────瑞苑ガーデンショッピングセンター、一般フロアは地下1階から地上4階。
平面方向において、イオンモールよりやや小振りな分、垂直方向に2層多い形だ。
その地上1階に販売カウンター、地下1階に食堂部分を設ける『ドムドムバーガー瑞苑GSC店』。その店舗の背後側の階段を降りると、機械室の地下2階を挟んで、地下3階に出る。
ここは、『北豊田防災センタ』。豊田郡の主に水害対策の設備であり、一定人数の避難シェルターがあり、排水機材も収められている────と、表向きはそうなっている。
実際、設備の方は実在している。だが、それと併設して、隠された設備も設置されていた。
売り場階段側からは入れない、このドムドムバーガー裏側の隠し階段側から入ったそこは、魔術協会の瑞苑の支局だった。
階段を下りたところで、直斗を2人の男が遮った。
ヒュッ
「!?」
直斗の行く手を遮った2人の間に、かすかな音だけを立てて氏治が割り込み、長細いナイフを、2人の喉に突きつけていた。
「バーサーカー、そこまでの用心は必要ないよ」
直斗は、そう言って氏治を諌めてから、帽子を軽く上げて、
「どうも、柏木です」
と、挨拶した。
「お待ちしておりました」
実力行使担当であろう男たちに変わって、アルビノにも見える肌の、紫がかった薄い桃色の髪の女性が、そう言って恭しく直斗を出迎え、事務室の中に迎え入れた。
「手狭ですね……」
わざとらしく、ネクタイを緩める仕種をしつつ、周囲を見渡すようにしながら、直斗はそう言った。
「ええ、ここは────瑞苑の聖杯戦争を観測、裁定するだけの為にあるようなものですから」
細さを感じさせる澄んだ声で言う女性─────年格好は、華奢な少女に見えるが、物腰や周囲の人間の態度からすると、一定の役職の者のようだ。
「ようこそ、魔術協会のマスター」
もう1人、日焼けした白人の肌を持つ、胸郭が男性の女性が現れて、直斗に挨拶をした。
「…………彼、いや彼女が?」
直斗は、胸郭が男性の女性を一瞥した後、薄桃色の髪の女性に問いかけた。
「ええ、我々の方で召喚したルーラーです」
「アッティスです。よろしく」
薄桃色の髪の女性に紹介され、胸郭が男性の女性であるルーラー────アッティスは、名乗って、軽く一礼した。
「こちらこそ、お手柔らかに」
直斗は、苦笑しながら言った。僅かに笑ってから、視線を薄桃色の女性に戻す。
「まぁ、ここに来たのは、顔見せみたいなものですから」
「ええ、そう────この街での滞在場所は御用意してありますので、そちらへ」
薄桃色の髪の女性が、そう返しつつ、メモを渡してきたのを聞いて、直斗は軽く驚いてしまった。
「顔見せ程度といったでしょう……本来、魔術協会がどちらかに肩入れするのはルール違反なんですから」
「ですから、そのための居場所の指定です」
直斗が呆れの混じった言葉で言うが、薄桃色の髪の女性は、即座にそう返した。
「外部からくるマスターはともかく、この街にいるマスター候補になりうる存在は、ざっと把握していますから。逆にあなたの場所を知らないのは、不平等になる」
「言いえて妙、ね……」
直斗は、納得したんだか、狐につままれたんだかという表情をしつつ、メモに視線を向けた。
「ニュー北川端ハイツ203号室……」
直斗は、その名前を呟きつつ、
──これは……昭和か、平成初期の建物だな……
と、名前でそう察した。
「……ところで、支局長の折原さんは、どちらへ?」
薄桃色の髪の女性に視線を戻し、訊ねる。
「支局長は、今日は所要で外出しております。直帰の予定で────アポをお取りしますか?」
「いえ」
説明を受けた直斗は、姿勢を直しながら、言う。
「あくまで直接の関係はないことになっているわけですから……私が来た、ということだけ、お伝え下さい」
「承りました」
薄桃色の髪の女性は、そう言って、一度頭を下げた。
「バス……ディーゼルのバスの、松原経由の明神行に乗って、その松原で電車に乗り換えてください。トロリーバスと電車だと、遠回りですので」
「解りました。ありがとうございます」
そう言って、直斗は魔術協会の支部『北豊田防災センタ』を後にした。
────夜の帳が下りた街。その灯りも減った、所謂丑三つ時。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
メガネをかけた、痩躯の中年の男性が、問いかける。
「大丈夫です。我々が疑わしくないよう、魔術協会からのマスターも招聘したのですから」
やはり痩せ型ではあるが、肩幅が広く、がっしりした印象のある男性が答える。
中年と言えば中年だが、問いかけてきた男性に比べるとやや若い。青年期との端境期、と言ったところか。
「これほど重要な場所だと言うのに、これではサラリーマンと同じではないか。我々はこの扱いだ。時計塔の連中にギャフンと言わせてやらなければ、腹の虫も収まらん」
「もちろん。そのためにも────」
神経質そうな表情で忌々しそうに言う、メガネの中年の男性に対し、がっしりした男性の方は、余裕そうな表情を見せつつ、そう返す。
「聖杯の願いは、我々の手元に」
────────その場には、他に、女性と思しき人影があったが、ちょうど、差し込んでくる、星明かり、街灯りの影になる場所にいて、よくは見えない────
朝。
カン・カァーン!
路面電車のフートゴングの音で、ランサー、ヘリオガバルスは我に返った。
普通、受肉して肉体があるパターンでもない限り、サーヴァントに睡眠は必要ないが、目を閉じて、瞑想のような状態になり、心を休めていた。
ヴァアァァァン……
バタンバタンバタンバタン……
マンションに面する街路の上の併用軌道を、始発から2本目の電車が、ワンマン単行で通過していく。
「やれやれ、早くから賑やかな街だねぇ」
そう言いながら、ランサーは立ち上がって、身体を伸ばす。
彼女の言う通り、時刻は朝の6時前。
ただ、ランサー自身は、別に気を悪くしたような様子もない。
「街が賑やかなのは、いいことさね。街に活気がないと、国も弱る」
むしろ機嫌良さそうに、そう言いながら立ち上がる────が、
「とは言え、これはねぇ……」
と、ランサーは、部屋の周囲を見渡し、呆れ混じりの苦笑になった。
本来畳敷きのはずの部屋だが、パン屋やらコンビニやらの袋、漫画雑誌やゲーム雑誌、それに脱ぎ散らかした服で、ほとんど隠れてしまっている。
その中に敷かれた布団の上で、立香はタオルケット1枚だけをかけ、年頃の少女としてはちょっと他人に見せたくない寝相で、くーかー、と寝こけていた。
和室、と言うより、畳敷きの和洋折衷の部屋から、襖を開けてDKに出る。
小さなスタンドテーブルが置いてはあるが、室内用物干しスタンドがそれ以上にスペースを取っている。その物干しスタンドには、洗って部屋干しした洗濯物が吊るしっぱなし。
洗面・脱衣場、浴室の方にかけては、2組ほどの下着が、脱ぎ散らかした状態になっていた。
アイリスオーヤマ製の小型冷蔵庫を開けてみるも、保存食の類と、飲み物ばかりで、生鮮食品の類は入っていない。
台所は手狭と言え、59.5cm標準幅のガステーブルが置けるようになっているにもかかわらず、実際に置かれているのは、1口のガスコンロだけだった。
ついでに、電子レンジも、如何にも安く調達しました、という感じの、やや型遅れの単機能電子レンジだけ。
そのくせ、カップ麺の類によく使うからか、VE魔法瓶のジャーポットだけはしっかり置かれていた。
「やれやれ……この時代は調理に使える器具も進化しているから、楽しみにしていたのに、これじゃあ料理に挑戦する余地がないねぇ……」
呆れたような苦笑のまま、ランサーはそう言った。
「どれ、起きるまで洗濯物ぐらいは片付けておこうかね……」
そう言って、畳部屋の中からDKの方へ向かって、立香の衣服を拾って回る。
「こいつぁ……ベルトは一緒に洗えないねぇ」
そう言って、合成皮革のベルトを外す。
「これか」
洗面・脱衣所には、公団型防水パンの上に、シャープ製の全自動洗濯機が載っている。容量7kgと、この家にしては贅沢なように見えるが、文字通り前世紀の代物だった。佐藤デンキで購入したジャンク再生品である。
しかしそれでも、聖杯によって知識は与えられているとはいえ、ランサーにとっては初めて触れる電子制御式全自動洗濯機。洗濯といえば奴隷の仕事だったローマ帝国にあって、役割の男女貴賤を選ばなかった彼女にとっては、ランサーと言うより、ローマ皇帝・ヘリオガバルスとして、興味を引かれる機械仕掛けの一つだった。
洗濯物を放り込み、下着類は物干しスタンドから回収してきたネットに入れる。
「こうして、こうなんだろ?」
ピッ
電源を入れ、
ピッ、
標準コースに設定されたまま、スタートボタンを押す。
衣類量を検出するための空転を行った後、給水が始まる。
「おお……」
ランサーは、洗濯槽のフタを開けたまま、ひとりでに水が注がれ始める様子を観察していた。
だが、やがて、
「おっと、これをいれるんだったね」
と、洗濯機をまたいで立てられている棚から、『ハーバルスリー NEWハンドレッド』と書かれた青い箱を取り、中の計量スプーンで、粉末を測って、洗濯槽の水が落ちているあたりに落とす。
「ん……」
ランサーがバタバタやっていたのが聞こえたのか、立香が目を覚ます。
「ランサー?」
立香は、寝ぼけ眼で起き上がり、開けっ放しになっている襖から、洗面・脱衣所の方を向く。その時点では、寝ぼけたままだったが、その視線を畳敷きの床の方に落として、
「!」
と、急に目を見開いて覚醒し、視線を急に洗面・脱衣所の方に戻す。
「ら、ランサー!」
立香は、布団から飛び上がり、バタバタと駆けて、ランサーのいる洗面・脱衣所に向かった。
「おや、起きたのかい?」
ランサーは、
その中では、黒いベルトを外された、立香のいつもの白いコスチュームが、既に水を浴びていた。
「あちゃー…………」
立香は、よろけるようにしながら、顔の目元を手で覆った。
「一張羅ってわけじゃないんだろう?」
「そうだけど……」
瑞苑街線、北側の支線の電車。
普段とは異なり、北側の終点に向かっていた。
いつもの白い衣装をランサーに洗濯されてしまった立香は、地元の屋内オールシーズン・オールウェザー型ウォーターパーク、『プルーニョ・アクア瑞苑』のPR用Tシャツを着ている。
ただ、下はいつものように、黒いマイクロショートパンツを履いていた。
「洗濯ひとつ難儀したアタイの時代ならともかく、この時代、この国じゃボタン2つで洗濯が始まるんだろう? 冬場はともかく、夏場は毎日替えなさいな」
「うー……まぁ、それがいいとは思ってるんだけどさ……」
ランサーは、それほどきつく言ってはいないのだが、説教をされている気分で、立香は視線をそらしてしまう。
一方のランサーはと言えば、流石に召喚された姿のままでは目立ちすぎるので、「御買物処 リブレケイセイ瑞苑」のPR用Tシャツと、赤いショートパンツという格好になっている。Tシャツは立香が面倒くさがってフリーサイズばかり買うため、背の高いランサーでも丈が足りないという感じはない。
『次は
「次で降りるよ」
「あいよ」
瑞苑街線は、かつて似たようなスタイルだった福井鉄道福武線と同じように、各停留所全停車のスタイルだ。福武線の方も、車両が低床車に変わった今でも、この方式は変わらない。
ワンマン単行の電車が、下谷地電停に滑り込む。ワンマン運転時は、軌道線内は、片側3扉の中央を締切りにして、進行方向に対して後ろ乗り前降りとなる。
ペーッ
プシューッ……ガラララ
扉操作音とともに、扉が開くと、前側の扉の運転席よりに設置された運賃授受機のカード読み取り部にPASMOをかざして、降りる。
扉の客室中央側には、反対に走っている際の整理券発券機が設置されている。
下谷地をすぎると、その北側は再び専用軌道になっている。ただし、北豊田線と異なり、あくまで軌道法下の軌道線だ。
この先は、谷地が旅客の終点で、その先に石切り場がある。
軌道線はこれの輸送にも使われており、夜間に、自社籍のコンテナ車と緩急車を機関車が引いてJR線への合流点へ向かっている。
が、立香達は、今はそちらには用がない。
電停にほぼ隣接する形で、普通のディーゼルエンジンのバスのバス停がある。
南側の桜野地区から松原地区と同じように、本来ここまで伸びてくるはずだったトロリーバスの未成区間をディーゼルのバスが結んでいる。
ただ、南側の通り沿いに比べて、北側のこのルートは需要が少なく、バスは小型の三菱ローザの、路線用2扉特装車が使われている。後部バンパー左側のすぐ上に、車体の改造を行った地元の工場、「野口ボデー」の時代がかったフォントのステッカーが貼られている。
2人がバス停に立ってまもなく、『瑞坂台 (下谷地経由)』と、LED表示器に掲示したローザがやってきた。後部の乗口扉が開くと、PASMOを乗車時用のICカード読み取り機にかざして、乗り込んだ。
「これ1枚でいろんな乗り物に乗れるんだねぇ、面白いねぇ」
立香と座席に座ってから、ランサーはPASMOをまじまじと見る。
わざわざ召喚するサーヴァントの為に用意したものだ。立香自身は、スマートフォンのモバイルPASMOを使っている。
「えっと……それは、チャージしてあるお金の分だけ乗れるものだからね?」
立香は、苦笑しつつ注意するように言う。
「解ってるさ」
そう言うものの、ランサーの好奇心旺盛そうな表情は止まらない。
その間に、バスは発車時間を過ぎた。やはり扉操作ブザーが鳴った後、乗り口の折戸が閉じ、ディーゼルエンジンを響かせて、走り出す。
「アタイの時代にはこんなものが作れなかったからね、こういうのがあれば、もっと都市の改革も進められたのに」
走り出したバスの車内を眺めながら、ランサー、ローマ皇帝ヘリオガバルスは言う。
──ヘリオガバルスの治世は4年と短い。しかも、あまりに急進的な改革、ジェンダー観の破壊で敵を作りすぎていたから、最後は惨めなものだった。でも、本人は自身の最後なんて関係ないみたい。自身の国造りが途上で終わったことの方が、無念なのか……
文明の利器を見ては、少年のように目を輝かせているランサーを見て、立香は、そう思った。
飽きる様子もなく、すれ違う自家用車も興味津々で見ているランサーだったが、やがて、バスはトロリーバスの北側の終点に着く。
『終点、
バスは、道路から広場に入った。そこは、瑞坂台のトロリーバスループ線がある場所だ。
周辺には商店がある。人通りがあり、コンビニエンスストアの『ミニストップ 瑞苑瑞坂台店』もあるのだが、時間帯のせいもあるのか、どこか寂寥感の漂う風景に見えた。
「こっちだよ」
「あいさ」
目的地に近づくに連れ、立香の態度が、どこか固くなっていく。
──アタイに対するものじゃないみたいだね……
ランサーは、立香を観察して、そう読み取る。
「教会、苦手なのかい?」
「…………うん、得意じゃない」
ランサーが笑顔混じりに訊ねると、立香は、面白くなさそうな表情で答えた。
やがて、2人がたどり着いたのは、小さくて、新しくもないが、綺麗に保っている教会。
瑞坂台教会。瑞苑の聖杯戦争のもう一方の監視役、聖堂教会の拠点だった。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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