『本日は北豊田電軌トロリーバス桜坂線をご利用いただき、ありがとうございます。このバスは東瑞苑駅前止まりです。次は……────』
「いろいろと事情があるようだね……」
「────うん」
北豊田電軌50形トロリーバス、綺麗なように見えるが、置き換えで数を減らしつつある、3代目(先代だが、現行型への
ランサーは、往きの、現代文明の利器全てに興味と興奮を示していた様子とは打って変わって、落ち着いた口調で、立香に訊ねる。立香も、どこか、自分自身が落ち込んでいるかのような声のトーンで、そう言った。
「流石に詳細は、今ここじゃ、ね」
「それぐらいはわきまえてるさね」
立香が言うと、ランサーは澄ましたような表情で返した。
立香達は、ディーゼルのバスで、下谷地回りで帰途につく慎二とキャスターと別れ、トロリーバスで東瑞苑駅の方へ向かっていた。
「…………方角的に、立香の家からは離れているようだけど、どこへ向かってるんだい?」
「ああ、うん」
辛気臭い空気を変えるかのように、ランサーが問いかけると、立香も口調を変えて、身を起こしながら答える。
「ついでだから、駅前のデパートで買い物していこうと思って」
「デパート」
いつものクセでデパート、と言った立香だったが、それをランサーが鸚鵡返しにすると、立香ははっとする。
「あ……ええと、今は正確には違うんだけど、昔からの人はデパートって呼んでる場所」
「でも、何でも売ってる、市場みたいなところなんだろ?」
目をキラキラと輝かせるかのように、視線を立香に向けつつ、ランサーは、好奇心をくすぐられた少年のような顔になっている。
「まぁ、そうなんだけど……」
立香は、ランサーの勢いに圧されるかのような、変な苦笑になってしまう。
そう言っている間にも、トロリーバスと並走する、あるいは対向する自家用車や小型トラックが増えてくる。商店も小綺麗なものが増えてくる。その合間に、駐車場が設置されていたが、店がなくなった後の土地の利用と言うよりは、商店街が企画してつくっておいた、それなりの規模の駐車場だ。この為、現在は自動コインパーキング化されているが、駐車場の出入口には有人で管理していた頃の名残である詰所がある。また、トロリーバス停留所からの動線が考えられて配置されてもいた。
やがて歩行者も増えてきて、賑やかになってきた。
ランサーは、目を輝かせて、賑わう街の様子を見ている。
平日とは言え、主婦や年金世代などの買い物客で、充分な人通りがあった。それに、もうすぐ学校も放課の時間だ。
そうこうしているうちに、
『次は、終点、東瑞苑駅前、東瑞苑駅前です。歯の健康は全身の健康、快適な治療を心がけます、松本歯科は、御買物処リブレケイセイ瑞苑6階です』
法律上の軌道線としては、桜坂線は1本だが、運行系統はこの東瑞苑駅前で事実上、別れている。需要に差があるためだ。桜野方はエアロスター車体準同型車、瑞坂台方はローザ車体準同型車がメインで運行されている。
「おやっ……」
ランサーが不思議そうに言った。2人の乗っているトロリーバスが、一瞬、駅前、軌道線と駅舎を挟んで反対側に設置されている、トロリーバスロータリーに入らず通過するように感じられたからだ。ランサーは、通り過ぎかけた東瑞苑駅のアーチ型エントランスを視線で追う。
そこで、トロリーバスは右折して、トロリーバスロータリーに進入する。
「おおっ」
その際、右折進入する側は進入時にロータリー内の架線と極性が入れ違うため、そこで極性転換を行う。桜野方、瑞坂台方、どちらも一方通行状態のロータリーを旋回しつつ、その途中の停留所に停車した。
『終点、東瑞苑駅前です』
ワンマン運転のドライバーのアナウンスが流れる。立香達も他の乗客とともに立ち上がり、前降りの扉に向かった。
「いやー、本当にこの時代は色々おもしろい物があるねぇ」
心底楽しそうな様子で、ランサーはそう言った。
「楽しんでもらってるなら、いいけど」
立香は、穏やかに笑みつつ、言う。
ロータリーの内側は、タクシープールとして活用されている。
駅のエントランスに並行する形で、駅前通りに向かって歩いていくと、向かい方にデパートのある、横断歩道の信号待ちで止まる。
しばらく待って、信号が青になる────
ヴォオォォォ……
バタンバタンバタンバタン……
駅を発車した電車が、モーター音とジョイント音を立てながら、バラスト軌道から併用軌道に上がり、大交差点の方へ向かっていった。
「おお、この距離で見ると、豪快なものだなぁ」
それを見ていたランサーが、額に手をかざしながら、軌道線の様子を眺める。
立香は、ランサーの大仰な様子に、多少、気恥ずかしく思いながらも、余所者がそうなる事も知っているので、ヘラヘラとしたような苦笑を浮かべるだけだった。
「お?」
しかし、軌道の周辺を観察していたランサーは、それに気付いた。
「あれは……」
「え?」
ランサーが、呟くように疑問の声をだすと、立香がキョトン、とした表情で訊き返す。
はっきりとではないが、ゆるいかたちにで指を差しているランサーの、その指の先に、立香は視線を向けた。
軌道の境界線ギリギリに、何人かの人間が立っていた。その誰もが、デジタル一眼レフやレンズ交換式ミラーレスカメラを携えている。
「ああ、あれ」
立香は苦笑する。
「
「撮り鉄?」
聞き慣れない単語を、ランサーが鸚鵡返しに聞き返す。
「鉄道車両を、写真や動画に撮りたくて仕方ない暇人のこと」
「なるほど解ったけど、その言い回しは多少、悪意があるやね?」
立香の説明に、ランサーは呆れたような苦笑をしながら、訊き返すように言った。
「だってさ、連中のおかげで、電車が遅れることもあるし。役場前の乗り継ぎが乱れることもあるし。同じ鉄でも乗り鉄は、商店街は喜んでるみたいだけど、連中は癌か病原体みたいなもんよ」
「流石にそれは、言い過ぎだと思うけど……」
立香の悪意の籠もった言い回しに、ランサーは、表情は苦笑ながらも、咎めるように言った。
「そぉ?」
などと、言ってるそばから。
「コラーッ! お前ら、軌道内に入るんじゃない!」
白い枠線を越えて、三脚を立てた者が出た途端、警察官が飛んできて、それを退かしにかかる。
「ね?」
「まぁ、解った」
立香の短い問いかけの言葉に、ランサーは決まり悪そうな苦笑のまま、そう返した。
「行こう」
「あ、ああ……」
────────…………立香達が、デパートの中に入って、約5分後。
ファアァァァン!!
ギィイィィィッ!!
ドガンッ!
「おい、電車に撥ねられたぞ!」
撮り鉄の集団が、軌道内に飛び出す形になり、大交差点側から東瑞苑駅に入ろうとしていた電車に撥ねられた。
電車は、街中では基本的に鳴らさない国鉄AW5警笛を鳴らしつつ、非常制動をかけたが、 ────撥ねられた、とは言うものの、何人かは車体の下に巻き込まれ、車輪に轢断された。
急停止した電車の台車の周辺に人体のパーツが転がり、あたりに血が飛び散ったのを見て、通行人の何人かが、緊急通報の為にスマートフォンを取り出す。
だが、それより早く、駅前交番の警察官が2人、すっ飛んできた。1人が助けられる人間がいるか周囲を確認し、もう1人が無線で救急車を手配する。
「くそっ、駄目だどいつもバラバラだ!」
野次馬の中からも、救護活動に加わろうとする者が現れたが、そのうちの1人が、声を上げた。
────大騒ぎになっていて、架線柱に黒い人影が立っていることには、誰も気付いていなかった。 ────否、
黒尽くめの、猫背の小柄な人影。ただ、それ以上は、男性なのか女性なのか、若者なのか老人なのか、直視してなお、一切の判別がつかない。
その人影が、ふっ、と、その場から掻き消える。
それと入れ替わるかのように、デパートの立体駐車場の屋上の、
ファオンファオンファオンファオン……
ピーポーピーポーピーポーピーポー……
警察が呼んだ応援の、スズキ ソリオのパトカー1台と、初代デリカ カーゴの事故処理車と、それにマツダ ボンゴブローニィをスーパーハイルーフにした救急車が到着する。
「いまのって……」
「ああ」
いつの間にか、背後にアッティスも現れていた。急に背後に出現したにも関わらず、声をかけられて、サン-ジュスト・オルタは驚きもしない。
「サーヴァントの気配に感じたが……入れ違った時感じたのは、通常のサーヴァントの気配とは、微妙に異なるものだった……」
「デミ・サーヴァントや、この街で暮らしてるサーヴァント体とも異なる……というか、異質の方向が逆、に感じるんだよね」
サン-ジュスト・オルタの言葉に同意しつつ、アッティスも怪訝そうに表情を歪めて、呟くように言う。
「…………確実に言えるのは、今回の瑞苑の聖杯戦争に、干渉しようとしている者がいるということだ。それも、おそらくは悪意の方でな」
サン-ジュスト・オルタは、常に僅かな険しさを感じさせる顔を、更に険しくして、そう言った。
「警戒を厳にしていたほうがいいね」
アッティスは、そこまで深刻そうな表情で言ってから、
「今回は
と、言ってるそばから気の抜けたような表情になって、そう言った。
「それもあるが、我々としても、獅子身中の虫という可能性も否定しないほうがいいだろうな……」
サン-ジュスト・オルタは、険しい表情のまま言った。
「それはもちろん────」
アッティスは、多少は気を取り直したようにしながら、サン-ジュスト・オルタの言葉に同意するものの、
「でも、多分、
と、口元で自然に笑みながらそう言った。
「予断は禁物だぞ……」
サン-ジュスト・オルタは、嗜めるように言う。
「それはまぁ。でも、あの2人に会うのは、僕は初めてじゃないからね」
アッティスは、そこまで微笑みながら言ったが、俄に表情を険しくする。
「むしろ、油断ならないのは────────」
「せっかく衣装屋もある場所まで来たと言うのに、せっかくだから、着た切り雀の着替えを買えばいいだろうに」
「んー……ここのお店のはちょっと高いんだよね……ま、今度買いに行くよ」
事故処理は完全に終わってはいないが、とりあえずの片付けが終わり、電車の運行が再開した頃、立香とランサーは、デパートから出てきた。
主に食料品、それもインスタント食品を中心に詰めた買い物袋を、ランサーが携えている。
立香の言う通り、デパートの中は、LIVRE KEISEIの衣料品売り場はともかく、専門店街の衣料品店はやや高く付く店が多い。
さりとて、スーパーマーケットの定番的な品揃えは、ギリギリのセクシーなマイクロショートパンツがアイデンティティの立香には、満足できるものではなかった。
話をしながら、帰途につくために、東瑞苑駅に向かう。
「あれ……」
上り線の、併用軌道から専用軌道に降りる部分の、軌道の脇に、事故処理車が停まっているのを、立香が気付いた。
「何かあったのかな?」
そちらに視線を取られて、立ち止まりかけた立香に、
「行こうよ、立香」
と、ランサーが急かした。
「う、うん……」
立香は、そのランサーの態度の変化に気づかず、生返事をして、雑踏の流れに流されるように、駅へと進んでいる。
立香はスマホを取り出し、モバイルPASMOで改札を通過する。ランサーも、カードのPASMOでそれに続いた。
すると、────
「はーぁ、まーた撮り鉄のせいで電車遅れてるのかよー」
立香の見知った顔が、ホームのベンチに座り、バタバタと脚をバタつかせながら、ぼやいている。
「あ、自称配信女王」
「お、私生活駄目魔術師」
お互い、その姿に気が付き、その視線を向けた。
「自称だけじゃないぞ!!」
「誰が私生活駄目だ!!」
クレオパトラ49世がベンチから跳ねるように立ち上がり、立香と向かい合いつつ、怒声を上げ合う。
「まぁまぁ、マスター……」
クレオパトラ49世の傍らに立っていた、スラリとしながら出るべきところの出ている体型の女性が、そう言った。
「立香は、言われたくなかったら、部屋を片付けて料理不精を直すんだねぇ」
対して、ランサーは、立香の背後で苦笑しながら言った。それを聞いた立香が、つんのめって転けるようなリアクションをする。
「って、その、隣のおねーさんは……」
立香が、体勢を立て直しながら、クレオパトラ49世の傍らの女性を指差して、言う。
「そう! アタシが召喚したサーヴァント! しかも、最強格のセイバー!!」
クレオパトラ49世は、自慢気に、ショートのサマーパーカーの下に肌も露わなアウターブラトップ、それに包まれた、限りなく平たいが、絶妙に描くなだらかなカーブの美しさが、自称下僕から「それがいいッ!!」「世界最強ちっぱい」と絶賛される胸を軽く逸らすようにして、そう言った。
「は、こっちだってそれなりに名のある英霊を、ランサーとして呼んだんだから」
腕組みをして、少しばかり憤ったかの様子で、立香は言った。
「ほー……立香は大言壮語は苦手だから、確かにそれに足るんだろうけど……それでもウチのセイバーの方が上だね。武装を展開したら、ビビるぞ」
まず、感心したような声を出しながらも、クレオパトラ49世は、自信あり気な態度を崩さず、そう言った。
「マスター、ここでやりあうわけには行きませんよ!?」
「そりゃ解ってる」
天下の駅構内、いや厳密には豪華な電車停留所なのだが、帰宅時間帯に差し掛かって混み始めたそこで、セイバーの攻撃性満艦飾な武装を展開するだけでも物騒すぎる。セイバーの慌てたような嗜める声に、クレオパトラ49世は落ち着いた口調で返した。
「ま、今夜か明日か、ぶつかり合ったら、ぜーったいに驚くから」
「ハイハイ」
クレオパトラ49世の子供っぽい言い種に、立香は、簡単な言葉で返すものの、その態度もどこか相手を煽っているように見られた。
「お互い、苦労するやねぇ」
「否定はしません……」
やれやれと言った感じで、ため息混じりの苦笑で言うランサーに、セイバーも愛想笑い気味の苦笑で言った。
『電車遅れまして申し訳ありません』
法的に、北豊田電軌に落ち度はないはずだが、陳謝の言葉でアナウンスが始まる。
『明神行き、2両で入ります。明神行きです』
元京成車のクモハ3050形が、京成の連結子会社化以前に入選した元西武車のクハ150形を推す形の、2両編成で入線する。
実は、このクハ150形も戦前製の台車を履いているのだが、こちらは電車用のしっかりしたものなので、引退が後回しになっている。
ワンマン表示は消灯している。停車した電車は、1両片側3ヶ所の扉をすべて開いた。一定の人間が降り、そしてやはり、立香やクレオパトラ49世達を含む、一定の人数が乗り込んだ。
「おー、車内は涼し」
立ち席は出ているが、まだすし詰めとまでは行かない車内で、クレオパトラ49世は、冷房が冷やした空気を撹拌する、扇風機の真下に立った。
「エジプトがルーツの人が、それでいいの?」
立香が、どこか呆れたような苦笑で言うが、
「日本の夏は別。気温だってそれなりに高くなるし、だいいち湿気がすごすぎる」
と、冗談で混ぜ返す余裕もないかのように、クレオパトラ49世はそう答えた。
「あ、今日たまにはラーメン食べて帰ろうと思うんだけどさ、立香達も付き合う?」
「ラーメンか……」
クレオパトラ49世の誘いに、立香は、少し考え込むように視線を上に向けてから、ランサーに視線を向ける。
「どうする?」
「アタイは、美味しいものだったら何でもいいよ。貴賤も問わないし」
立香の問いに、ランサーはそう答えた。
「じゃあ、お付き合いしようかな」
「おっけー!」
ペーッ
プシューッ、ガラララ……バタン
扉扱いブザーの後、扉が閉まる。
ヴォオォォォ……
電車はモーターを響かせながら、瑞苑街区の中心部に向かって、バタンバタンと走っていった。
美鈴神父。顔はかわいいし優しい。
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ちなみに、花に水やりしてた少女は娘さん
(美鈴神父が生物学上の母、聖職を目指したのはこの娘が生まれてから)
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