Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第2話 古き血統の現代っ娘と星の騎士

 瑞苑町、松原(まつはら)地区。

 立香の自宅マンションからは、大通りを挟んで、南北に反対側。

 昭和・平成・令和の構造の建物が混ざる、旧くからの住宅街。

 瑞苑街線の支線が、街路からやや急なカーブを経て、バラスト敷の軌道に、簡素なホーム、それが花の植えられたプランターに囲まれた、終点の電停。

 そこに、元気動車の制御付随車を先頭にして、2両編成の電車が到着した。

『松原、松原、終点です。お降りのお客様は、お忘れ物のないよう、今一度お手回り品をお確かめください。本日は北豊田電車をご利用いただき、誠にありがとうございました』

 扉が開くと、自動放送がそう告げる中、スラリとした若い女性────そう、少女との端境期を終えたところ、という年格好の、金髪に碧眼、青い帽子を被った女性が、降り立った。

 両手に、所謂スーパーバッグと呼ばれる、ビニール袋を下げている。

 電停を西側に出ると、1台の電話ボックスが置かれている。

 それ自体が珍しくなりつつあるものの、特に変哲もない電電公社型のガラス張りの電話ボックス、その赤い屋根をNTT標準の塗装の緑に塗り替えたものだが、中にはなぜか、676-A2形青電話が置かれていた。

 時代に取り残された存在────と言うには、若干不自然だった。というのも、676形は、電話ボックスではなく、既存施設の軒先や屋内に設置することを目的としたタイプだからだ。

 電電公社時代に、電話ボックス用の青電話として採用されたのは、大柄で長方形の箱型をした、壁掛け型のものである。676形は、前面の上の方、ダイヤルの取り付け部分が傾いている形状をしている。緊急発呼用の赤ボタンがないものが、赤電話として使われていたタイプだ。

 そもそも硬貨専用のダイヤル公衆電話が設置されたままになっている事自体、なんとなくこの場所が異質な、どこか周囲の時間から取り残されたような雰囲気を呈している。

 そんなアナログホラー感マシマシの存在だからか、周囲の小学生が発信源になって、ある都市伝説が形成された。

「松原の青電話で電話をかけると、最初はつながるが、突然、受話器から呻き声が聞こえてくる。それは、話している相手にも聞こえる。そのまま、電話は切れる。その呻き声を聞いた者は、電話を使った者もその相手も、苦しんで死ぬ」

 今の時分、そんな話題ができると、簡単にSNSに流れてしまう。トレンド入りするほどでもないが、知ってる人は知っている、という感じで拡散し、遠巻きに撮影された写真も公開され、「呪いの呻く青電話」はすっかり有名になってしまった。

 その電話ボックスの前で、先程の女性は一瞬だけ立ち止まり、電話ボックスを一瞥してから、苦笑しつつ、その電話ボックスを電停側から通り過ぎてすぐの一戸建ての玄関に向かった。

 明らかに昭和の建物だが、リフォームされていて、小綺麗な様相だ。

 その、4DK、田舎の戸建てにしては今となってはやや小ぢんまりとした間取りの家の、ダイニングルーム。

『それでは、次のニュースです』

 ()()()、テレビをつけっぱなしにしていた。

『I県で発生している、「エストロゲン受容体変異症」の診断者は、厚生労働省の統計では4,500名を越えました』

 実態としてはリビングルームとして使用されている、空調のよく効いている室内で、ソファに寝そべり、オリエンタル・ダークの肌をあられもなく晒しつつ、少女が気怠そうにしている。

 猫の耳、猫の尻尾を持っている。あまつさえ、黒と金のオッドアイは、金色の瞳が光ってすらいる。ただ、本人は自覚できる、その眼固有の特殊能力のようなものはなく、ただ、懐中電灯を必要としたことがないぐらいだ。

 耳と尻尾も、他の人間には、()()()()()()()()()()()()()らしい。だから、それが特殊なものだと、自分でも気づかなかった。

 ただ────

『この「エストロゲン受容体変異症」は、罹患すると、女性ホルモンの分泌に反応する身体の部分である「エストロゲン受容体」が、男性ホルモンの主要成分である「テストステロン」とも結合して反応する「エストロゲン受容体のテストステロン偽特異結合」を起こすものです。具体的な症状としては、男性であっても、身体が女性的な特徴を帯びるというもので、特に第二次性徴期以前の男児は、体型の女性化、乳房の発達、所謂“声変わり”の喪失、などの身体の現象が発生します』

「あふ」

 テレビのアナウンサーの声を聞いているのかいないのか、派手に欠伸を()いたが、本来は彼女のガラではない。

 ウェブサーフィンから日常生活に至るまで、常に配信ネタ探し────

「うっす、今日も配信始めるぞ!」

 と、満面の笑みでノンジャンル雑談を始めるだけで、()()()()に元気を振りまく、不思議要素満載の元気っ娘という属性持ち過ぎな少女、ご近所の配信女王・クレオパトラ49世であった。

『現在、I県豊田郡の豊田保健所を中心に報告が続いていますが、この病気は生命に直結する危険性は一切なく、一部では疾病・障害の類として扱うことは不適当とする意見も────』

「流石にこのネタばっかり引っ張るのもな……明日からは外に出てロケテでもするかな」

 テレビのメインニュースに対し、そう言って、

「よっ」

 と、跳ねるようにというか、実際に跳ね上がりながら起き上がった。

「只今戻りましたー」

 丁度、といった感じで、玄関から、先程の女性が室内に入ってきた。

「マスター……あれ、のんびりしてたんですか」

 空調と照明の他には、テレビ()()()いている室内を見て、女性は意外そうに言う。

「ああ、うん、ちょっとダラダラしてた」

 いたずらっぽく歯を見せながら、クレオパトラ49世は苦笑した。

 世界三大美人と言われる、かの高名な7世と比べると、ボーイッシュさの混じったまた別種の造形だが、充分以上に魅力的ではあった。

「意外ですね」

 女性は、スーパーバッグを持ったまま、どこかキョトン、とした表情でそう言った。

「いつも────」

『ネタネタネタネタ! なんか配信のネタない? ね? ね?』

「────っていうのが、マスターかと」

「完全に間違いとは言わないけど、流石に表現盛りすぎで悪意を感じるぞ」

 女性の言い種に、クレオパトラ49世は、苦笑したまま、(おど)け混じりにも抗議の声を出した。

「で、今日の晩御飯は?」

「あ、ええ、今、用意しますね」

 クレオパトラ49世の問いかけに、女性は、そう答えつつ、リフォームによりダイニングルームとはカウンターで仕切られる構造になっているキッチンに、スーパーバッグを持ったまま移動する。

「あれ、今日も頼んじゃって大丈夫?」

 今度は、クレオパトラ49世の方が、意外そうにそう言いつつ、女性の後へついていく。

 台所はきれいなシステムキッチンになっているが、ガステーブルはビルトイン式ではなく、標準幅59.5cmのガステーブルを置く構造になっており、両面焼グリルのそれが置かれている。

 また、場違いに昭和レトロ感漂うものだが、ガスオーブンも置かれていた。

「ええ、なんだか、マスター相手に料理するのは、悪くない気がするもので」

 女性はクレオパトラ49世を振り返りつつ、苦笑しながらそう言った。

「この分野はネームレス・レッドの専売特許みたいなものと思ってたんですが────まぁ、マスターの食事風景を見ていると、彼の気持ちが解る気がします。腕の方は、彼には到底及ばないですが」

「いや……あ、手伝うよ」

 女性がスーパーバッグを下ろすと、クレオパトラ49世はそう言って、袋の中からすぐには使わなさそうな牛乳や冷凍食品を取り出し、シャープ製の冷凍冷蔵庫に収納していく。

「確かに手が混んでるメニューじゃないと思うけど、味についちゃ、アタシの舌、それなりには贅沢にできてるよ?」

「それは、光栄です」

 材料を調理台に置きながら、女性は言う。

「アタシも、────

 

「────────聖杯の名に於いて! 英霊の座より降臨せよ、我が従者!!」

 その言葉に答え、光が構築する円形の、機械式時計のムーヴメントのような模様の中央に、降ってきたかのような閃光の柱が立つ。

「サーヴァント・ユニヴァースより召喚(ようせい)に応じ参上しました、セイバー…………へっ!? 私がセイバー!?」

 光の中から現れたその女性は、直後に緊張感を台無しにする締まらない表情を見せたが、

「いいんですよね? 間違ってないですよね? え、あ、コホン。改めて! …………蒼射! 聖城装甲アーヴァロン・セイバーシルエット!!」

 と、どこに訊いてるんだかキョロキョロしつつ口にした後、女性は姿勢を正し、そう口にすると、神秘的に纏う光とは裏腹に、ジャージにチープなミニスカートという姿だった女性の衣装が、青と白の装甲に変わった。

「セイバー、ヒロインXX、マスターと正義のために尽くします!」

 引き締まった表情でそう告げると、それに(こた)えるかのように、腰のビームブーメランと、顔の前に立てたビームサーベル『カリバーンPS(Photon Sword)』から、清浄さを感じさせる青色の光を放つ、粒子の刀身が出現した。

「うぉおぉぉぉぉっ!? すっげーっ! かっこいーっ!!」

 召喚者、クレオパトラ49世は、興奮した様子で、そう喝采を上げた。

 それを聞いて多少悦に入ったのか、セイバーはその決めポーズを見せつける。

「古い英霊じゃ辛気臭くもなるかと思ってたけど、これなら絶対、配信盛り上がるぞーッ!!」

 

 ────────セイバーが来てくれて、楽しいよ」

 クレオパトラ49世は、そう言って楽しそうな、少年のような笑顔を浮かべた。

「マスターの場合は、サーヴァントは配信に顔出しさせてもあんまり問題ないからとかじゃないんですか?」

 今度は、女性────セイバーの方が、意地悪そうな、いたずらっぽそうな表情を、クレオパトラ49世に向ける。クレオパトラ49世の方は、苦笑しつつ、身を捩ってセイバーの視線を躱そうとするかのような反応をした。

「それもあるけど、でも、色々ひっくるめて、本来の目的は」

「ええ」

 クレオパトラ49世に言われ、セイバーは、包丁を準備しつつ、それまでとは打って変わった、真摯な笑顔になる。

「マスターと正義に、勝利を!」

 

 

 北川端(かわばた)地区────立香のマンション。

 ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ……

「あ、お風呂沸いた」

 1DKの間取り、事実上のリビングでもあるダイニングルームで、立香が、テーブルに置いたノートパソコンでウェブサーフィンをしていると、台所リモコンの音で、それに気付いた。

 サンドイッチショップ『SUBWAY』でのアルバイトを午後に終えると、同じ“デパート”のテナントであるパン屋、『ブレッド・デ・ソレイユ』のイートインで、読書をしながらアンニュイな午後を過ごし、電車が混みだす前に帰宅。と、これがうまくいくと自分では「割と充実してるな」と思うルーティンを過ごして、今。

 そして、夕刻、すでに陽は水平線の向こうに姿を隠していた。

 昭和の、ある程度の家族の入居を前提にした間取りゆえ、風呂とトイレがついていて、なおかつ、それがそれぞれ独立している、という、それなりの旧さ故の贅沢さがある。

 …………あるものの、風呂場はお世辞にも広くない。

 最低限の浴槽と、浴室内設置型のシャワー付き風呂釜が同居する、新築時の構造は、今でも引きずっていた。

 引きずってはいたが、リフォームにより、浴室内CF風呂釜は、薄型のリンナイ製FF式風呂釜に交換され、浴槽も僅かなりとも大きくなり、なにより清潔感のある内装になっていた。

 このリンナイのFF式風呂釜は、立香のマンションのようにふろ給湯器を別の場所に移設できない間取りの住宅をターゲットに、旧ガスターが定番商品化したものを、経営統合に伴いリンナイが引き継いだものだ。機能としては、同社の16号ふろ給湯器そのものになっている。浴室内も液晶表示付リモコンで、さらに台所用リモコンを増設することができ、自動湯張り・保温が可能だったりする。また浴室外に給湯も可能で、台所に別に小型瞬間湯沸かし器などを設置する必要もなくせる。

 ザァア……ザァアァァァ……

 ダイニングに下着を脱ぎ散らかし、あられもない格好で浴室に突入した立香は、そのFF式風呂釜の恩恵であるたっぷりのお湯のシャワーを浴びる。

「♪~」

 身長こそ並程度だが、恵体と呼んで差し支えない、女性らしい起伏に飛んだ肢体にお湯を浴び、鼻歌を奏でる。シャワーのお湯が当たる場所は、充分に悩ましい曲線の腰から、しっかりと形を保つ張りがありながら、柔らかそうな双丘へと移っていく。

 ザブーンッ……

「はぁーっ」

 身体をシャワーで流した後、入浴剤を落としてから、自身も浴槽に浸かる。思わず、声が漏れた。

「お風呂は贅沢したいよねー……」

 浴槽にもたれかかりながら、立香はそう呟いた。

 戸建ての友人の家で、泊りがけで遊んでいた時。入浴させてもらったら、灯油給湯器のリモコンに給油サインが点灯してしまい、「不便だなぁ……」と感じてしまったことがあった。もっとも、立香はそのあたりに興味がなかったが、あっちはコロナのエコ・フィールの最上位モデルだったのだが。

「ふぅ……」

 色のついたお湯にゆっくりと浸かり、汗と一緒に、アルバイトの疲れも流していく。

 やがて────

「よいしょ、っと」

 ザバッ……

 お湯から上がり、足拭きに乗る形で洗面・脱衣所に出る。部屋干ししたっきりのきちんとは畳まれていないバスタオルで、身体を拭く。

 普段なら、このあとは就寝に向けてまったり、もしくはゲームでエキサイトする時間だったが、今日は、まだ、これからが本番である、とさえ言えた。

 バスタオルで拭き取られた、立香の右手の甲には、あのオルガマリーの内腿にあったのと同じ、赤い────令呪。

 1DKの部屋に入る。シャッター式の雨戸を閉める。

 畳敷きから布団と荷物だのなんだのを一時的に部屋の隅に寄せ、細かい文字がびっしりと描かれた小さな絨毯のような布を、敷いた。

 天井灯を消し、部屋の隅に置いた小さな幻燈をつける。

 立香の格好は、寝間着ではなく、いつも外出着に使っている、あの白い衣装だった。

 ──ちょうどいい媒介が見つからなかったけど、まぁ、いいか。これ以上遅れると、有力な()が取られちゃいそうだし。

 特定の英霊をサーヴァントとして呼びたい場合、その“呼び水”になる媒介、具体的に言うと、その英霊にまつわる品を、手元に用意しておく必要がある。

 だが、立香はそもそも、特に誰を呼びたい、という予定もなかったので、特別な媒介を用意せず、召喚の儀に望んだ。

 一応、総合力では均一とされている、聖杯戦争の7騎のサーヴァント────セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカー、アサシン、キャスターだが、やはり正面戦力として強力なセイバーとランサー、また、ここ瑞苑の聖杯戦争ではそれに比するバーサーカーが優先して呼ばれる事が多く、逆に出遅れることで、これらを先に呼ばれてしまうことを回避したい、と、立香は考えた。

開始(run)

 ポワッ……

 立香が口にしつつ、小さな絨毯の中心を指差すと、そこを中心に、機械時計のムーヴメントのような光の模様が、円形に展開する。

「聖杯の名に於いて、英霊の座に願い出る! 今ここに、わが忠実なる従者を!!」

 ゴワッ、ァアァァァァァッ

 まるで天井を貫通するかのように、光の円の中央に、更に強烈な光の柱が出現した。

 それが霧のように晴れていき────そこに、金色の鎧と、肌もあらわな艶やかな衣装をまとった、豊満な体つきの女性────────女性!?

「召喚に応じて参上したわよー」

 綺麗だが、どちらかと言うとボーイソプラノ、という声で、告げられる。

「ランサー、ヘリオガバルス。女神皇帝のアタイがあなたに勝利を約束するよ!」

 





ランサー ヘリオガバルス
https://x.com/kaonohito2/status/1952012654366859739

マスター、クレオパトラ49世
https://x.com/kaonohito2/status/1952025077027115115

立香ん家の風呂釜、リンナイ RF-1660FFS-SA


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