瑞坂台教会────
南向きの正面から敷地に入ると、小さな教会ながら、花が植えられたたくさんのプランターが置かれ、色彩を豊かにしている。
そのまま正面には本聖堂があり、右手にはマリア像が鎮座する小聖堂があり、また、左手の奥には、和風感の強い和洋折衷型の住宅が見える。
24時間開放の小聖堂の出入り口には、赤電話が置かれているのが見える。100円玉利用可能・非常ボタンつきだが、ダイヤル式の678-A2形だ。
1人の少女が、水道ホースで、プランターの花に水をやっている。
「こんにちは」
少女の方から、立香達に気づくと、ニコッと笑いながら、挨拶してきた。
「はい、こんにちは」
「こんにちはだね」
硬い表情をしていた立香だが、少女に声をかけられると、微笑んで一旦立ち止まり、挨拶を返す。それに続いてランサーも、気風のよさそうな笑顔で、少女に挨拶をした。
そうしてから、立香達は、本聖堂の中に入っていく。
本聖堂の中には、広くはないが、礼拝のために正面から左右に別れて、ベンチが6つほど置かれている。
日本の集会場を参考にでもしたのか、天井旋回の扇風機が2つ、天井に取り付けられている。これが、いわゆるインテリアを兼ねたシーリングファンなら様にもなるのだろうが、旧い鉄道車両でおなじみの、
時流ゆえか、家庭用マルチエアコンの室内機2台も設置されていて、冷房されている。扇風機は、冷やされた空気をまんべんなく撹拌していた。
そして────
「あっ」
「げっ」
そこに、別の2人連れがいた。それを見て立香が声を出すと、同時に相手も反応した。
「間桐慎二!」
「藤丸立香!?」
お互い、フルネームで相手を呼んでしまっていた。
「ここに来ているってことは、アンタも聖杯戦争に?」
「それはこっちが聞きたいわよ」
立香が、慎二を指差してしまいながら、先に訊ねる言葉を出すと、慎二は腕を組んだ姿勢になって、少し不機嫌そうに言った。
それから、慎二は、立香が連れていたランサーを一瞥する。
「ふぅん……そっちのサーヴァント、クラスは?」
「ランサーだよ。それなりに有利なクラスを引けたよね」
「ふふふっ、今後ともヨロシクね、間桐慎二さん」
慎二が問いかけると、立香が答え、ランサーがその言葉に続いて挨拶をした。
立香は、どこか自慢するように、腰に両手を当てて胸を反らすような姿勢になっていたが、
「あら」
と、慎二は、一瞬だけ意外そうな表情をした後、女性にしては
「正面戦力で優劣を決めるとか、魔術師が搦め手を否定してどうすんのよ」
慎二は、立香に対して、若干嫌味気味な口調でそう言った。
「そういうそっちのサーヴァントは……」
ランサー同様、召喚時の衣装と防具ではなく、無地の赤いTシャツに、白いショートパンツを履いている。
「キャスターよ」
「はーい、キャスターでーす! 今回はよろしくお願いしまーす!」
慎二が答え、それに続いて、キャスターは手を上げながら、無邪気そうな笑顔でそう挨拶と自己紹介をした。
「ふぅーん……」
立香は、キャスターを一瞥した後、視線を慎二に移すと、むしろ彼女の方をやたらジロジロと舐め回すように見た。
「な、なによ……」
慎二が、立香の行動に若干の不気味さを伴う疑問を抱いて、腕組みを解いて身を逸らすような動きをしながら、訊く。
「いやぁ、慎二こそ、どっちかって言うと『どうしてキャスターなのよ!』って言いそうな気がしてさぁ」
ニヤニヤとした表情を向けて、立香はそう答えた。
「しっつれいな。普段私をどういう目で見ているのか、解ったような気がするわ」
慎二は、心外だとばかりに、憤った様子を見せつつ、言う。
「元々、私はキャスター狙いだったのよ」
「へっ、そうなんだ」
慎二の言葉に、立香は意外そうな表情をして、そう言った。
「そう。厳密に言うとキャスター適正のある特定の英霊だけどね」
慎二は、そう言いながら、一度キャスターに視線を向け、すぐに立香に方に戻しつつ、気障さを伴いながらも、自信有りげな笑みになった。
「狙いのサーヴァントは引けなかったけど、この娘も私の目的を叶える能力を持っているわ。むしろ自信に溢れてきたわよ」
伊達者風に手振りを使った表現を加えながら、慎二はそう言った。
「へーっ、……この娘の真名は?」
立香は、大げさに身を乗り出すような姿勢になりつつ、改めてキャスターを観察しながら、さりげない口調で言う。
「シロウ・イr…………────」
慎二は、反射的に答えそうになってしまいながら、ハッと気付いたように目を見開き、
「アホかぁあァァァッ!! 言うわけないでしょ!」
と、立香に睨むような表情を向けて、怒声を張り上げた。
「だよねー」
「まったく」
悪びれもせずヘラヘラした笑みを浮かべる立香に、慎二は、呆れの混じった憤りの様子でむくれたような表情になりながら、腕組みをした。
「マスター……仮にも開放されている教会の聖堂で、怒鳴り声を上げるのはどうかと……」
キャスターが、渋い顔をしつつもきつくも言い切れない感じで、慎二に対してそう言った。
「
慎二はむくれた様子のまま、そう言った。
慎二や立香の知っている、瑞坂台教会は、信徒以外にも、いつも子どもが遊びに来たりしていて、神父もそれを容認していた。
まぁ、今は平日で、小学校はまだ夏休みに入る前だから、時間帯のせいなのだろうが。
「お待たせしました」
慎二がひとしきりプンスカした後で、聖堂の、住宅側の通用扉が開き、
「まもなく司祭が参ります」
修道服を着た助司祭の男性は、そう言って、“街の小さな教会” にはどこか似合わないような、恭しい態度で、扉を開いたままで支持する。
そして、この暑い盛りだと言うのに、白と黒の司祭服を着た人物が、通用口から入ってきて、祭壇に向かう。
「女性神父なんだ……」
アーチャーが意外そうに言ったとおり、全体の年格好に対してやや童顔だが、整った美貌の女性司祭だった。 ────そう見えた。
いや、対外的にはそう振る舞っているし、精神的に女性であることは間違いないのだが、その身体は女性器に加えて男性器を宿している、女性的両性具有体だった。
それはオルガマリー・オルタと同じように、彼女の出自に由来している。ただし、サーヴァント体というではない。
「私が当教会の司祭、高瀬・カタリナ・ルミエール・美鈴です」
美鈴神父は、まずは厳かにも真摯な表情で、そう言ったが、すぐに表情を柔和な笑みに変えて、
「立香さんと慎二さんには、今更ではありますが」
と、人懐こそうに言った。
美鈴神父は、表情を真剣なものに戻し、続けて説明する。
「聖杯戦争────本来、キリスト教において、これはキリストが最後の晩餐で使った盃、もしくはそのキリストが磔に処された時に、その血を受けた器のことを示し、本来であれば、魔術的願望器をそう呼ぶのは、私達にとっては不本意なのですが……────」
そこまで、険しさの混じる口調と表情で言ったものの、そこで、表情を緩め、口元で柔和に笑む。
「魔術協会に対するカウンターとして、また、聖杯戦争での無用な損害を避けるため、我々聖堂教会は、これを監視・裁定する立場にあります」
この事は、立香と慎二にとっては、既知の事実だったが、2人はうんざりしたという様子もなく、真剣な表情で美鈴の説明を聞いている。
「この瑞苑の聖杯は、聖杯戦争において無用の殺戮、被害が出ることを本意としていません。基本的に、能動的にマスターの
美鈴神父は、そこまで言ってから、手振りで、祭壇の傍らに立っている女性を示した。
美鈴神父に続いて聖堂に入ってきていたその女性は、タートルネックのシャツの上から、紺のジャケットを身に着けている。
「彼女が、当教会が召喚いたしました、ルーラーです」
「ルーラー、ルイ・サン-ジュスト・オルタです。よろしくお願いします」
美鈴神父が紹介すると、聖堂教会のルーラー────サン-ジュスト・オルタは、自ら名乗り、挨拶をした。
サン-ジュスト・オルタは、笑顔を作るのが下手なのか、それでも、口元に笑みを作って、苦手なりにできるだけ友好的に振る舞おうとしているように見えた。
「へーっ、オルタのルーラーって、珍しいね……」
立香は、サン-ジュスト・オルタをジロジロと見てしまいながら、呟くように言う。
サーヴァントの用語において、オルタとは、その語源 “alternative” の単語が意味する「英霊のもうひとつの別側面」を示すが、大抵は、黒化によって、厳密には違うのだが、いわゆる “悪堕ち” のように捉えられることが多い。
「立香……」
その立香を、慎二が、肩を掴んで身を起こさせ、その耳を自分の顔に寄せさせて、囁く。
「サン-ジュストと言えば、ロベスピエールの恐怖政治の片腕と評価されてる人物だ」
「えっ……」
慎二に言われて、立香はしまった、というような表情をする。
「別に声を潜めなくても良い」
聞こえていたのか、サン-ジュスト・オルタは、軽くため息を漏らしてから、言う。
「間桐慎二の言ったとおり、本来の姿は反英霊の私だが、“軍の規律の回復者” としての別側面で、ルーラーの立場を受けている」
サン-ジュスト・オルタが、自身の状況を説明した後、
「もし、途中でリタイアの必要があるときや。サーヴァントの敗北で戦う力を失ったときは、彼女に保護を求めてください。聖杯戦争の範囲の中なら、彼女を呼べばたちどころに駆けつけるでしょう」
と、美鈴神父がそう説明した。
「司祭には申し訳ないのですが、念の為……────」
サン-ジュストは、一度視線を美鈴神父に向けてそう言ってから、視線を戻して、
「存知ているとは思うが、もう1人、魔術協会のルーラーがいる。アッティスだ。ギリシャ神話の衣装をつけた、男性の胸郭をもつ女性だから、すぐに分かるだろう」
「そうね、それは知っておいてもらったほうがいいわ。私達が間に合わないときには、そちらに頼る必要もあるでしょうから」
美鈴神父も、サン-ジュストの言動の理由を察して、それを認めるようにそう言った。
「特に────」
サン-ジュストは、立香とランサーの方を見て、言う。
「ランサーは、キリスト教とは相性の悪い人物とお見受けしたので」
「確かに思うところがなんにもないと言ったらウソになるけど、そこまで拘るほど狭量でもないさね」
言われたランサーは、戯け混じりに苦笑しながら、そう言った。
「他のサーヴァントの召喚状況は?」
真剣な表情で、キャスターが訊ねる。
「現状、申告を受けているのは、あなた達の他だと、セイバー、ライダーとそれぞれのマスターになります。ただし、昨日の────えぇ、正確には日付変わって今日の未明までに、7騎全員の召喚、もしくは範囲外で召喚されたサーヴァントの入域を確認しています。開戦に至ったと看做される状況ですので、承知の程を」
助司祭、桐谷直哉は、そう説明した。
「それでは、皆さん。無事に
最後に、美鈴神父の女性聖職者らしい言葉を聞いて、立香たちは瑞坂台の教会を後にした。
立香とランサー、慎二とキャスターが、本聖堂を出たところだった。
「立香」
深刻そうな表情で、慎二が声をかける。
先に出た立香とランサーが、振り返る。
「何?」
「その、あなた、他にマスター候補に心当たりはある?」
訊き返す立香に、慎二はそう訊ねた。
「あ、うーん……」
教会は知ってはいるのだろうが、訊ねても、戦いに対しては中立であるという立場上、答えてはくれないだろう。
「っていうか、そう言うのは私より、慎二の方が詳しいんじゃないの?」
立香は、少し考えてから、そのことに気付いて、慎二に訊ね返す。
「そうでもないわよ……ここに来て、それほど日は経ってないわけだし……」
どこか決まり悪そうに、慎二はそう答えた。
「…………慎二」
「何よ?」
逆に、立香が問いかける。
「今回の聖杯戦争、やっぱり、桜ちゃんの為に?」
「…………」
立香に問われて、慎二は、一瞬躊躇ったように視線を外したが、
「そうよ」
と、認めた────────
冬木市。
「もう持っていられない! このままじゃ、桜は消耗品として使われてしまう!」
間桐慎二の、血の繋がらない義妹、間桐桜。
彼女は、間桐家──マキリの魔術師の家系を絶やさぬための後継者候補として養子に迎えられた。 ────ただ、それは必ずしも家族としてのものではかった。道具、器と呼ぶ方が妥当だった。
桜は間桐の魔術系統に適合させるため、魔術回路や属性そのものを強制的に作り変える儀式を受けることになる。
その場は “蟲蔵” と呼ばれる地下の施設。無数の魔力を持つ蟲が蠢く中で、桜は身体の奥深くまで侵入され、肉体を凌辱され、精神を蝕まれた。
それは耐えがたい苦痛に、時に制御不能な感覚が入り混じる、彼女にとって逃れられぬ地獄だった。
────実際、慎二も同じ事を施された。慎二は魔術師の一族としては衰退しゆくマキリの血脈にあって、例外的に、最低限というレベルではあるが、魔術師を名乗っていい程度の魔術回路を持って生まれた。
そのため、それを強引に拡張するため、蟲蔵に入れられた。
だから、経験としては、慎二と桜はそれを共有している。ただ、その量と質で言うなら、慎二に言わせれば、
「桜の苦痛に比べたら、私のなんて、かすり傷みたいなものよ」
と、いう程度の格差があった。
慎二はできるだけ桜に寄り添い続けた。それはたまに、慎二の支配欲を満たすものでもあった。
「桜、あなたは私だけ頼っていればいいの! あなたには私だけなのよ」
そんな扱いでも、“蟲蔵” に入れられる様になった最初の頃は、慎二に対して笑ってくれた。
だが、徐々に、そんなかすかな希望も、桜自身の感情とともに擦り切れていく。
そんな中でも、桜が助けを求めるサインを出していたのは、慎二は気付いていた。ただ、それは、慎二に対してではなかった。
だが、その人物は桜のレスキューサインに気づかなかった。あるいは、気付いていて無視をした。
慎二はそれに臍を噛み、その人物に憎しみさえ抱いた。ただ、それでもその人物は、────────。
だが、ある日、もう待てない、というデッドラインが現れた。
マキリの実質的な長、慎二達の祖父を名乗る間桐臓硯は、桜をただマキリの魔術師とするだけではなく、冬木の大聖杯を駆動する魔力炉にしようとしており、そして、その冬木の第五次聖杯戦争が迫っていることを、慎二は知ってしまった。
──もう、遠坂凛が行動するのを待っていられない!
慎二は、決断をした。
「蟲のバケモノジジイが! もう、マキリの歴史は終わりよ!」
蟲蔵にカセットガス1カートンを放り込み、母屋にガソリンを撒き、自宅を放火・爆破して、桜を連れて冬木市を脱出した。
その後、流転して、あるときは某銀河警察の中古宇宙船のエンジン故障に巻き込まれたりしながら、2人は瑞苑町に辿り着いた。
────────ただ、桜の体内には、まだマキリの蟲が残っている。瑞苑町に着いてから、その蟲は急激に弱りつつあったが、まだ、桜の身体と精神に影響を与えている。
冬木の時と異なり、慎二は、立香ら、
桜を助けるためならもう手段は選ばない、という決意なのかもしれない。
「それじゃあ、もし聖杯に願うとしたら……」
歩きながら会話をしていた立香と慎二だったが、立香はそう言って、歩みを緩めかける。
「そうよ」
立香を追い越すことになった慎二は、手をひらひらと振りながら、そう答える。
「そ、それじゃあさ!」
立香は慎二を追いかけ、その背中に声をかける。
「暫くの間は、私と同盟関係、ってことにしない?」
「…………うぅん……」
立香の提案に対し、慎二は、少し考え込む
「ごめんなさい。申し出はありがたいけれど、不戦協定止まりにしておきましょう。私は、聖杯戦争の中で、聖杯以外に探しているものがあるから」
「そうなんだ……うん、解った」
「それと」
納得の声を出した立香に、慎二は、振り返って視線を向け、険しい表情で言う。
「最後に一騎打ちになったら、その時に手を抜くのは、許さないわよ」
「う、うん……解った」
気迫に押されるように、立香はそう返事をする。
「でも……確かに、瑞苑の聖杯戦争はゲームの性格が強いところがあるけど……それでも、危険がないことじゃないのに……」
立香は、慎二を気遣うかのような視線を向けて、言った。
プライドが高そうで、戸建て住みの某配信系魔術師と張り合っては、ブランド負けのオチをつけることが多い慎二だが、こと桜の事になると、そのプライドをかなぐり捨てもする。
慎二は、再び手をひらひらとさせながら、彼女にしては珍しく、飄々として、言う。
「姉っていうのはね、そう言うものよ」
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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