────心の何処かで、信じていた。
“文明が失われる日など、少なくとも今日明日の話ではない” と。
だから。
本当に文明の灯が、消えていたら、どうしようなんて、考えたこともなかった。
“過去を通して未来を見る” ということは、
“観測した事象を確定させる” ということにほかならない。
恐れるなら、観測するな!
絶望するなら、それを確定させるな!!
シュレディンガーの箱を開けたって意味なんかない。
可能性の火を自ら消すんじゃない!!!!
ただ、今は────────この箱庭を遊び尽くせ!!!!!!!!
瑞苑町、
かつての、と言うのは、もともとは路面電車の瑞苑街線をバイパスするために建設が始まったトロリーバスが、結局その沿線まで市街化させてしまったのである。
ただ、路面電車の通りに比べると、中~大型のロードサイド店が多い。
その桜野地区にある『佐藤デンキ』は、個人経営の店だったが、路面電車の沿線から外れた場所に位置したため、早くから5台分の駐車場があった。
元々は所謂『街の電器屋さん』だったが、チェーン系家電店の台頭で家電総合店の性格は維持しきれなくなった。
実際、この店の立地は、トロリーバスで2つ先、現状の終点となる停留所に、大型ショッピングモール『瑞苑ガーデンショッピングセンター』────もっとも、大半の地元住民はキーテナント『カスミ瑞苑桜野店』に由来して『トロバス沿いのカスミ』と呼ぶが────が存在し、その中には『NOJIMA瑞苑GSC店』が入っている。
そのため、佐藤デンキは家電販売は徐々に家電の販売を縮小し、修理とリユースに特化。家電店からジャンクショップに変貌する過程で、自作PCブームに乗っかってPCパーツの取り扱いも始め、看板に燦然と “AMD国内正規品取扱店” のロゴと文字を掲げる、立派なジャンク屋になっていた。
その間に店主も代替わりしている。と、言っても、創業者の子弟は、銀行員や、自動車特装・整備工場に就職してしまったりで、70越えて矍鑠としている創業者と、現在の経営者とは、直接の血縁ではなかったりするのだが。
その、佐藤デンキの2階は、一度建て直した時に、外部に貸し出す小規模オフィスとして整備されていた。
そのオフィススペースが、今、オルガマリーの住居になっていた。
元々は、白い壁に、黒っぽい石畳調の床という無機質な部屋だったが、木目調のモールディングを使って暖色感を出し、家具はおもちゃ感のあるポップ調の木造家具。スペースの一角には3畳分の置き畳が置いてある。
置き畳の直ぐ傍に置いてあるテレビは、ロータリーチャンネル式のブラウン管テレビ。佐藤デンキの店主とDIYで作ったRFコンバータを介して、デジタルチューナーを兼ねたHD DVD/HDDレコーダーが接続されている。
店舗の裏面にある、佐藤家の住居をリフォームした時に出た流し台なんかを、町の大工が現物合わせでミニキッチンに仕立てたそこには、ジャンク再生品のごっつい姿をした、 “オーブンレンジ” として初期の製品に、佐藤デンキの倉庫から発掘された未使用品の、
簡易住宅としても機能するよう、小さな浴室がある。あるが、90cm幅の小さなステンレスバスに、これまた佐藤家からの捻出品であるFE式浴室内設置型シャワー付風呂釜。立香の家の置換え用多機能FF釜と異なり、外部に給湯する能力もないから、キッチンには小型瞬間湯沸器が別にある。ただ、直接ノズルが付いているタイプではなく、混合水栓、つまり水道の蛇口を経由して使う先止式だが。
そんな、昭和・平成前半期の、今となってはレトロ感漂う家電や家具たち。その合間をぬって、ぬいぐるみやデフォルメ人形、カラフルな布のボール、ガチャガチャで出てきそうなおもちゃたちが所狭しと並ぶ。くるくる回る風車や、ポップな色合いの積み木、お菓子の形をしたクッションやら────とにかく賑やかだ。
一見すると、乱雑に散らかっているようにも見えるが、どれもちゃんと “居場所” を与えられていて、ぬいぐるみや人形たちも、 “配役” が決まっている。
その空間と見渡すと、レトロ家電も相まって、例えるならそう────おもちゃ箱。遊び心と心地よさが絶妙に両立した、大人が子どもに戻れるような箱庭。ふと俯瞰して見てみると、そこかしこに “ワクワク” が仕込まれているのが分かる──――そんな場所になっていた。
照明は埋込式ではなかったが、最初についていた無機質なシーリングライトに、アルミ細工の装飾が着けられている。────が、それは今、消灯されていた。
小さなLED電球の照明だけ
その円の中心に向かって、なにかの結晶を砕いた、キラキラ光る粉をひとふりする。
「聖杯の名に於いて命じる! ここに、我が矛、我が盾となる従者を現せ!」
渦を巻くように光が立ち上ったかと思うと、天から天井を貫いて降ってきたかのように、光の柱が、光の円の中心に建った。
やがて、
ゴトン
と、重々しい音とともに、光の柱の中から、────そう、人が、床に降り立った。
扇情的なボディスーツの上に、丈の短い白いジャケット。
まぁ、そこまではいい。
機械仕掛けのようなものが仕込まれた重々しいブーツで踏ん張っり、支えるのは、肩に背負った、超未来的なようでいて、どこか古代的な部分を持つ大砲の砲塔。
「────アーチャー、メディア、召喚に応じ参上したわ」
端麗な、どこか鋭さを感じさせる顔で、そう告げながら、
「あら?」
と、 “アーチャー” は、なにかに気付いたように声を出す。一瞬だけキョトン、とした後、自身のマスターを凝視した。
「あなた────あなたも、サーヴァント?」
アーチャーが問いかける。
すると、
「うん! やっぱり解っちゃうのね!」
元気よく返事をしてから、照れくささではにかんだような苦笑になって、言う。
サーヴァントがサーヴァントを重ねて召喚することは、さして珍しくない。特に、正面戦力としてはやや脆弱なキャスターやアサシンが、空いている別のクラスのサーヴァントを
他にも、他所の聖杯戦争、または、過去の聖杯戦争において召喚され、受肉し現界し続けているサーヴァントが、別の聖杯戦争のマスターとなることもある。
ただ、アーチャーの眼には、目の前の少女は、後者、受肉したサーヴァントに近い存在だと感じつつも、ただそうなっただけの存在とも異質なようにも見えた。どこか、粘土細工の人形のような感覚があった。ただし、それはあくまで身体を構成している霊基の話であって、別に粘土細工そのものというわけではない。そう言う人工感が拭えない、というわけだ。
「私は、オルガマリー────オルガマリー・アニムスフィア・オルタ! この瑞苑の聖杯が、この箱庭で遊ぶ王女様として、サーヴァント体として作り出してくれたの! お父さまの願いを叶えるかたちで!」
目をぱっちりと開き、無邪気な表情に弾むような声で、オルガマリー・オルタは自己紹介を伝えた。
「お父さまの願い……そのお父さまは、本当の? あ、ごめんなさい、変なことを聞いてしまったわ」
「ううん! 大丈夫!」
アーチャーが問いかけて、失言だったと謝罪するも、オルガマリー・オルタは気にした様子もなく、そう言って、アーチャーの問いに答える。
「そうだよ! あ、うーん……正確には、私のもとになった人ね。その人の本当のお父さま! そして、私はその人の魂を使った写し身なの!」
言い方によってはこれ以上なく重い内容を、オルガマリー・オルタは、無邪気に弾んだ声でそう言った。
魂を使った写し身。わざわざそんなものを作るのは、なにかの実験体でなければ、つまり────その大本の人物は、失われた、つまり、死んでいるということだ。
わざわざ聖杯に願ってまで、実験体を作る酔狂は、────偏狭な魔術師にやる者がいないとは言い切れないが、普通は考えにくい。
「それにね!」
オルガマリー・オルタが言う。
「私の身体をつくる時、聖杯がね、この身体にお父さまの身体と精神の残滓も織り込んでくれたの」
それに安心感を得ているというのを表現するように、胸元に手を当てながら笑顔で言った。
「お父さまの、身体と精神の残滓?」
アーチャーが、鸚鵡返しに聞き返す。
「うん、お話ができるほどではないけど。でも、身体にはちゃんとその証があるんだ」
「あっ、ちょっと」
オルガマリー・オルタが、言って、アーチャーの手を取る。低い方へと引っ張られて、見た目に高重心なアーチャーは、体勢を崩さないように踏ん張り直す。
オルガマリー・オルタは、アーチャーの手を、自身の股間に、衣装の上から触れさせた。
「!」
身長こそ低く、そのせいで幼く見えるが、身体の起伏は立香に劣らない、むしろ勝ってすらいる。そんなどう見ても女性のオルガマリー・オルタの身体に、ありえないはずの器官の存在が、白いショートパンツの上からでも解った。
「あっと……分かりづらいけど、ちゃーんと
「ふぅん……女性的両性具有体、というところかしらね」
手が離され、姿勢を起こしながら、アーチャーは言った。
「そう! だから、お父さまがずっと一緒にいてくれるから、私、絶対寂しくないの! あ、強がりなんかじゃないんだからね!」
オルガマリー・オルタは、それまでと同じようにニコニコと楽しそうに言ったが、最後の部分は、眼を
「ええ、解っているわ。可愛らしい、私のマスター」
「んっ」
アーチャーは、穏やかな口調で言って、オルガマリー・オルタの頭を撫でる。オルガマリー・オルタは、気持ちよさそうに撫でられていた。
「ただ……────」
少しだけ表情を真剣なものに戻して、アーチャーは問いかけるように言う。
「それだとしたら、あなたが聖杯に叶えたい願いは何?」
言いつつ、室内を見渡す。
「もっと単純に、巨万の富がほしい、とか?」
「ううん!」
オルガマリー・オルタは、即座に否定する。
「お金なんてなくたって、 “楽しい” を集めれば、いくらだって豊かになれるよ!」
「そうね、この部屋を見れば解るわ」
「そう! ここは私の、箱庭の王国なの! いくらでも “楽しい” が詰まってるのよ」
オルガマリー・オルタは、自身のささやかな居城を誇るように、そう言ってから、
「聖杯に叶えたい願いなんかないよ。だって “楽しい” は、自分で集めるから楽しいんだもの! でも、────」
そこまで言って、オルガマリー・オルタは、内腿の片方に出ている、自身の令呪を見せた。
「────聖杯から直々に、ゲームに招待されたんだもの! 参加しない手はないし、参加するからには勝たなきゃ!」
「ふふっ、そう言うことね」
実際、そういうマスターは珍しくはない。魔術師の家系の名誉の為、魔術協会の
──この聖杯戦争は……────
アーチャー メディアは思考を巡らせる。
──この聖杯は、聖杯戦争で殺戮が目的化することを強く戒めている。特にマスターの落命には敏感なよう……
召喚時に刻まれた知識を反芻する。
「あっ、そうだ!」
アーチャーが考察を続けていると、オルガマリー・オルタは、思い出したように、ぱたぱたと台所の方へ向かった。
アーチャーも、砲戦型ロボット兵器のような肩砲塔を、霊体化して格納すると、身軽になって、オルガマリー・オルタの向かった方へ行く。
すると、オルガマリー・オルタは、ダイヤルのたくさんついた、初期型のオーブンレンジの扉を開けて、オーブン用の鉄板を取り出した。
「うん、ちょうどいい具合に焼けた!」
オルガマリー・オルタが、ミトンを嵌めて持っている鉄板には、ココアを織り込んだ生地のクッキーが並んでいた。
「あなたと、……その、喚んだサーヴァントと一緒に食べようと思ってたの!」
「あら、そうだったのね。料理上手なマスターさん」
アーチャーは、そう言うと、調理用のテーブルに近づく。
オルガマリー・オルタは、鉄板の上のクッキーをボウル皿に移す。
「一口、いいかしら?」
「うん、どうぞ! 食べて食べて!」
アーチャーは、訊ね、オルガマリー・オルタがはしゃぐように勧めるのを聞いてから、クッキーをひとつ、口に運んだ。
ココアを織り込んだクッキーは、粉っぽすぎず、サクサク感としっとり感が程よく同居しながら、チョコレートの香りとともに、芳醇な味わいが口の中に広がる。
「あら、美味しい」
「ホント!?」
「ええ」
「やったー!」
アーチャーが忌憚なく感想を言うと、オルガマリー・オルタは、手をパタパタとさせながら、満面の笑顔で喜ぶ。
「…………」
その様子を見て、アーチャーは、ある思いつきに、覚悟を決めた。
「マスター」
「えっ?」
穏やかな笑顔で呼ぶアーチャーに、オルガマリー・オルタは、どこかキョトン、とした表情になって、視線をアーチャーに向け直す。
「私がいる間、私がマスターの母親になってあげるわ」
「えっ……」
アーチャーに言われて、オルガマリー・オルタは、どこか困ったような表情になった。
「でも、私には、お父さんが……」
オルガマリー・オルタは、言葉切れ悪くそう言ったが、それを聞いて、アーチャーはクスッと笑う。
「父親がいても、母親もいていいでしょう?」
アーチャーがそう言うと、オルガマリー・オルタの表情が、柔和に緩んでいき、先程までのような笑顔になった。
「そうだね、うん! じゃあ、よろしくね、アーチャー! ……ぁ」
母親になってもらう、と言うのに、オルガマリー・オルタは、アーチャー メディアをクラス名で呼んでしまった。
「ふふ、いいのよ、呼び方の問題じゃないから。ただ、母親だと思って慕ってくれればいいの……」
アーチャーの言葉を聞いて、オルガマリー・オルタは
「あ、そっか、うん、じゃあ、よろしく!」
「ええ、母として、そしてもちろん、親愛のサーヴァントとして、あなたに安らぎと勝利をもたらせてみせるわ」
────この娘は、この地を “箱庭” と呼んだ……────
オルガマリー・オルタは、疲れてしまったのか、アーチャーに警戒を任せて、就寝していた。
アーチャー メディアは一緒のベッドに、その横に座っている。古いものを修繕したと解る、セミダブルのベッドだった。
そこで、アーチャーは思考を巡らせる。
────この世界が一種の、完全にではないが強固に閉鎖された存在であるとは感じる……聖杯が作り出しているの?
本来、魔術師として高名なメディアは、この地の不可解さを読み取っていた。
「…………」
オルガマリー・オルタは、年格好よりもより幼い子どものような、安らかな寝顔をしている。なんの心配もしていないようだった。
──この娘の存在はこの聖杯の閉鎖世界と密接にリンクしている……ただ、この閉鎖世界はこの娘よりもずっと
「父親の願いを叶えた聖杯が、この娘をあえてこの地に囚えた、か」
ただ、オルガマリー・オルタは、心の底からこの世界を楽しんでいるようではあった。
アーチャーは、そのオルガマリー・オルタの、額のあたりを撫でる。
「ん、ん……お父さま……メディア……」
その手を感じてか、オルガマリー・オルタは、寝言でそう漏らす。
──本当、そんなこと、どうでもいい! 私は、この娘の為に勝つ! 母であり姉であり、今の私には力が漲っている! すべてを裏切って裏切られたと泣いている、魔女メディアじゃない! この娘の為に、絶対に勝つ! …………
アーチャー メディア
何がどうしてこうなった
https://x.com/kaonohito2/status/1952812605468492093
オルガマリー・アニムスフィア・オルタ
https://x.com/kaonohito2/status/1952814599583219815
オルガマリーの王国の風呂釜 ノーリツ GNQ-5AF-KR
(+小型湯沸器 GQ-551W)
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