに染め、問い返す。

「もともと明神地区には、聖杯のある湧き水池のところまでは、都市ガス管は通っていなかったのだよ」

「じゃ、じゃあ……」

 立香が言い、オルガマリー・オルタと2人して、建屋の出入り口に立ち、荷役線に止まっているタンク車越しに、西の空を見た。

 先程までただの漆黒だったそれは、稲光のようなものを表面に伴いながら、ゆっくりと降下していく。

 

 

 ストッ

 クレオパトラ49世を肩に担いだセイバーが、松原のクレオパトラ49世邸の前の路地に降り立った。

 セイバーがクレオパトラ49世を、抱きかかえる姿勢から地面に降ろす。クレオパトラ49世はすぐに駆け出す。

 ショートパンツの、スマートフォンとは反対側のポケットからいくつかの鍵をまとめたキーホルダーを取り出しつつ、ガレージのシャッターまで辿り着くと、やや小さな鍵を使ってシャッターのロックを外す。

 それから、勢いよくシャッターを上げ、白いジムニーの車体があらわになる────が、

「だめだ……」

 と、セイバーが、静か故に憔悴が解る声を出した。

 その声にクレオパトラ49世が振り返った時、まず瑞坂台教会のライトエースが、次いで慎二とアチャ子(キャスター)の乗ったタクシーが、クレオパトラ49世邸の前に到着する。

 3人と、それに桐谷直哉が、降車して、空を見上げる。

 それはもはや、 “西の空を見上げる” ではなく、 “真上を見上げる” だった。

「これが……」

 キャスターが、息を呑むようにしてから、細い声で言う。

「泥のアンリ・マユ……」

「…………そうか、キャスターは知ってるんですね……」

 セイバーが、自身も視線が上空に釘付けになったように見上げながら、言った。

「うん……冬木の聖杯が汚染された、その原因だからね……」

「こんなもの、攻撃してどうにかなるっていうの?」

 慎二も、愕然とした様子でほぼ真上を見上げながら、言う。桜は、その慎二のそばに寄ってきていた。

「こんなもの……流石に規模は想定外でした……これを破壊するなら、セイバーシルエットでは力不足……普段は封印しているアテナシルエットでもないと……」

 セイバーが、絶望感の漂う口調で呟くように言うと、クレオパトラ49世がすぐに反応する。

「だったら、それを早く!」

「無理なんですよ!」

 セイバーは、自棄を起こしたようなぶっきらぼうな口調で言った。

「今回私は、英霊の座を通して召喚されている……セイバーとして……ですから、アーヴァロンの行動中換装は使えないんです! それでなくても、あれは威力が大きすぎて、ルーラーの、特に重大な任務の時にしか使えないようにしてあるのに……」

 言いながら、自身でも絶望したように、下を向き、崩れるように膝をつく。

「…………」

 彼女も、しばらく俯き、無言だったが、やがて、視線を上げる。

「マスター」

 キャスターは、口元で笑いつつも、真剣な眼差しを慎二に向けて、問いかける。

「桜の居場所、なくなったら困るんだよね?」

「…………」

 慎二は最初、その質問に対して、怪訝そうな表情をしたが、やがて、理解したかのように、

「ええ……」

 と、口元に笑みをつくった。

「…………()()()()()()()()()かも知れないよ?」

「私だけで済むんなら、それでいいわよ」

「姉さん!?」

 キャスターの提案に対し、慎二がそれを応諾すると、それを聞いて、桜が声を出す。

「桜はもう、解放されて、自由になって。間桐(マキリ)からも、間桐(まとう)からも」

 慎二は、桜を見て、どこか清々しそうな表情でそう告げた。

 キャスターは、へたり込んでいるセイバーの正面に歩いてくる。そして、セイバーの額に、自身の右手をあてた。

「想像して」

「へ…………?」

 一瞬、意図が理解できず、セイバーは、視線を上げつつキョトン、として、キャスターを見ながら、少し間の抜けた声を出してしまった。

「あなたのその装備を。精細じゃなくてもいい。あなた自身の物だと強く意識して」

「きゃ、キャスター、そんな事をしたら……」

 セイバーは、キャスターの意図に気が付き、慌てたようにそう言う。その最中、一瞬だけ慎二と桜に視線を向けて、すぐに戻す。

「うん、でも…………私もさ、偽善、独善に過ぎないって解ってるけど、桜の居場所を失くしたくないんだよ。この可能性世界では、だけど……」

「…………」

 セイバーは、再度視線を間桐姉妹の方に向けた。

 慎二は、まっすぐにキャスターとセイバーの方を見ている。

「わかりました」

 そう言って、セイバーは、瞑想するかのように目を閉じる。

「────再現(トレース)()開始(オン)

 キャスターは、同じように、瞑想するように、右手をセイバーの額に、左手の人差し指と中指を揃えて、告げる。

 

「────基本骨子、解明」

「────構成材質、解明」

 

「ぐ……くっ……」

 慎二が、なにかにこらえるように、表情を強張らせる。

 キャスターが消費する膨大な魔力量に、自身を内側から吸い取られるかのような感触が、慎二の頭を襲う。

 

「────再現構造、構築」

 

「!?」

 その時、慎二の口に、突然、何かが押し込まれた。

 それは、桜の指だった。

 引き抜かれた、桜のその指には、故意につくった切り傷から、僅かだが血が滲み出している。それが、慎二の唾液と、混じり合っていた。

 桜は、穏やかな表情になると、令呪のある慎二の右手の甲に、自身の左手を重ねるようにして、繋ぐ。

 

「────霊子構成、充填」

「────魔力構成、充填」

 

「行ける!」

 セイバーは立ち上がり、上空を見上げる。そして、詠唱が完全に終わるより早く、高く跳躍した。

 

「────工程完了(ロールアウト)全投影(パレット)()待機(リセット)

 高く跳び上がったセイバーは、背面のスラスターを吹かしながら、空中に寝そべるかのように、四肢を大の字にした。

 アーヴァロンの、セイバーシルエットを構成する、ビームブーメラン、装甲ブーツ、ガントレットが外れる。

輝結(きけつ)! アーヴァロン・アテナシルエット!」

 また別の意匠の、金色の装甲ブーツとガントレットが装着され、右手に、見た目にも普通では考えられない大口径の、セイバー自身の身長よりも長い砲身を持つ、対物ライフルを模ったそれが現れる。それを、両手で構え、その砲口を、表面に大気との摩擦で稲光を走らせながら、空からゆっくりと降下してくる、禍々しい塊に向けた。

「アンリ・マユ……同情はしますよ」

 穏やかな、そしてどこか物悲しい表情になって、セイバーは言う。

「“泥のサーヴァント” ……アナタはただの写し取られたものじゃない。アナタが、その泥そのものなのだから……生前も、サーヴァントとしても、ただ、悪の根源とされて……自分が、そう望んだわけでもないのに……────」

 同情の言葉を言ったセイバーだったが、そこで表情を引き締め、強い視線で泥のアンリ・マユを見据える。

「『現理戻せし原初の弓(セレスティアルカノン)』!! 往生せいやぁあぁぁァァァっ!!」

 ドシューゥゥゥッ!

 発射音が響いたその瞬間、あたりが無音になったかのように感じられた。

 ライフルから放たれた強烈な光条が、泥のアンリ・マユに突き刺さった。

 一瞬、何事も起こらなかったかのように見えたが、それも僅かな間のこと。

 ボワッ

 漆黒の球体は、中から強烈な光が発生し、そのまま、球体の外膜が弾ける。

 その後には、黒ではなく、アテナシルエットの力を受けて、相反転を起こしてキラキラと光る破片が、街へ降り注ぐ。

「やれやれ……」

 クレオパトラ49世が、盛大にため息を吐く。

「散々ガン◯゙ムで引っ張って来といて、どうしてここでパ◯レイ◯゙ーなんだよ」

 呆れた口調で、そう言った。

「………あれ……キャスター……キャスター!?」

 桜が、その姿が見えないキャスターを探して、あたりをキョロキョロとする。

 だが、見当たらない。

「姉さん、キャスターは……」

 桜が慎二を見て、問いかけるようにそう言うと、慎二は、首を左右にふる。

「アンタって……やつは…………」

 慎二の手は固く握られ、ぶるぶると震えていた。目元には、こらえている涙が僅かに滲んでいる。

「なにが、 “どちらでもない” よ……エミヤ…………」

 





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