Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第3話 男は愛嬌、女は度胸、シーメールは最強!

「ヘリオ……ガバルス……」

 立香は、目の前に現れた “ランサー” の、名乗った名前を反芻する。その姿は、金色の鎧を身に着け、そのクラス名通りに槍を携え、やや童顔ではあるものの、それも含めて絶世の美女、そう呼んでも差し支えないものだったが────

「うんうん」

 ランサーは、愛想いい笑顔を浮かべながら、立香に向かって、どこか満足そうに言う。

「確か、ローマ皇帝で……長く歴史の上では男性とされていたけど、その治世においては、特にジェンダーの固定観念を破壊するような政策や行動で名前を残している……自身も、妻、女性の妾だけではなく、男性の夫を迎えたり、娼婦を姉と呼んで慕い、自身も男性の客をとったことがあるっていう……長年毀誉褒貶激しく西洋では忌避感も多かったが、近年は古代におけるトランスジェンダー君主として再評価する動きがあるって……」

 立香が思い出しながら言う言葉を、ランサーは、称賛を受けているかのようにどこか満足気に聞いていたが、その最後の部分を聞いて、

「あら」

 と、少しだけ、童顔の美女が拗ねるかのように、口を尖らせた。

「狭量な十字教徒が、手のひら返しで作った言葉で呼ばれるのは、不本意だねぇ」

「うーん……まぁ確かに、過激な主張が飛び交うジャンルではあるけど……」

 言って、軽くため息を()くランサーに、立香は苦笑して、誰にともなくフォローじみた発言をする。

「そんな後から取り繕った言葉じゃなくても、そうだねぇ、アタイみたいな“性器が男性の女性”を呼ぶ言葉なら、“シーメール”って素敵な言葉があるじゃないか」

 ランサーは、表情をコロッとどこか楽しそうな笑顔に変えて、言う。

「え?」

male(男性)のある女性(she)でShemale。ブリテンの言葉が語源なのだけは気に入らないけど、(sea)とも同じ音だし、素敵だと思わないかい?」

「うーん……ただ、ジェンダーマイノリティに対する旧い単語は、蔑称の側面が強いからなぁ……」

 楽しそうに言うランサーだが、立香は、難しい表情をして、唸るように返す。

「蔑称だからいいんじゃないか」

 笑顔を強気のものに変えながら、ランサーは言う。

「今が蔑称だから、ひっくり返し甲斐があるんじゃないか。最初から誰も彼もに受け入れられたら、つまらない」

 ランサーは、槍を持っているのとは反対側の指で、床を指しながら、自信あり気な様子で、言い切った。

「それで……あれ?」

 何かをランサーに問いかけようとして、立香は、口元に指を当て、軽く考え込んでしまう。

「でも、ヘリオガバルスって、なにか武にまつわるエピソードってあったかな……」

「ちょいちょい……」

 立香の言い種に、ランサーは、少しつかれたような、呆れたような表情になる。

「アタイはこれでも、武で帝位についたシーメール(おんな)だよ?」

「あ、そうだった……」

「この時代にそぐわないって言うのは、理解してるけどね、当時はそれも当然だったから」

 ランサーの説明に、立香は気恥ずかしそうな表情になる。

「もっとも、適性はライダーってところなんだろうけど。ただ、ここの聖杯は面白いことを思いつくもんだね」

 ヘリオガバルスは、戦車(Chariot)にまつわる逸話がいくつかあった。

「でも、それだったら」

「うん、もちろん!」

 顔を上げて、自分の表情に視線を向ける立香に、ランサーは、自信あり気と言うか、気合をいれるように言う。

「男は愛嬌、女は度胸、シーメールは最強だ! 女神皇帝の名前にかけて、マスターに勝利と、新しい世紀の栄光をもたらすよ!」

 

 

 瑞苑町、本町(ほんちょう)地区────

 町役場近くの、オートロックのついた少し小洒落たマンション。

 ベランダからは大交差点も見えるその一室に、少し────と言っても、もう初々しさはなくなる程度だが、それぐらい前に入居してきた、評判の姉妹の部屋があった。

 『間桐』と、その表札には書かれている。

 システムキッチンは狭いながらも本格的な設備になっている。ただ、コンロはビルトイン式ではなく、標準幅ガステーブルを置くタイプになっていた。

 そのキッチンには、オーブンレンジではなく、電気ながらコンベクションオーブンと単機能電子レンジが別々に置かれている。こだわり向けの物件にこだわりのある人間が入居してきた、ということを現している。

 浴室は当然トイレと独立しており、戸建てと比べても遜色のない広さ。洗面・脱衣所にはパーパスの20号FE式ふろ給湯器が鎮座ましまし、間取りは2DKではあるものの、もともと家族での入居がある程度想定されているところへ、姉妹2人には贅沢な設備になっていた。

 短い廊下からDKにかけて、ロボット掃除機が静かに動いていたが、住人の1人が、Wi-fiで接続されているスマートフォンの操作アプリから指示を出すと、ロボット掃除機はサイクロン式分離塔のあるベースステーションへと帰っていく。

「いつもありがとう、でも、今日は特に静かに、ね」

 短い髪をサイドポニーテールにした、この家の姉妹の妹、間桐桜は、ベースステーションで休止に入るロボット掃除機に、日本人的価値観に基づいて、そう告げた。そうしてから、ダイニングから、並んでいる2つの部屋の出入り口のうち、片方を見る。それは、桜の部屋ではない方だった。

「…………」

 桜は、僅かな間立ち尽くした後、手を胸の前で握って、祈るかのようなポーズをとる。

「───────我が召喚に答えよ、我が従者よ!!」

 その室内、凛としても感じられる女性の言葉に、力が(こた)える。

 それはクレオパトラ49世や、立香のそれと同じように、そこまでの様式は少し異なるものの、床に置かれた魔法陣の書かれたタペストリーほどの布から、機械式時計のムーヴメントのような模様を描く光の円が広がり、それがひときわ強く輝く。

 ──頼む……頼むわよ……

 儀式を執り行っていた()()、間桐慎二は、そのクライマックスとなる、降ってきたような光の柱が立つ光景の前で、軽く目を閉じ、内心でそう強く祈った。

 トン……

 目を閉じていたため、研ぎ澄まされていた聴覚に、それまでなかったものが、目の前の床に降りた音が聞こえた気がした。

 期待に(はや)りながら、眼を開き、それを見る。

「召喚に応じ参上したわ────」

 そこにいたのは、黒い衣装に赤い外套を着た姿の少女だった。ただ、なんか場違いなピンク色の物体を、背中に背負っている。

「────キャスター、マスターに勝利を約束するよ!」

 見た目よりさらに幼い口調で、少女はそう言い、ビシッ、と、足を軽く開いた姿勢から、慎二の顔を指して、そう言った。

 ────が、

「へ…………?」

 “キャスター” がそう言った直後、慎二はその場に崩れ落ちるように────というか、崩れ落ちて、俯いてしまっていた。

「ちょっ、ちょっと、いきなりそれはないんじゃない!? 確かに、キャスターって人気じゃないって言うけどさ!」

 キャスターが、慌てつつも、心外な、という感情を混ぜて、そう言った。

 すると、慎二は一気に立ち上がると、キャスターに殴りかかろうとするかのように、その顔を病的に見開いた眼で睨みながら、拳を振り上げかけた。

「誰のせいだと────────」

 キャスターは、わけがわからないまま、反射的に身構える。

 だが、慎二は、その拳を振り抜こうとする身体を抑制し、押し留める。

「ぐっ……ぐぐっ……………………はっ、はぁっ、はっ、はっ…………」

 拳をなんとか下ろして、荒い息を整える。

「あの、えっと……」

「まーったく失礼しちゃいますねぇ!」

「!?」

 突然、先程からのキャスターのそれとは違う、甲高い声が聞こえてきた。もちろん、慎二自身のものでも、桜のものでもない。それは人間らしい感情の籠もった口調と抑揚だが、どこか合成音声であるようにも聞こえる。

「うちのアチャ子ちゃんがどれだけのサーヴァントなのかも知らないでしょうに、いきなり “orz” とか、失礼にも程があります!」

「る、ルビー……」

 早口でまくしたてる、キャスターの背中の杖。

「な……なんだ、その杖……」

 慎二が驚き、キャスターが背中に背負っているピンクのそれ、頭部に円の中に星のシンボルが据えられた杖を指さしてしまいながら、その杖とキャスターの顔に交互に凝視する視線を向け、問いただす。

「あ、この子は……────」

「これは申し遅れました!」

 キャスターが説明しようとするのを遮って、杖は早口に言いはじめた。

(わたくし)、汎用無差別魔術霊装 “カレイドステッキ”、マジカルルビーと申します! 以後、どうかお見知りおきを!」

「まぁ……この子はダウンスペックのレプリカなんだけどね……」

 誇らしげに名乗りを上げるマジカルルビーに、キャスターは、恥ずかしそうに頬を掻く仕種をしながら、そう続けた。

「あーっ! アチャ子さん! 今! ちゃんと! 説明するところでしたのに!!」

 自分の方がキャスターの言葉を遮っておきながら、マジカルルビー(レプリカ)はそう抗議の声を上げた。

「本来なら、知識やプロセスが理解できてなくても、感覚だけで一時的に擬似的な魔法使いになれる、というぐらいすンごいものなんだけど……それを投影魔術で写し取ったものだから、だいぶ能力が限定的に────」

「投影魔術!?」

 キャスターが説明するが、その単語を聞いた途端、慎二は顔色を変え、キャスターに迫った。がしっ、と、慎二は無意識にキャスターの両肩を掴む。

「ふ、ふえっ!?」

「アンタ……────衛宮士郎、って人間の関係者?」

 深刻、真剣な表情で、慎二が問いただすと、

「ッ────」

 と、キャスターの方も、表情を軽く歪めた。

「……………………知ってる。関係者と言えばそう。でも、あなたの言ってる “衛宮士郎” とは、別の存在────別の可能性の存在だと思うけど」

 キャスターがそう言うと、慎二は、キャスターの肩から手を放しつつ、

「そう……そうよね……アイツは今でも、なんにも知らないで、あの街で不器用に生きているはず……────」

 と、呟くように言った。

 それから、気を取り直すように、慎二は視線をキャスターに向ける。

「正義の味方を目指しながら?」

「ええ……────ッ、そうか、そう言うことも知っているのね」

 キャスターが、短く、静かな口調で、問いかけるように言う。すると慎二は、多少動揺したような口調になりつつ、そう返した。

「うん、だって、私の知ってる衛宮士郎は────1人の少女を、唯一人の少女を助けるために、生身でできる現界を越えた無茶をして────」

「確かに、アイツならやりそうだわ」

 キャスターの言葉を遮ってしまいながら、慎二は、フフッ、と、苦笑しながら声を漏らした。

「────────そして、滅んだ自分の肉体の代わりに、別の()()()()()()()()の身体に魂を移して。でも、立ち止まることはもう、許されなくて。戦って、戦って、戦って、その果てに、恐ろしい精神の摩耗の結果、身体の元の持ち主の魂の残滓と融合しながら、そのどちらでもない────私、になった」

「な…………!?」

 キャスターの独白のような説明を聞いて、慎二は、今までで一番強く、表情を強張らせた。

「じゃあアンタ、衛宮……なの……?」

「うん、そうとも言える。でも、今言ったとおり、もう、どちらでもないの」

「そう……」

 慎二の問いに、キャスターが自嘲気味に笑ってそう答えると、慎二は気を使ったかのように、そう言って僅かな間、声を途切れさせた。

「でも、そう言うことなら……アンタ、投影魔術、は……」

「うん、使えるよ。専門は武具だけど、よっぽど特殊なものじゃなければ、ヤカンでもなんでもお任せ!」

 それまでの空気を晴らすかのように、明るい声を出して、キャスターは慎二の問いに応えた。

「宝具の類も……?」

「うーん、程度によるかなぁ。『約束されし勝利の剣(エクスカリバー)』とかだと、ちょっとキツイかも……」

「それじゃあ……」

 キャスターの答えを聞いて、慎二はゴクリ、と喉を鳴らす。

「『破戒すべき全ての符』は?」

「え、あ……────うん、ちょっとノーヒントだとキツイけど、逆に、ちょっとしたヒントがあれば、なんとかなる……かな」

「よし、よし、よし!!」

 それを聞いて、慎二の表情が、明るく、力強くなりはじめた、

「いいわ、いいわよ! さすが、私が()んだサーヴァント! これなら私の願いも、叶うはず!」

 そう言って、慎二は、魔法陣のタペストリーを敷いた床の、すぐ窓側のスタンドテーブルに置いた、 “媒介” を見る。

 それは、『アルゴナウタイの冒険』の、古い本。それに、『白雪姫』をはじめとして、いくつかの、 “悪い魔女” が出る定番の童話の本。それから、いくつかの古典的な毒物。

「媒介の力不足はあったかもしれないけど、私が “裏切りの魔女メディア” を引けなかったということは、別のマスターが召喚している可能性もある」

「それを、ちょっと貸してもらうなりなんなりする、って言うことだね」

 キャスターの言葉に、慎二が頷く。

「よしんばそれができなかったとしても、聖杯の力を借りれば────!」

「もちろ────」

 キャスターは、慎二をさらに力づけるかのように、不敵な笑みを浮かべ、言いかけた……が────

「お任せください! このルビーちゃん、アチャ子さんと一緒に、マスターの勝利とご近所の騒動をもたらしますよ!!」

 それを遮って、突然、早口でまくし立てたその言葉に、慎二もキャスターも、ガクン、と力が抜けるかのようなリアクションを取った。

 

 





キャスター
https://x.com/kaonohito2/status/1952393923462365329

キャスターのマスター、間桐慎二()
https://x.com/kaonohito2/status/1952394459070836779

間桐家の風呂釜、パーパス GN-A2000AE-1

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