Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第27話 聖杯を呪う、末路

「すっごい……」

「なにあれ……でも、きれい……」

 先程から、異常気象か? と思えるような、西の空の妙な形の黒い雲に向かって、相対的に針よりは太い程度かの光条が打ち込まれるように昇っていったかと思うと、弾けるように、光が散らばり、キラキラと光る欠片になって降りてくる。

 MP35系エアロスターの車内、乗客が口々に言うのを聞いて、琉希もその窓にへばりつくようにして、それを見上げていた。

『次は、松原、松原です。路面電車松原支線はお乗り換えです。ふっくらバターの香りのパン、ベーカリー・ミヤビは南川端電車停留所降りてすぐです』

 自動放送がそう告げた後、続いてワンマン運転手の肉声放送で、

『次の松原で、安全確認のために一旦発車見合わせます。発車時間は未定となっていますのでご了承ください。なお、電車の方もただいま運転見合わせしております。お急ぎのところ御迷惑おかけして申し訳ありません』

 と、告げられた。

 LED方向表示器に『明神(松原経由)』と表示しているそのバスは、電車停留所から戸建て数軒分開いたバス停留所広場に進入し、『明神行』の標識のある乗降ホームにつけて停車しようとする。

「はっ!?」

 外の光景に見とれていた琉希は、バスの右折する動きとブレーキの感覚で我に返った。

「すみません! 降ります!!」

 慌ててそう言いながら、座席から立ち上がる。

 だが、住宅街で電車とも接続する松原だからもともとなのか、それとも運転見合わせのせいか、過半の乗客が降りようとし、琉希は、その乗客に流されて降りる事になった。

 バスから降りると、バス停広場から出て、2両編成の電車が停車して待機している状態の松原電停の右側を通り抜け、クレオパトラ49世邸の前に出た。

 路肩に寄せて、ライトエースが止まっている。

 ストッ、と、セイバーが着地する。投影されたアテナシルエットがすでに消えていて、アーヴァロンは軽装状態になっていた。

「片付いた……なぁ?」

 自身もセイバーの大技に魔力をだいぶ吸われたのか、少しだけ疲れた様子のクレオパトラ49世が、セイバーを振り返って、苦笑しながら言う。

「ええ……この状態であれば、聖杯を……この瑞苑の聖杯を、穢しきってしまうことはないはず……」

 セイバーが言う。

 僅かに離れて、桜が悲しげに俯いているのを、慎二が、それを慰めるように背中を(さす)りながら、自身もどこか涙を堪えているような表情をしている。

 桐谷助司祭は、ライトエースの車体によりかかり、腕を組んでいた。

 その光景を見渡した琉希は、少し考え込むように、視線を下げ、顎を手で支える仕種をして、逡巡した後、

「…………あっけなさすぎませんか?」

 と、言った。

 その場にいた全員が、顔を上げ、琉希の方を見た。

「あっけないって言ったって……今のを防げたのは、ほとんど僥倖みたいなものだったんだし……」

 確信がある、と言うより、そうであって欲しい、という、願望を表す、気の抜けた笑い顔で、クレオパトラ49世は言う。

「だからこそ、じゃないですか」

 琉希が言い返す。

「師匠だって常に言ってるじゃないですか。仕手戦に巻き込まれそうになったら、バックアップにできる銘柄を捕捉しとけって……」

 それを聞いて、クレオパトラ49世の表情から笑みが消えた。

「…………マリー……」

 慎二がつぶやき、それに対して、自身でもハッと気付いた。

オルガマリー・オルタ(マリー)よ! あの娘は、この瑞苑の聖杯と強く結びついてるわ! 聖杯を害したいのなら、あの娘を通してでもできるかも知れない!?」

 慎二の言葉に、クレオパトラ49世とセイバーの表情も、驚愕したように固まっていく。

 クレオパトラ49世、慎二、桜が、同時に自分のスマートフォンを取り出し、ロックを外す。だが、

『モバイルネットワークが検出できません』

 と、3人のスマートフォンは、一様にそう示していた。

「今のセイバーの大技で、基地局が一時的に機能しなくなってるんだ!」

 魔力由来の技であっても、それが膨大であれば、しばらく周辺の電磁波を乱す。

「セイバー!」

「はいっ!」

 クレオパトラ49世が指示すると、セイバーはその場から大きく跳躍し、

「蒼射! セイバーシルエット!」

 と、纏い直しながら、東へと向かっていった。

「でも、正確な場所は!」

 慎二が声を出す。2人の正確な現在位置を知る方法がない。

「…………! そいつだ!」

 クレオパトラ49世が、()()を指差した。

「は、はいっ!」

 次の瞬間には、琉希が、続いて桜が、それに向かって駆け出していた。

「10円玉は!? ある!?」

 慎二が、己も駆け出し始めながら、琉希に問いかける。

「持ってます!!」

 松原電停脇に謎に残る、都市伝説『呪いの呻く青電話』の電話ボックス。

 琉希は、小銭入れを取り出しつつ、多少乱暴に扉を開いて、ボックス内に入る。

 676-A2形青電話の受話器を上げ、立て続けに10円玉を3枚、投入する。

 果たして、受話器からは「ツー」と、ダイヤル待ちの連続音が流れる。

 琉希がダイヤルに指をかけかけると、ちょうどそこへ、桜が、

「これっ、立香さんの番号です!」

 と、そう言って、自身のスマートフォンに立香の携帯電話番号を表示させて、琉希が見える位置に差し出した。

 

 

「すご……ぃ」

 瑞苑LPガスサービス、ガス貯蔵所の、旧都市ガス送出管管理建屋。

「…………誰かが防いだのか、存在が不安定すぎて自壊したのか」

 オルガマリー・オルタに続いて、立香もその────弾けた光が欠片になって、瑞苑町街区の西に降り注いでいる光景に、圧倒されつつ、呟いた。

 直前まで存在した脅威と、それが排除された劇的な光景に、2人は意識を奪われていた。

 

 

 コロコロコロコロ……

 最後の番号を回し、ダイヤルが元の位置に戻る。

『プーッ プーッ プーッ プーッ……』

 まず、NTT交換網と携帯電話網の接続待ちの断続音が聞こえる。琉希が焦れ、桜が不安気な表情でそれを見ている。

 桜の背後へ、桐谷が運転席に乗ったライトエースが、西へ向かえるように向きを変え、そこで停車した。

 ヴィヴィーン……パンパンパンパン……

 クレオパトラ49世のジムニーが、ガレージから出て、その後ろにつける。

『トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……』

 最悪、電波障害が東瑞苑駅周辺にも及んでいるかと思ったが、受話器からは端末が携帯電話網に存在しないメッセージではなく、呼び出し音が鳴り始めた。

 

 

 ピリリリリリ……ピリリリリリ……

 スマートフォンの着信音で、立香は我に返った。

 ポケットからスマートフォンを取り出す。

「公衆電話…………?」

 立香は、怪訝そうに思いつつも、通話をタップした。

「もしもし」

『良かった! つながった!! ボクです、琉希です』

 スピーカーから、琉希が、切羽詰まりつつも、回線が通じたことに安堵する声でそう言ってから、

『オルガマリーさんは無事ですか!?』

「え、あ、う、うん……」

 立香は、隣にいるオルガマリー・オルタをちらりと見た。

『あの男、オルガマリーさんを狙ってくるかも知れません!』

「えっ!?」

『オルガマリーさんを通じても、聖杯を穢せる可能性があるんです!』

「────ッ」

 それを聞かされて、立香は、背後へと振り返り、スマートフォンを持っているのとは反対の腕を真横に伸ばして、オルガマリー・オルタを、須磨寺から庇うような姿勢になった。

 通話を繋いだまま、険しい視線を須磨寺に向ける。

「おや」

 須磨寺が、気付いた様子を見せつつも、動じている風もなく、口元で薄く笑いながら、言う。

「どうやら、その電話は、私の手のひとつを見破った者が、知らせる為のものだったようだな……」

 手の内が晒されたのは須磨寺の方だと言うのに、須磨寺の方が不敵に笑い、立香の方が憔悴した表情をしている。

 オルガマリー・オルタ自身も、振り返り、須磨寺と対峙する。

「さっき、()()()()()って言ってた……アンタ、誰……?」

 オルガマリー・オルタが、低い声で訊ねる。

「ククク……ハハハ……」

「!?」

 その声を聞いて、立香とオルガマリー・オルタは、一瞬呆気にとられたような表情になった。

「ハァッハッハッハッ……」

 顔を覆い、哄笑を上げるその声は、まるで、3人の別々の人間の声が、タイミングに寸分の狂いもなく重なっているように聞こえた。ひとつの声帯からそんな声が聞こえてくるなど、ありえない。

「そうだとも!」

 先程までの須磨寺の声とは、明らかに違う声が答えた。同時に、その表情や仕種も変わり、目を剥いた表情でオルガマリー・オルタを指した。

「驕り高ぶった人類(ゴミクズ)ども、その中でも最も愚かなアニムスフィアの末裔! 天動説を信じながら、この惑星の人理をすべて監理しようとしたその構想、私の計画に利用しようと────この小娘を手懐けようとしたが、まさか父親の方が先に裏切っていたなど、認められるか! 間抜けにも私に懐いてくるところへ、刃を突き立ててやったというのに…………よもや、こんなところで聖杯の寵愛を受けていたとは! 許されない……この小娘も……人理という人理、すべての文明も!」

 須磨寺式分(レフ・ライノール)は、狂気の中にもオルガマリー・オルタに対する憎悪をむき出しにしながら、そう言った。

「すべての文明を破壊する……本気でそんな事を……」

 立香は、睨みつけつつも、幾分かの怪訝さを込めて、そう言った。

「そうだとも」

 すると、また別の声が、言う。

「冬木でも、一度は聖杯に受け入れられた “この世の全ての悪(アンリ・マユ)” は、再度生まれ出ることは出来なかった……準備を周到に行い、全ての手筈を整えたはずが、冬木でも、ここ瑞苑でも、奇跡まで起こして排除される……それがどういうことか解るか!? もともとアレ(アンリ・マユ)に罪があったのか? 否。そうではない。生まれ出る以前にアレを断じて排除するというのであれば、 “全ての悪” とは、アレではなく、 “汎人類そのもの” と言うしかあるまい!」

 須磨寺式分(言峰綺礼)は、大仰な手振りまで加えながら、伊達男じみてそう言った。

「…………────」

 立香が、反論の言葉を選んでいた時だった。

 

(チゲ)ェヨ、馬鹿』

 

 どこからともなく、声が響いてくる。

『断ジラレテイルノハ、 “この世の全ての悪(アンリ・マユ)” デハナイ。オ前達、オ前達自身ノ下衆ナ魂ダ。人理トイウ人理、文明トイウ文明ヲ滅ボス? ナゼ、オ前等ノソンナえごいずむノタメニ、聖杯ガ願望器トシテ使ワレナケレバナラナイ?』

「この声……まさか…………」

 立香は、驚愕の顔で、建物の天井で遮られているはずの空を見た。

『余所ノ聖杯ガドウカ解ラナイガ、俺ハ絶対ニ嫌ダネ。ソモソモ、人間ガササヤカナ願イヲカケテ、俺達ヲ “聖杯” ト呼ンダハズダ。ソノ俺達ノ力ヲ人ヲ他者ヘノ害意ニ基ヅイテニ使オウナドスレバ、ソンナ意志、存在ガ、排除サレルノハ当タリ前ダ!!』

「全てが……全てが間違いだったと……そんな……そんなバカな……」

 須磨寺は、頭を抱え、狼狽する。

「だが……だが」

 再び須磨寺の声が、3人のそれが重なって発され始める。

「せめて……せめてこの瑞苑の聖杯、箱庭を道連れにしてやる!!」

 その表情が、再び狂気と狂喜に彩られる。

「!!」

 いつの間にか、黒い、スラリとした女性を模ったものが、須磨寺の隣に立っていた。

「泥のキャスター……」

 立香は、再び須磨寺と、その現れた黒い女性に

「フフフ……君達は下手を打っていたのだよ。自身のサーヴァントも連れずに、私を追ってきた時点でね……」

 如何に “キャスター” クラスと言っても、生身の魔術師より弱いということはないだろう。

 だが、

「そう……かな?」

 と、立香は、憤怒と緊張で睨みつける表情から、口元で不敵に笑う。

「令呪を以て命じる! ランサー! この場を打破して!!」

「あいよ!」

 ドガァッ! バキャッ!

 プレハブの薄い屋根を突き破り、ランサーが姿を表す。泥のキャスターに対して、立香達を背中に立ちはだかる。

 泥のキャスターを狙って、ランサーの金色の槍が突き出される。

 須磨寺が飛び退く。

「『金輝の太陽王笏(ソル・インウィクトゥス・レガリア)』!!!!」

 輝く黄金の槍が、泥のキャスターを、その背後の壁ごと貫いた。

「ん……む……ぐぅ……!?」

「っ……」

 くぐもった声に、立香が、その声の方を振り向き、表情を戦慄させる。

 黒い、走狗の猫背の男が、オルガマリー・オルタを背後から締め上げ、その口を押さえつけている。

「泥のアサシン……倒したはずじゃ……!!」

 立香が言う。ランサーが向きを変えるが、オルガマリー・オルタの身体が盾になって、泥のアサシンにその穂先を向けることはできない。

「ぐ……ぐぐ……ぐっ……」

 その、泥のアサシンとの接触面から、オルガマリー・オルタの身体に、黒い草の根っこのような模様を描き、 “泥” が侵食していく。

「ぅ……ぅぅ……」

 オルガマリー・オルタの表情から、生気が失われていく────

 ドスッ

 背後からの衝撃で、泥のアサシンは、首を後ろに倒しながら前のめりになり、オルガマリー・オルタを取り落とす。

「はい、おしまい」

 泥のアサシンは、乾き、今度こそ無力な砂礫になって、風に流されていった。

 アーチャーの手に、刀身が稲光を模ったような短剣────『偽・破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)』が握られていた。キャスターが投影して、使用後に、それを振り回されては困るからと、アーチャーが預かっていたものだった。

 

 須磨寺は、ランサーが破壊した壁から脱出し、ガス貯蔵所と貨物取扱所の敷地の境あたりを、西側に向かって、逃走していた。

 ──どういう、ことだ?

 須磨寺は────汚染された須磨寺式分の精神の中の3人の人格は、自身の行いに困惑していた。

 ──私は、私達は、破滅を望み、それは……私達自身も、破滅の一部となることだったはず。だと言うのに、なぜ、私達は、()()()()()()()()逃げている!?

 誰ひとり道連れにすることなく、自身だけが破滅するからだろうか?

 ──違う、ただ、命が惜しくて、私達の身体は行動をとっている……────

 ドスッ、ドスッ!!

 その行く手を阻むかのように、投擲剣、黒鍵が、須磨寺の目前の地面に突き立った。

「────聖杯は、あなたへの赦しはないと結論付けた」

 立ちはだかるように、サン-ジュスト・オルタが現れた。その両手にはすでに、次の黒鍵が握られている。

 睨むと言うより、冷たく鋭い視線を、須磨寺に向けている。

 彼女の顔に、黄色い回転灯の光が当たり、それが危険な鋭利さを増す。

「くっ……!」

 須磨寺は、ガス貯蔵所の内部に向かって逃走を試みるが、

「逃がしませんよ!」

「うぁっ!!」

 と、目前に着地したセイバーが、真正面から須磨寺をカリバーンPSで両断しようと振り下ろす。

 どうにか、寸でのところで躱した須磨寺は、西の方へ向かって駆け出す。

 ピィッ、ピィイィィィーッ

 AW2警笛の音がする中を、須磨寺は惨めに逃げ回る。

 目の前に、停車しているタンク車の編成が立ちはだかる。

「くっ!」

 LPGタンク車に向かって、黒鍵やビームブーメランを投げるわけにも行かず、サン-ジュスト・オルタとセイバーが歯噛みしつつ、駆けて追う。

 連結部を越えようと、須磨寺はそこへ向かい────

 

 ガチャチャチャチャチャン!!

 

 タンク車を引き出すため、黄色い回転灯を点けた控車オヒ2100形2両を挟んで連結された、凸型の入換用(スイッチャー)機関車ED35 1が起動する。

「うわ、あ、がぁあぁぁぁぁっ!!」

 断末魔────須磨寺式分の身体は、動き出したタンク車の台枠によって押し倒されると、その身体の上を車輪が通過していく────

「……全てを呪った結果が、これか」

 呆然とするセイバーとサン-ジュスト・オルタの背後で、駆けつけた直斗が、2人の間からその光景を見つつ、呟いた。

 ギギギィイィィィッ

 作業員が異変に気付いて、無線で運転士に伝えたが、もう、遅い。

 非常制動をかけたものの、結局、4両のタンク車の真ん中の連結部をすり抜けようとした須磨寺の身体を、2両8軸の車輪が越えていった。

「因果応報、ですか……」

 セイバーが言い、サン-ジュスト・オルタとともに、悲しみか、怒りか、それとも呆れか、そんな眼差しで、その最期の場所を見ていた。

 その背中から、声がする。

「メディアァァァッ!!」

 





具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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