Fate/Sealed Elysium   作:神谷萌

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第6話 女神皇帝、現代文明に触れる

 ────瑞苑ガーデンショッピングセンター、一般フロアは地下1階から地上4階。

 平面方向において、イオンモールよりやや小振りな分、垂直方向に2層多い形だ。

 その地上1階に販売カウンター、地下1階に食堂部分を設ける『ドムドムバーガー瑞苑GSC店』。その店舗の背後側の階段を降りると、機械室の地下2階を挟んで、地下3階に出る。

 ここは、『北豊田防災センタ』。豊田郡の主に水害対策の設備であり、一定人数の避難シェルターがあり、排水機材も収められている────と、表向きはそうなっている。

 実際、設備の方は実在している。だが、それと併設して、隠された設備も設置されていた。

 売り場階段側からは入れない、このドムドムバーガー裏側の隠し階段側から入ったそこは、魔術協会の瑞苑の支局だった。

 階段を下りたところで、直斗を2人の男が遮った。

 ヒュッ

「!?」

 直斗の行く手を遮った2人の間に、かすかな音だけを立てて氏治が割り込み、長細いナイフを、2人の喉に突きつけていた。

「バーサーカー、そこまでの用心は必要ないよ」

 直斗は、そう言って氏治を諌めてから、帽子を軽く上げて、

「どうも、柏木です」

 と、挨拶した。

「お待ちしておりました」

 実力行使担当であろう男たちに変わって、アルビノにも見える肌の、紫がかった薄い桃色の髪の女性が、そう言って恭しく直斗を出迎え、事務室の中に迎え入れた。

「手狭ですね……」

 わざとらしく、ネクタイを緩める仕種をしつつ、周囲を見渡すようにしながら、直斗はそう言った。

「ええ、ここは────瑞苑の聖杯戦争を観測、裁定するだけの為にあるようなものですから」

 細さを感じさせる澄んだ声で言う女性─────年格好は、華奢な少女に見えるが、物腰や周囲の人間の態度からすると、一定の役職の者のようだ。

「ようこそ、魔術協会のマスター」

 もう1人、日焼けした白人の肌を持つ、胸郭が男性の女性が現れて、直斗に挨拶をした。

「…………彼、いや彼女が?」

 直斗は、胸郭が男性の女性を一瞥した後、薄桃色の髪の女性に問いかけた。

「ええ、我々の方で召喚したルーラーです」

「アッティスです。よろしく」

 薄桃色の髪の女性に紹介され、胸郭が男性の女性であるルーラー────アッティスは、名乗って、軽く一礼した。

「こちらこそ、お手柔らかに」

 直斗は、苦笑しながら言った。僅かに笑ってから、視線を薄桃色の女性に戻す。

「まぁ、ここに来たのは、顔見せみたいなものですから」

「ええ、そう────この街での滞在場所は御用意してありますので、そちらへ」

 薄桃色の髪の女性が、そう返しつつ、メモを渡してきたのを聞いて、直斗は軽く驚いてしまった。

「顔見せ程度といったでしょう……本来、魔術協会がどちらかに肩入れするのはルール違反なんですから」

「ですから、そのための居場所の指定です」

 直斗が呆れの混じった言葉で言うが、薄桃色の髪の女性は、即座にそう返した。

「外部からくるマスターはともかく、この街にいるマスター候補になりうる存在は、ざっと把握していますから。逆にあなたの場所を知らないのは、不平等になる」

「言いえて妙、ね……」

 直斗は、納得したんだか、狐につままれたんだかという表情をしつつ、メモに視線を向けた。

「ニュー北川端ハイツ203号室……」

 直斗は、その名前を呟きつつ、

 ──これは……昭和か、平成初期の建物だな……

 と、名前でそう察した。

「……ところで、支局長の折原さんは、どちらへ?」

 薄桃色の髪の女性に視線を戻し、訊ねる。

「支局長は、今日は所要で外出しております。直帰の予定で────アポをお取りしますか?」

「いえ」

 説明を受けた直斗は、姿勢を直しながら、言う。

「あくまで直接の関係はないことになっているわけですから……私が来た、ということだけ、お伝え下さい」

「承りました」

 薄桃色の髪の女性は、そう言って、一度頭を下げた。

「バス……ディーゼルのバスの、松原経由の明神行に乗って、その松原で電車に乗り換えてください。トロリーバスと電車だと、遠回りですので」

「解りました。ありがとうございます」

 そう言って、直斗は魔術協会の支部『北豊田防災センタ』を後にした。

 

 

 ────夜の帳が下りた街。その灯りも減った、所謂丑三つ時。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 メガネをかけた、痩躯の中年の男性が、問いかける。

「大丈夫です。我々が疑わしくないよう、魔術協会からのマスターも招聘したのですから」

 やはり痩せ型ではあるが、肩幅が広く、がっしりした印象のある男性が答える。

 中年と言えば中年だが、問いかけてきた男性に比べるとやや若い。青年期との端境期、と言ったところか。

「これほど重要な場所だと言うのに、これではサラリーマンと同じではないか。我々はこの扱いだ。時計塔の連中にギャフンと言わせてやらなければ、腹の虫も収まらん」

「もちろん。そのためにも────」

 神経質そうな表情で忌々しそうに言う、メガネの中年の男性に対し、がっしりした男性の方は、余裕そうな表情を見せつつ、そう返す。

「聖杯の願いは、我々の手元に」

 ────────その場には、他に、女性と思しき人影があったが、ちょうど、差し込んでくる、星明かり、街灯りの影になる場所にいて、よくは見えない────

 

 

 朝。

 カン・カァーン!

 路面電車のフートゴングの音で、ランサー、ヘリオガバルスは我に返った。

 普通、受肉して肉体があるパターンでもない限り、サーヴァントに睡眠は必要ないが、目を閉じて、瞑想のような状態になり、心を休めていた。

 ヴァアァァァン……

 バタンバタンバタンバタン……

 マンションに面する街路の上の併用軌道を、始発から2本目の電車が、ワンマン単行で通過していく。

「やれやれ、早くから賑やかな街だねぇ」

 そう言いながら、ランサーは立ち上がって、身体を伸ばす。

 彼女の言う通り、時刻は朝の6時前。

 ただ、ランサー自身は、別に気を悪くしたような様子もない。

「街が賑やかなのは、いいことさね。街に活気がないと、国も弱る」

 むしろ機嫌良さそうに、そう言いながら立ち上がる────が、

「とは言え、これはねぇ……」

 と、ランサーは、部屋の周囲を見渡し、呆れ混じりの苦笑になった。

 本来畳敷きのはずの部屋だが、パン屋やらコンビニやらの袋、漫画雑誌やゲーム雑誌、それに脱ぎ散らかした服で、ほとんど隠れてしまっている。

 その中に敷かれた布団の上で、立香はタオルケット1枚だけをかけ、年頃の少女としてはちょっと他人に見せたくない寝相で、くーかー、と寝こけていた。

 和室、と言うより、畳敷きの和洋折衷の部屋から、襖を開けてDKに出る。

 小さなスタンドテーブルが置いてはあるが、室内用物干しスタンドがそれ以上にスペースを取っている。その物干しスタンドには、洗って部屋干しした洗濯物が吊るしっぱなし。

 洗面・脱衣場、浴室の方にかけては、2組ほどの下着が、脱ぎ散らかした状態になっていた。

 アイリスオーヤマ製の小型冷蔵庫を開けてみるも、保存食の類と、飲み物ばかりで、生鮮食品の類は入っていない。

 台所は手狭と言え、59.5cm標準幅のガステーブルが置けるようになっているにもかかわらず、実際に置かれているのは、1口のガスコンロだけだった。

 ついでに、電子レンジも、如何にも安く調達しました、という感じの、やや型遅れの単機能電子レンジだけ。

 そのくせ、カップ麺の類によく使うからか、VE魔法瓶のジャーポットだけはしっかり置かれていた。

「やれやれ……この時代は調理に使える器具も進化しているから、楽しみにしていたのに、これじゃあ料理に挑戦する余地がないねぇ……」

 呆れたような苦笑のまま、ランサーはそう言った。

「どれ、起きるまで洗濯物ぐらいは片付けておこうかね……」

 そう言って、畳部屋の中からDKの方へ向かって、立香の衣服を拾って回る。

「こいつぁ……ベルトは一緒に洗えないねぇ」

 そう言って、合成皮革のベルトを外す。

「これか」

 洗面・脱衣所には、公団型防水パンの上に、シャープ製の全自動洗濯機が載っている。容量7kgと、この家にしては贅沢なように見えるが、文字通り前世紀の代物だった。佐藤デンキで購入したジャンク再生品である。

 しかしそれでも、聖杯によって知識は与えられているとはいえ、ランサーにとっては初めて触れる電子制御式全自動洗濯機。洗濯といえば奴隷の仕事だったローマ帝国にあって、役割の男女貴賤を選ばなかった彼女にとっては、ランサーと言うより、ローマ皇帝・ヘリオガバルスとして、興味を引かれる機械仕掛けの一つだった。

 洗濯物を放り込み、下着類は物干しスタンドから回収してきたネットに入れる。

「こうして、こうなんだろ?」

 ピッ

 電源を入れ、

 ピッ、

 標準コースに設定されたまま、スタートボタンを押す。

 衣類量を検出するための空転を行った後、給水が始まる。

「おお……」

 ランサーは、洗濯槽のフタを開けたまま、ひとりでに水が注がれ始める様子を観察していた。

 だが、やがて、

「おっと、これをいれるんだったね」

 と、洗濯機をまたいで立てられている棚から、『ハーバルスリー NEWハンドレッド』と書かれた青い箱を取り、中の計量スプーンで、粉末を測って、洗濯槽の水が落ちているあたりに落とす。

「ん……」

 ランサーがバタバタやっていたのが聞こえたのか、立香が目を覚ます。

「ランサー?」

 立香は、寝ぼけ眼で起き上がり、開けっ放しになっている襖から、洗面・脱衣所の方を向く。その時点では、寝ぼけたままだったが、その視線を畳敷きの床の方に落として、

「!」

 と、急に目を見開いて覚醒し、視線を急に洗面・脱衣所の方に戻す。

「ら、ランサー!」

 立香は、布団から飛び上がり、バタバタと駆けて、ランサーのいる洗面・脱衣所に向かった。

「おや、起きたのかい?」

 ランサーは、気風(きっぷ)よくも穏やかに声をかけたが、立香は、それにも構わず、慌てふためいた様子で洗濯機に駆け寄り、ランサーを押しのけるようにしながら、洗濯槽を覗き込んだ。

 その中では、黒いベルトを外された、立香のいつもの白いコスチュームが、既に水を浴びていた。

「あちゃー…………」

 立香は、よろけるようにしながら、顔の目元を手で覆った。

 

「一張羅ってわけじゃないんだろう?」

「そうだけど……」

 瑞苑街線、北側の支線の電車。

 普段とは異なり、北側の終点に向かっていた。

 いつもの白い衣装をランサーに洗濯されてしまった立香は、地元の屋内オールシーズン・オールウェザー型ウォーターパーク、『プルーニョ・アクア瑞苑』のPR用Tシャツを着ている。

 ただ、下はいつものように、黒いマイクロショートパンツを履いていた。

「洗濯ひとつ難儀したアタイの時代ならともかく、この時代、この国じゃボタン2つで洗濯が始まるんだろう? 冬場はともかく、夏場は毎日替えなさいな」

「うー……まぁ、それがいいとは思ってるんだけどさ……」

 ランサーは、それほどきつく言ってはいないのだが、説教をされている気分で、立香は視線をそらしてしまう。

 一方のランサーはと言えば、流石に召喚された姿のままでは目立ちすぎるので、「御買物処 リブレケイセイ瑞苑」のPR用Tシャツと、赤いショートパンツという格好になっている。Tシャツは立香が面倒くさがってフリーサイズばかり買うため、背の高いランサーでも丈が足りないという感じはない。

『次は(しも)谷地(やち)、下谷地です』

「次で降りるよ」

「あいよ」

 瑞苑街線は、かつて似たようなスタイルだった福井鉄道福武線と同じように、各停留所全停車のスタイルだ。福武線の方も、車両が低床車に変わった今でも、この方式は変わらない。

 ワンマン単行の電車が、下谷地電停に滑り込む。ワンマン運転時は、軌道線内は、片側3扉の中央を締切りにして、進行方向に対して後ろ乗り前降りとなる。

 ペーッ

 プシューッ……ガラララ

 扉操作音とともに、扉が開くと、前側の扉の運転席よりに設置された運賃授受機のカード読み取り部にPASMOをかざして、降りる。

 扉の客室中央側には、反対に走っている際の整理券発券機が設置されている。

 下谷地をすぎると、その北側は再び専用軌道になっている。ただし、北豊田線と異なり、あくまで軌道法下の軌道線だ。

 この先は、谷地が旅客の終点で、その先に石切り場がある。(うめ)(みず)(いし)と呼ばれ、規模は大きくないが、今も採取が続けられている。

 軌道線はこれの輸送にも使われており、夜間に、自社籍のコンテナ車と緩急車を機関車が引いてJR線への合流点へ向かっている。

 が、立香達は、今はそちらには用がない。

 電停にほぼ隣接する形で、普通のディーゼルエンジンのバスのバス停がある。

 南側の桜野地区から松原地区と同じように、本来ここまで伸びてくるはずだったトロリーバスの未成区間をディーゼルのバスが結んでいる。

 ただ、南側の通り沿いに比べて、北側のこのルートは需要が少なく、バスは小型の三菱ローザの、路線用2扉特装車が使われている。後部バンパー左側のすぐ上に、車体の改造を行った地元の工場、「野口ボデー」の時代がかったフォントのステッカーが貼られている。

 2人がバス停に立ってまもなく、『瑞坂台 (下谷地経由)』と、LED表示器に掲示したローザがやってきた。後部の乗口扉が開くと、PASMOを乗車時用のICカード読み取り機にかざして、乗り込んだ。

「これ1枚でいろんな乗り物に乗れるんだねぇ、面白いねぇ」

 立香と座席に座ってから、ランサーはPASMOをまじまじと見る。

 わざわざ召喚するサーヴァントの為に用意したものだ。立香自身は、スマートフォンのモバイルPASMOを使っている。

「えっと……それは、チャージしてあるお金の分だけ乗れるものだからね?」

 立香は、苦笑しつつ注意するように言う。

「解ってるさ」

 そう言うものの、ランサーの好奇心旺盛そうな表情は止まらない。

 その間に、バスは発車時間を過ぎた。やはり扉操作ブザーが鳴った後、乗り口の折戸が閉じ、ディーゼルエンジンを響かせて、走り出す。

「アタイの時代にはこんなものが作れなかったからね、こういうのがあれば、もっと都市の改革も進められたのに」

 走り出したバスの車内を眺めながら、ランサー、ローマ皇帝ヘリオガバルスは言う。

 ──ヘリオガバルスの治世は4年と短い。しかも、あまりに急進的な改革、ジェンダー観の破壊で敵を作りすぎていたから、最後は惨めなものだった。でも、本人は自身の最後なんて関係ないみたい。自身の国造りが途上で終わったことの方が、無念なのか……

 文明の利器を見ては、少年のように目を輝かせているランサーを見て、立香は、そう思った。

 飽きる様子もなく、すれ違う自家用車も興味津々で見ているランサーだったが、やがて、バスはトロリーバスの北側の終点に着く。

『終点、瑞坂(みずさか)(だい)、瑞坂台です。お降りのお客様は、お忘れ物のなきよう、今一度お手回り品をご確認ください。本日は北豊田電軌バスをご利用いただき、誠にありがとうございました』

 バスは、道路から広場に入った。そこは、瑞坂台のトロリーバスループ線がある場所だ。

 周辺には商店がある。人通りがあり、コンビニエンスストアの『ミニストップ 瑞苑瑞坂台店』もあるのだが、時間帯のせいもあるのか、どこか寂寥感の漂う風景に見えた。

「こっちだよ」

「あいさ」

 目的地に近づくに連れ、立香の態度が、どこか固くなっていく。

 ──アタイに対するものじゃないみたいだね……

 ランサーは、立香を観察して、そう読み取る。

「教会、苦手なのかい?」

「…………うん、得意じゃない」

 ランサーが笑顔混じりに訊ねると、立香は、面白くなさそうな表情で答えた。

 やがて、2人がたどり着いたのは、小さくて、新しくもないが、綺麗に保っている教会。

 瑞坂台教会。瑞苑の聖杯戦争のもう一方の監視役、聖堂教会の拠点だった。

 

 






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