タタン……タタン……
北豊田電軌北豊田線の、単行の電車が、瑞苑町に到着しようとしていた。
『まもなく電圧切替の為、車内一瞬暗くなります』
ワンマン運転の運転手が放送した直後、フッ、と照明が消えた。照明だけではなく、冷房機の運転音も途切れ、併設されている扇風機も電力が途絶えて惰性で回っている。
鉄道線・北豊田線と軌道線・瑞苑街線の境であり、根拠法(鉄道事業法・軌道法)のそれでもある鉄軌分界点を通過して、直後に1,500Vから600Vへ切り替える直・直デッドセクションに突入した。
照明はすぐに再点灯し、冷房の運転音も響きはじめ、その冷風を扇風機がかき混ぜ始める。
ブレーキをかけて減速しながら、電車は東瑞苑駅のホームに到着した。
ペーッ
プシューッ
バスに使われる扉操作ブザーの音とともに、電車の扉が開く。
「さっきの、びっくりしちゃったね」
「うん」
2人連れの少女────が、そんな会話をしながら、改札口の方へ向かう。
1人は、赤みのある髪をツーサイドアップにしている、高校生ぐらいの年格好。
もう1人は、ブリーチした髪を、短いポニーテールにしていて、1人目の少女よりも、見た目幼く見える。
「あ、すみません」
ブリーチの髪の少女────は、ちょうど、歩いてきた、北豊田電軌の制服を着た男性に、話しかけた。
その男性は、実際には乗務員で、トランクとブレーキハンドルを手に持っていたが、声をかけられて、嫌な顔もせずに立ち止まり、応対する。
「どうしましたか?」
「えっと、 ……この、地図の場所に行きたいんですけど……」
今時、紙の地図に印が入れられた部分を、乗務員に見せる。
「え……ここ松原ですね。この電車がそのまま行ったんですが……」
乗務員が、言いにくそうに言う。
「えっ?」
驚いた声を出したときは、もう遅い。
乗ってきた電車は、とっくに扉を閉めて、モーターを響かせながら、併用軌道に乗り上げて、大通りを大交差点のある方へと走っていった。
「えええーっ!? ここ、普通の電車が路面電車にそのまま入っていくんだ!?」
ツーサイドアップの少女が、驚きの声を上げた。
「ああ……乗り換えだと思われていたんですね……たまにおられるんですよ」
乗務員は、嫌味っぽい様子もなく、ただ苦笑しながら、そう言った。
「ここからだと、次の松原行きまではだいぶあります。他の行き先の電車で、役場前まで行かれて、そこで乗り換えた方が早いですよ」
「あ、ありがとうございます」
にこやかに説明する壮年期の運転手に、礼を言う。
「いいえ、お気をつけて」
乗務員はそう言って、ホームを通って、東瑞苑駅の上り方にある留置線の方へと歩いていった。
「ごめん、さつき。ボクがちゃんと調べておかなかったから」
「え、あ、ううん」
さつき、と呼ばれた少女は、苦笑しながら、慌てたようにパタパタと手を降った。
「
さつきは、まずフォローの言葉を告げた後、
「それに、電車は本数結構あるみたいだし、大丈夫でしょ?」
日中だったが、北豊田電軌は、豊橋鉄道渥美線に学び、最長15分ヘッドを確保してある。
松原への直行を探すと1時間後だが、その間に3本の電車が出発することが、時刻表に表示されている。
「うん、約束があるわけじゃないしね」
さつきの言葉に、表情を綻ばせ、ブリーチの少女────
「師匠、って言ってたけど、なんの師匠なんだっけ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
さつきの問いに、琉希はキョトン、としたような表情で、さつきに聞き返した。
「聞いて、忘れちゃってるのかも」
さつきは、苦笑しながら、自身のこめかみのあたりを軽く小突く。
「どっちかな……うん、投資の師匠だよ」
「投資」
琉希の答えを聞いて、今度はさつきの方が、少し眼を拡げた。
「じゃあ、一攫千金! みたいな?」
僅かな興奮を伴って、さつきは訊き返した。
「あー……ううん、うちの師匠はロングホルダータイプだから。株自体の額が大きく上下する銘柄じゃなくて、安定して配当が出る銘柄を当てるタイプなんだ」
「配当って、ずっと株持ってる株主に、いくらかお礼を払うみたいなやつだっけ?」
さつきが重ねて訊き返す。
「う~ん、まぁ、その認識で構わないかな」
「そ・れ・だ・と・す・る・と・JR東日本とか?」
「さつき、けっこう師匠と気があったりするんじゃない?」
さつきが言った銘柄に、琉希は、
「でも、その人、あれでしょ、クレオパトラの子孫って名乗ってるんでしょ? どっちかって言うと、パーッと儲かるみたいな、胡散臭い話を持ってくる人だと思ってたんだけどなぁ」
「
軽くため息をつきつつ、琉希は言う。
「高名な7世は、自分にとっては反面教師だそうだよ」
「色恋を否定はしない。だけど、越えてはならない一線を設定しとけ。個撮はいいけど、デートはなしだ。その一線は絶対に越えないか、越えるのであれば、自身も商売を捨てて女として本気になるつもりでやれ」
「資金の投下先をコロコロ変えるのは、投資じゃなくて投機だ。つまりエンタメ性のないバクチだ。必ず最後は損するぞ」
「コントロール不可能な借金をするな」
「金の管理ができないやつは事業主になるな。周りの迷惑になる。夢を追うなとは言わないが、被雇用の形で叶えろ」
「相手の生活を破壊するな。特攻になって返ってくるぞ」
「
「ふ~ん」
さつきは、気のない生返事をしてから、
「じゃあ、琉希クンが聖杯に願うのって、金銀財宝とか巨万の富、じゃない感じ?」
と、問いかける。
「そうだね。まだ決めきってないんだけど、そのあたりはあまり考えてなかったかな」
琉希は苦笑しつつ、そう答えた。
「ところで、さつき、陽の光は平気?」
琉希は、話題を変える。
「え、あ、うん……琉希クンの魔力が強いのか、平気……って、言いたいところなんだけど……」
さつきは、笑顔で言って、そこで苦笑に変える。
「ちょっときつい……っていうか、これは、日差しのせいだけじゃないけど」
「あ……うん、そうだね」
────さつきは、死徒、と呼ばれる、所謂吸血鬼だった。
個体によって差はあるが、所謂 “ブラム・ストーカーの吸血鬼像” で示されている吸血鬼の弱点はだいたい該当する。日光の他には、流水などだ。
ただ、今のさつきは、それに対して、ある程度────いや、かなりの耐性を持たされていた。
とは言え……先程書いたとおり、既に鉄道が冷房を入れている季節。吸血鬼のような弱点ではなかったとしても、ジリジリとした強い日差し、それに加えて、蒸せ来るような日本の湿気が、普通に不快指数を上げてきている。
さつきを気遣った琉希自身も、軽装の衣服が汗ばんでいた。
ゴトン……ゴトン……
その話題になったところへ、次の上り電車が入ってきた。
ペーッ
プシュー……ガラララ……
『
扉が開き、ワンマンの運転手が自らそう告げた。
明神地区は、瑞苑街線を支線に折れず、西端まで乗った場所だ。地鎮の神社があるので、それがそのまま地名になっていた。
「はーっ、涼しーッ!」
さつきは、車内に飛び込むように乗ると、扇風機が吹きかけてくる、冷房によって充分に冷やされた風を浴びて、身体を伸ばす仕種をする。
すると、
『お客さん、ICカードか、なければ整理券を』
と、運転手が、さつきを指して、放送で言ってくる。
「さつき、PASMO、PASMO」
琉希も、少し慌てた様子でそう声をかける。
「あ、そっかそっか」
そう言って、さつきは、ワンマン運転設備である交通ICカード読み取り機に、持っていたPASMOをかざす。
ピッ
「さつきは、変な時に迂闊な判断するみたいだから……気をつけてよ?」
琉希は、苦笑しながら、そう言った。
「はーい、気をつけます。変にしくじってゲームオーバーなんて、私も嫌だもん」
マスター、鷺ノ宮琉希に言われ、アサシン、弓塚さつきは、敬礼のようなポーズをしながら、そう返した。
『桜野中央、桜野中央、瑞苑ガーデンショッピングセンター前です。終点です。ふわふわパンのいい香りでお出迎え、ベーカリー「ボヌール瑞苑店」は、瑞苑ガーデンショッピングセンター3階です』
近年にトロリーバスとしては廃止となった関西地方の2路線と異なり、北豊田電軌トロリーバスは、車両をかつての三菱グループ、三菱ふそうと三菱電機に一括発注していた。この為、車体は歴代のエアロスターか、ローザ、いずれかの準同型である。これは、車体の保守部品がそれらと共通化されたため、北豊田電軌桜坂線が生き残れた要因の一つになった。
だが、流石に延伸計画は事実上凍結されている。本来、軌道線を外周からバイパスして、松原と、北川端を通る支線の終点まで結ぶネットワークを計画していた。それは瑞苑町も北豊田電軌も正式な放棄を宣言してはいないが、現在となっては絵に描いた餅になりつつあった。
あくまで半環状線を形成する予定なのだと、苦し紛れに『瑞苑ぐるり線』なる愛称をつけてみたが、地元住民が一番知らないという事態になって大失敗。地元では単に「トロバス」もしくは「北豊田トロバス」と呼ばれていて、正式名称の「桜坂線」は、鉄オタでなくとも「あーあーあー、トロバスのことね」程度には知られているのだが、来訪者に「『瑞苑ぐるり線』ってどこで乗れますか?」と聞かれた地元住民の反応は、「…………何線!?」と、目を見開いて聞き返すのがデフォルトだ。
────────その、桜坂線が現在の起点・終点が事実上固定化された要素の一つが、ここ桜野中央の終点ループ線だった。トロリーバスが折り返すための架線がヘアピンカーブを描いている場所だが、近年までは舗装されてすらいなかった広場だった。だが、瑞苑ガーデンショッピングセンターを建設する際、ループ線と停留所はその駐車場と一体化され、停留所からは屋根のついた歩道橋で、駐車場を平面横断する必要なく店舗3階に入れるようになった。利便性はいいが、逆に言うと、本音ではここより先に架線を伸ばすのは諦めた、と言っているのと同じだった。
トロリーバスが、その桜野中央のトロリーバス停に入ると、黒いビジネススーツに、『探偵物語』の松田優作のような帽子を被った
「あっと」
直斗の直前にいた、老婆が、シルバーパスを提示しようとして、財布を取り落とした。
「御婦人、大丈夫ですか?」
どこからともなく現れた、という様子で、1人の若い女性が、床に落ちた財布をさっと拾い、老婆の手元に差し出した。
「ああ、ありがとうね」
「いえいえ、お気になさらず」
礼を言う老婆に、女性が手を振ってそう返すと、老婆は、運転手が料金授受機の割引操作をしたところへ、PASMOを提示して、降りていった。
「ありがとうございます」
運転士も、女性に向かって礼を言った。
「いえいえ。善意のことですから。気になさらないでください」
女性は、そう言いながら軽く手を振って、自らもPASMOを料金授受機にかざして、降車する。直斗が、それに続いた。
女性と直斗は、明らかに連れ立って歩く。エスカレーターに乗り、歩道橋へと上がる。
「あまり面白そうではない顔をしているわね」
女性が、直斗にそう言った。
「ええ、まぁ……目立つのは困りますから」
僅かな苦笑交じりに、直斗はそう言った。
「そうは言うけれど、あなたもああしようとしてはいたでしょう?」
女性は、いたずらっぽく言い、直斗を見た。
「それは……」
「戦国最弱と言われても、私も
女性にそう言われて、直斗は、一瞬拗ねたように唇を尖らせてから、フッ、と苦笑した。
「まぁ、根が
自嘲するように、言う。
「ふふ、偽善者、ね。まぁ、太平の世の今の
女性は、いたずらっぽい笑みを浮かべたまま、どこか見透かすように言う。
────バーサーカー、
自身の城・小田城を何度も落城させられ、後の世には、戦国最弱の将とも言われた。
だが、それは逆に言えば、その度に再起したということでもある。
実際、勝った合戦の数でも、氏治を上回るのは一部の高名な武将ぐらいだ。
しかも、氏治と繰り返し渡り合った武将はと言えば、上杉謙信や、佐竹
────────歴史上はそう記されている。だが、実際には謙信との決戦であった山王堂の戦いにて、謙信の神速の攻めに晒され、氏治は自身の肉体も失いかけていた。史書ではこの時、藤沢城に落ち延びたことになっているが、実際には治療が必要として土浦城まで
その時、氏治の妻、葉月は、自身の身体を氏治に与えた。その際、氏治の強力な精神と、身体の残滓が融合したことにより、葉月の身体だったそれには、男性器が宿った。つまり、女性的両性具有体となった。
妻の身体で復活した氏治は、直後の佐竹義昭の死を好機と見て電光石火で小田城を奪還。不死鳥にも例えられる氏治の不屈伝説は、ここから始まったのである。
──歴史に伝わってる内容だけだって、それだけの再起をして生き延びるなんて、常人の精神じゃ到底無理だ。
直斗は思う。
──瑞苑の聖杯戦争は、クラスシャッフルが特徴だと言うけど、氏治に関して言えば、完全にバーサーカードンピシャの適正じゃないか。
実際問題、「シャッフル」とはあくまで組み合わせを混ぜ直して引き合わせ直すという意味であって、必ずしもシャッフル前と違う組み合わせを保証するものではない。
──瑞苑の聖杯の特性で、バーサーカーであっても常時は理性的に会話可能……ただ、おそらく氏治のバーサーカーとしての“宝具”を開放すれば、そのときは保証されることではないだろうな……これほどの不屈、不死性の象徴、神代まで戻ってすら、◯◯◯◯◯ぐらいしか思いつかないぞ…………!
「ほら、あまり深く考え込んで歩いていると、足元がふらつくわよ」
「え、おっと……」
氏治に声をかけられ、ようやく直斗は我に返った。
躓くように背を丸めて歩いていた姿勢を正し、瑞苑ガーデンショッピングセンターの店舗へ、その3階の歩道橋口から店内に入った。
マスター、鷺ノ宮琉希
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アサシン
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バーサーカー
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